玉露の味に
睦月 十
年明けにお茶をいただいた。
石川県へ帰省していた友だちが、
金沢は良縁堂の、糸より玉露を買ってきてくれた。
急須にいれてお湯をそそぐと、
ふわっと甘い香りがたつ。
飲んでみると、
深みのあるやわらかな味わいが好い。
訪ねてきたお客さんに淹れてあげると、
みなさん、ほおっとした顔をして、
美味しいですねといってくださる。
ぜいたくな気持ちになれる味を教えてもらい、
顔に似合わず粋な土産をと、友だちに感謝した。
後日、なじみの飲み屋で会ったから、
玉露、美味しかった、
帰省した折はまた買ってきてとお願いをしたら、
買い置きがあるからと、
休日にわざわざ持ってきてくれ申しわけがない。
付いてきた説明書きに、
地方発送承りますとあったから、
我が家の定番にします。
喜世栄の銘菓の石ごろもを添えて、
お客さんに出すと決めた。
先の楽しみに、新幹線の金沢開通がある。
大学時代の友だちが住んでいるのだった。
唯一なかよくなった友だちで、
卒業してしばらくのころは、
ちょくちょく会いに出かけていた。
金沢市内の会社に勤め、
銭湯の二階のアパートに住んでいた。
湿気で壁がかびだらけの部屋に、
近所の素朴なおでん屋に、
窓からのぞむ、
浅野川の景色がいまでもなつかしい。
いちど車で出かけて、交通事故にあったことがある。
いねむり運転の車に突っ込まれて、
高速道路をころがった。全身打撲とあごの骨折で、
一ヶ月の入院となったものの、
シートベルトをしていなかったから、
その程度で済んだのは、
さいわいだったかもしれない。
冷え込みきびしい朝に、右あごがうずくのも、
金沢詣での思い出になっている。
このごろはすっかり億劫がって、
何年も顔を見に出かけていなかった。
新幹線が開通すれば、
足をはこぶのもずいぶん楽になる。
不精ごころをふるい立たせてと、
玉露を飲みながらきめる。

年明けにお茶をいただいた。
石川県へ帰省していた友だちが、
金沢は良縁堂の、糸より玉露を買ってきてくれた。
急須にいれてお湯をそそぐと、
ふわっと甘い香りがたつ。
飲んでみると、
深みのあるやわらかな味わいが好い。
訪ねてきたお客さんに淹れてあげると、
みなさん、ほおっとした顔をして、
美味しいですねといってくださる。
ぜいたくな気持ちになれる味を教えてもらい、
顔に似合わず粋な土産をと、友だちに感謝した。
後日、なじみの飲み屋で会ったから、
玉露、美味しかった、
帰省した折はまた買ってきてとお願いをしたら、
買い置きがあるからと、
休日にわざわざ持ってきてくれ申しわけがない。
付いてきた説明書きに、
地方発送承りますとあったから、
我が家の定番にします。
喜世栄の銘菓の石ごろもを添えて、
お客さんに出すと決めた。
先の楽しみに、新幹線の金沢開通がある。
大学時代の友だちが住んでいるのだった。
唯一なかよくなった友だちで、
卒業してしばらくのころは、
ちょくちょく会いに出かけていた。
金沢市内の会社に勤め、
銭湯の二階のアパートに住んでいた。
湿気で壁がかびだらけの部屋に、
近所の素朴なおでん屋に、
窓からのぞむ、
浅野川の景色がいまでもなつかしい。
いちど車で出かけて、交通事故にあったことがある。
いねむり運転の車に突っ込まれて、
高速道路をころがった。全身打撲とあごの骨折で、
一ヶ月の入院となったものの、
シートベルトをしていなかったから、
その程度で済んだのは、
さいわいだったかもしれない。
冷え込みきびしい朝に、右あごがうずくのも、
金沢詣での思い出になっている。
このごろはすっかり億劫がって、
何年も顔を見に出かけていなかった。
新幹線が開通すれば、
足をはこぶのもずいぶん楽になる。
不精ごころをふるい立たせてと、
玉露を飲みながらきめる。

コンバースよ、いずこ
睦月 九
ときどき我が家で宴をする。
訪ねてきた人に、ときどき言われる台詞がある。
ごきげんようとやってきて、
二階に上がって、台所に料理と酒を置く。
となりの茶の間を見わたして、
あいかわらず殺風景だなあと言われるのだった。
所帯持ちからひとり暮らしに変わったときに、
思い切って家の中をかたづけた。
聞かないCDに観ないビデオやDVD,
読まない本をさらばと捨てた。
スーツにジャケットに革靴も、
気ままな自由業の身には、
なくても不便はないと処分した。
以来、身持ちかるくを信条に、今日にいたっている。
ここ数年、日ごろ履いているのは、
コンバースばかりになっている。
黒のハイカットが二足に、ローカットが一足。
シンプルな成り立ちは、
くり返し買っても飽きないのが好い。
ある朝、二日酔いの頭をかかえながら見れば、
玄関に、見覚えのないスニーカーが置いてあった。
ありゃ、やってしまったかとなさけない。
夕べは、駅前のいいださんでしたたかに酔った。
御主人のスニーカーを、
まちがえて履いてきたと思い浮かんだ。
電話をしてあやまれば、
まちがえてもいないし、
コンバースも下駄箱に見当たらないといわれ、
頭の中が???となる。
同行した飲み仲間に電話をしたら、
帰るとき、
いつものコンバースじゃないからおかしいと思ったという。
店を出るとき、ほかにお客の姿はなかったから、
先に帰ったお客のだれかが、
まちがえて履いていってしまったと、
ようやく合点がいった。
こちらも気がつけばよいものを、
酩酊してろくに確かめず、あたりまえに履いてきた。
次の日、ふたたびいいださんへ行き、
取りに来るかもしれないからと、
見知らぬかたのスニーカーを預けた。
それにしても、コンバースのサイズは25、5センチと、
履いていかれたかたのサイズより1センチもちいさい。
酔っていたとはいえ、よく履けたものと感心をした。
かかともずいぶんすり減って、
もうすぐ換えどきと思っていた矢先のことだった。
それでも、日々ヨッパの千鳥足を支えてくれる、
けなげにやつれた姿には愛着がある。
いいださんの御主人から、
コンバース届きましたの連絡を、
待つ気持ちになっているのだった。

ときどき我が家で宴をする。
訪ねてきた人に、ときどき言われる台詞がある。
ごきげんようとやってきて、
二階に上がって、台所に料理と酒を置く。
となりの茶の間を見わたして、
あいかわらず殺風景だなあと言われるのだった。
所帯持ちからひとり暮らしに変わったときに、
思い切って家の中をかたづけた。
聞かないCDに観ないビデオやDVD,
読まない本をさらばと捨てた。
スーツにジャケットに革靴も、
気ままな自由業の身には、
なくても不便はないと処分した。
以来、身持ちかるくを信条に、今日にいたっている。
ここ数年、日ごろ履いているのは、
コンバースばかりになっている。
黒のハイカットが二足に、ローカットが一足。
シンプルな成り立ちは、
くり返し買っても飽きないのが好い。
ある朝、二日酔いの頭をかかえながら見れば、
玄関に、見覚えのないスニーカーが置いてあった。
ありゃ、やってしまったかとなさけない。
夕べは、駅前のいいださんでしたたかに酔った。
御主人のスニーカーを、
まちがえて履いてきたと思い浮かんだ。
電話をしてあやまれば、
まちがえてもいないし、
コンバースも下駄箱に見当たらないといわれ、
頭の中が???となる。
同行した飲み仲間に電話をしたら、
帰るとき、
いつものコンバースじゃないからおかしいと思ったという。
店を出るとき、ほかにお客の姿はなかったから、
先に帰ったお客のだれかが、
まちがえて履いていってしまったと、
ようやく合点がいった。
こちらも気がつけばよいものを、
酩酊してろくに確かめず、あたりまえに履いてきた。
次の日、ふたたびいいださんへ行き、
取りに来るかもしれないからと、
見知らぬかたのスニーカーを預けた。
それにしても、コンバースのサイズは25、5センチと、
履いていかれたかたのサイズより1センチもちいさい。
酔っていたとはいえ、よく履けたものと感心をした。
かかともずいぶんすり減って、
もうすぐ換えどきと思っていた矢先のことだった。
それでも、日々ヨッパの千鳥足を支えてくれる、
けなげにやつれた姿には愛着がある。
いいださんの御主人から、
コンバース届きましたの連絡を、
待つ気持ちになっているのだった。

木曽オリオン
睦月 八
ひさしぶりにドラマを観た。
信州の木曽が舞台で、
気に入りの、和久井映見さんが出ていたのだった。
和久井映見扮する主人公は、木曽の町で主婦をしている。
愛想のない、夫と姑を相手の生活をしていたところに、
天文観測所で、
まかないの仕事をしてくれと依頼が来る。
専門職のおじさんたちや、深夜、
星の動きを確かめる青年に食事の世話をして、
言葉を交わすうちに、
毎日がいきいきと変わってきた。
青年は、星の爆発する瞬間を観たいという。
どんな役に立つのかと尋ねた和久井映見に、
わからない、ただ観たいだけかもと答える。
地球も、五十億年後には爆発するという青年に、
そのときまだ、生きているかもしれない子孫のために、
役に立つといいと和久井映見が言葉をかけた。
青年に元気をもらって、
帰宅して、夜空を見ながらワインを飲む。
うん、そうだなあ。
前を向いて働く人と言葉を交わしたときは、
旨い酒が飲めるものとよく知っている。
化学に天文、おおきなことにかぎらずに、
日々の営みのなかでも、無駄と思っていたことが、
あとあとなにかの役に立つ。
かさねてきたことがらが、ひとさまにむける言葉に、
奥ゆきを添えることもあるから、
身を持って得たことに、無駄はないと思えるのだった。
ドラマには、味のある役者さんたちのほかに、
地元のかたたちもエキストラで出ていた。
すんき漬けやいなごのつくだ煮、
地元の名物もさりげなく紹介されて、
一時間ほどのドラマをなごやかに楽しめた。
あと味の好い内容だったから、
寝酒の澤屋まつもとの杯もすすんでしまった。
寒い夜、こたつで背中を丸めて、
燗酒を酌んでいる。
空気の澄んだ冬の夜は、
しずかに星を眺めながらの一杯も好い。
木曽に暮らす友だちがいる。
標高およそ千メートル。
比べものにならない星に囲まれているのは、
うらやましいことだった。

ひさしぶりにドラマを観た。
信州の木曽が舞台で、
気に入りの、和久井映見さんが出ていたのだった。
和久井映見扮する主人公は、木曽の町で主婦をしている。
愛想のない、夫と姑を相手の生活をしていたところに、
天文観測所で、
まかないの仕事をしてくれと依頼が来る。
専門職のおじさんたちや、深夜、
星の動きを確かめる青年に食事の世話をして、
言葉を交わすうちに、
毎日がいきいきと変わってきた。
青年は、星の爆発する瞬間を観たいという。
どんな役に立つのかと尋ねた和久井映見に、
わからない、ただ観たいだけかもと答える。
地球も、五十億年後には爆発するという青年に、
そのときまだ、生きているかもしれない子孫のために、
役に立つといいと和久井映見が言葉をかけた。
青年に元気をもらって、
帰宅して、夜空を見ながらワインを飲む。
うん、そうだなあ。
前を向いて働く人と言葉を交わしたときは、
旨い酒が飲めるものとよく知っている。
化学に天文、おおきなことにかぎらずに、
日々の営みのなかでも、無駄と思っていたことが、
あとあとなにかの役に立つ。
かさねてきたことがらが、ひとさまにむける言葉に、
奥ゆきを添えることもあるから、
身を持って得たことに、無駄はないと思えるのだった。
ドラマには、味のある役者さんたちのほかに、
地元のかたたちもエキストラで出ていた。
すんき漬けやいなごのつくだ煮、
地元の名物もさりげなく紹介されて、
一時間ほどのドラマをなごやかに楽しめた。
あと味の好い内容だったから、
寝酒の澤屋まつもとの杯もすすんでしまった。
寒い夜、こたつで背中を丸めて、
燗酒を酌んでいる。
空気の澄んだ冬の夜は、
しずかに星を眺めながらの一杯も好い。
木曽に暮らす友だちがいる。
標高およそ千メートル。
比べものにならない星に囲まれているのは、
うらやましいことだった。

チラシを入れて
睦月 七
ひさしぶりに、新聞にチラシを入れた。
仕事場が、ほそい路地沿いにある。
朝夕の通勤通学時間をすぎれば、
人の姿もなくなって目立たない。
たまには宣伝するかと、
三年前から入れるようにした。
ところが生来のなまけ癖が出て、
昨年はすっかり不精をしていた。
継続は力なり。
今年から、毎月一回欠かさずにときめる。
宣伝するといっても、
上等な技術があるわけでもなく、
世にもめずらしい品物を売っているわけでもない。
結局、こうしてここに載せている、
日々の、気持ちに留まったことがらを書くことにした。
読んでもらって、興味を持ってもらえれば恩の字と、
欲張らないことにした。
新聞にチラシを入れても、
実際のところ、ほとんど売り上げにはつながらない。
それでも、近所のおばさんや、
通りすがりの見知らぬ人に、楽しく読みましたよと、
声をかけていただくようになった。
毎朝、善光寺へ行き来しているおじいさんが、
ある朝チラシを片手にやってきて、
字が間違っていたぞと、赤鉛筆で直してきてくれた。
たしかに、連絡の絡の字が格になっていて、
赤点をもらった子供のようではずかしい。
ポストにメモが入っていたこともある。
楽しみにしていますと書いてあり、
わざわざ伝えてくれる気持ちがうれしかった。
門前界隈は、ひとり暮らしのお年寄りも多い。
儲けにつながらなくても、
ひまつぶしに役立てば奉仕のうちと、
のんびりつづけていきたいのだった。

ひさしぶりに、新聞にチラシを入れた。
仕事場が、ほそい路地沿いにある。
朝夕の通勤通学時間をすぎれば、
人の姿もなくなって目立たない。
たまには宣伝するかと、
三年前から入れるようにした。
ところが生来のなまけ癖が出て、
昨年はすっかり不精をしていた。
継続は力なり。
今年から、毎月一回欠かさずにときめる。
宣伝するといっても、
上等な技術があるわけでもなく、
世にもめずらしい品物を売っているわけでもない。
結局、こうしてここに載せている、
日々の、気持ちに留まったことがらを書くことにした。
読んでもらって、興味を持ってもらえれば恩の字と、
欲張らないことにした。
新聞にチラシを入れても、
実際のところ、ほとんど売り上げにはつながらない。
それでも、近所のおばさんや、
通りすがりの見知らぬ人に、楽しく読みましたよと、
声をかけていただくようになった。
毎朝、善光寺へ行き来しているおじいさんが、
ある朝チラシを片手にやってきて、
字が間違っていたぞと、赤鉛筆で直してきてくれた。
たしかに、連絡の絡の字が格になっていて、
赤点をもらった子供のようではずかしい。
ポストにメモが入っていたこともある。
楽しみにしていますと書いてあり、
わざわざ伝えてくれる気持ちがうれしかった。
門前界隈は、ひとり暮らしのお年寄りも多い。
儲けにつながらなくても、
ひまつぶしに役立てば奉仕のうちと、
のんびりつづけていきたいのだった。

満月の夜に
睦月 六
飲み仲間の女性に、
フリーのライターをしているかたがいる。
新聞や雑誌に記事を書くかたわら、
男のかたと共同で、ちいさな本屋を営んでいる。
昨年から、この本屋のおふたりが、
満月盛り場という、
満月の日に酒を飲むという企画をはじめた。
毎月あちこちの飲食店の場を借りて、
ワインの味を楽しむという催しだった。
一月十六日、新年最初の満月盛り場は、
町内にある、老舗の蕎麦屋の北野家さんと相成った。
北野家さんは、それまで昼のみの営業だったのを、
一昨年の夏から、
息子さんふたりが中心となって、夜の営業も始めた。
長男が料理を担当して、次男が蕎麦と酒を担当する。
長男の作る酒の肴は、何を食べてもはずれがなく、
刺身にいたっては、
へたな居酒屋など足元にも及ばない。
次男の打つ蕎麦は、
細打ちの、
かどが立った出来ばえで、のどごしが好い。
旨き味のために、
いつも好い粉を求めることに余念がない。
日本酒は、友だちの酒屋の峯村君が卸している。
北信濃の、若き杜氏が醸す銘酒を六種類。
歩いて三十秒の場所で、ぜいたくが出来るのだった。
夜、店に向かえば、
折り好く、神社の木々のすきまから、
まあるい月が顔を出す。
この日、峯村君が持ってきたのは、
フランスで活躍する、日本人の醸造家四人のワインと、
白ワインに似た酸のある、地元の北光正宗と十九と、
JALのファーストクラスで提供されている、
伯楽星の純米大吟醸で、
なんともすてきなラインナップとなった。
ワンプレートの料理をつまみにワイングラスを傾ければ、
どれも好い味わいで、すぐにグラスが空く。
次の一杯をとお願いすれば、景気好く注いでくれるから、
酒屋はやっぱそう来なくっちゃと、
峯村君の粋な振るまいがうれしい。
北野家さんに、峯村酒店。
こういう企画を通じて、がんばっている若手のかたが、
いろんなかたに知られるのは、なによりのことだった。
帰るころにはすっかり出来上がって、
月を見上げることもなくつぶれた。

飲み仲間の女性に、
フリーのライターをしているかたがいる。
新聞や雑誌に記事を書くかたわら、
男のかたと共同で、ちいさな本屋を営んでいる。
昨年から、この本屋のおふたりが、
満月盛り場という、
満月の日に酒を飲むという企画をはじめた。
毎月あちこちの飲食店の場を借りて、
ワインの味を楽しむという催しだった。
一月十六日、新年最初の満月盛り場は、
町内にある、老舗の蕎麦屋の北野家さんと相成った。
北野家さんは、それまで昼のみの営業だったのを、
一昨年の夏から、
息子さんふたりが中心となって、夜の営業も始めた。
長男が料理を担当して、次男が蕎麦と酒を担当する。
長男の作る酒の肴は、何を食べてもはずれがなく、
刺身にいたっては、
へたな居酒屋など足元にも及ばない。
次男の打つ蕎麦は、
細打ちの、
かどが立った出来ばえで、のどごしが好い。
旨き味のために、
いつも好い粉を求めることに余念がない。
日本酒は、友だちの酒屋の峯村君が卸している。
北信濃の、若き杜氏が醸す銘酒を六種類。
歩いて三十秒の場所で、ぜいたくが出来るのだった。
夜、店に向かえば、
折り好く、神社の木々のすきまから、
まあるい月が顔を出す。
この日、峯村君が持ってきたのは、
フランスで活躍する、日本人の醸造家四人のワインと、
白ワインに似た酸のある、地元の北光正宗と十九と、
JALのファーストクラスで提供されている、
伯楽星の純米大吟醸で、
なんともすてきなラインナップとなった。
ワンプレートの料理をつまみにワイングラスを傾ければ、
どれも好い味わいで、すぐにグラスが空く。
次の一杯をとお願いすれば、景気好く注いでくれるから、
酒屋はやっぱそう来なくっちゃと、
峯村君の粋な振るまいがうれしい。
北野家さんに、峯村酒店。
こういう企画を通じて、がんばっている若手のかたが、
いろんなかたに知られるのは、なによりのことだった。
帰るころにはすっかり出来上がって、
月を見上げることもなくつぶれた。

満月の夜に
睦月 六
飲み仲間の女性に、
フリーのライターをしているかたがいる。
新聞や雑誌に記事を書くかたわら、
男のかたと共同で、ちいさな本屋を営んでいる。
昨年から、この本屋のおふたりが、
満月盛り場という、
満月の日に酒を飲むという企画をはじめた。
毎月あちこちの飲食店の場を借りて、
ワインの味を楽しむという催しだった。
一月十六日、新年最初の満月盛り場は、
町内にある、老舗の蕎麦屋の北野家さんと相成った。
北野家さんは、それまで昼のみの営業だったのを、
一昨年の夏から、
息子さんふたりが中心となって、夜の営業も始めた。
長男が料理を担当して、次男が蕎麦と酒を担当する。
長男の作る酒の肴は、何を食べてもはずれがなく、
刺身にいたっては、
へたな居酒屋など足元にも及ばない。
次男の打つ蕎麦は、
細打ちの、
かどが立った出来ばえで、のどごしが好い。
旨き味のために、
いつも好い粉を求めることに余念がない。
日本酒は、友だちの酒屋の峯村君が卸している。
北信濃の、若き杜氏が醸す銘酒を六種類。
歩いて三十秒の場所で、ぜいたくが出来るのだった。
夜、店に向かえば、
折り好く、神社の木々のすきまから、
まあるい月が顔を出す。
この日、峯村君が持ってきたのは、
フランスで活躍する、日本人の醸造家四人のワインと、
白ワインに似た酸のある、地元の北光正宗と十九と、
JALのファーストクラスで提供されている、
伯楽星の純米大吟醸で、
なんともすてきなラインナップとなった。
ワンプレートの料理をつまみにワイングラスを傾ければ、
どれも好い味わいで、すぐにグラスが空く。
次の一杯をとお願いすれば、景気好く注いでくれるから、
酒屋はやっぱそう来なくっちゃと、
峯村君の粋な振るまいがうれしい。
北野家さんに、峯村酒店。
こういう企画を通じて、がんばっている若手のかたが、
いろんなかたに知られるのは、なによりのことだった。
帰るころにはすっかり出来上がって、
月を見上げることもなくつぶれた。

飲み仲間の女性に、
フリーのライターをしているかたがいる。
新聞や雑誌に記事を書くかたわら、
男のかたと共同で、ちいさな本屋を営んでいる。
昨年から、この本屋のおふたりが、
満月盛り場という、
満月の日に酒を飲むという企画をはじめた。
毎月あちこちの飲食店の場を借りて、
ワインの味を楽しむという催しだった。
一月十六日、新年最初の満月盛り場は、
町内にある、老舗の蕎麦屋の北野家さんと相成った。
北野家さんは、それまで昼のみの営業だったのを、
一昨年の夏から、
息子さんふたりが中心となって、夜の営業も始めた。
長男が料理を担当して、次男が蕎麦と酒を担当する。
長男の作る酒の肴は、何を食べてもはずれがなく、
刺身にいたっては、
へたな居酒屋など足元にも及ばない。
次男の打つ蕎麦は、
細打ちの、
かどが立った出来ばえで、のどごしが好い。
旨き味のために、
いつも好い粉を求めることに余念がない。
日本酒は、友だちの酒屋の峯村君が卸している。
北信濃の、若き杜氏が醸す銘酒を六種類。
歩いて三十秒の場所で、ぜいたくが出来るのだった。
夜、店に向かえば、
折り好く、神社の木々のすきまから、
まあるい月が顔を出す。
この日、峯村君が持ってきたのは、
フランスで活躍する、日本人の醸造家四人のワインと、
白ワインに似た酸のある、地元の北光正宗と十九と、
JALのファーストクラスで提供されている、
伯楽星の純米大吟醸で、
なんともすてきなラインナップとなった。
ワンプレートの料理をつまみにワイングラスを傾ければ、
どれも好い味わいで、すぐにグラスが空く。
次の一杯をとお願いすれば、景気好く注いでくれるから、
酒屋はやっぱそう来なくっちゃと、
峯村君の粋な振るまいがうれしい。
北野家さんに、峯村酒店。
こういう企画を通じて、がんばっている若手のかたが、
いろんなかたに知られるのは、なによりのことだった。
帰るころにはすっかり出来上がって、
月を見上げることもなくつぶれた。

腑に落ちずに
睦月 五
一月なかば、
新年の気分も、おおかた落ちついてくるころとなる。
この歳になり、
年下のかたがたと付き合う機会がふえた。
若くても人間が出来ていて、りっぱと思えるかたもいる。
かと思えば、
年上のかたの中に、いかがなものかという人もいて、
出来の良しあしは、年齢だけでは計れないのだった。
宴のあつまりのときに、
かならず遅れてくる年上のかたがいる。
人を待たせること意に介さず、
口を開けば、
こちらにはわからない、おのれの趣味の話ばかりして、
ところかまわず煙草を吸いまくる。
気づかいのない態度を、にがにがしく思っていたら、
ある日、酔ったいきおいで、
つまらない話につき合わせるなと言ったらしい。
まるで記憶になかったのに、後日、
同席していた知人に聞かされて、
またやってしまったと反省をした。
そういうことは、
きちんとしらふで言わなくてはいけない。
年配の知り合いのかたと酌み交わした。
長年、母と付き合いのあるかたで、
おおきな商店の専務をしているかただった。
新入社員のときからの付き合いで、
品物が売れずに困ったとき、
きまって母のところに飛んできたという。
そういえば子供のころ、
しょっちゅう我が家に来ていたとおぼえていた。
扱っている品物は、
けっして安いものではなかったものの、
母も、仕事の羽振りがよかったことと、
泣きつかれたら断われない性格で、
これまで、ずいぶん売り上げに貢献してきたという。
日本酒が好きというから、では一献となったのだった。
馴染みの飲み屋で待ち合わせをして、
お世話様ですの乾杯をして、
料理をたのんで杯をかさねる。
ほどよく酔って、ではそろそろお会計を。
渡されたのは、きちんと半分の金額だった。
次の日、さてさてと思いめぐらす。
何十年と世話になったかたの息子と酌み交わす。
我が身のことと置きかえたら、
きっちり割り勘で支払えるかと。
あんさん、そない野暮なこと出来ますかいなと
苦笑いになった。
ごちそうしてもらいたかったわけではない。
これまでの、関わりかたをかえりみない自腹のなさに、
ずいぶん割り切ったことと、腑に落ちなかったのだった。
良い歳をして、
屈託を持たれるような仕草は写りがわるい。
他人の振り見て我が振り直せと
よくよく言いきかせたのだった。

一月なかば、
新年の気分も、おおかた落ちついてくるころとなる。
この歳になり、
年下のかたがたと付き合う機会がふえた。
若くても人間が出来ていて、りっぱと思えるかたもいる。
かと思えば、
年上のかたの中に、いかがなものかという人もいて、
出来の良しあしは、年齢だけでは計れないのだった。
宴のあつまりのときに、
かならず遅れてくる年上のかたがいる。
人を待たせること意に介さず、
口を開けば、
こちらにはわからない、おのれの趣味の話ばかりして、
ところかまわず煙草を吸いまくる。
気づかいのない態度を、にがにがしく思っていたら、
ある日、酔ったいきおいで、
つまらない話につき合わせるなと言ったらしい。
まるで記憶になかったのに、後日、
同席していた知人に聞かされて、
またやってしまったと反省をした。
そういうことは、
きちんとしらふで言わなくてはいけない。
年配の知り合いのかたと酌み交わした。
長年、母と付き合いのあるかたで、
おおきな商店の専務をしているかただった。
新入社員のときからの付き合いで、
品物が売れずに困ったとき、
きまって母のところに飛んできたという。
そういえば子供のころ、
しょっちゅう我が家に来ていたとおぼえていた。
扱っている品物は、
けっして安いものではなかったものの、
母も、仕事の羽振りがよかったことと、
泣きつかれたら断われない性格で、
これまで、ずいぶん売り上げに貢献してきたという。
日本酒が好きというから、では一献となったのだった。
馴染みの飲み屋で待ち合わせをして、
お世話様ですの乾杯をして、
料理をたのんで杯をかさねる。
ほどよく酔って、ではそろそろお会計を。
渡されたのは、きちんと半分の金額だった。
次の日、さてさてと思いめぐらす。
何十年と世話になったかたの息子と酌み交わす。
我が身のことと置きかえたら、
きっちり割り勘で支払えるかと。
あんさん、そない野暮なこと出来ますかいなと
苦笑いになった。
ごちそうしてもらいたかったわけではない。
これまでの、関わりかたをかえりみない自腹のなさに、
ずいぶん割り切ったことと、腑に落ちなかったのだった。
良い歳をして、
屈託を持たれるような仕草は写りがわるい。
他人の振り見て我が振り直せと
よくよく言いきかせたのだった。

成人の日に
睦月 四
一月の第二日曜日、くっきりと晴れてめでたい。
菩提寺のひとり娘のまこちゃんが、
成人式をむかえた。
東京の大学で、
保育士になるための勉強をしている。
成人式のあと、すぐにテストがあるといい、
ぜんぜん勉強してなくてと、困った顔をする。
式のあと、中学校の同級会があるという。
チェーン店の居酒屋が会場なのに、
会費で四千円も取られると聞いて、
それなら、
美味しいイタリアンの店にも行けたのにと、
これまた浮かない顔をする。
二十歳、好いときですなあと思いながら、
にこにこ話に相づちをうった。
成人式をむかえたときは、大学生をしていた。
横浜の三流大学に通いながら、
将来になんのあてもなく、
どんな人間に成るべきか、
毎日うつうつとした思いを抱いていた。
あれからおよそ三十年。なんのことはない、
ただの酔っぱらいになっただけだった。
精進しているのは酒道のみ、
それ以外のことといえば、
足元さだまらず今日に至っている。
おのれの出来高計りそこね、
柄に合わない無理をして、
ずいぶんしくじりをくり返した。
酒に逃げたり人に逃げたり、
身を持て余しているから始末がわるい。
いやはやこんな人間になるとは、
露ほどにも思っていませんでした。
しょせんこの程度と、
すっかり愛想も尽きているのだった。
華やかな振袖を着たまこちゃんに、
きれいだねえといえば、
はにかんだ笑顔を見せる。
これからいろんな経験をして、
歳をかさねて行くことになる。
あやまちつまずきくり返すことなく、
夢の階段を駆け上がってもらいたい。
いつまでも、
そのあどけない笑顔でいられますように。
手を振って見送った。

一月の第二日曜日、くっきりと晴れてめでたい。
菩提寺のひとり娘のまこちゃんが、
成人式をむかえた。
東京の大学で、
保育士になるための勉強をしている。
成人式のあと、すぐにテストがあるといい、
ぜんぜん勉強してなくてと、困った顔をする。
式のあと、中学校の同級会があるという。
チェーン店の居酒屋が会場なのに、
会費で四千円も取られると聞いて、
それなら、
美味しいイタリアンの店にも行けたのにと、
これまた浮かない顔をする。
二十歳、好いときですなあと思いながら、
にこにこ話に相づちをうった。
成人式をむかえたときは、大学生をしていた。
横浜の三流大学に通いながら、
将来になんのあてもなく、
どんな人間に成るべきか、
毎日うつうつとした思いを抱いていた。
あれからおよそ三十年。なんのことはない、
ただの酔っぱらいになっただけだった。
精進しているのは酒道のみ、
それ以外のことといえば、
足元さだまらず今日に至っている。
おのれの出来高計りそこね、
柄に合わない無理をして、
ずいぶんしくじりをくり返した。
酒に逃げたり人に逃げたり、
身を持て余しているから始末がわるい。
いやはやこんな人間になるとは、
露ほどにも思っていませんでした。
しょせんこの程度と、
すっかり愛想も尽きているのだった。
華やかな振袖を着たまこちゃんに、
きれいだねえといえば、
はにかんだ笑顔を見せる。
これからいろんな経験をして、
歳をかさねて行くことになる。
あやまちつまずきくり返すことなく、
夢の階段を駆け上がってもらいたい。
いつまでも、
そのあどけない笑顔でいられますように。
手を振って見送った。

頂きつづきで
睦月 三
年が明けて、寒さもきびしくなってきた。
深酒の余韻に、すっかり寝坊の日がつづく。
雪かきの音が聞こえてきても、目が開かない。
起きだすころには、となりの家の奥さんと、
むかいの家の奥さんが、
きれいに雪を片づけて
そのたびに恐縮をしている。
暮れに、近所のかたに蜜柑をたくさん頂いて、
このごろようやく食べおえた。
残った皮を湯ぶねに浮かべたら、
さわやかな香りが広がっていやされる。
仕事始めの日、飲み友だちが訪ねてきた。
正月、実家のある石川に帰省していたといい、
金沢の、上等な菓子と玉露を頂いた。
母の大好物の菓子だったから、
ありがたやと半分届けた。
先日は、料理好きのかたに、
おかずを分けていただいた。
しみ豆腐の煮物に、
小魚とピーマンの炒めものに、
好物のひたし豆。
晩酌のつまみを作る手間がはぶけ、
美味しい味に酒がすすんだ。
次の日には、仕事で世話になっているかたが、
奥さんとお子さんと訪ねてきた。
奥さんは、はるばる青森の人で、
正月、みんなで実家へ行った帰り道、
秋田の道の駅で、
地酒の五本セットを買ってきてくれた。
遠路はるばるの旅の途中で、
こんなヨッパのことを思い出していただき、
ありがたかった。
さっそく晩酌で、一日一本酌んでいる。
ひと様の好意をつづけて頂いて、
午の年、好い出だしと相成った。
頂くうれしさがあれば、
差し上げるうれしさもある。
世話になっている飲み屋の御主人が、
今月誕生日と思い出した。
祝いの酒をぶら下げて。
飲み屋に行く口実が出来てしまった。
遠くに暮らす友だちのブログを開いたら、
一年近く患っていた病が治ったと書いてある。
酒も飲めるようになったというから、
ほんとにめでたい。
祝いの銘柄を贈りたいのだった。

年が明けて、寒さもきびしくなってきた。
深酒の余韻に、すっかり寝坊の日がつづく。
雪かきの音が聞こえてきても、目が開かない。
起きだすころには、となりの家の奥さんと、
むかいの家の奥さんが、
きれいに雪を片づけて
そのたびに恐縮をしている。
暮れに、近所のかたに蜜柑をたくさん頂いて、
このごろようやく食べおえた。
残った皮を湯ぶねに浮かべたら、
さわやかな香りが広がっていやされる。
仕事始めの日、飲み友だちが訪ねてきた。
正月、実家のある石川に帰省していたといい、
金沢の、上等な菓子と玉露を頂いた。
母の大好物の菓子だったから、
ありがたやと半分届けた。
先日は、料理好きのかたに、
おかずを分けていただいた。
しみ豆腐の煮物に、
小魚とピーマンの炒めものに、
好物のひたし豆。
晩酌のつまみを作る手間がはぶけ、
美味しい味に酒がすすんだ。
次の日には、仕事で世話になっているかたが、
奥さんとお子さんと訪ねてきた。
奥さんは、はるばる青森の人で、
正月、みんなで実家へ行った帰り道、
秋田の道の駅で、
地酒の五本セットを買ってきてくれた。
遠路はるばるの旅の途中で、
こんなヨッパのことを思い出していただき、
ありがたかった。
さっそく晩酌で、一日一本酌んでいる。
ひと様の好意をつづけて頂いて、
午の年、好い出だしと相成った。
頂くうれしさがあれば、
差し上げるうれしさもある。
世話になっている飲み屋の御主人が、
今月誕生日と思い出した。
祝いの酒をぶら下げて。
飲み屋に行く口実が出来てしまった。
遠くに暮らす友だちのブログを開いたら、
一年近く患っていた病が治ったと書いてある。
酒も飲めるようになったというから、
ほんとにめでたい。
祝いの銘柄を贈りたいのだった。

永遠の0を観て
睦月 二
映画館へでかけた。
永遠の0を観たのだった。
すこし前に、友だちにすすめられて原作を読んだ。
就職浪人をしている青年が、太平洋戦争のときに、
特攻で亡くなった祖父のことを調べることになった。
かつて戦友だったかたがたを訪ね、話を聞くうちに、
優秀な0戦パイロットだったこと。
そのくせ、
戦地で死を覚悟することを強いられるなか、
己にも部下にも、簡単に死んではいけないと、
言いきかせていたことがわかってくる。
その祖父が、なぜ終戦まぎわに特攻をしたのか、
いろんな戦地の様子を聞きながら、
祖父の心情をさがしてゆくというあらすじだった。
文庫本で六百ページの長編は、
映画では、ところどころ削られていたり、
筋が変えられていた。
それでも、
祖父の若いころを演じた岡田准一に加え、
橋爪功に田中泯に山本学、
昨年亡くなった夏八木勲、
ベテランの役者さんがたの、
味の利いた演技にしみじみと見入った。
以前、おなじ町内に住んでいたおじいさんがいた。
いつもにこにこと穏やかな柄で、
町の老人会の会長などもしていたかただった。
いちど町うちの集まりのときに、
ひどく酔っていたときがあった。
どうしてそんな話になったのか忘れたものの、
赤い顔をゆがめながら、
おれは満州で人に言えないようなことを、
さんざんしてきたんだとつぶやいた。
どんなことをしてきたのか、とても聞けなかった。
それからしばらくして、頭の様子がおかしくなった。
あちこち徘徊をするようになり、
奥さんの手をわずらわせる。
昼夜問わず、
敵が攻めてくる、おれの銃を出してくれと
大声でさわぐ日がつづいた。
夜中、玄関の戸をたたく音がする。
開けてみたらおじいさんで、
手にいっぱいの百円ライターを見せながら、
手榴弾を見つけたけど、
どこに捨てればいいだろうと、
聞いてきたこともあった。
何十年経っても忘れえぬ思いが見えて、
戦争で、
いったいどれだけの心の傷を受けたのか、
平和ぼけした我が身では、
とても察することなどできなかった。
映画を観終えて、
あのときのおじいさんを思い出した。

映画館へでかけた。
永遠の0を観たのだった。
すこし前に、友だちにすすめられて原作を読んだ。
就職浪人をしている青年が、太平洋戦争のときに、
特攻で亡くなった祖父のことを調べることになった。
かつて戦友だったかたがたを訪ね、話を聞くうちに、
優秀な0戦パイロットだったこと。
そのくせ、
戦地で死を覚悟することを強いられるなか、
己にも部下にも、簡単に死んではいけないと、
言いきかせていたことがわかってくる。
その祖父が、なぜ終戦まぎわに特攻をしたのか、
いろんな戦地の様子を聞きながら、
祖父の心情をさがしてゆくというあらすじだった。
文庫本で六百ページの長編は、
映画では、ところどころ削られていたり、
筋が変えられていた。
それでも、
祖父の若いころを演じた岡田准一に加え、
橋爪功に田中泯に山本学、
昨年亡くなった夏八木勲、
ベテランの役者さんがたの、
味の利いた演技にしみじみと見入った。
以前、おなじ町内に住んでいたおじいさんがいた。
いつもにこにこと穏やかな柄で、
町の老人会の会長などもしていたかただった。
いちど町うちの集まりのときに、
ひどく酔っていたときがあった。
どうしてそんな話になったのか忘れたものの、
赤い顔をゆがめながら、
おれは満州で人に言えないようなことを、
さんざんしてきたんだとつぶやいた。
どんなことをしてきたのか、とても聞けなかった。
それからしばらくして、頭の様子がおかしくなった。
あちこち徘徊をするようになり、
奥さんの手をわずらわせる。
昼夜問わず、
敵が攻めてくる、おれの銃を出してくれと
大声でさわぐ日がつづいた。
夜中、玄関の戸をたたく音がする。
開けてみたらおじいさんで、
手にいっぱいの百円ライターを見せながら、
手榴弾を見つけたけど、
どこに捨てればいいだろうと、
聞いてきたこともあった。
何十年経っても忘れえぬ思いが見えて、
戦争で、
いったいどれだけの心の傷を受けたのか、
平和ぼけした我が身では、
とても察することなどできなかった。
映画を観終えて、
あのときのおじいさんを思い出した。

新年に
睦月 一
年が明けた。三が日、
天気も崩れず、善光寺にもたくさんの参拝客が来ていた。
元旦、菩提寺へあいさつに出向いてから、
実家に顔を出す。
今年も、不肖の息子ですがよろしくお願いします。
父母と酌み交わした。
今年、年男の父は、いささか足の調子がわるいものの、
それ以外は、いたって健康な酒飲みで、
新年の酒も、こちらが一杯干すあいだに二杯干し、
変わらずの飲みっぷりがめでたい。
二日と三日は、
箱根駅伝を観ながら、朝からの一杯になる。
抜きつ抜かれつの展開にあおられて、
サッポロ黒ラベルの缶が、すぐに空になる。
ひとりひとりの力走に、それを支える仲間の励まし、
走り終えて、コースに深ぶか頭を下げる姿、
観ていて目頭があつくなり、情のうすい柄なのに、
ずいぶんと涙もろくなってしまった。
夕方になれば、さっそくの飲み屋詣でと相成った。
二日は友だちと、べじた坊さんへ出向いた。
まぐろのなか落ちで日本酒を酌んでいれば、
ちらほらお馴染みさんもやってくる。
気分好く、杯をかさねて酩酊して、
今年は記憶をなくさないこと。
早々に、今年の誓いがくずれてなさけない。
三日は、鶴賀のおでん屋の、ひろびろさんに顔を出す。
亡くなった女将さんの位牌に手を合わせ、
あとを継いだ息子さんと、
同行した友だちと酌み交わした。
届いた年賀状に目をとおせば、
昨年結婚した友だちは、
美しい白無垢の、三々九度の写真を送ってきてくれた。
お父さんになった友だちは、
あどけない、赤子の寝顔の写真を送ってきてくれた。
いく枚か、飲みすぎ注意のひとことの賀状もあって、
まったくですと、今年こそ気をつけなくてはいけない。
縁、絶やすことなく美味しいひとときを。
新年、思いつくのはそれひとつ。
午の年、どうかよろしくお願いします。

年が明けた。三が日、
天気も崩れず、善光寺にもたくさんの参拝客が来ていた。
元旦、菩提寺へあいさつに出向いてから、
実家に顔を出す。
今年も、不肖の息子ですがよろしくお願いします。
父母と酌み交わした。
今年、年男の父は、いささか足の調子がわるいものの、
それ以外は、いたって健康な酒飲みで、
新年の酒も、こちらが一杯干すあいだに二杯干し、
変わらずの飲みっぷりがめでたい。
二日と三日は、
箱根駅伝を観ながら、朝からの一杯になる。
抜きつ抜かれつの展開にあおられて、
サッポロ黒ラベルの缶が、すぐに空になる。
ひとりひとりの力走に、それを支える仲間の励まし、
走り終えて、コースに深ぶか頭を下げる姿、
観ていて目頭があつくなり、情のうすい柄なのに、
ずいぶんと涙もろくなってしまった。
夕方になれば、さっそくの飲み屋詣でと相成った。
二日は友だちと、べじた坊さんへ出向いた。
まぐろのなか落ちで日本酒を酌んでいれば、
ちらほらお馴染みさんもやってくる。
気分好く、杯をかさねて酩酊して、
今年は記憶をなくさないこと。
早々に、今年の誓いがくずれてなさけない。
三日は、鶴賀のおでん屋の、ひろびろさんに顔を出す。
亡くなった女将さんの位牌に手を合わせ、
あとを継いだ息子さんと、
同行した友だちと酌み交わした。
届いた年賀状に目をとおせば、
昨年結婚した友だちは、
美しい白無垢の、三々九度の写真を送ってきてくれた。
お父さんになった友だちは、
あどけない、赤子の寝顔の写真を送ってきてくれた。
いく枚か、飲みすぎ注意のひとことの賀状もあって、
まったくですと、今年こそ気をつけなくてはいけない。
縁、絶やすことなく美味しいひとときを。
新年、思いつくのはそれひとつ。
午の年、どうかよろしくお願いします。
