十月のおわりに
神無月 十二
朝晩の冷え込みが増してきて、
町なかの街路樹や善光寺の境内の木々たちや
近くの里山も、秋の色合いを深めている。
仕事が終わってからランニングをしている。
夕方の車の列を眺めながら町をひとまわりする。
このところ腰や膝が痛くなり、ふくらはぎの張りがとれない。
夜中にふくらはぎがつって、痛くてもだえ苦しむ日がつづいた。
整骨院でマッサージをしてもらえば、
今までになく疲れてますねえといわれて、
走ってひと風呂浴びてから飲みに出る日もあるから、
夜な夜な権堂を徘徊しているのも
足の疲れに輪をかけているのかもしれない。
早寝をした次の日早起きをして、
久しぶりに夜明け前の町を走った。
ひんやりとした空気に一枚厚着をしてゆっくりと走った。
日赤病院の前の通りは、歩道が整備されていて
走りやすくて好い。
中央通りを駆け上がって善光寺へ戻ってくれば、
今日も朝から観光客の姿が目につく。
秋になり人出が多く、平日でもにぎわっている。
お米作りをしている知人がいる。
仕事をするかたわら、週末になると田んぼへ行って
稲の世話をしている。
月の半ば、新米を持ってきてくれたのだった。
今年は思いのほか豊作で、はぜかけをしてもなかなか終わらずに
疲れたよおと笑う。
さらさらきれいなこしひかりを土鍋で炊けば、
つるつるぴかぴかの色白美人が湯気を立てる。
ほおばればほのかな甘みが美味しくて、
米といえば液体ばかりで足りている身も、
新米のこのときばかりはご飯がすすむ。
近所の蕎麦屋の軒先には新蕎麦の張り紙が貼られ、
これもまた、楽しみごとのひとつになる。
あいまいに胸に残っていた名残りごとに
けじめをつけられたかと思えたような十月だった。
新米、新蕎麦、もうすぐ新酒。
たしなみながら、ゆっくりと往きたい。
朝晩の冷え込みが増してきて、
町なかの街路樹や善光寺の境内の木々たちや
近くの里山も、秋の色合いを深めている。
仕事が終わってからランニングをしている。
夕方の車の列を眺めながら町をひとまわりする。
このところ腰や膝が痛くなり、ふくらはぎの張りがとれない。
夜中にふくらはぎがつって、痛くてもだえ苦しむ日がつづいた。
整骨院でマッサージをしてもらえば、
今までになく疲れてますねえといわれて、
走ってひと風呂浴びてから飲みに出る日もあるから、
夜な夜な権堂を徘徊しているのも
足の疲れに輪をかけているのかもしれない。
早寝をした次の日早起きをして、
久しぶりに夜明け前の町を走った。
ひんやりとした空気に一枚厚着をしてゆっくりと走った。
日赤病院の前の通りは、歩道が整備されていて
走りやすくて好い。
中央通りを駆け上がって善光寺へ戻ってくれば、
今日も朝から観光客の姿が目につく。
秋になり人出が多く、平日でもにぎわっている。
お米作りをしている知人がいる。
仕事をするかたわら、週末になると田んぼへ行って
稲の世話をしている。
月の半ば、新米を持ってきてくれたのだった。
今年は思いのほか豊作で、はぜかけをしてもなかなか終わらずに
疲れたよおと笑う。
さらさらきれいなこしひかりを土鍋で炊けば、
つるつるぴかぴかの色白美人が湯気を立てる。
ほおばればほのかな甘みが美味しくて、
米といえば液体ばかりで足りている身も、
新米のこのときばかりはご飯がすすむ。
近所の蕎麦屋の軒先には新蕎麦の張り紙が貼られ、
これもまた、楽しみごとのひとつになる。
あいまいに胸に残っていた名残りごとに
けじめをつけられたかと思えたような十月だった。
新米、新蕎麦、もうすぐ新酒。
たしなみながら、ゆっくりと往きたい。
深ぶか秋の酒
神無月 十一
日本酒のイベントに出かけた。
飲み仲間の方がたと、にぎわい混雑している
ホテルの会場の中をかきわけて
いろんな蔵の酒の味を利いてまわる。
顔見知りの蔵人さんのいるブースへ顔を出して
やあやあ、ごくろうさんと声かけて注いでもらう。
このイベントで面白いのは、
昨年まで口に合わなかった蔵の酒が、
今年はとてもよかったということがあることで、
酒屋の峯村君から、
北光正宗いいですよお。と聞いていたので
利いてみたら、ほんとに旨くておどろいた。
杜氏さんが最近変わったという。
蔵の息子さんで、二十六歳とまだ若い。
積善の飯田さんと農大で同級生だったといい、
こういう若い人たちがこれだけ旨い酒を造るのだから
信州の日本酒の将来は、
捨てたもんじゃないとうれしくなった。
うれしさが拍車をかけて、そのままみんなで
馴染みのべじた坊さんへ直行して、
楽しい酒を酌み、みごとにつぶれた。
月に一度、馴染みのおでん屋さんで日本酒の会をやっている。
常連さん五、六人、四合瓶を持ち寄って飲み比べをする。
この日は貸し切りにしてくれるから、
顔なじみの方々と、気をおかずのひとときが楽しめる。
日本酒の会といっても、うんちく並べることはなく、
これは旨い、これはすっきりしているぐらいのことを
言いながら、女将さんの料理を肴に杯をかさねる。
杯をかさねてゆくうちに、ちょろりちょろりと
個人的な話ができるのも、気さくな店の良さと思う。
この日並んだのは、手取川に鍋島、
帰山に愛宕の松に大那が二本。
青いラベルはあとから駆けつけてきてくれた
酒屋の新崎さんが持ってきてくれた。
そろってきれいな旨みが持ち味で、美味しくいただけた。
締めの一杯をと上乃家さんへ電話をしたら、
おそい時間なのに開けて置いてくれるという。
唐沢君の言葉に甘えてお邪魔した。
ポテトサラダをつまみに越乃白雁のひやおろしを酌んで、
今宵もおいしいひとときを過ごせました。
ずいぶん昔から知っている銘柄なのに、
白雁のひやおろしを口にしたのは、初めてのことだった。


日本酒のイベントに出かけた。
飲み仲間の方がたと、にぎわい混雑している
ホテルの会場の中をかきわけて
いろんな蔵の酒の味を利いてまわる。
顔見知りの蔵人さんのいるブースへ顔を出して
やあやあ、ごくろうさんと声かけて注いでもらう。
このイベントで面白いのは、
昨年まで口に合わなかった蔵の酒が、
今年はとてもよかったということがあることで、
酒屋の峯村君から、
北光正宗いいですよお。と聞いていたので
利いてみたら、ほんとに旨くておどろいた。
杜氏さんが最近変わったという。
蔵の息子さんで、二十六歳とまだ若い。
積善の飯田さんと農大で同級生だったといい、
こういう若い人たちがこれだけ旨い酒を造るのだから
信州の日本酒の将来は、
捨てたもんじゃないとうれしくなった。
うれしさが拍車をかけて、そのままみんなで
馴染みのべじた坊さんへ直行して、
楽しい酒を酌み、みごとにつぶれた。
月に一度、馴染みのおでん屋さんで日本酒の会をやっている。
常連さん五、六人、四合瓶を持ち寄って飲み比べをする。
この日は貸し切りにしてくれるから、
顔なじみの方々と、気をおかずのひとときが楽しめる。
日本酒の会といっても、うんちく並べることはなく、
これは旨い、これはすっきりしているぐらいのことを
言いながら、女将さんの料理を肴に杯をかさねる。
杯をかさねてゆくうちに、ちょろりちょろりと
個人的な話ができるのも、気さくな店の良さと思う。
この日並んだのは、手取川に鍋島、
帰山に愛宕の松に大那が二本。
青いラベルはあとから駆けつけてきてくれた
酒屋の新崎さんが持ってきてくれた。
そろってきれいな旨みが持ち味で、美味しくいただけた。
締めの一杯をと上乃家さんへ電話をしたら、
おそい時間なのに開けて置いてくれるという。
唐沢君の言葉に甘えてお邪魔した。
ポテトサラダをつまみに越乃白雁のひやおろしを酌んで、
今宵もおいしいひとときを過ごせました。
ずいぶん昔から知っている銘柄なのに、
白雁のひやおろしを口にしたのは、初めてのことだった。
日向子さん
神無月 十
好きな作家の一人に杉浦日向子さんがいる。
漫画家で江戸風俗の研究家で、
テレビに出ていたときに、大きな目をくるくるさせながら
穏やかな語り口で江戸の話をされていた。
銭湯と蕎麦屋と日本酒が好きだというところが好い。
ひと風呂浴びて、馴染みの蕎麦屋で一杯。
気の合う仲間とのにぎやかな宴。
読んでいると、一人の酒も、他人様を交えての酒も
ていねいに過ごされてきた人とわかる。
口のきれいな人で、油のつよいカツや天ぷらを食べない。
上等な刺身もかえって気が散ると口にしないという。
たたみいわしが好物で、さっとあぶったのをかじりながら
ありふれた本醸造の熱燗、を大ぶりのぐい飲みでやっていると、
ちうくらいのほど良い幸せを感じるという。
そんな枯れた酒飲みになりたいのに、
酒のうんちくをとうとうと並べて酩酊して、
刺身とまちがえておしぼりを箸でつまんでいるようでは
到底足もとにも及ばないとなさけない。
おもい病気にかかって漫画家をやめて、
仕事の量も減らして隠居宣言をした。
隠居になるとは、手ぶらの人になることと思う。
手ぶらは、持たない、抱えない、背負わないだが
ポケットには小銭がじゃらじゃら入っているし、
煩悩なら鐘を割るほど胸にある。
世俗の空気を離れず、濁貧に遊ぶのが隠居の余生だという。
無用な義理や目先の欲に気持ちを持て余すとき
そんな台詞が染みてくる。
六年前の夏の日、四十六歳で彼岸に旅立った。
お会いできることがあったなら、
元屋の三畳の入れ込みで、
七笑の燗酒を酌み交わしたかったものと、
読むたびにそんなことを思っている。
好きな作家の一人に杉浦日向子さんがいる。
漫画家で江戸風俗の研究家で、
テレビに出ていたときに、大きな目をくるくるさせながら
穏やかな語り口で江戸の話をされていた。
銭湯と蕎麦屋と日本酒が好きだというところが好い。
ひと風呂浴びて、馴染みの蕎麦屋で一杯。
気の合う仲間とのにぎやかな宴。
読んでいると、一人の酒も、他人様を交えての酒も
ていねいに過ごされてきた人とわかる。
口のきれいな人で、油のつよいカツや天ぷらを食べない。
上等な刺身もかえって気が散ると口にしないという。
たたみいわしが好物で、さっとあぶったのをかじりながら
ありふれた本醸造の熱燗、を大ぶりのぐい飲みでやっていると、
ちうくらいのほど良い幸せを感じるという。
そんな枯れた酒飲みになりたいのに、
酒のうんちくをとうとうと並べて酩酊して、
刺身とまちがえておしぼりを箸でつまんでいるようでは
到底足もとにも及ばないとなさけない。
おもい病気にかかって漫画家をやめて、
仕事の量も減らして隠居宣言をした。
隠居になるとは、手ぶらの人になることと思う。
手ぶらは、持たない、抱えない、背負わないだが
ポケットには小銭がじゃらじゃら入っているし、
煩悩なら鐘を割るほど胸にある。
世俗の空気を離れず、濁貧に遊ぶのが隠居の余生だという。
無用な義理や目先の欲に気持ちを持て余すとき
そんな台詞が染みてくる。
六年前の夏の日、四十六歳で彼岸に旅立った。
お会いできることがあったなら、
元屋の三畳の入れ込みで、
七笑の燗酒を酌み交わしたかったものと、
読むたびにそんなことを思っている。
赤ワイン二本。
神無月 九
外出先から帰ってきたら、玄関先に赤ワインが置いてあった。
書置きがなく、誰が持ってきてくれたのかわからない。
スペインのアルテロ、2008年。
心あたりのある友だちに尋ねてみても、
みんな身に覚えがないという。
艶やかな女性でも携えてきてくれたのか、
恨みを抱いた人が毒でも入れて置いて行ったのか、
可能性なら、後者のほうがずっと高いところがなさけない。
一週間を過ぎたころ、山口君がやってきた。
顔を見て閃いたら案の定、留守の間に来てくれていたのだった。
ホテルでサービスの仕事をしている。
ときどき取り引きのある酒屋さんからワインを買っていて、
以前我が家で飲み会をしたときは、
ふだん飲んでいるものよりも、
0の数が一個ちがう高級なワインをふるまってくれて
めったに飲めないと、味わって酔った。
アルテロは三年熟成で美味しいですとすすめてくれる。
おまけにこの日も、赤ワインを一本手土産にいただいた。
フランスのマルゴーのローザン・セグラ。
グラン・クリュクラスとラベルにあって、
これまたずいぶん高価なものをと恐縮をした。
髪を切りながら話をすれば、
知り合ってもう二十年になるという。
高校生のころに付き合いが始まって、もうすぐ四十歳。
ほど良い距離のほそぼそとした付き合いに、
おたがい歳をとりましたなあとしみじみした。
夏の初めからこのごろまで、軽井沢のホテルで働いていた。
かきいれのいそがしい時期、
仕事に慣れない若いスタッフが多くて苦労したという。
明日から二ヶ月、白馬のホテルへ行くという。
帰ってきたら、ワインのお礼も兼ねて飲みに誘いたい。
外出先から帰ってきたら、玄関先に赤ワインが置いてあった。
書置きがなく、誰が持ってきてくれたのかわからない。
スペインのアルテロ、2008年。
心あたりのある友だちに尋ねてみても、
みんな身に覚えがないという。
艶やかな女性でも携えてきてくれたのか、
恨みを抱いた人が毒でも入れて置いて行ったのか、
可能性なら、後者のほうがずっと高いところがなさけない。
一週間を過ぎたころ、山口君がやってきた。
顔を見て閃いたら案の定、留守の間に来てくれていたのだった。
ホテルでサービスの仕事をしている。
ときどき取り引きのある酒屋さんからワインを買っていて、
以前我が家で飲み会をしたときは、
ふだん飲んでいるものよりも、
0の数が一個ちがう高級なワインをふるまってくれて
めったに飲めないと、味わって酔った。
アルテロは三年熟成で美味しいですとすすめてくれる。
おまけにこの日も、赤ワインを一本手土産にいただいた。
フランスのマルゴーのローザン・セグラ。
グラン・クリュクラスとラベルにあって、
これまたずいぶん高価なものをと恐縮をした。
髪を切りながら話をすれば、
知り合ってもう二十年になるという。
高校生のころに付き合いが始まって、もうすぐ四十歳。
ほど良い距離のほそぼそとした付き合いに、
おたがい歳をとりましたなあとしみじみした。
夏の初めからこのごろまで、軽井沢のホテルで働いていた。
かきいれのいそがしい時期、
仕事に慣れない若いスタッフが多くて苦労したという。
明日から二ヶ月、白馬のホテルへ行くという。
帰ってきたら、ワインのお礼も兼ねて飲みに誘いたい。
伊那から
神無月 八
伊那から友だちが訪ねてきた。
長野に住んでいる共通の友だちにも声をかけて
べじた坊さんで一献酌み交わす。
以前、長野の別のネットワークで日記を書いていた。
そのつながりで知り合った人たちなのだった。
そちらのネットワークはすっかり縁が切れたものの、
知り合って、こうして今でも会える人が何人かいる。
べじた坊の常連さんだという、長野の友だちの義弟さんも交えて
四人できのこ鍋を囲みながら日本酒の味を楽しんだ。
友だちは、このごろ痔の手術をしたという。
痛みが引くまで、好きなロードレーサーに
乗れなかったのがつらかった。
おまけに先日初めて通風になったという。
足先の痛みが半端じゃなく、歩くのがつらいと
痛々しそうに話す。
鍋島にしらぎく、山和に而今に十九に豊賀、
旨い酒をそれぞれ楽しんで鍋を突っつく。
手の空いたべじた坊の石垣さんも交え、
日本酒や商売の話に花が咲く。
せっかくだからみんなで味を利いてみようと、
手土産の中川村の今錦の栓を抜いた。
ほど良い幅の旨みがすっっと切れて、この酒はいつ飲んでも旨い。
ロードレーサーを飛ばして中川村へ行くと
穏やかな風景に気持ちが癒されると友だちがいう。
その風景そのままの味だと、なかなか粋なことをいう。
石垣さんから頂いた、その日詰めたままの積善の栓も抜いて
個々の味を利いた。
友だちは趣味で蕎麦を打っている。
出汁の効いた濃い目の汁と、細打ちの蕎麦の味はかなり旨い。
会うたびに早く蕎麦屋を開けと催促をしている。
酒は今錦があればよい。
次の日、楽しかったとメールが来た。
一年に数回。そんな縁でも、会えば楽しく旨い酒が酌める。
新蕎麦の時期になった。
打ったら送ってくれとねだってみる。

伊那から友だちが訪ねてきた。
長野に住んでいる共通の友だちにも声をかけて
べじた坊さんで一献酌み交わす。
以前、長野の別のネットワークで日記を書いていた。
そのつながりで知り合った人たちなのだった。
そちらのネットワークはすっかり縁が切れたものの、
知り合って、こうして今でも会える人が何人かいる。
べじた坊の常連さんだという、長野の友だちの義弟さんも交えて
四人できのこ鍋を囲みながら日本酒の味を楽しんだ。
友だちは、このごろ痔の手術をしたという。
痛みが引くまで、好きなロードレーサーに
乗れなかったのがつらかった。
おまけに先日初めて通風になったという。
足先の痛みが半端じゃなく、歩くのがつらいと
痛々しそうに話す。
鍋島にしらぎく、山和に而今に十九に豊賀、
旨い酒をそれぞれ楽しんで鍋を突っつく。
手の空いたべじた坊の石垣さんも交え、
日本酒や商売の話に花が咲く。
せっかくだからみんなで味を利いてみようと、
手土産の中川村の今錦の栓を抜いた。
ほど良い幅の旨みがすっっと切れて、この酒はいつ飲んでも旨い。
ロードレーサーを飛ばして中川村へ行くと
穏やかな風景に気持ちが癒されると友だちがいう。
その風景そのままの味だと、なかなか粋なことをいう。
石垣さんから頂いた、その日詰めたままの積善の栓も抜いて
個々の味を利いた。
友だちは趣味で蕎麦を打っている。
出汁の効いた濃い目の汁と、細打ちの蕎麦の味はかなり旨い。
会うたびに早く蕎麦屋を開けと催促をしている。
酒は今錦があればよい。
次の日、楽しかったとメールが来た。
一年に数回。そんな縁でも、会えば楽しく旨い酒が酌める。
新蕎麦の時期になった。
打ったら送ってくれとねだってみる。
仙台にて
神無月 七
宮城行きの宿は、仙台のビジネスホテルに取った。
荷物を置いて町を散歩する。
大きな通りに背の高い街路樹が並び、
にぎやかな街並みにせいせいとした空気がある。
杜の都とはよくいったものと実感する。
広いアーケードが縦横に伸び、それぞれの店先に
がんばろう東北。がんばろう宮城と描かれた旗が
上がっていた。
牛タン発生の店があったから入ってみた。
ビールを一本に牛タンを一人前。
壁には、牛タンを生んだ先代の御主人の新聞記事が貼ってある。
ビールを飲みながら、池波正太郎に似ていると眺めた。
常連さんに観光客、次々とお客が入ってくる。
牛タンは肉の歯ごたえが良く、
噛み合わせのわるい身は、食べるのに少々苦労した。
陽が落ちてから、同行したみんなと伯楽星の新澤さんと飲みに出た。
国分町の繁華街を抜けて、人ひとり通れる路地の奥に
歓の季さんはある。
この日は宮城の肴を食べながら、同行した蔵の方々の
酒を酌んだのだった。
幻舞にオバステ正宗、十九に積善に松尾と、
あぶらののった刺身に出汁の効いた椀物など、
旨い肴を食べながら、個々の味を楽しんだ。
話を聞けば、長野の蔵人のみなさんも、思うような味が出なかったり、
人との絡みに気苦労があったり、屈託を抱えている。
晩秋からの造りにすこしでも思いが添えられるよう、
旨い酒が仕込めるよう願いたい。
次の日買い物を済ませてから、峯村君おすすめの寿司屋でお昼にする。
テレビのローカルニュースでは、
石巻の避難所が閉鎖されたと伝えていて、
震災の後遺症はまだまだ終わらないと思いながら
東北のネタを食べ、伯楽星の純米吟醸を味わった。


宮城行きの宿は、仙台のビジネスホテルに取った。
荷物を置いて町を散歩する。
大きな通りに背の高い街路樹が並び、
にぎやかな街並みにせいせいとした空気がある。
杜の都とはよくいったものと実感する。
広いアーケードが縦横に伸び、それぞれの店先に
がんばろう東北。がんばろう宮城と描かれた旗が
上がっていた。
牛タン発生の店があったから入ってみた。
ビールを一本に牛タンを一人前。
壁には、牛タンを生んだ先代の御主人の新聞記事が貼ってある。
ビールを飲みながら、池波正太郎に似ていると眺めた。
常連さんに観光客、次々とお客が入ってくる。
牛タンは肉の歯ごたえが良く、
噛み合わせのわるい身は、食べるのに少々苦労した。
陽が落ちてから、同行したみんなと伯楽星の新澤さんと飲みに出た。
国分町の繁華街を抜けて、人ひとり通れる路地の奥に
歓の季さんはある。
この日は宮城の肴を食べながら、同行した蔵の方々の
酒を酌んだのだった。
幻舞にオバステ正宗、十九に積善に松尾と、
あぶらののった刺身に出汁の効いた椀物など、
旨い肴を食べながら、個々の味を楽しんだ。
話を聞けば、長野の蔵人のみなさんも、思うような味が出なかったり、
人との絡みに気苦労があったり、屈託を抱えている。
晩秋からの造りにすこしでも思いが添えられるよう、
旨い酒が仕込めるよう願いたい。
次の日買い物を済ませてから、峯村君おすすめの寿司屋でお昼にする。
テレビのローカルニュースでは、
石巻の避難所が閉鎖されたと伝えていて、
震災の後遺症はまだまだ終わらないと思いながら
東北のネタを食べ、伯楽星の純米吟醸を味わった。
伯楽星の蔵元へ 3
神無月 六
伯楽星の新澤さんは、蔵を移転して酒造りを行なう。
新しい蔵は山形県よりの川崎町にある。
高速道路をぬけて、田んぼや畑の景色を上がってゆけば
白い建物が見えてきた。
裏山にぽっかりと雲の浮いた、秋の空がちかい。
とんぼが飛び交い、空気がきれいなところとおもう。
七年前に建てられて廃業した蔵の、
建物と設備がそのまま残されていた。
中へ入ると、職人さんたちがあちこち改修工事を行なっている。
ひろびろ見渡せる屋内は、いかにも仕事のつなぎがやりやすい。
裏山から湧き出る水もずいぶんと質が良いというから、
今までよりも良い酒が仕込めると力づよくいう。
晩秋から春先までの間、蔵人さんたちは車で通いながら仕事をする。
そのために、通勤用のプリウスを何台か購入したという。
十年前蔵を継いだときはつぶれる寸前だった。
若い蔵人ふたりと造りを始めて、
夜中まで意見を言い合ったり、
出荷した酒の味が気になって、夜おそく仙台の飲み屋まで
確かめに駆けつけたこともあったという。
小さい仕事をしていたときは、思い立ったことにすぐに体を動かせた。
味の良さが評判になり、造りの量が増えてくると
蔵人の数も増えて、なかなか思いどおりに動けなかったり
気持ちの伝わらないことも多くなったという。
目をかけてもらっていた酒屋さんとの間にわだかまりができて
泣きたい思いに駆られたこともあったという。
話を伺っていれば、この十年の並大抵ではなかったことがわかり
新しい蔵での酒のできばえを応援せずにはいられない。
濃厚旨口の酒が流行りだった頃から、
料理を食べながら、飲み飽きせずに飲みつづけられる
きれいな酒を目指してきた。
行き着けの飲み屋で酒と肴を楽しんだあと、
締めの一杯をと思えば、迷わず伯楽星を酌んでいる。
気がつけば馴染みの銘柄の中で、いちばん長い付き合いになっていた。
早ければ、この十一月から仕込みを始めたいという。
新しい蔵での伯楽星がこの冬の楽しみになる。

伯楽星の新澤さんは、蔵を移転して酒造りを行なう。
新しい蔵は山形県よりの川崎町にある。
高速道路をぬけて、田んぼや畑の景色を上がってゆけば
白い建物が見えてきた。
裏山にぽっかりと雲の浮いた、秋の空がちかい。
とんぼが飛び交い、空気がきれいなところとおもう。
七年前に建てられて廃業した蔵の、
建物と設備がそのまま残されていた。
中へ入ると、職人さんたちがあちこち改修工事を行なっている。
ひろびろ見渡せる屋内は、いかにも仕事のつなぎがやりやすい。
裏山から湧き出る水もずいぶんと質が良いというから、
今までよりも良い酒が仕込めると力づよくいう。
晩秋から春先までの間、蔵人さんたちは車で通いながら仕事をする。
そのために、通勤用のプリウスを何台か購入したという。
十年前蔵を継いだときはつぶれる寸前だった。
若い蔵人ふたりと造りを始めて、
夜中まで意見を言い合ったり、
出荷した酒の味が気になって、夜おそく仙台の飲み屋まで
確かめに駆けつけたこともあったという。
小さい仕事をしていたときは、思い立ったことにすぐに体を動かせた。
味の良さが評判になり、造りの量が増えてくると
蔵人の数も増えて、なかなか思いどおりに動けなかったり
気持ちの伝わらないことも多くなったという。
目をかけてもらっていた酒屋さんとの間にわだかまりができて
泣きたい思いに駆られたこともあったという。
話を伺っていれば、この十年の並大抵ではなかったことがわかり
新しい蔵での酒のできばえを応援せずにはいられない。
濃厚旨口の酒が流行りだった頃から、
料理を食べながら、飲み飽きせずに飲みつづけられる
きれいな酒を目指してきた。
行き着けの飲み屋で酒と肴を楽しんだあと、
締めの一杯をと思えば、迷わず伯楽星を酌んでいる。
気がつけば馴染みの銘柄の中で、いちばん長い付き合いになっていた。
早ければ、この十一月から仕込みを始めたいという。
新しい蔵での伯楽星がこの冬の楽しみになる。
伯楽星の蔵元へ 2
神無月 五
お昼ごはんを食べたあとに
米を削る精米機を見せてもらった。
精米機は、蔵からすこし離れた倉庫の中にある。
精米機はおそろしく値の張る機械だから
数ある酒蔵の中でも持っているところは少ない。
伯楽星の新澤さんは、
三年前の岩手宮城内陸地震で被害にあったときに
こんなときこそ質をあげた酒を造ると
気持ちを奮い立たせて購入したのだった。
高々そびえる精米機の前には、米の袋が積まれている。
蔵の華にササニシキ、美山錦にひとめぼれ。
使う米はすべて地元の農家さんと契約して
作ってもらっているという。
質の良い米を使うために、新澤さんのところでは
社員に等級検査師の免許をとってもらい、
米の検査を、作った農家さんと共におこなっている。
純米酒や純米吟醸酒のようなグレードの高い酒で
お米を四割から五割削る。
新澤さんのところでは、これから特別な酒を仕込む。
精米歩合七パーセント。
九割三分を削った蔵の華で酒を仕込むという。
米を削るだけで十三日間かかったといい、
きらきらと輝く小さな粒は、
日ごろ米を見慣れている長野の蔵人さんたちも
目をみはっていた。
昨年この蔵の、
精米歩合九パーセントの酒を飲む機会に恵まれた。
そこまで磨いてあれば、
ずいぶんすっきりした味になるのかと思いきや
以外にもしっかり旨みがあっておどろいた。
その旨を伝えたら、雑味をすっかり削ったあとの
米の糖分しか残らないから旨みが出ると教えてくれる。
ならばさらに削った七パーセントの味わいは
いったい如何ほどのものになるのでしょうか。
口にできる機会が来ることを願わずにいられない。

お昼ごはんを食べたあとに
米を削る精米機を見せてもらった。
精米機は、蔵からすこし離れた倉庫の中にある。
精米機はおそろしく値の張る機械だから
数ある酒蔵の中でも持っているところは少ない。
伯楽星の新澤さんは、
三年前の岩手宮城内陸地震で被害にあったときに
こんなときこそ質をあげた酒を造ると
気持ちを奮い立たせて購入したのだった。
高々そびえる精米機の前には、米の袋が積まれている。
蔵の華にササニシキ、美山錦にひとめぼれ。
使う米はすべて地元の農家さんと契約して
作ってもらっているという。
質の良い米を使うために、新澤さんのところでは
社員に等級検査師の免許をとってもらい、
米の検査を、作った農家さんと共におこなっている。
純米酒や純米吟醸酒のようなグレードの高い酒で
お米を四割から五割削る。
新澤さんのところでは、これから特別な酒を仕込む。
精米歩合七パーセント。
九割三分を削った蔵の華で酒を仕込むという。
米を削るだけで十三日間かかったといい、
きらきらと輝く小さな粒は、
日ごろ米を見慣れている長野の蔵人さんたちも
目をみはっていた。
昨年この蔵の、
精米歩合九パーセントの酒を飲む機会に恵まれた。
そこまで磨いてあれば、
ずいぶんすっきりした味になるのかと思いきや
以外にもしっかり旨みがあっておどろいた。
その旨を伝えたら、雑味をすっかり削ったあとの
米の糖分しか残らないから旨みが出ると教えてくれる。
ならばさらに削った七パーセントの味わいは
いったい如何ほどのものになるのでしょうか。
口にできる機会が来ることを願わずにいられない。
伯楽星の蔵元へ
神無月 四

宮城へ出かけた。
酒屋の峯村君と酒蔵の方々に混ぜてもらい出かけた。
宮城県大崎市。
伯楽星の新澤醸造さんを訪ねるのは、三年半ぶりのことだった。
酒蔵に到着すれば、丸い体の巌夫さんが迎えてくれ、
久しぶりの挨拶をして、蔵の中を見せてもらう。
かたむいた柱にひび割れた壁。一升瓶の残がいに
もろみが飛び散ったままのタンク。
あちこちに震災の名残りがうかがえる。
事務所には、ボランティアに来られた人たちの
応援メッセージの書かれた色紙が飾られていた。
倒壊のおそれのある蔵での造りはあきらめて
あたらしい場所へ移って造りを再開するという。
震災で地元の酒屋さんも被害を受けて
酒を売れなくなった。
それでもその分を県外の酒屋さんが買い取って
応援してくれたから、ずいぶん助かったという。
古い蔵の解体に新しい蔵の買い取りと、たくさんのお金がかかる。
そんなときにつくづくありがたかったのは、
日ごろの人の縁だった。
腹にたまった悩みを打ち明ければ、
それに答えて動いてくれる人がいて、負担を減らすことが出来た。
峯村君のおばあさんが亡くなったときに、
線香一本御参りをするために宮城からかけつけた。
香典を送って済ますというわけにはいかない。
そんな柄がみんなの力を呼んだとわかる。
どんな仕事をしていても、どんな暮らしをしていても
関わる人との縁をおもう。きっとさいごはそこにくる。
母屋に上がり、お昼ご飯をごちそうになっていたら
ゆらゆら揺れがきた。
外に出ましょう!の声にあわてて外へ飛び出した。
震度三。
同じ揺れでも、長野にいるときと全然緊張感がちがうと
かたむいている蔵を眺めた。



宮城へ出かけた。
酒屋の峯村君と酒蔵の方々に混ぜてもらい出かけた。
宮城県大崎市。
伯楽星の新澤醸造さんを訪ねるのは、三年半ぶりのことだった。
酒蔵に到着すれば、丸い体の巌夫さんが迎えてくれ、
久しぶりの挨拶をして、蔵の中を見せてもらう。
かたむいた柱にひび割れた壁。一升瓶の残がいに
もろみが飛び散ったままのタンク。
あちこちに震災の名残りがうかがえる。
事務所には、ボランティアに来られた人たちの
応援メッセージの書かれた色紙が飾られていた。
倒壊のおそれのある蔵での造りはあきらめて
あたらしい場所へ移って造りを再開するという。
震災で地元の酒屋さんも被害を受けて
酒を売れなくなった。
それでもその分を県外の酒屋さんが買い取って
応援してくれたから、ずいぶん助かったという。
古い蔵の解体に新しい蔵の買い取りと、たくさんのお金がかかる。
そんなときにつくづくありがたかったのは、
日ごろの人の縁だった。
腹にたまった悩みを打ち明ければ、
それに答えて動いてくれる人がいて、負担を減らすことが出来た。
峯村君のおばあさんが亡くなったときに、
線香一本御参りをするために宮城からかけつけた。
香典を送って済ますというわけにはいかない。
そんな柄がみんなの力を呼んだとわかる。
どんな仕事をしていても、どんな暮らしをしていても
関わる人との縁をおもう。きっとさいごはそこにくる。
母屋に上がり、お昼ご飯をごちそうになっていたら
ゆらゆら揺れがきた。
外に出ましょう!の声にあわてて外へ飛び出した。
震度三。
同じ揺れでも、長野にいるときと全然緊張感がちがうと
かたむいている蔵を眺めた。
おてもやんにて
神無月 三
ひさしぶりの飲み屋へ出かけた。
長野電鉄の本郷駅から上がり、最初の四つ角に
おてもやんがある。
ずいぶん前、そこからさらに北へ上がった
大きな通りをわきに入った所で暮らしていた。
仲の良い友だちと、ときどき足を運んでいたのだった。
ご夫婦ふたりでやられている店で、
奥さんが熊本の人だから、焼酎と日本酒は熊本のものを置いていた。
酒のつまみの他にきしめんもメニューにあるから
飲んだ締めに食べないわけにはいかない。
お客さんの写真がずらっと壁に貼ってあって、
近所の女子高の女の子がふたり、ピースで写っている写真もあった。
学校帰りにきしめんで腹を満たしているとわかり、
しぶい女子高生と感心をした。
十年あまり前、世話になっていた年配の知り合いがいた。
息子さんを病気で亡くされたあと、自分もおもい病気になってしまった。
友だちとふたりでお見舞いに行った夜、
息子が呼んでいるのかもしれないという台詞を聞いて、
帰り道、切なさに言葉すくなくおてもやんで酌み交わした。
引っ越してから足も遠のいて、
おてもやん、閉店しちゃったよと友だちから聞いたときに
またひとつ、思い出の店がなくなったかとしんみりとなった。
このごろになり、おてもやん、また営業を始めたと連絡があり、
ぽっかり空いた土曜日の晩、ふたりで足を運んだ。
以前とおなじくL字のカウンターの奥に座り、生ビールを頼む。
閉めていた間、どうされていたのか御主人に問えば、
実家でトラブルがあって、ずっと帰っていたのだという。
口ぶりに、ずいぶん大変だったのが伺えて、
いくつになってもいろんなことがあると合槌をうった。
焼き鳥も他のつまみも、とりたててどうということはないものの
なつかしい、フォークソングのBGMを聴きながらのいっときは
気持ちものんびりゆるくなる。
芋焼酎一本空にして、きしめんで締めた。

ひさしぶりの飲み屋へ出かけた。
長野電鉄の本郷駅から上がり、最初の四つ角に
おてもやんがある。
ずいぶん前、そこからさらに北へ上がった
大きな通りをわきに入った所で暮らしていた。
仲の良い友だちと、ときどき足を運んでいたのだった。
ご夫婦ふたりでやられている店で、
奥さんが熊本の人だから、焼酎と日本酒は熊本のものを置いていた。
酒のつまみの他にきしめんもメニューにあるから
飲んだ締めに食べないわけにはいかない。
お客さんの写真がずらっと壁に貼ってあって、
近所の女子高の女の子がふたり、ピースで写っている写真もあった。
学校帰りにきしめんで腹を満たしているとわかり、
しぶい女子高生と感心をした。
十年あまり前、世話になっていた年配の知り合いがいた。
息子さんを病気で亡くされたあと、自分もおもい病気になってしまった。
友だちとふたりでお見舞いに行った夜、
息子が呼んでいるのかもしれないという台詞を聞いて、
帰り道、切なさに言葉すくなくおてもやんで酌み交わした。
引っ越してから足も遠のいて、
おてもやん、閉店しちゃったよと友だちから聞いたときに
またひとつ、思い出の店がなくなったかとしんみりとなった。
このごろになり、おてもやん、また営業を始めたと連絡があり、
ぽっかり空いた土曜日の晩、ふたりで足を運んだ。
以前とおなじくL字のカウンターの奥に座り、生ビールを頼む。
閉めていた間、どうされていたのか御主人に問えば、
実家でトラブルがあって、ずっと帰っていたのだという。
口ぶりに、ずいぶん大変だったのが伺えて、
いくつになってもいろんなことがあると合槌をうった。
焼き鳥も他のつまみも、とりたててどうということはないものの
なつかしい、フォークソングのBGMを聴きながらのいっときは
気持ちものんびりゆるくなる。
芋焼酎一本空にして、きしめんで締めた。
しみじみお米
神無月 二
炊飯器がこわれた。
ときどき調子がわるかったのを、だましだまし使っていたら、
うんともすんともいわなくなった。
このごろは土鍋でご飯を炊いている。
朝いちばん、ちいさな土鍋に米一合、研いで入れて水に浸す。
なじむ間に近所をぶらぶら散歩する。
陽の上るのがおそくなり、日の出まえのうす明るい善光寺界隈は
しんと秋が深まっている。
帰ってきたら、強火で炊いて、沸騰したら弱火で十分。
火を止めて、むらして十分。
合い間に掃除をしたり新聞を読んだり、
すこしの手間は、慣れてしまえばものぐさでも苦にならず
ふっくらとおこげのついた朝ごはんは、
むしろぜいたくなひとときと楽しい。
近所の米屋さんは一キロから計り売りをしてくれる。
二キロでおよそひと月分。
ひとり暮らしの消費のおそい身には、
精米したての米を小売してくれるのはありがたいことだった。
先日は浅科産のこしひかりを買った。
この店はおにぎりも売っていて、
店先で注文してからにぎってくれるから、出来立てを食べられる。
買った米は劣化せぬように、冷蔵庫で保管する。
いちばん上のドアを開ければ、一升瓶が待機している。
二番目のドアを開けて、袋のまま突っ込んである。
仕事をしていたら母から電話があった。
小布施まで友だちとランチに来たという。
目の前に高沢さんという酒蔵があるから、
土産に買って行ってやるという。
ふだん人の顔さえ見れば、飲んでばかりいてと小言をいうくせに、
こういうところは身内のやさしさとありがたい。
お言葉に甘えて、純米吟醸の四合瓶を二本おねがいした。
米屋の奥さんが、もうすぐ新米が出ると教えてくれた。
今年の酒米の出来はどうなのだろうか。
ことにこのたびは、東北の米が気にかかる。
おいしいごはんを食べ、旨き酒を酌むたびに
米の国に生まれたしあわせに感謝したい。
炊飯器がこわれた。
ときどき調子がわるかったのを、だましだまし使っていたら、
うんともすんともいわなくなった。
このごろは土鍋でご飯を炊いている。
朝いちばん、ちいさな土鍋に米一合、研いで入れて水に浸す。
なじむ間に近所をぶらぶら散歩する。
陽の上るのがおそくなり、日の出まえのうす明るい善光寺界隈は
しんと秋が深まっている。
帰ってきたら、強火で炊いて、沸騰したら弱火で十分。
火を止めて、むらして十分。
合い間に掃除をしたり新聞を読んだり、
すこしの手間は、慣れてしまえばものぐさでも苦にならず
ふっくらとおこげのついた朝ごはんは、
むしろぜいたくなひとときと楽しい。
近所の米屋さんは一キロから計り売りをしてくれる。
二キロでおよそひと月分。
ひとり暮らしの消費のおそい身には、
精米したての米を小売してくれるのはありがたいことだった。
先日は浅科産のこしひかりを買った。
この店はおにぎりも売っていて、
店先で注文してからにぎってくれるから、出来立てを食べられる。
買った米は劣化せぬように、冷蔵庫で保管する。
いちばん上のドアを開ければ、一升瓶が待機している。
二番目のドアを開けて、袋のまま突っ込んである。
仕事をしていたら母から電話があった。
小布施まで友だちとランチに来たという。
目の前に高沢さんという酒蔵があるから、
土産に買って行ってやるという。
ふだん人の顔さえ見れば、飲んでばかりいてと小言をいうくせに、
こういうところは身内のやさしさとありがたい。
お言葉に甘えて、純米吟醸の四合瓶を二本おねがいした。
米屋の奥さんが、もうすぐ新米が出ると教えてくれた。
今年の酒米の出来はどうなのだろうか。
ことにこのたびは、東北の米が気にかかる。
おいしいごはんを食べ、旨き酒を酌むたびに
米の国に生まれたしあわせに感謝したい。
おまえさん
神無月 一
冷え込んだ朝、仕事場にストーブを出した。
すっかり秋になり、空が静かに高い。
陽が暮れて飲みに出れば、南の空に月が白い。
秋だなあとしみじみ思う。
仕事の手が空くと、たいてい本を読んでいる。
日によってはまるまる一冊読めてしまうこともあり、
そんな日は、稼ぎがなくてなさけない。
時代小説が好きで、読む機会が多い。
宮部みゆきさんの新刊が発売になった。
「おまえさん」は、北町奉行所に勤める
井筒平四郎が主人公の物語で、
第三作目になる。
同心のくせにやっかい事に関わるのが嫌いで、
面倒くせえなあとぼやきながら
鼻毛を抜いてごろごろしている怠け者なのだった。
おまけに物覚えがわるく、人の名前やむずかしいことなど
すぐ忘れてしまうから、およそ同心には向いていない。
なんだか似かよった性格は他人と思えず、
親近感を持って読んだ。
みすぼらしい町人の殺人事件があって、
つづいて大きな商家の御主人が殺された。
一見つながりのないふたつの事件に
二十年前の因縁が絡まって、複雑な展開を見せてゆく。
面倒くせえなあといいながら、平四郎は、
美形で頭の良い甥っ子の弓之介、
優秀な後輩同心の信之輔、
岡っ引きの政五郎に、手下の三太郎や猪次の助けを借りて
事件の真相に迫ってゆく。
平四郎の細君に、政五郎の妻のお紺、惣菜屋のお徳。
わきで支える女の人が好い。
みんなまっすぐで気骨があって気が利いてやさしい。
人はどうして自ら面倒事をこしらえて、複雑な道を作るのか。
ありのままの事柄を、ありのままの姿勢で、
ありのままに受け止める。
そうすれば平穏無事に暮らせるのに、
欲や弱さで目がくらみ、なかなかにそれが出来ない。
簡素な心持ちで在ることの大切さを教えてくれる物語だった。
ちいさな覚悟、ちいさなけじめ。
日々の暮らしにときどき大事と思う。
冷え込んだ朝、仕事場にストーブを出した。
すっかり秋になり、空が静かに高い。
陽が暮れて飲みに出れば、南の空に月が白い。
秋だなあとしみじみ思う。
仕事の手が空くと、たいてい本を読んでいる。
日によってはまるまる一冊読めてしまうこともあり、
そんな日は、稼ぎがなくてなさけない。
時代小説が好きで、読む機会が多い。
宮部みゆきさんの新刊が発売になった。
「おまえさん」は、北町奉行所に勤める
井筒平四郎が主人公の物語で、
第三作目になる。
同心のくせにやっかい事に関わるのが嫌いで、
面倒くせえなあとぼやきながら
鼻毛を抜いてごろごろしている怠け者なのだった。
おまけに物覚えがわるく、人の名前やむずかしいことなど
すぐ忘れてしまうから、およそ同心には向いていない。
なんだか似かよった性格は他人と思えず、
親近感を持って読んだ。
みすぼらしい町人の殺人事件があって、
つづいて大きな商家の御主人が殺された。
一見つながりのないふたつの事件に
二十年前の因縁が絡まって、複雑な展開を見せてゆく。
面倒くせえなあといいながら、平四郎は、
美形で頭の良い甥っ子の弓之介、
優秀な後輩同心の信之輔、
岡っ引きの政五郎に、手下の三太郎や猪次の助けを借りて
事件の真相に迫ってゆく。
平四郎の細君に、政五郎の妻のお紺、惣菜屋のお徳。
わきで支える女の人が好い。
みんなまっすぐで気骨があって気が利いてやさしい。
人はどうして自ら面倒事をこしらえて、複雑な道を作るのか。
ありのままの事柄を、ありのままの姿勢で、
ありのままに受け止める。
そうすれば平穏無事に暮らせるのに、
欲や弱さで目がくらみ、なかなかにそれが出来ない。
簡素な心持ちで在ることの大切さを教えてくれる物語だった。
ちいさな覚悟、ちいさなけじめ。
日々の暮らしにときどき大事と思う。