町も変わって
如月 5
新聞を見ていたら、善光寺の東側、
城山公園の再整備の、完成案がまとまったという。
改築する美術館で、文化と芸術に触れながら、
四季の彩りを感じられる空間にするという。
見慣れた景色がどんなふうに変わるのか、
たいへん興味があるのだった。
そういえば、あそこはどうなっているんだろうと、
思い出す。
長野駅の東口、正面玄関の階段を下りたすぐ先に、
馴染みの飲み屋のいいださんが在る。
東口の再開発の区画整理に引っかかって、
現在の地に移ってきたのだった。
以前店の在ったところはどうなっているのか、
早朝、散歩かたがた訪ねてみた。
いつものように若里公園を抜けたら、
信州大学工学部の前を過ぎる。
北市の信号にぶつかったら、
今朝はそのまままっすぐ行って、
ケーズタウン若里の信号を左に曲がる。
通りにぶつかったら、右にまがってすぐ左へ。
ルンビニ幼稚園の前を過ぎてしばらく行くと
三差路に出る。
真ん中の通りを行った先に、
かつての店が在ったのだった。
その三差路のところへ来たとたん、視界が開けて、
左右にどーんとでっかい通りがあらわれた。
あちこちにピカピカのマンションやお宅が建って、
すっかり昔の面影が消えていたのだった。
店の在ったあたりへ行ってみたら、
そこにも新しいお宅が並んでいた。
まだ工事をしているところもあって、朝の空気に、
セメントの砂っぽいにおいが混ざっている。
店が在った頃は、まだ新幹線が開通する前の、
東口のさびれた風情を残している、
静かな住宅地だった。
変われば変わるもんですなあ。
しみじみと感心をした。
以前の店に8年、今の店に6年、
いいださんとの付き合いも14年に成る。
飲み屋さんとの付き合いは、酔っぱらっているうちに、
あっという間に経つのだった。

新聞を見ていたら、善光寺の東側、
城山公園の再整備の、完成案がまとまったという。
改築する美術館で、文化と芸術に触れながら、
四季の彩りを感じられる空間にするという。
見慣れた景色がどんなふうに変わるのか、
たいへん興味があるのだった。
そういえば、あそこはどうなっているんだろうと、
思い出す。
長野駅の東口、正面玄関の階段を下りたすぐ先に、
馴染みの飲み屋のいいださんが在る。
東口の再開発の区画整理に引っかかって、
現在の地に移ってきたのだった。
以前店の在ったところはどうなっているのか、
早朝、散歩かたがた訪ねてみた。
いつものように若里公園を抜けたら、
信州大学工学部の前を過ぎる。
北市の信号にぶつかったら、
今朝はそのまままっすぐ行って、
ケーズタウン若里の信号を左に曲がる。
通りにぶつかったら、右にまがってすぐ左へ。
ルンビニ幼稚園の前を過ぎてしばらく行くと
三差路に出る。
真ん中の通りを行った先に、
かつての店が在ったのだった。
その三差路のところへ来たとたん、視界が開けて、
左右にどーんとでっかい通りがあらわれた。
あちこちにピカピカのマンションやお宅が建って、
すっかり昔の面影が消えていたのだった。
店の在ったあたりへ行ってみたら、
そこにも新しいお宅が並んでいた。
まだ工事をしているところもあって、朝の空気に、
セメントの砂っぽいにおいが混ざっている。
店が在った頃は、まだ新幹線が開通する前の、
東口のさびれた風情を残している、
静かな住宅地だった。
変われば変わるもんですなあ。
しみじみと感心をした。
以前の店に8年、今の店に6年、
いいださんとの付き合いも14年に成る。
飲み屋さんとの付き合いは、酔っぱらっているうちに、
あっという間に経つのだった。
門前に暮らして
如月 4
仕事で付き合いのあるかたが訪ねてきた。
用件を済ませてお茶を飲んでいたら、
それにしてもこの辺は静かでよい所ですねえと、
しみじみ言うのだった。
子供のときから馴染んでいる町は、
昔に比べて、人も店も減ってさびれてしまった。
それでも善光寺門前の佇まいは、
気持ちの落ち着く好さが有り、
この地に生まれ育ってよかったと思うのだった。
町のいちばん上に小学校が在り、
子供たちの元気な声が飛び交っている。
正門の前にはお寺がふたつ並び、
手前のお寺には、祖父母と父が眠っている。
下った先のT字路に、
古民家を改装した和菓子屋が在って、
その先のバス停の手前に、蕎麦屋が在る。
T字路を東に上がると、アパートとマンションと旅館が在り、
まっすぐ行って小学校の裏門を過ぎた先に、
料理屋が在る。
料理屋のわきのあずまやから、
はるばると、なだらかな菅平を抱えた空が見えて、
気持ちが清々とするのだった。
旅館のとなりには、氏神さんの伊勢社が在って、
町の人々を見守っている。
境内から石段を下りた路地には、
やる気のない美容室が在って、
ふたたびバス停前に出る。
下の信号の四つ角には、肉屋と食堂が向かい合い、
食堂の下には、またまた古民家を改装した、
ドミトリーとフレンチレストランが並ぶ。
そのとなりに葬儀屋の事務所が在って、
その先に、蕎麦屋と酒屋が並ぶのだった。
毎朝、氏神さんへお参りに行けば、
境内にさす陽射しも、日ごとつよくなっている。
石段わきの桜の木は、
この界隈で、いちばん最初に開花する。
のどかな善光寺の鐘の音を聞きながら、
この町のこの春を待つ。
それだけで幸せな気分になるのだった。
あなたは、どんな所で春を待っていますか。

仕事で付き合いのあるかたが訪ねてきた。
用件を済ませてお茶を飲んでいたら、
それにしてもこの辺は静かでよい所ですねえと、
しみじみ言うのだった。
子供のときから馴染んでいる町は、
昔に比べて、人も店も減ってさびれてしまった。
それでも善光寺門前の佇まいは、
気持ちの落ち着く好さが有り、
この地に生まれ育ってよかったと思うのだった。
町のいちばん上に小学校が在り、
子供たちの元気な声が飛び交っている。
正門の前にはお寺がふたつ並び、
手前のお寺には、祖父母と父が眠っている。
下った先のT字路に、
古民家を改装した和菓子屋が在って、
その先のバス停の手前に、蕎麦屋が在る。
T字路を東に上がると、アパートとマンションと旅館が在り、
まっすぐ行って小学校の裏門を過ぎた先に、
料理屋が在る。
料理屋のわきのあずまやから、
はるばると、なだらかな菅平を抱えた空が見えて、
気持ちが清々とするのだった。
旅館のとなりには、氏神さんの伊勢社が在って、
町の人々を見守っている。
境内から石段を下りた路地には、
やる気のない美容室が在って、
ふたたびバス停前に出る。
下の信号の四つ角には、肉屋と食堂が向かい合い、
食堂の下には、またまた古民家を改装した、
ドミトリーとフレンチレストランが並ぶ。
そのとなりに葬儀屋の事務所が在って、
その先に、蕎麦屋と酒屋が並ぶのだった。
毎朝、氏神さんへお参りに行けば、
境内にさす陽射しも、日ごとつよくなっている。
石段わきの桜の木は、
この界隈で、いちばん最初に開花する。
のどかな善光寺の鐘の音を聞きながら、
この町のこの春を待つ。
それだけで幸せな気分になるのだった。
あなたは、どんな所で春を待っていますか。
お店の縁が
如月 3
友だちと、町内にあるフレンチレストラン、
ラ・ランコントルさんへおじゃました。
若いご夫妻が古民家を改装して開いた店は、
今年で2年目になる。
ランチやディナーのときに前を通れば、窓越しに、
シェフを務める御主人の、きびきびした動きが目に入る。
朝の5時に散歩に出たら、
すでに仕込みをしている姿を見かけたこともあり、
すごいなあと感心したのだった。
前菜からデザートまで、食通の友だちと語り合いながら、
ゆっくりしずかに、気持ちのこもった料理を堪能した。
子供のころ、中央通りの中ほどに、
香園というフランス料理の店が在った。
若かりしころの母の御贔屓で、
友だちや、仕事のお弟子さんを連れては出かけていた。
何度か一緒に行ったことがあったのに、
小学生には不相応な店だった。
美倉ややまのハンバーグやスパゲッティーや、
丸清のかつ丼のほうがいいのにと、
がまんしながら、わからない味を食べていた。
今のように、全国展開のファミレスがなかったころで、
地元のあっぷるぐりむの前身の、
チーズドールが有名だった。
いくつのときだったのか、なぜか、香園の御主人が、
あんな店、冷凍もんしか使ってないんだよと、
母にこぼしていたのだけ、
不思議と記憶にのこっている。
そののち、いつの間にか香園も店じまいをして、
趣きのある木造の建物もなくなってしまった。
個人の店がなくなって、町の彩りがさびれていた中、
ここ近年、
若いかたの営む美味しい店が増えているのは
喜ばしいことと思う。
いくつか縁のできた店に伺っては、
まいど豊かな時間を頂いている。
春の気配がしてきましたね。
そんなやり取りをするのも、
もうじきのこととなるのだった。

友だちと、町内にあるフレンチレストラン、
ラ・ランコントルさんへおじゃました。
若いご夫妻が古民家を改装して開いた店は、
今年で2年目になる。
ランチやディナーのときに前を通れば、窓越しに、
シェフを務める御主人の、きびきびした動きが目に入る。
朝の5時に散歩に出たら、
すでに仕込みをしている姿を見かけたこともあり、
すごいなあと感心したのだった。
前菜からデザートまで、食通の友だちと語り合いながら、
ゆっくりしずかに、気持ちのこもった料理を堪能した。
子供のころ、中央通りの中ほどに、
香園というフランス料理の店が在った。
若かりしころの母の御贔屓で、
友だちや、仕事のお弟子さんを連れては出かけていた。
何度か一緒に行ったことがあったのに、
小学生には不相応な店だった。
美倉ややまのハンバーグやスパゲッティーや、
丸清のかつ丼のほうがいいのにと、
がまんしながら、わからない味を食べていた。
今のように、全国展開のファミレスがなかったころで、
地元のあっぷるぐりむの前身の、
チーズドールが有名だった。
いくつのときだったのか、なぜか、香園の御主人が、
あんな店、冷凍もんしか使ってないんだよと、
母にこぼしていたのだけ、
不思議と記憶にのこっている。
そののち、いつの間にか香園も店じまいをして、
趣きのある木造の建物もなくなってしまった。
個人の店がなくなって、町の彩りがさびれていた中、
ここ近年、
若いかたの営む美味しい店が増えているのは
喜ばしいことと思う。
いくつか縁のできた店に伺っては、
まいど豊かな時間を頂いている。
春の気配がしてきましたね。
そんなやり取りをするのも、
もうじきのこととなるのだった。
20年前と
如月 2
韓国でオリンピックが始まった。
冬のオリンピックは長野県ゆかりの選手も登場する。
みなさんの闘いに目がはなせないのだった。
長野オリンピックが開かれて、今年で20年という。
毎日、日本選手の結果に、
はらはらどきどきしていたのがなつかしい。
思い返せばあのときが、まさに長野の華だった。
市内のあちこちに競技場が建てられて、
新幹線が開通した。
長野駅から善光寺まで、連日人があふれて、
夜ともなれば、どこの飲み屋も満員御礼と盛っていた。
繁華街の広場には各国のブースが出来て、
ドイツのブースで、ビールを飲んだことだけ覚えている。
まだスマホのないときだったから、
うっかり外にいると、
外人さんに道を尋ねられることもたびたびで、
言葉がわからず閉口した。
長野も、外人の旅行客を見るのが当たり前になった。
オリンピックのおかげで、
知名度が上がったとわかるのだった。
あの当時、まだ家庭を持っていて、
毎晩酒を飲んでいたものの、外に出ることが少なかった。
付き合いが有ったのも、同級生が数人と、
同業の友だちがひとりくらいで、人の縁がうすかった。
そうかあ、こんにちの絡みは、
この20年の間にできたものなんだ。
気の置けない年下の友だちがたや、
すっかり馴染みの飲み屋を思い浮かべると、
浅はかと思える歳月も、なにやら感慨深いものとなる。
ありがたい縁と思えるのだった。
懐ぐあいが寂しいのは、あの頃のままだった。
酔って記憶をなくすことは、明らかに増えた。
変わらぬことも変わったことも、
どちらもさえないことだった。

韓国でオリンピックが始まった。
冬のオリンピックは長野県ゆかりの選手も登場する。
みなさんの闘いに目がはなせないのだった。
長野オリンピックが開かれて、今年で20年という。
毎日、日本選手の結果に、
はらはらどきどきしていたのがなつかしい。
思い返せばあのときが、まさに長野の華だった。
市内のあちこちに競技場が建てられて、
新幹線が開通した。
長野駅から善光寺まで、連日人があふれて、
夜ともなれば、どこの飲み屋も満員御礼と盛っていた。
繁華街の広場には各国のブースが出来て、
ドイツのブースで、ビールを飲んだことだけ覚えている。
まだスマホのないときだったから、
うっかり外にいると、
外人さんに道を尋ねられることもたびたびで、
言葉がわからず閉口した。
長野も、外人の旅行客を見るのが当たり前になった。
オリンピックのおかげで、
知名度が上がったとわかるのだった。
あの当時、まだ家庭を持っていて、
毎晩酒を飲んでいたものの、外に出ることが少なかった。
付き合いが有ったのも、同級生が数人と、
同業の友だちがひとりくらいで、人の縁がうすかった。
そうかあ、こんにちの絡みは、
この20年の間にできたものなんだ。
気の置けない年下の友だちがたや、
すっかり馴染みの飲み屋を思い浮かべると、
浅はかと思える歳月も、なにやら感慨深いものとなる。
ありがたい縁と思えるのだった。
懐ぐあいが寂しいのは、あの頃のままだった。
酔って記憶をなくすことは、明らかに増えた。
変わらぬことも変わったことも、
どちらもさえないことだった。
別所温泉まで
如月 1
休日、ぽっかりと時間が空いた。
昨夜からの雪が止んで、空気が冷えびえと冴えている。
こんな日は温泉と決めて、電車に乗った。
上田駅で降りたら、地元で暮らす友だちと落ち合って、
別所温泉まで連れて行ってもらう。
年をかさねてくると、寒い季節を迎えるたびに、
温泉地に暮らしたいと思ってしまう。
別所街道を進んでいったら、温泉の入り口の手前に、
「売り家と」貼られたきれいな家が在って、
思わず目を凝らしてしまった。
駐車場に車を停めて、北向き観音へお参りに向かう。
平日の温泉町は人の姿もまばらで、
道沿いに並ぶ店も、しんとして人の気配がない。
昨年から今年、老舗の旅館が三つ、
商いが出来なくなったという。
りっぱな建物なのにねえ。
観光客が減る中、
維持していくのも大変なことと見上げた。
お参りを済ませての昼どき、
石湯の向かいの日野出食堂さんへお邪魔した。
初めて入った食堂は、外観も中身も年季が入っていて、
年季の入ったおばあさんが迎えてくれた。
厨房では娘さんらしき人が調理をしている。
座敷に上がって、
馬肉煮をつまみにビールを飲んでいれば、
なんともひなびた、昭和の気分になるのだった。
締めに食べたラーメンは、
あっさりと素朴な味で美味しかった。
先に帰る友だちを見送って、
あいそめの湯へと下っていく。
地元のおじいさんに混ざって、
肌ざわりのやさしい湯に1時間。
ゆっくりと心身癒された。
大広間でビールを飲んで、
昼寝から目覚めればちょうどいい。
上田に戻って、袋町で一杯ですな。
そそくさと、別所温泉駅へと急いだのだった。

休日、ぽっかりと時間が空いた。
昨夜からの雪が止んで、空気が冷えびえと冴えている。
こんな日は温泉と決めて、電車に乗った。
上田駅で降りたら、地元で暮らす友だちと落ち合って、
別所温泉まで連れて行ってもらう。
年をかさねてくると、寒い季節を迎えるたびに、
温泉地に暮らしたいと思ってしまう。
別所街道を進んでいったら、温泉の入り口の手前に、
「売り家と」貼られたきれいな家が在って、
思わず目を凝らしてしまった。
駐車場に車を停めて、北向き観音へお参りに向かう。
平日の温泉町は人の姿もまばらで、
道沿いに並ぶ店も、しんとして人の気配がない。
昨年から今年、老舗の旅館が三つ、
商いが出来なくなったという。
りっぱな建物なのにねえ。
観光客が減る中、
維持していくのも大変なことと見上げた。
お参りを済ませての昼どき、
石湯の向かいの日野出食堂さんへお邪魔した。
初めて入った食堂は、外観も中身も年季が入っていて、
年季の入ったおばあさんが迎えてくれた。
厨房では娘さんらしき人が調理をしている。
座敷に上がって、
馬肉煮をつまみにビールを飲んでいれば、
なんともひなびた、昭和の気分になるのだった。
締めに食べたラーメンは、
あっさりと素朴な味で美味しかった。
先に帰る友だちを見送って、
あいそめの湯へと下っていく。
地元のおじいさんに混ざって、
肌ざわりのやさしい湯に1時間。
ゆっくりと心身癒された。
大広間でビールを飲んで、
昼寝から目覚めればちょうどいい。
上田に戻って、袋町で一杯ですな。
そそくさと、別所温泉駅へと急いだのだった。