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春の訪れに

2024年03月29日

 へこりと at 09:11  | Comments(0)

弥生 7

平日の夕方、お世話になっているかたが、
両手いっぱいに梅の花を抱えて来てくれた。毎年自宅の
庭にたくさん咲くと言い、春の訪れのおすそ分けだった。
さっそく玄関先の甕に入れたら、枝が多すぎて入りきらない。
もう一個、使っていなかった甕を出して、突っ込んだ。
自宅前の路地に、幅四メートルほどの橋があって、
老朽化のために架け替え工事を行っている。
毎日、トラックやブルドーザーが入ってきては、
おじさんたちが作業をしている。
二月の下旬から始まって、三月の中ほどに終わる予定だった。
それがどうしたわけだか長引くことになり、現場の責任者の
かたが、すみません、四月の下旬までかかりそうでしてと
謝りにみえられたのだった。
工事をしている間は、ふだん路地を抜けていく小学生や
中学生や高校生の子供たちも、通勤のかたがたも通らない。
優しい彩りの紅梅を眺めてもらえないのは、ちょっと
寂しいことだった。この冬は暖冬だと聞いていた。
桜の開花も例年より早そうと聞いていたのに、春始めの
三月になってから、冷えこんだり雪が降ったり、冬に
逆戻りの日が続いた。
路地の先に氏神さんの伊勢社が在る。
石段を上がったわきに桜の木が二本ある。善光寺界隈で
いちばん最初に開くのに、今年はまだ、かたい蕾のまま
だった。桜の名所の上田城跡公園に須坂臥竜公園、
毎年この時期になると、見頃はいつかとあおられる。
今年はどちらも遅れそうと、観光協会のホームページの
開花具合を眺めている。
知り合いに、ときどきひとりで旅行をしているかたがいる。
旅行会社のツアーに申し込んでは、全国あちこちを
旅している。先日訪ねて来たときに、三月なのにこんなに
寒くてやんなっちゃうとこぼすのだった。
三月二十八日に、奈良の吉野の桜ツアーに行くのだという。
この寒さじゃ桜も咲き切らなくて、見頃を逃しそうと
ため息をつく。以前、青森の弘前の桜を訪ねたときは、もう
葉桜になっていたといい、遠方の桜巡りは、つくづく
時期の見極めがむずかしい。
スマホで調べたら、吉野の桜の開花日は三月三十日だった。
すっかり旅行を終えた日で、せめて地元の美味しいものでも
楽しんできてくださいと慰めてしまったことだった。

訪客の愚痴は吉野の桜です。




  


戸倉上山田温泉へ

2024年03月26日

 へこりと at 14:38  | Comments(2)

弥生 6

三月も終わるというのに、寒さが
ぶり返している。
久しぶりに温泉で体を温めたいのおと、
戸倉上山田温泉に出かけた。
長野駅からしなの鉄道に乗って三十分。
久しぶりの湯の町に降り立った。国道を渡って、
廃業した酒蔵の脇の小路を抜けていくと、
水上布奈山神社にぶつかった。
隣接する幼稚園のちびっ子たちが境内で遊んでいる。
賑やかな声を聞きながら、湯の町の無事を拝んだ。
向かいの戸倉小学校の校庭で子供たちがボールを追って
走りまわっている。千曲川にかかる長い大正橋を渡って
いくと、清々しい青空の向こうに真っ白な戸隠山と
妙高山が輝いていた。橋を渡った正面に、
佐良志奈神社の広い境内がある。
階段を下りた先の拝殿に、再び湯の町の無事を拝んだ。
戸倉温泉から上山田温泉へ歩いて行くと、立ち並ぶ
旅館やホテルの間に、つぶれた床屋や花屋や食堂が在り、
わびしい。
両親が元気だった頃、正月をここで迎えたことが二度
あった。
一度目は有田屋に、二度目は中央ホテルに泊った。
前を通り過ぎながら、
両親と旅行をすることはもうないのだと思ったら、
懐かしく切ない気分になってしまった。
あてもなく小路をうろついていくと、先々にスナックや
飲み屋の看板が並んでいる。どの店も年季の入った
外観で、町が栄えし昭和の風情を残している。
廃れた家屋に混じって、新しい家が点在していて、
温泉に惹かれて住みついたかたもいるのだろうか。
町のあちこちに外湯が在って、住民はお安く入浴できる
という。なんともうらやましいことだった。
ホテル・ルートインに荷物を預けたら、万年橋を渡って、
温泉施設の白鳥園へ行く。駐車場にけっこうな数の
車が停まっていたのに、浴場に入ったら、地元の
おじいさんが五人湯船に浸かっているだけだった。
柔らかな湯に、心身ゆっくりくつろいで、大広間で、
焼き鳥と枝豆をつまみに黒ラベルを飲めば、まこと
幸せな気分になったのだった。
ホテルのチェックインに合わせて、白鳥園を出て、
再び万年橋を渡って行く。
時計を見ながら歩いていたら、三月十一日、この日の
二時四十六分を迎えた。災害のない平和な毎日が
続きますように。橋の上から東北に向かって、
しみじみ手を合わせたのだった。

橋上で祈る三月東北へ。


  


桜を待って

2024年03月22日

 へこりと at 15:07  | Comments(2)

弥生 5

このところ、持病の坐骨神経痛がよろしくない。
腰から左足の太ももの裏側の痛みが増しているのだった。
仕事を終えて、風呂に入ったあと、冷たい湿布を貼って
いた。ところが先日ふと気がついた。
風呂に入ってながなが湯船に浸かっていると、痛みが
薄らいでいたのだった。温めたほうが効くんじゃないか。
スマホで検索してみたら、案の定、慢性的な神経痛は
温湿布の方が良いと出ていた。
おのれの体の不具合に、よくよく気遣いが足りないこと
だった。
翌朝、友だちの営む整骨院でお灸とマッサージをして
もらったら、ずいぶんと痛みが軽くなった。
温湿布もいいけれど、もしかぶれるようならホカロンも
痛みに効くと、教えてもらった。
自宅に戻って朝飯を済ませたら、権堂アーケードの
映画館、長野ロキシーへ出かけて、「コットンテール」
を観た。認知症の妻を亡くし気持ちの廃れた男の役を、
リリーフランキーが好演していた。
映画館を出ると、入口わきの、蕎麦屋の戸隠でじいさんが
ふたり、温かい蕎麦を食べている。ひと気のない
アーケードを出て、長野駅前へと下る。前夜の
バナナマンのせっかくグルメで、日村さんが旨そうに
ラーメンを食べていた。今日のランチはラーメンラーメン。
久しぶりに東急の七階の食堂街の、金流飯店におじゃました。
この店は、お運びをするおばちゃんたちの愛想がとても好い。
気さくにお客に声をかけたり、足の不自由なおばあさんに
手を貸したり、お客の動きにこまめに気を使っている。
常連さんとおぼしきお客もいて、楽しそうに言葉を交わして
帰っていく。
餃子をつまみにビールを飲みながら、気持ちの好い店と
眺めたのだった。締めのラーメンを食べ終えて、午後の町を
散策する。この日の風も冷たいけれど、ぷかぷかと雲の
浮かんだ空を眺めていると、この春の訪れに気持ちが和む
のだった。
静かな平日の町をあてもなく散策してむかえた夕方、
馴染みの店、豆腐とお酒・まほろばで、一献酌み交わした。
この日のお相手は、須坂市で鰻屋のた幸を営むご主人だった。
好みの店のご主人と、お客と店の垣根を越えて酌み交わせる
のは、ふだん聞けない話も聞けて、酒徒冥利に尽きること
だった。桜の名所百選、須坂の臥竜公園の桜の開花はいつ頃
かな。この春も夜桜見物に出かけることだった。

竜潜む池のほとりや初桜。


  


風通しの好い気持ちで

2024年03月19日

 へこりと at 11:20  | Comments(2)

弥生 4

自営で客商売をしている。
お客さんのほとんどが年配のかたで、長らく世話に
なっているかたもいてありがたい。
ところが毎年、体調を崩して亡くなったり、
自活が難しくなって介護施設に入られたりする
かたが幾人かいらっしゃる。加えてコロナ禍に
なり、すっかり来なくなった遠方のかたもいる。
昔に比べると、ずいぶん売り上げが落ちているの
だった。この先も、この傾向が変わらないのは
明らかだった。
売り上げを伸ばす攻め手を考えればよいものを、
元来ものぐさの身は、そんな気も起きない。
働いてはいるものの、半分隠居気分で毎日を過ごして
いるのだった。
日々の出費でいちばん大きいのは、なんといっても
飲み屋に落とす金だった。
お客さんが福沢諭吉さんを置いていけば、すんなりと、
今宵の飲み屋へ気持ちが飛んでいく。
カウンターの端に落ちついて、まずはビールで口を
湿らせて。一品二品の肴で旨い日本酒なんぞを酌んだ
翌朝、財布の中を覗いてみれば、どれだけ飲んだんだ
とあきれるくらい減っている。
毎年この時期になると確定申告をして、税務署に税金を
納めている。
一年間の売り上げを計算するたびに、よくこの程度の
稼ぎで、あんなに飲み屋詣でができたことと感心している
ありさまだった。
金が貯まらぬのも無理からぬことだった。
近ごろは、限られた店しか足を運ばなくなっている。
飲み屋もコロナ禍で売り上げが減ったり、
食材の値上げがあったり、皆さんご苦労をされている。
か細い飲み代は、できるだけ思い入れのあるお馴染みさんに
落としたいのだった。
日々の暮らしの中で、これまで義理絡みや、こちらからの
気遣いの付き合いを長年抱えてしまっていた。
そのおかげで、屈託を抱えたり、不愉快な思いをしたり
することが何度かあった。
気にしなければよいものの、そこまで度量の広い柄では
ない。
この際、無用な義理や気遣いは持たぬことと、今年さっぱりと
縁を切らせていただいた。
あれこれいろいろ手を付けたり気を散らしたりせず、
日々の思いを簡素にして、風通しの好い気持ちで毎日を
過ごしたいものだった。

飲み屋へと日銭つかんで春の宵。


  


松本市美術館まで

2024年03月08日

 へこりと at 08:13  | Comments(0)

弥生 3

松本市美術館へ出かけた。
須藤康花さんという、夭折した画家の作品展を開催
しているのだった。
会場の入口に遺影が飾ってあった。
意志のつよそうな目をした、きれいなかただった。
幼いころ、重い病気にかかり、ほとんど学校へ行けず、
入退院を繰り返していたという。そのさなか、絵を
描くことが好きで、大きな公募展で入賞を果たして
いる。十四歳のときに母親を亡くし、自身の闘病も
あり、死ぬことが身近になる中、自殺を考え、遺書を
書いたものの、絵画への思いがとどまらせ、その後も
たくさんの作品を制作した。会場には、幼少の頃から
成長する過程に合わせて、年代別に作品が展示して
あった。死と向きあう自身の内面を描いた作品は、
緻密で闇の中の光を感じさせ、まるで生と死の
つながりを深く静かに伝えてくるようだった。
作品の合間に、いくつもの詩も展示されていて、
目を背けず、自身の病と死と向き合って描きつづけて
いたことが察せられた。進学した多摩美術大学では
銅版画を専攻した。モノクロの作品は、どれも黒い影
の部分が多く、それがかすかな光の存在を
引き立てて、そのかすかな光に、限られた
生への思いが感じられたのだった。
三十歳で亡くなるまでに千点の作品を残したという。
残された作品は父親の正親さんが保管して、2012年
に、松本市に康花美術館を開館した。
美術館の協力のもと貴重な作品の数々に触れることが
でき、好い時間を頂けた。
会場を出ると、館内の別の会場で、地元の
エクセラン高校の美術科の作品展が開かれている。
ちょいと拝見するかと会場に入ったら、おしゃれな制服
の子供たちが迎えてくれた。
油彩画に水彩画に立体物、子供たちの個性が反映された
作品が並んでいる。
三年生の卒業制作テーマは、「泥中に咲く僕ら」で、
十人の作品が展示されていた。「泥中」は、楽しかった
事、辛かった事、もがいてきた三年間の積み重ね。
「咲く僕ら」はその経験から作品が咲くという意味と
いう。須藤康花さんの死と向き合った作品を観て、
明るく健気な子供たちの作品を観たら、なんとも胸が
切なくなった。将来有るこの子たちが、これからも
素敵な作品を作っていけますように。

春の空光かすかな生を往き。


  


松本の居酒屋で

2024年03月05日

 へこりと at 07:55  | Comments(4)

弥生 2

夕方、仕事を早めに終いにして松本へ出かけた。
長野駅まで来ると三連休の中日、駅の構内が
観光客でごった返している。特急しなので五十分、
氷結とハイボールを飲みながら、薄暮の景色を眺めて行く。
久しぶりの松本の夜、東横インにチェックインを済ませ
たら、目当ての店に向かったのだった。
毎週BS11で、太田和彦の居酒屋百選を観ている。
毎回全国のあちこちに旅をしては、いろんな居酒屋を
紹介している。以前、友だちと会津若松へ旅行をした
折りに、太田さんが紹介していた籠太という店に行った。
郷土料理の旨い、接客の温かな好い店だった。
つい先だって、太田さんの故郷の松本の「深酒」という
居酒屋を紹介していた。寡黙そうなご夫婦が営んでいて、
店も小ぎれいな雰囲気を醸し出している。パソコンで
検索してみたら、ホームページが引っ掛かった。
品書きを見ると、日本酒の専門店のようで、申しわけ
程度にクラフトビールが一種類。焼酎もワインも
ウイスキーも見当たらない。
そして、日本酒を飲まないかたの入店はお断りとある。
任せてくれ。最低でも四合は杯を重ねますよとうなづいて、
二軒目、三軒目の入店はお断りとある。承知です。
きっちり素面で速やかに伺いますとうなづいて、
そのあとに、泥酔したかた、常識のないかたの入店は
お断りとあって、ちょっとひるんだ。泥酔して常識に
欠けて、さんざん人さまに迷惑をかけた過去を思い出し、
気を引き締めて予約をぽちっとしたのだった。
ホテルを出て、女鳥羽川の千歳橋を渡ったら、四柱神社
を抜けた先に在った。扉を開けたら、カウンターも
テーブルも客でいっぱいで、二階にも客席があり、
後から入ってきた客が案内されていた。
すごい盛況ぶりに驚いた。県内外、日本酒の品ぞろえが
すごい。
まずはお通しの茶わん蒸しで、秋田の鳥海山を利く。
刺身の三点盛りと、箸休めに、ひたし豆と菜の花の
昆布締めを頼んで、山形のばくれんと若乃井と、宮城の
萩の鶴と秋田の春霞と、東北の味を楽しんだ。
女将さんと話をすればいたってきさくなかたで、店に
入る前の緊張感はどこへやら、楽しく酔わせていただ
いた。ご主人と奥さんにお礼を述べて、締めは焼き鳥で
ハイボールかな。ホテル近くの末喜商店さんにお邪魔を
したことだった。

東北の酒松本で春の暮れ。


  


上田の地酒に

2024年03月01日

 へこりと at 09:04  | Comments(2)
弥生 1

毎日日本酒を酌んでいる。
料理雑誌dantyuの三月号は日本酒の
特集と決まっている。
今回は「王道の日本酒」と銘打って、
数々の銘柄が紹介されていた。
十四代、新政、獺祭、秋鹿、大七、などの
全国に名を馳せた銘柄に、これから王道に
乗るであろう、新進気鋭の銘柄などが百本以上
紹介されていた。
特集の始めに、お蔵さんや酒屋さんなど精通
したかたがたに、王道の日本酒とはどんな酒
ですかと問うている。
常に向上していく酒とか、テロワールを表現して
いる酒とか、過去の歴史から育ってきた酒とか、
飲み手が語れるような特徴のある酒とか、
どんな料理にも合う酒とか、それぞれいろいろに
答えている。その中に、日常に寄り添い、家で
寝っ転がって飲める酒と答えている酒屋さんが
いて、我が意と同じですと頷いた。
気楽に買えて、飲み疲れしない酒がなによりと、
懐ぐあいの寒い身は、晩酌でそんな酒ばかりを
酌んでいるのだった。
また、二十代、三十代の若いかたがたに王道の
銘柄を問うているページがあって、黒龍、群馬泉、
義侠に廣戸川などの銘酒をあげている。
今の日本酒好きの若い子は、すんなり旨い味に
手が届くから、好いご時世になったことと
喜ばしい。こちらがその歳の頃には、まだ地酒を
扱う酒屋も少なく、情報もたやすく手に入らな
かったから、あちこち探し回ったものだった。
若いかたに、おおいに旨い酒を広めていただきたい。
今回嬉しいことに、長野県上田市で信州亀齢を
醸す岡崎酒造さんが紹介されていた。
宿場町の面影を残す柳町に在るお蔵さんで、跡取り
娘さんが杜氏を務め、旦那さんと二人三脚で造りを
している。
娘さんが杜氏になったばかりの頃はあまり
旨くなかった。それでいて、値段が高めの設定で、
なにかの折りに酌むたびに、なんだかなあの気分に
なっていた。すすんで買って飲みたい味にはほど
遠かったのだった。それから何年か経って、朝刊の
1ページに目が留まった。関東信越酒類鑑評会で、
亀齢が最優秀賞を取ったと載っていたのだった。
思わず、うそでしょ!と声をあげてしまい、
信じられなかった。
しばらくして、馴染みの飲み屋で利いてみたら、
以前の味はどこへやら、瑞々しいきれいな味に
驚いてしまった。
亀齢を扱う飲み屋も増えて、今ではその人気
ぶりに、すっかり入手困難な銘柄となっている。
酒質の向上の陰には、ご夫婦の随分な苦労と、
応援するかたがたの支えがあったと後ほど
知った次第だった。
こちらの知らないご苦労のおかげで、いつでも
旨き味に酔っていられる。お蔵さんにはまことに
感謝しかないことだった。

春浅し酒はちょっぴり温めて。