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町も変わって

2018年02月24日

 へこりと at 16:40  | Comments(0)
如月 5

新聞を見ていたら、善光寺の東側、
城山公園の再整備の、完成案がまとまったという。
改築する美術館で、文化と芸術に触れながら、
四季の彩りを感じられる空間にするという。
見慣れた景色がどんなふうに変わるのか、
たいへん興味があるのだった。
そういえば、あそこはどうなっているんだろうと、
思い出す。
長野駅の東口、正面玄関の階段を下りたすぐ先に、
馴染みの飲み屋のいいださんが在る。
東口の再開発の区画整理に引っかかって、
現在の地に移ってきたのだった。
以前店の在ったところはどうなっているのか、
早朝、散歩かたがた訪ねてみた。
いつものように若里公園を抜けたら、
信州大学工学部の前を過ぎる。
北市の信号にぶつかったら、
今朝はそのまままっすぐ行って、
ケーズタウン若里の信号を左に曲がる。
通りにぶつかったら、右にまがってすぐ左へ。
ルンビニ幼稚園の前を過ぎてしばらく行くと
三差路に出る。
真ん中の通りを行った先に、
かつての店が在ったのだった。
その三差路のところへ来たとたん、視界が開けて、
左右にどーんとでっかい通りがあらわれた。
あちこちにピカピカのマンションやお宅が建って、
すっかり昔の面影が消えていたのだった。
店の在ったあたりへ行ってみたら、
そこにも新しいお宅が並んでいた。
まだ工事をしているところもあって、朝の空気に、
セメントの砂っぽいにおいが混ざっている。
店が在った頃は、まだ新幹線が開通する前の、
東口のさびれた風情を残している、
静かな住宅地だった。
変われば変わるもんですなあ。
しみじみと感心をした。
以前の店に8年、今の店に6年、
いいださんとの付き合いも14年に成る。
飲み屋さんとの付き合いは、酔っぱらっているうちに、
あっという間に経つのだった。





  


門前に暮らして

2018年02月18日

 へこりと at 13:13  | Comments(0)
如月 4

仕事で付き合いのあるかたが訪ねてきた。
用件を済ませてお茶を飲んでいたら、
それにしてもこの辺は静かでよい所ですねえと、
しみじみ言うのだった。
子供のときから馴染んでいる町は、
昔に比べて、人も店も減ってさびれてしまった。
それでも善光寺門前の佇まいは、
気持ちの落ち着く好さが有り、
この地に生まれ育ってよかったと思うのだった。
町のいちばん上に小学校が在り、
子供たちの元気な声が飛び交っている。
正門の前にはお寺がふたつ並び、
手前のお寺には、祖父母と父が眠っている。
下った先のT字路に、
古民家を改装した和菓子屋が在って、
その先のバス停の手前に、蕎麦屋が在る。
T字路を東に上がると、アパートとマンションと旅館が在り、
まっすぐ行って小学校の裏門を過ぎた先に、
料理屋が在る。
料理屋のわきのあずまやから、
はるばると、なだらかな菅平を抱えた空が見えて、
気持ちが清々とするのだった。
旅館のとなりには、氏神さんの伊勢社が在って、
町の人々を見守っている。
境内から石段を下りた路地には、
やる気のない美容室が在って、
ふたたびバス停前に出る。
下の信号の四つ角には、肉屋と食堂が向かい合い、
食堂の下には、またまた古民家を改装した、
ドミトリーとフレンチレストランが並ぶ。
そのとなりに葬儀屋の事務所が在って、
その先に、蕎麦屋と酒屋が並ぶのだった。
毎朝、氏神さんへお参りに行けば、
境内にさす陽射しも、日ごとつよくなっている。
石段わきの桜の木は、
この界隈で、いちばん最初に開花する。
のどかな善光寺の鐘の音を聞きながら、
この町のこの春を待つ。
それだけで幸せな気分になるのだった。
あなたは、どんな所で春を待っていますか。





  


お店の縁が

2018年02月14日

 へこりと at 17:13  | Comments(2)
如月 3

友だちと、町内にあるフレンチレストラン、
ラ・ランコントルさんへおじゃました。
若いご夫妻が古民家を改装して開いた店は、
今年で2年目になる。
ランチやディナーのときに前を通れば、窓越しに、
シェフを務める御主人の、きびきびした動きが目に入る。
朝の5時に散歩に出たら、
すでに仕込みをしている姿を見かけたこともあり、
すごいなあと感心したのだった。
前菜からデザートまで、食通の友だちと語り合いながら、
ゆっくりしずかに、気持ちのこもった料理を堪能した。
子供のころ、中央通りの中ほどに、
香園というフランス料理の店が在った。
若かりしころの母の御贔屓で、
友だちや、仕事のお弟子さんを連れては出かけていた。
何度か一緒に行ったことがあったのに、
小学生には不相応な店だった。
美倉ややまのハンバーグやスパゲッティーや、
丸清のかつ丼のほうがいいのにと、
がまんしながら、わからない味を食べていた。
今のように、全国展開のファミレスがなかったころで、
地元のあっぷるぐりむの前身の、
チーズドールが有名だった。
いくつのときだったのか、なぜか、香園の御主人が、
あんな店、冷凍もんしか使ってないんだよと、
母にこぼしていたのだけ、
不思議と記憶にのこっている。
そののち、いつの間にか香園も店じまいをして、
趣きのある木造の建物もなくなってしまった。
個人の店がなくなって、町の彩りがさびれていた中、
ここ近年、
若いかたの営む美味しい店が増えているのは
喜ばしいことと思う。
いくつか縁のできた店に伺っては、
まいど豊かな時間を頂いている。
春の気配がしてきましたね。
そんなやり取りをするのも、
もうじきのこととなるのだった。



  


20年前と

2018年02月10日

 へこりと at 14:12  | Comments(0)
如月 2

韓国でオリンピックが始まった。
冬のオリンピックは長野県ゆかりの選手も登場する。
みなさんの闘いに目がはなせないのだった。
長野オリンピックが開かれて、今年で20年という。
毎日、日本選手の結果に、
はらはらどきどきしていたのがなつかしい。
思い返せばあのときが、まさに長野の華だった。
市内のあちこちに競技場が建てられて、
新幹線が開通した。
長野駅から善光寺まで、連日人があふれて、
夜ともなれば、どこの飲み屋も満員御礼と盛っていた。
繁華街の広場には各国のブースが出来て、
ドイツのブースで、ビールを飲んだことだけ覚えている。
まだスマホのないときだったから、
うっかり外にいると、
外人さんに道を尋ねられることもたびたびで、
言葉がわからず閉口した。
長野も、外人の旅行客を見るのが当たり前になった。
オリンピックのおかげで、
知名度が上がったとわかるのだった。
あの当時、まだ家庭を持っていて、
毎晩酒を飲んでいたものの、外に出ることが少なかった。
付き合いが有ったのも、同級生が数人と、
同業の友だちがひとりくらいで、人の縁がうすかった。
そうかあ、こんにちの絡みは、
この20年の間にできたものなんだ。
気の置けない年下の友だちがたや、
すっかり馴染みの飲み屋を思い浮かべると、
浅はかと思える歳月も、なにやら感慨深いものとなる。
ありがたい縁と思えるのだった。
懐ぐあいが寂しいのは、あの頃のままだった。
酔って記憶をなくすことは、明らかに増えた。
変わらぬことも変わったことも、
どちらもさえないことだった。



  


別所温泉まで

2018年02月07日

 へこりと at 11:28  | Comments(0)
如月 1

休日、ぽっかりと時間が空いた。
昨夜からの雪が止んで、空気が冷えびえと冴えている。
こんな日は温泉と決めて、電車に乗った。
上田駅で降りたら、地元で暮らす友だちと落ち合って、
別所温泉まで連れて行ってもらう。
年をかさねてくると、寒い季節を迎えるたびに、
温泉地に暮らしたいと思ってしまう。
別所街道を進んでいったら、温泉の入り口の手前に、
「売り家と」貼られたきれいな家が在って、
思わず目を凝らしてしまった。
駐車場に車を停めて、北向き観音へお参りに向かう。
平日の温泉町は人の姿もまばらで、
道沿いに並ぶ店も、しんとして人の気配がない。
昨年から今年、老舗の旅館が三つ、
商いが出来なくなったという。
りっぱな建物なのにねえ。
観光客が減る中、
維持していくのも大変なことと見上げた。
お参りを済ませての昼どき、
石湯の向かいの日野出食堂さんへお邪魔した。
初めて入った食堂は、外観も中身も年季が入っていて、
年季の入ったおばあさんが迎えてくれた。
厨房では娘さんらしき人が調理をしている。
座敷に上がって、
馬肉煮をつまみにビールを飲んでいれば、
なんともひなびた、昭和の気分になるのだった。
締めに食べたラーメンは、
あっさりと素朴な味で美味しかった。
先に帰る友だちを見送って、
あいそめの湯へと下っていく。
地元のおじいさんに混ざって、
肌ざわりのやさしい湯に1時間。
ゆっくりと心身癒された。
大広間でビールを飲んで、
昼寝から目覚めればちょうどいい。
上田に戻って、袋町で一杯ですな。
そそくさと、別所温泉駅へと急いだのだった。