春が来て
弥生 十一
春が来て、あたたかな日がつづく。
陽射しをうけながら青い空をながめていると、
好い季節になったと、気持ちが満たされるのだった。
毎朝、氏神さんにお参りをする。
境内の、
桜の様子をたしかめながらラジオ体操をしていたら、
うぐいすの鳴き声が聞こえた。
例年より早いかなと聞きほれた。
そのままぶらりと歩いて行くと、
城山公園に花見小屋が建てられて、
桜の開花を待っている。
美術館の中庭の梅の木は、
蕾がずいぶん膨らんで、もうすぐ開く。
気象台の前を歩いて行くと、
花見小屋の、看板を乗せた軽トラックがすぎていった。
ほそい階段を下りながらながめれば、
見下ろす町にも、ゆるい春の気配がある。
車の行き来する道路から、
川沿いの裏道を歩いて行くと、
世話になっているセブンイレブンがある。
このごろは、毎朝立ち寄っては、
酔いざましのコーヒーを飲むのが日課になっている。
中学の同窓だった店長と、
言葉をかわしながらひととき。来店するお客に、
おおきく挨拶をする声を聞いていると、
一日をはじめる元気をもらえて好い。
春休みになって、善光寺にも観光客の姿がふえた。
土産物屋を物色したり、蕎麦屋の暖簾をくぐったり。
閑散としている東之門町の通りにも、
親子連れや、
カップルの姿を見かけるようになっている。
昼下がり、訪ねてきたかたがいる。
息を飲むほどの美しい女性で、
おいそがしいところすみませんと、
挨拶をする姿にも品がある。
いえ、見てのとおりひまですとどぎまぎしたら、
よかったらとチラシをわたされた。
イエス・キリストの死を記念する式。
場所 エホバの証人王国会館と書いてあり、
キリスト教のかただった。
神に仕えるよりも、おいらに仕えてくれませんか。
陽気のよさにつられて、つい口走りそうになる。

春が来て、あたたかな日がつづく。
陽射しをうけながら青い空をながめていると、
好い季節になったと、気持ちが満たされるのだった。
毎朝、氏神さんにお参りをする。
境内の、
桜の様子をたしかめながらラジオ体操をしていたら、
うぐいすの鳴き声が聞こえた。
例年より早いかなと聞きほれた。
そのままぶらりと歩いて行くと、
城山公園に花見小屋が建てられて、
桜の開花を待っている。
美術館の中庭の梅の木は、
蕾がずいぶん膨らんで、もうすぐ開く。
気象台の前を歩いて行くと、
花見小屋の、看板を乗せた軽トラックがすぎていった。
ほそい階段を下りながらながめれば、
見下ろす町にも、ゆるい春の気配がある。
車の行き来する道路から、
川沿いの裏道を歩いて行くと、
世話になっているセブンイレブンがある。
このごろは、毎朝立ち寄っては、
酔いざましのコーヒーを飲むのが日課になっている。
中学の同窓だった店長と、
言葉をかわしながらひととき。来店するお客に、
おおきく挨拶をする声を聞いていると、
一日をはじめる元気をもらえて好い。
春休みになって、善光寺にも観光客の姿がふえた。
土産物屋を物色したり、蕎麦屋の暖簾をくぐったり。
閑散としている東之門町の通りにも、
親子連れや、
カップルの姿を見かけるようになっている。
昼下がり、訪ねてきたかたがいる。
息を飲むほどの美しい女性で、
おいそがしいところすみませんと、
挨拶をする姿にも品がある。
いえ、見てのとおりひまですとどぎまぎしたら、
よかったらとチラシをわたされた。
イエス・キリストの死を記念する式。
場所 エホバの証人王国会館と書いてあり、
キリスト教のかただった。
神に仕えるよりも、おいらに仕えてくれませんか。
陽気のよさにつられて、つい口走りそうになる。

安酒を酌んで
弥生 十
家で外で、酒ばかり飲んでいる。
馴染みのおでん屋の、酒の銘柄が変わった。
ながい間中野市のお蔵が造る、
岩清水を扱っていた。
普通酒ながらなかなかの味で、
お客さんの評判もよかった。
ところがこの頃になり、手に入らなくなってしまったという。
酒がなくては飲み屋はできぬ。
君の井に松尾、
あらたにふたつの銘柄の短冊がぶら下がった。
君の井は、
新潟は上越の、中堅どころのお蔵さんの銘柄で、
長野の北の町の酒屋さんでは、わりあいよく見かける。
松尾は、黒姫山のある信濃町のお蔵さんが造っている。
若い杜氏ががんばっていて、
ここ最近、ぐんぐん酒質が好くなっている。
ひさしぶりの銘柄の普通酒は、
いやなくせもなく、すっきりといただけた。
おでん屋では、月にいちど日本酒の会をやっている。
常連さんが四合瓶を持ち寄って、飲み比べをする。
みなさん気合を入れて持ってくるから、
このときばかりは、あちこちの銘柄の上等な味がそろう。
こうして飲めば、安い普通酒もまんざらではない。
飲み比べを思いつき、
後日、飲み仲間を付き合わせた。
手軽にそろえたのは、飯山の水尾に佐久の御園竹、
酒屋の新崎さんには、澤の花を持ってきていただいた。
冷やで利き、燗で利き、
個々に味のちがいはあるものの、
高い酒を買わなくとも、
これで充分ではないかの気分になった。
じつのところ、お蔵の良心が現れるのは、
こうした安い酒の味だと思っている。
これはひどすぎないかという味のお蔵もあれば、
アルコールの添加をすくなくしたり、
上等な酒とおなじ手間ひまをかけたりして
好き味を醸すお蔵もある。
安くても旨い。そんな味を口にするたびに、
造られたかたがたの苦労が偲ばれるのだった。
肩ひじ張らずに酌める安い酒は、
場末のおでん屋のひとときによく似合う。
梅や桜の開花に思いをはせながら、
ゆるゆるぬるめの燗酒をやる。
まことにしあわせなことだった。

春の憂鬱
弥生 九
気に入りの春ではあるものの、
毎年花粉症になやまされる。
今年はそこに他のネタも加わってくる。
取り引き先のディーラーさんが納品のあと、
申しわけなさそうにチラシを差しだした。
四月からの、商品の価格改定の知らせだった。
消費税が上がるので、ご商売をされているかたも、
みなさんなやむこととなっている。
同業者、馴染みの飲み屋や蕎麦屋のかたに聞けば、
すなおに値上げをする人に、
値段は変えずに、材料の量をへらす人、
このまま据え置きでという人もいて、
それぞれ思案のしどころなのだった。
訪ねてくるかたにも、
値上げはするのですかと聞かれることが増えてきた。
そのたびに、今回はこのままでいきますと答えている。
だいたい我が身の場合をいうならば、
消費税うんぬんの前に、
いかに飲み代を減らすかが、重要課題になっている。
その旨を話したら、
できればとっくにやっているでしょとつっこまれて、
返すことばが見当たらない。
たしかに、個人の外出を控えても、
定例の飲み会だけで、月に五つも入っている。
気のおけないかたがたとのひとときは、
ことわる気などさらさら起きず、こまったことだった。
それでも褒められたことに、
連夜の外飲みはやめるようにして、
家でのひとときをすこし増やした。
以前は晩酌でも当たり前のように、
値の張る日本酒を飲んでいた。
このごろは、お蔵さんの良心の感じられる、
手ごろな値段の旨い銘柄が増えたから、
欲張らず、気楽にそれらを酌んでいる。
身の在りかたをつましく。
そのきっかけにしてつづけたいのだった。
四月、もうひとつなやみの種がある。
使っているパソコンが、
危険な状態になるというのだった。
使ってはいるものの、パソコンにはかなり疎い。
やっていることといえば、ブログを書いたり覗いたり、
ときどき買い物をするくらいなものだった。
そんな身に、いったいどんな危険がやってくるのか、
正直、それもよくわかっていないありさまだった。
使い始めて八年、不具合も出ている。
さいわい定期が満期になって、めずらしく懐も潤う。
これを機会に買い換えることにした。
よけいな機能は要りませぬ。必要最小限で充分です。
おすすめの一台を、詳しいかたにご教授願いたい。

気に入りの春ではあるものの、
毎年花粉症になやまされる。
今年はそこに他のネタも加わってくる。
取り引き先のディーラーさんが納品のあと、
申しわけなさそうにチラシを差しだした。
四月からの、商品の価格改定の知らせだった。
消費税が上がるので、ご商売をされているかたも、
みなさんなやむこととなっている。
同業者、馴染みの飲み屋や蕎麦屋のかたに聞けば、
すなおに値上げをする人に、
値段は変えずに、材料の量をへらす人、
このまま据え置きでという人もいて、
それぞれ思案のしどころなのだった。
訪ねてくるかたにも、
値上げはするのですかと聞かれることが増えてきた。
そのたびに、今回はこのままでいきますと答えている。
だいたい我が身の場合をいうならば、
消費税うんぬんの前に、
いかに飲み代を減らすかが、重要課題になっている。
その旨を話したら、
できればとっくにやっているでしょとつっこまれて、
返すことばが見当たらない。
たしかに、個人の外出を控えても、
定例の飲み会だけで、月に五つも入っている。
気のおけないかたがたとのひとときは、
ことわる気などさらさら起きず、こまったことだった。
それでも褒められたことに、
連夜の外飲みはやめるようにして、
家でのひとときをすこし増やした。
以前は晩酌でも当たり前のように、
値の張る日本酒を飲んでいた。
このごろは、お蔵さんの良心の感じられる、
手ごろな値段の旨い銘柄が増えたから、
欲張らず、気楽にそれらを酌んでいる。
身の在りかたをつましく。
そのきっかけにしてつづけたいのだった。
四月、もうひとつなやみの種がある。
使っているパソコンが、
危険な状態になるというのだった。
使ってはいるものの、パソコンにはかなり疎い。
やっていることといえば、ブログを書いたり覗いたり、
ときどき買い物をするくらいなものだった。
そんな身に、いったいどんな危険がやってくるのか、
正直、それもよくわかっていないありさまだった。
使い始めて八年、不具合も出ている。
さいわい定期が満期になって、めずらしく懐も潤う。
これを機会に買い換えることにした。
よけいな機能は要りませぬ。必要最小限で充分です。
おすすめの一台を、詳しいかたにご教授願いたい。

下諏訪、菱友醸造
弥生 八
酒屋の峯村君に、下諏訪まで連れて行ってもらった。
菱友醸造さんまで見学に出かけたのだった。
温泉や鰻屋の看板をやりすごし、
諏訪大社の、下社の手前を曲がると蔵が見えてくる。
このお蔵さんでは、湖の町にふさわしい、
御湖鶴という銘柄を醸している。
大正七年の創業ながら、ながらく廃業をしていたという。
下諏訪唯一の蔵の復活をと、
現在の社長が造りを再開したのは、
平成十五年、若干二十六歳のときだった。
峯村君が取り引きを始めたときに、
紹介してもらい、酌み交わしたことがある。
縦じまスーツのでかい体にいかつい顔は、
杜氏というよりも、どこかの組の若頭のようだった。
初めて酒を利いたときは、
正直、どこかぼやけた印象だった。
ところが、それからほどなくしてがらっと変わる。
きれいな酸が特徴のきめの細かい味になり、
料理と合わせても、酒だけでも旨い。
営業努力も怠らず、
東京のおおきな酒屋さんに目をつけてもらってから、
またたくまに、長野を代表する銘柄になったのだった。
仕込みに使う水は、やわらかい、和田峠の黒耀水。
酒米は、県内の金紋錦やひとごこち、
県外の山田錦に、
めずらしい、山形の酒未来という種類も使っている。
造った酒は一升瓶に詰めてから、
五度の温度で、一年寝かせて旨味をのせるという。
蔵のシンボルカラーは赤。
もくもくと働く蔵人さんたちも赤いタオルを頭に巻いて、
赤く塗られたタンクも在った。
いそがしい合間をぬって挨拶に来た社長も、
赤いジャンパーを着て若々しい。
このところ、若いかたが造りに携わるようになり、
好き味を醸すお蔵さんも長野に増えてきた。
菱友醸造さんは、その先がけとなった、
お蔵さんのひとつとおぼえがある。
帰り道、下社にお参りをしながら、
この次は温泉に泊まりながら、
ゆっくり酌みに来たいと思うのだった。

酒屋の峯村君に、下諏訪まで連れて行ってもらった。
菱友醸造さんまで見学に出かけたのだった。
温泉や鰻屋の看板をやりすごし、
諏訪大社の、下社の手前を曲がると蔵が見えてくる。
このお蔵さんでは、湖の町にふさわしい、
御湖鶴という銘柄を醸している。
大正七年の創業ながら、ながらく廃業をしていたという。
下諏訪唯一の蔵の復活をと、
現在の社長が造りを再開したのは、
平成十五年、若干二十六歳のときだった。
峯村君が取り引きを始めたときに、
紹介してもらい、酌み交わしたことがある。
縦じまスーツのでかい体にいかつい顔は、
杜氏というよりも、どこかの組の若頭のようだった。
初めて酒を利いたときは、
正直、どこかぼやけた印象だった。
ところが、それからほどなくしてがらっと変わる。
きれいな酸が特徴のきめの細かい味になり、
料理と合わせても、酒だけでも旨い。
営業努力も怠らず、
東京のおおきな酒屋さんに目をつけてもらってから、
またたくまに、長野を代表する銘柄になったのだった。
仕込みに使う水は、やわらかい、和田峠の黒耀水。
酒米は、県内の金紋錦やひとごこち、
県外の山田錦に、
めずらしい、山形の酒未来という種類も使っている。
造った酒は一升瓶に詰めてから、
五度の温度で、一年寝かせて旨味をのせるという。
蔵のシンボルカラーは赤。
もくもくと働く蔵人さんたちも赤いタオルを頭に巻いて、
赤く塗られたタンクも在った。
いそがしい合間をぬって挨拶に来た社長も、
赤いジャンパーを着て若々しい。
このところ、若いかたが造りに携わるようになり、
好き味を醸すお蔵さんも長野に増えてきた。
菱友醸造さんは、その先がけとなった、
お蔵さんのひとつとおぼえがある。
帰り道、下社にお参りをしながら、
この次は温泉に泊まりながら、
ゆっくり酌みに来たいと思うのだった。

西飯田酒造
弥生 七
三月になり、暖かな日がつづくようになった。
春が間近になるだけで、杯をあおぐ気分もおだやかになる。
冬のあいだ、
不眠不休の作業をされてきた酒蔵のかたがたからも、
そろそろ、造りの終いの声がとどくようになる。
飲み屋さん、酒屋さんにも、
あちこちの銘柄の出来の好さも伝えられ、
新酒を利くのも楽しみになるのだった。
馴染みの酒屋さんに連れられて、お蔵さんを訪ねた。
積善を醸す西飯田酒造さんは、
長野市の南西、篠ノ井の小松原にある。
旧街道沿いに建つ酒蔵は、
歴史の重みを感じさせる、ふるい佇まいだった。
むかしからの銘柄は信濃光。
数年前からあらたに、積善という銘柄を立ち上げた。
県内で唯一、花の酵母を使って仕込んでいて、
東京農大で酵母の研究をされた息子さんが、
ほとんどひとりで造っている。
花酵母といっても、派手な香りがあるわけではなく、
むしろ香りはひかえめになっている。
味わいに切れの好い酸があるから、
どんな料理にあわせても、飲みづかれしないのが好い。
ひさしぶりにお会いした息子さんは、
顔も体もやややつれ、ひと冬の疲れが濃い。
おまけに昨日から風邪をひいたといい、
酔っ払いのために、
満身創痍で造っていただいてと申しわけがない。
釜場に麹室、タンクのもろみの様子と、
蔵の中を案内してもらえば、
暖かな日でもひんやりと寒い。
今季の仕込みはすべて終わり、
あとはもろみを絞るだけという。いちばんの気に入りは、
ヒマワリの酵母で仕込んだ純米酒。
冷やでも燗でも好く、
値段も手ごろだから晩酌酒に向いている。
山廃の純米吟醸の出来も好いというから、
それもひとつ利いてみたい。
善きことを積まないで歳をかさねた身は、
積善のラベルを見るたびうしろめたい。
早々に酔いつぶれるのが好いとなるのだった。
敷地の中を流れる川に、早春の陽が照りかえっていた。
落ち着いたら一杯やりましょう。
ごくろうさまの思いで息子さんに声をかけた。

三月になり、暖かな日がつづくようになった。
春が間近になるだけで、杯をあおぐ気分もおだやかになる。
冬のあいだ、
不眠不休の作業をされてきた酒蔵のかたがたからも、
そろそろ、造りの終いの声がとどくようになる。
飲み屋さん、酒屋さんにも、
あちこちの銘柄の出来の好さも伝えられ、
新酒を利くのも楽しみになるのだった。
馴染みの酒屋さんに連れられて、お蔵さんを訪ねた。
積善を醸す西飯田酒造さんは、
長野市の南西、篠ノ井の小松原にある。
旧街道沿いに建つ酒蔵は、
歴史の重みを感じさせる、ふるい佇まいだった。
むかしからの銘柄は信濃光。
数年前からあらたに、積善という銘柄を立ち上げた。
県内で唯一、花の酵母を使って仕込んでいて、
東京農大で酵母の研究をされた息子さんが、
ほとんどひとりで造っている。
花酵母といっても、派手な香りがあるわけではなく、
むしろ香りはひかえめになっている。
味わいに切れの好い酸があるから、
どんな料理にあわせても、飲みづかれしないのが好い。
ひさしぶりにお会いした息子さんは、
顔も体もやややつれ、ひと冬の疲れが濃い。
おまけに昨日から風邪をひいたといい、
酔っ払いのために、
満身創痍で造っていただいてと申しわけがない。
釜場に麹室、タンクのもろみの様子と、
蔵の中を案内してもらえば、
暖かな日でもひんやりと寒い。
今季の仕込みはすべて終わり、
あとはもろみを絞るだけという。いちばんの気に入りは、
ヒマワリの酵母で仕込んだ純米酒。
冷やでも燗でも好く、
値段も手ごろだから晩酌酒に向いている。
山廃の純米吟醸の出来も好いというから、
それもひとつ利いてみたい。
善きことを積まないで歳をかさねた身は、
積善のラベルを見るたびうしろめたい。
早々に酔いつぶれるのが好いとなるのだった。
敷地の中を流れる川に、早春の陽が照りかえっていた。
落ち着いたら一杯やりましょう。
ごくろうさまの思いで息子さんに声をかけた。

権堂哀愁
弥生 六
ひさしぶりのかたとお昼ご飯を食べた。
連れて行ってもらった店は、
権堂のアーケードからすこしはずれて、しずかな小路の奥にある。
むかしながらの構えにおちついた風情があり、
カウンターのすみに落ち着いて、
日本酒を酌みながら刺身定食を食べた。
通いなれた権堂にも、こうしてまだ初めての店がある。
それにしてもと、アーケードを眺めるたびに思う。
昼も夜も、ほんとうに人の姿がすくないのだった。
子供のころから、かつての賑わいを知っているから、
歩くたびにさみしくなる。
まだ大通りもイトーヨーカドーもなく、
長野電鉄が地上を走っていたころ、
秋葉神社の前にプラモデル屋があった。
小学生のときに、こづかいを握りしめては通っていた。
中学、高校で、部活で運動をするようになってからは、
パチンコ屋のとなりのタヤマスポーツに来ては、
シューズやシャツを買っていた。
社会人になり酒の味を覚えてからは、
もっぱら陽が沈んでから、
いそいそと飲み屋通いをするようになる。
背広姿のおじさんたちで、どの店もにぎわっていて、
帰り道、
アーケードのシャッターにもたれてへたり込んでいる酔っ払いも、
たびたび見かけたものだった。
あのころは、
おなじようなヨッパになるとは夢にも思っていなかった。
長野オリンピックをさかいにすっかり盛りの時が過ぎ、
活気がなくなった。
それでも、むかしからがんばっている店に、
最近になり、若い人が営む店も出来た。
長年通いなれた馴染みの好さに、
今でも権堂界隈には足を運んでいるのだった。
かつて、中央通りからアーケードに入ってほどなくの場所に、
レストランがあった。
まだ、レストランというものが当たり前になかったころで、
ときどき母に連れて行ってもらい、
ごちそうを食べるのが、ずいぶん楽しみなことだった。
母は、友だちや仕事がらみの知り合いとも、よく利用をしていた。
レストランを経営していた社長さんに、
付き合ってくれと口説かれて困ったと聞いたのは、
つい最近のことだった。
親の艶っぽい話を聞くのは、妙にはずかしい。

ひさしぶりのかたとお昼ご飯を食べた。
連れて行ってもらった店は、
権堂のアーケードからすこしはずれて、しずかな小路の奥にある。
むかしながらの構えにおちついた風情があり、
カウンターのすみに落ち着いて、
日本酒を酌みながら刺身定食を食べた。
通いなれた権堂にも、こうしてまだ初めての店がある。
それにしてもと、アーケードを眺めるたびに思う。
昼も夜も、ほんとうに人の姿がすくないのだった。
子供のころから、かつての賑わいを知っているから、
歩くたびにさみしくなる。
まだ大通りもイトーヨーカドーもなく、
長野電鉄が地上を走っていたころ、
秋葉神社の前にプラモデル屋があった。
小学生のときに、こづかいを握りしめては通っていた。
中学、高校で、部活で運動をするようになってからは、
パチンコ屋のとなりのタヤマスポーツに来ては、
シューズやシャツを買っていた。
社会人になり酒の味を覚えてからは、
もっぱら陽が沈んでから、
いそいそと飲み屋通いをするようになる。
背広姿のおじさんたちで、どの店もにぎわっていて、
帰り道、
アーケードのシャッターにもたれてへたり込んでいる酔っ払いも、
たびたび見かけたものだった。
あのころは、
おなじようなヨッパになるとは夢にも思っていなかった。
長野オリンピックをさかいにすっかり盛りの時が過ぎ、
活気がなくなった。
それでも、むかしからがんばっている店に、
最近になり、若い人が営む店も出来た。
長年通いなれた馴染みの好さに、
今でも権堂界隈には足を運んでいるのだった。
かつて、中央通りからアーケードに入ってほどなくの場所に、
レストランがあった。
まだ、レストランというものが当たり前になかったころで、
ときどき母に連れて行ってもらい、
ごちそうを食べるのが、ずいぶん楽しみなことだった。
母は、友だちや仕事がらみの知り合いとも、よく利用をしていた。
レストランを経営していた社長さんに、
付き合ってくれと口説かれて困ったと聞いたのは、
つい最近のことだった。
親の艶っぽい話を聞くのは、妙にはずかしい。

片付け日和
弥生 五
三月、身のまわりを整理している。
仕事場のもよう替えをした。
サイドボードとレジの位置を変え、照明も変えた。
不用な道具を処分して、
たまったパンフレットやカタログを捨てる。
すこしの変化で、
気分もあらたに仕事ができるのは好いことだった。
階段を上がって右側に、三畳の納戸がある。
日ごろ使わない日用品や、家財道具をしまってあり、
この部屋のおかげで、
台所や茶の間がさっぱりとしている。
ところが長い間、
とりあえず、
納戸に放り込んでおけを繰り返していたら、
足の踏み場がなくなった。
一昨年買ったロードバイクも仕舞い込んだら、
せまい空間がさらにさえぎられ、
トイレットペーパーひとつ取るのも、
難儀になって好くない。
おもい腰をあげて、片づけることにした。
ビデオデッキにDVDデッキ、むかし契約していた、
スカパーのチューナーを運びだす。
テレビ台にワゴンふたつ、
ネジをはずしてばらしてまとめる。
試供品でもらったまま、忘れていた仕事の材料も、
中身を出してごみ袋に入れる。
まとめて買った軍手の束は、袖のゴムがぼろぼろで、
使いものにならなくなっていた。
十本ひと袋のネックストラップも、
一本使ったまま、不用になっていた。
年賀状や暑中見舞いのはがきの余りに、
読まなくなった、仕事がらみの専門書も紐でしばる。
撮りたまった、
写真の束もゴミ袋に放り込んでいたら、
懐かしいかたの写っているのが何枚か。
これは捨てられないと、未練がましい。
お歳暮のたびに、取り引き先からもらった洗剤は、
折りよく訪ねてきたかたに、半分差し上げた。
三日間、気合を入れて手をつけたら、
すっかりさっぱりせいせいとして気分が好い。
いきおい失せぬうちに、
寝室の、ふるい布団も片づけようときめる。
身のまわりを風通し好くして、春をむかえたい。
気持ちの無駄も、
これくらいすんなり片づけられれば好いものを。
それがなかなかに、むずかしいことなのだった。
三月、身のまわりを整理している。
仕事場のもよう替えをした。
サイドボードとレジの位置を変え、照明も変えた。
不用な道具を処分して、
たまったパンフレットやカタログを捨てる。
すこしの変化で、
気分もあらたに仕事ができるのは好いことだった。
階段を上がって右側に、三畳の納戸がある。
日ごろ使わない日用品や、家財道具をしまってあり、
この部屋のおかげで、
台所や茶の間がさっぱりとしている。
ところが長い間、
とりあえず、
納戸に放り込んでおけを繰り返していたら、
足の踏み場がなくなった。
一昨年買ったロードバイクも仕舞い込んだら、
せまい空間がさらにさえぎられ、
トイレットペーパーひとつ取るのも、
難儀になって好くない。
おもい腰をあげて、片づけることにした。
ビデオデッキにDVDデッキ、むかし契約していた、
スカパーのチューナーを運びだす。
テレビ台にワゴンふたつ、
ネジをはずしてばらしてまとめる。
試供品でもらったまま、忘れていた仕事の材料も、
中身を出してごみ袋に入れる。
まとめて買った軍手の束は、袖のゴムがぼろぼろで、
使いものにならなくなっていた。
十本ひと袋のネックストラップも、
一本使ったまま、不用になっていた。
年賀状や暑中見舞いのはがきの余りに、
読まなくなった、仕事がらみの専門書も紐でしばる。
撮りたまった、
写真の束もゴミ袋に放り込んでいたら、
懐かしいかたの写っているのが何枚か。
これは捨てられないと、未練がましい。
お歳暮のたびに、取り引き先からもらった洗剤は、
折りよく訪ねてきたかたに、半分差し上げた。
三日間、気合を入れて手をつけたら、
すっかりさっぱりせいせいとして気分が好い。
いきおい失せぬうちに、
寝室の、ふるい布団も片づけようときめる。
身のまわりを風通し好くして、春をむかえたい。
気持ちの無駄も、
これくらいすんなり片づけられれば好いものを。
それがなかなかに、むずかしいことなのだった。

体調注意で
弥生 四
季節の変わり目は、体調をくずしやすい。
夜中、気持ちがわるくて目が覚めた。
あわててトイレへ駆け込んで、
それからひと晩中、トイレと寝床のお百度参りとなった。
コロッケと豆をつまみに、ビール一本に日本酒二合。
食べ過ぎ飲みすぎ、食あたりのおぼえもなく、
いぶかしんでいるうちに夜が明けた。
朝になり、寒気がする。
熱を計ってみたら三十八度。風邪をひいたのだった。
そういえば、
前日から関節のふしぶしが痛かった。
ひさしぶりにランニングをしたから、
筋肉痛と思っていた。
そのときすでにひいていたと思いあたる。
胃腸のよわい体質で、
子供のころから、風邪をひくとお腹もこわれる。
このたびほどひどいのはめずらしいから、
日ごろの不摂生が、こういうときに出るとなさけない。
すみやかに百草丸とみみず一風散にたよった。
夕方、仕事を終えて、近所のピザ屋さんへ出かけた。
ここしばらく、体調をくずしていた友だちがいる。
大丈夫かと案じていたら、
無事回復と相成ってめでたい。
快気祝いの一献をすることになっていたのだった。
快気祝いをするというのに、
こちらが体調をわるくしていてはしゃれにならない。
相変わらず、みみず一風散は好く利いて、
午後にはすんなり熱が下がった。
お腹の調子がこころもとなかったものの、
友だちの近況話を聞きながら、
旨いピザとワインを堪能しているうちに、
すっかりわすれた。
ピザ一枚にワイン一本たいらげて、
お腹はいっぱい、でも飲み足りない。
河岸を変え、駅前のなじみの店で、
日本酒で締めた。
翌朝、お腹の調子もおちついて、
テンポ好く仕事もはかどる。
病は気から。気のおけない友だちと、
笑顔の美味しいひとときすごすのが、
いちばんの栄養とよくよくわかるのだった。

季節の変わり目は、体調をくずしやすい。
夜中、気持ちがわるくて目が覚めた。
あわててトイレへ駆け込んで、
それからひと晩中、トイレと寝床のお百度参りとなった。
コロッケと豆をつまみに、ビール一本に日本酒二合。
食べ過ぎ飲みすぎ、食あたりのおぼえもなく、
いぶかしんでいるうちに夜が明けた。
朝になり、寒気がする。
熱を計ってみたら三十八度。風邪をひいたのだった。
そういえば、
前日から関節のふしぶしが痛かった。
ひさしぶりにランニングをしたから、
筋肉痛と思っていた。
そのときすでにひいていたと思いあたる。
胃腸のよわい体質で、
子供のころから、風邪をひくとお腹もこわれる。
このたびほどひどいのはめずらしいから、
日ごろの不摂生が、こういうときに出るとなさけない。
すみやかに百草丸とみみず一風散にたよった。
夕方、仕事を終えて、近所のピザ屋さんへ出かけた。
ここしばらく、体調をくずしていた友だちがいる。
大丈夫かと案じていたら、
無事回復と相成ってめでたい。
快気祝いの一献をすることになっていたのだった。
快気祝いをするというのに、
こちらが体調をわるくしていてはしゃれにならない。
相変わらず、みみず一風散は好く利いて、
午後にはすんなり熱が下がった。
お腹の調子がこころもとなかったものの、
友だちの近況話を聞きながら、
旨いピザとワインを堪能しているうちに、
すっかりわすれた。
ピザ一枚にワイン一本たいらげて、
お腹はいっぱい、でも飲み足りない。
河岸を変え、駅前のなじみの店で、
日本酒で締めた。
翌朝、お腹の調子もおちついて、
テンポ好く仕事もはかどる。
病は気から。気のおけない友だちと、
笑顔の美味しいひとときすごすのが、
いちばんの栄養とよくよくわかるのだった。

いまだガラケーで
弥生 三
ひさしぶりのかたが訪ねてきたら元気がない。
ずっと体調をくずしているという。
もともと丈夫なかたではなく、ときどき病院通いをしていた。
このたびは、
お医者から長々の仕事の休みを言いわたされ、
自宅で安静にしているという。
働かなくても、日々の暮らしにお金がかかる。
これを機会に、生活費の見直しをすることにしたという。
保険の整理や解約に、無駄づかいをやめること。
それと、スマホをガラケーに戻そうかという。
そんなに欲しい情報があるわけではない。
ラインもだれともやっていない。
自宅にパソコンがあるから不便はない。
それでも知り合いのなかには、
持っていたほうが好いという人もいる。
月々の通信費を聞けば、
いまだガラケー使いの我が身より、ちょい高い。
知り合いに、ツイッターで毎日つぶやいているかたがいる。
ところがスマホもガラケーも持たないかたで、
そのたびパソコンを立ち上げている。
そんなかたもいるのだから、
気持ちと経費に無理なくの選択が好い。
このところ、携帯電話の調子がわるい。
朱色のガラケーは、三年前に購入したものだった。
ボタンを押してもすぐに反応しないときがあり、
まったく反応しないときもある。
おまけにある日とつぜん、
フェイスブックがつながらなくなった。
フェイスブックのアプリが入っていたから選んだのに、
本末転倒なことだった。
これは、スマホに機種変更させるための罠か。
ドコモに、ようでもない勘ぐりをしてしまった。
仕事場のちかくのちいさな川から、
おなじガラケーが、つぎつぎと流れてきたのを見つけた。
となりに住んでいる区長さんと網ですくい上げ、
朱色の山積みを前に、さてどうしたものかと思案して、
とりあえず、ドコモの友だちに電話をしてもつながらない。
というところで目が覚めた。
無意識のうちにストレスになっていたものか。
寝起きのわるい夢を見ぬように、
早々に、ドコモ長野中央通り店に、
修理に持って行かなくてはいけないのだった。

ひさしぶりのかたが訪ねてきたら元気がない。
ずっと体調をくずしているという。
もともと丈夫なかたではなく、ときどき病院通いをしていた。
このたびは、
お医者から長々の仕事の休みを言いわたされ、
自宅で安静にしているという。
働かなくても、日々の暮らしにお金がかかる。
これを機会に、生活費の見直しをすることにしたという。
保険の整理や解約に、無駄づかいをやめること。
それと、スマホをガラケーに戻そうかという。
そんなに欲しい情報があるわけではない。
ラインもだれともやっていない。
自宅にパソコンがあるから不便はない。
それでも知り合いのなかには、
持っていたほうが好いという人もいる。
月々の通信費を聞けば、
いまだガラケー使いの我が身より、ちょい高い。
知り合いに、ツイッターで毎日つぶやいているかたがいる。
ところがスマホもガラケーも持たないかたで、
そのたびパソコンを立ち上げている。
そんなかたもいるのだから、
気持ちと経費に無理なくの選択が好い。
このところ、携帯電話の調子がわるい。
朱色のガラケーは、三年前に購入したものだった。
ボタンを押してもすぐに反応しないときがあり、
まったく反応しないときもある。
おまけにある日とつぜん、
フェイスブックがつながらなくなった。
フェイスブックのアプリが入っていたから選んだのに、
本末転倒なことだった。
これは、スマホに機種変更させるための罠か。
ドコモに、ようでもない勘ぐりをしてしまった。
仕事場のちかくのちいさな川から、
おなじガラケーが、つぎつぎと流れてきたのを見つけた。
となりに住んでいる区長さんと網ですくい上げ、
朱色の山積みを前に、さてどうしたものかと思案して、
とりあえず、ドコモの友だちに電話をしてもつながらない。
というところで目が覚めた。
無意識のうちにストレスになっていたものか。
寝起きのわるい夢を見ぬように、
早々に、ドコモ長野中央通り店に、
修理に持って行かなくてはいけないのだった。

サッポロ礼賛
弥生 二
毎日ビールを飲んでいる。
ゆっくり風呂に浸かったら、着替えもそこそこに栓を抜く。
グラスに注ぎ、なみなみの泡がおちついたら、
もういちど、ゆっくり注ぎ足してのどを潤す。
五百ミリの缶一本空ければ、汗もひくのだった。
なじみの千酔の御主人が訪ねてきた。
二月は大雪にやられました。
消費税対策どうしましょう。
ため息まじりの会話のあと、
この頃生ビールを、
プレミアムモルツから黒ラベルに換えたという。
プレミアムモルツだと味がおもたすぎるのか、
お客さんが杯をかさねないという。
ビール会社のなかでも、
このところサッポロが贔屓の身には、
よろこばしいことだった。
プレミアムモルツのような華やかさはないものの、
飲み飽きしない旨みとさわやかさがある。
身近な飲み仲間にも、好みというかたがけっこういる。
酸いも甘いも噛み分けて、
こんにちまで歳をかさねてきた。
そんな身になじむような、安心感があるのかもしれない。
いいだにべじた坊におでんのひろびろ、
なじみの飲み屋にも、サッポロ贔屓の店がある。
春になれば、近所の蕎麦屋の元屋にも、
黒ラベルの生ビールがお目見えするという。
いちばん世話になっているセブン・イレブンでは、
常時黒ラベルが置いてある。
安い第三のビールと高級ビールのはざまで、
そんなに売れていないと思うから、
せいぜい買わなくてはいけない。
セブン・イレブンブランドのビールも売っていて、
他のにくらべて値段が安い。
製造を請け負っているのはサッポロで、
先日、営業のかたと酌み交わす機会があった。
セブン・イレブンのビール、
値段が安い分原料がちがうのですかと尋ねたら、
ちがいはないとかえってきた。
それはお得なことですと、ときどきそちらも買っている。
あるいは欲張って、エビスを買うこともある。
値の張るビールでいうならば、
プレミアムモルツよりも好みでいる。
サッポロでは、赤ラベルのラガーも出している。
あまり見かけないものの、
近所の蕎麦屋の尾張屋で飲めるのだった。
北海道地区限定の、クラシックという銘柄がある。
以前土産でもらったときに、
これも旨かったとおぼえている。
函館に暮らす兄がいる。たまには海の幸といっしょに、
ひと箱送ってよこさぬものか。
かわいい弟に、気をまわしてもらいたいのだった。
みなさんの好きなビールはなんでせう?

毎日ビールを飲んでいる。
ゆっくり風呂に浸かったら、着替えもそこそこに栓を抜く。
グラスに注ぎ、なみなみの泡がおちついたら、
もういちど、ゆっくり注ぎ足してのどを潤す。
五百ミリの缶一本空ければ、汗もひくのだった。
なじみの千酔の御主人が訪ねてきた。
二月は大雪にやられました。
消費税対策どうしましょう。
ため息まじりの会話のあと、
この頃生ビールを、
プレミアムモルツから黒ラベルに換えたという。
プレミアムモルツだと味がおもたすぎるのか、
お客さんが杯をかさねないという。
ビール会社のなかでも、
このところサッポロが贔屓の身には、
よろこばしいことだった。
プレミアムモルツのような華やかさはないものの、
飲み飽きしない旨みとさわやかさがある。
身近な飲み仲間にも、好みというかたがけっこういる。
酸いも甘いも噛み分けて、
こんにちまで歳をかさねてきた。
そんな身になじむような、安心感があるのかもしれない。
いいだにべじた坊におでんのひろびろ、
なじみの飲み屋にも、サッポロ贔屓の店がある。
春になれば、近所の蕎麦屋の元屋にも、
黒ラベルの生ビールがお目見えするという。
いちばん世話になっているセブン・イレブンでは、
常時黒ラベルが置いてある。
安い第三のビールと高級ビールのはざまで、
そんなに売れていないと思うから、
せいぜい買わなくてはいけない。
セブン・イレブンブランドのビールも売っていて、
他のにくらべて値段が安い。
製造を請け負っているのはサッポロで、
先日、営業のかたと酌み交わす機会があった。
セブン・イレブンのビール、
値段が安い分原料がちがうのですかと尋ねたら、
ちがいはないとかえってきた。
それはお得なことですと、ときどきそちらも買っている。
あるいは欲張って、エビスを買うこともある。
値の張るビールでいうならば、
プレミアムモルツよりも好みでいる。
サッポロでは、赤ラベルのラガーも出している。
あまり見かけないものの、
近所の蕎麦屋の尾張屋で飲めるのだった。
北海道地区限定の、クラシックという銘柄がある。
以前土産でもらったときに、
これも旨かったとおぼえている。
函館に暮らす兄がいる。たまには海の幸といっしょに、
ひと箱送ってよこさぬものか。
かわいい弟に、気をまわしてもらいたいのだった。
みなさんの好きなビールはなんでせう?

兄弟でも
弥生 一
父から電話がかかってきた。
確定申告が済んだとの知らせだった。
長年事務職をしていた父は、帳簿を扱うのがお手のものだった。
ボケ防止にかこつけて、
数字ぎらいな息子は、税金の計算をまかせているのだった。
近所の酒屋さんに電話をかけて、
真澄の普通酒を二本、実家に配達をおねがいした。
ご足労をかけたささやかなお礼だった。
昔から、真澄がいちばん好きという。
それでもふだんは金かからぬよう、
紙パックの安い酒ばかりを飲んでいる。
吟醸酒を贈ったら、
もったいながって、いつまでも飲まないときがあった。
普通酒で済むのは、少々安上がりで申しわけがない。
夜、支払いに酒屋さんへでかけた。
店の旦那さんは、いつもにこにこ愛想が好い。
日用雑貨や食料品も売っていて、
学校帰りの高校生や、近所のおばあちゃんが来ると、
やさしく話しかけている。
行くたびに、ちょっと利いてみてくださいと、
いくつか酒の試飲をさせてくれるのもうれしいことで、
日本酒、焼酎、ワイン、品揃えも好い。
うっかり冷蔵庫の酒を切らしたときに、
ちょいと飛んでいける具合の好さがある。
旦那さんには、おなじく酒屋を営む弟さんがいる。
この弟さんが、
ほんとに兄弟ですかと思うくらい、正反対の柄なのだった。
ちょっと気に入らないことがあると、
お客、蔵元、飲み屋を問わずおおきな声を張り上げる。
いちど、虫のいどころがわるいときに伺って、
さんざんな接客をされたことがあった。
けんかをして取り引きをやめた飲み屋さんに、
お客をどなっているところに出くわして、
買うのをやめたかたもいる。
好意的に見れば、
うらおもてなく、商売に熱心すぎるのかもしれない。
旦那さんとは何回か酌み交わしたときがある。
いつも和やかに、
美味しいひとときを過ごさせていただいた。
弟さんと酌み交わしたらどんなありさまになるのか、
こわいもの見たさで、つい興味が向いてしまう。
支払いついでに、ひさしぶりの一ノ蔵も購入して、
旦那さんの笑顔に見送られた。

父から電話がかかってきた。
確定申告が済んだとの知らせだった。
長年事務職をしていた父は、帳簿を扱うのがお手のものだった。
ボケ防止にかこつけて、
数字ぎらいな息子は、税金の計算をまかせているのだった。
近所の酒屋さんに電話をかけて、
真澄の普通酒を二本、実家に配達をおねがいした。
ご足労をかけたささやかなお礼だった。
昔から、真澄がいちばん好きという。
それでもふだんは金かからぬよう、
紙パックの安い酒ばかりを飲んでいる。
吟醸酒を贈ったら、
もったいながって、いつまでも飲まないときがあった。
普通酒で済むのは、少々安上がりで申しわけがない。
夜、支払いに酒屋さんへでかけた。
店の旦那さんは、いつもにこにこ愛想が好い。
日用雑貨や食料品も売っていて、
学校帰りの高校生や、近所のおばあちゃんが来ると、
やさしく話しかけている。
行くたびに、ちょっと利いてみてくださいと、
いくつか酒の試飲をさせてくれるのもうれしいことで、
日本酒、焼酎、ワイン、品揃えも好い。
うっかり冷蔵庫の酒を切らしたときに、
ちょいと飛んでいける具合の好さがある。
旦那さんには、おなじく酒屋を営む弟さんがいる。
この弟さんが、
ほんとに兄弟ですかと思うくらい、正反対の柄なのだった。
ちょっと気に入らないことがあると、
お客、蔵元、飲み屋を問わずおおきな声を張り上げる。
いちど、虫のいどころがわるいときに伺って、
さんざんな接客をされたことがあった。
けんかをして取り引きをやめた飲み屋さんに、
お客をどなっているところに出くわして、
買うのをやめたかたもいる。
好意的に見れば、
うらおもてなく、商売に熱心すぎるのかもしれない。
旦那さんとは何回か酌み交わしたときがある。
いつも和やかに、
美味しいひとときを過ごさせていただいた。
弟さんと酌み交わしたらどんなありさまになるのか、
こわいもの見たさで、つい興味が向いてしまう。
支払いついでに、ひさしぶりの一ノ蔵も購入して、
旦那さんの笑顔に見送られた。
