8月の終わりに
葉月 3
今月の中ほどに、車に接触された。
さいわいスピードが出ていなかったので、
体にひどい痛みも出ずに、
無事でよかったと安心をした。
ところが好事魔多しの油断をした。
日を置いて酔っぱらって帰った晩、
気がついたら、台所の床で眠りこんでいた。
テーブルの上に、飲みかけのハイボールが置いてあり、
締めの一杯を飲みながら寝てしまい、
椅子から落ちていたのだった。
朝、起きようとしたら、腰の左側がずきっとして、
落ちたときに、したたかにぶつけたとわかる。
車とぶつかったときよりも痛いではないか。
ほとほと我が身が情けないことだった。
夏になると、暑さに体力と思考能力を奪われて、
締まりのない毎日を送っている。
酔って体に青あざを作るのも、
たいてい暑い盛りだった。
この夏は、ことさらひどい暑さだった。
8月が終わりに近づいても、
暑いですねえと、人に会えば交わしている。
陽が昇れば、ぐいぐいと気温が上がり、
軽々と30度を超えていた。
35,6,7度の日もざらだから、
たまに30度くらいの日があると、
涼しく感じるのもおかしなことだった。
お盆が過ぎて、2日ほど過ごしやすい日が有った。
暑さも落ち着いたかと思ったら、
38,5度の、この夏いちばんの暑さが来て、
あっけにとられる。
この先、夏はどうなっちゃうんだろうと、
行く末を案じてしまうのだった。
西の街に暮らす友だちから、
残暑見舞いが届いた。
写真家、ソール・ライターの絵葉書で、
巡回展に行ってきたと書いてある。
季節外れの、雪道を赤い傘の人が行く写真は、
暑い日に、しばしの涼をくれるものだった。
趣きの有る写真に魅かれ、パソコンで調べてみたら、
来年の3月に、
新潟市立美術館に巡回展が来るという。
そこならそんなに遠くない。
暑い中、
まだ寒い、早春の楽しみを見つけてしまった。

今月の中ほどに、車に接触された。
さいわいスピードが出ていなかったので、
体にひどい痛みも出ずに、
無事でよかったと安心をした。
ところが好事魔多しの油断をした。
日を置いて酔っぱらって帰った晩、
気がついたら、台所の床で眠りこんでいた。
テーブルの上に、飲みかけのハイボールが置いてあり、
締めの一杯を飲みながら寝てしまい、
椅子から落ちていたのだった。
朝、起きようとしたら、腰の左側がずきっとして、
落ちたときに、したたかにぶつけたとわかる。
車とぶつかったときよりも痛いではないか。
ほとほと我が身が情けないことだった。
夏になると、暑さに体力と思考能力を奪われて、
締まりのない毎日を送っている。
酔って体に青あざを作るのも、
たいてい暑い盛りだった。
この夏は、ことさらひどい暑さだった。
8月が終わりに近づいても、
暑いですねえと、人に会えば交わしている。
陽が昇れば、ぐいぐいと気温が上がり、
軽々と30度を超えていた。
35,6,7度の日もざらだから、
たまに30度くらいの日があると、
涼しく感じるのもおかしなことだった。
お盆が過ぎて、2日ほど過ごしやすい日が有った。
暑さも落ち着いたかと思ったら、
38,5度の、この夏いちばんの暑さが来て、
あっけにとられる。
この先、夏はどうなっちゃうんだろうと、
行く末を案じてしまうのだった。
西の街に暮らす友だちから、
残暑見舞いが届いた。
写真家、ソール・ライターの絵葉書で、
巡回展に行ってきたと書いてある。
季節外れの、雪道を赤い傘の人が行く写真は、
暑い日に、しばしの涼をくれるものだった。
趣きの有る写真に魅かれ、パソコンで調べてみたら、
来年の3月に、
新潟市立美術館に巡回展が来るという。
そこならそんなに遠くない。
暑い中、
まだ寒い、早春の楽しみを見つけてしまった。
車に当てられて
葉月 2
お盆休みの早朝、
善光寺下のセブンイレブンへ向かっていたら、
うしろから、どんっと衝撃を受けた。
よろめいたわきを車が過ぎて、
引っかけられたとわかったのだった。
一瞬息が止まって歩けずにいたら、
何事もなかったように行ってしまった。
急いで逃げるようでもなく、
ぶつけたことに気づいていないようだった。
年寄りかなあといぶかしながら、
息を整えて体を確かめたら、
スピードがゆるかったのか、さいわい痛みはない。
それでも腹の虫はおさまらない。
警察に電話をしたら、
パトカー4台でおまわりさんが8人もやってきて、
そんなたいそうな事故じゃないんですがと、
物々しい出動に恐縮した。
黒のホンダのライフで、かくかくしかじか。
車種とナンバーと、ぶつかったときに、
左側のミラーが割れたことを伝えて、
現場検証が終わるのを待っていたら、
突然、その車とめてとめて!と、
おまわりさんの声がひびいた。
現場検証しているその前を、
ミラーの割れた、黒のライフが通りかかったのだった。
運転していたのは、近くに住んでいるおじいさんで、
知り合いのうちに野菜をもらいに行って来たという。
行くときに、何かにぶつかったのはわかったものの、
人だとは思わなかったというのだった。
連絡を受けたおじいさんの家族も飛んできて、
当人ともども、平謝りに謝られた。
日をおいて痛みが出るかと気にしていてら、
その気配もない。
一応、整骨院をしている友だちに診てもらったら、
ただの打ち身だねと言われ、安心をした。
この程度で済んだのは、ほんとに幸いなことだった。
御先祖様が守ってくれたかと、
感謝の墓参りになったのだった。
それにしても、
しっかり見たはずの車のナンバーの、
数字の順番がちがっていた。
動揺していたとはいえ、酔ってもいないのに、
記憶がおぼつかないのは、
我ながら、あきれることだった。

お盆休みの早朝、
善光寺下のセブンイレブンへ向かっていたら、
うしろから、どんっと衝撃を受けた。
よろめいたわきを車が過ぎて、
引っかけられたとわかったのだった。
一瞬息が止まって歩けずにいたら、
何事もなかったように行ってしまった。
急いで逃げるようでもなく、
ぶつけたことに気づいていないようだった。
年寄りかなあといぶかしながら、
息を整えて体を確かめたら、
スピードがゆるかったのか、さいわい痛みはない。
それでも腹の虫はおさまらない。
警察に電話をしたら、
パトカー4台でおまわりさんが8人もやってきて、
そんなたいそうな事故じゃないんですがと、
物々しい出動に恐縮した。
黒のホンダのライフで、かくかくしかじか。
車種とナンバーと、ぶつかったときに、
左側のミラーが割れたことを伝えて、
現場検証が終わるのを待っていたら、
突然、その車とめてとめて!と、
おまわりさんの声がひびいた。
現場検証しているその前を、
ミラーの割れた、黒のライフが通りかかったのだった。
運転していたのは、近くに住んでいるおじいさんで、
知り合いのうちに野菜をもらいに行って来たという。
行くときに、何かにぶつかったのはわかったものの、
人だとは思わなかったというのだった。
連絡を受けたおじいさんの家族も飛んできて、
当人ともども、平謝りに謝られた。
日をおいて痛みが出るかと気にしていてら、
その気配もない。
一応、整骨院をしている友だちに診てもらったら、
ただの打ち身だねと言われ、安心をした。
この程度で済んだのは、ほんとに幸いなことだった。
御先祖様が守ってくれたかと、
感謝の墓参りになったのだった。
それにしても、
しっかり見たはずの車のナンバーの、
数字の順番がちがっていた。
動揺していたとはいえ、酔ってもいないのに、
記憶がおぼつかないのは、
我ながら、あきれることだった。
い草の匂いに
葉月 1
年上の飲み仲間のかたに、お誘いを受けた。
連れて行ってもらったのは、
ひと気のない路地を入った先の、
しずかな佇まいの料理屋だった。
若くてきれいな女将に迎えられ、
落ちついた店内のカウンターで、
上等な酒と肴を御馳走してもらった。
いつもは、馴染みのちいさなおでん屋で、
酌み交わす仲だった。
腰が低く穏やかで、若輩の飲み仲間に、
いつも細やかな気遣いをしてくれる。
こういう年の取りかたをしたいもの、
そう思えるかたが身近にいるのは、
ありがたいことだった。
この歳になると、飲み仲間のかたがたも、
年下ばかりになっている。
みんな、それぞれの生業を真っ当にこなしていて、
ヨッパのじじいよりもはるかに、
経験豊富で知識が深い。
酌み合いながら話を聞けば、
その道の奥の深さに、いつも感心しているのだった。
役立たず、されど友ありビールあり。
そんな毎日を過ごしている。
ときどき我が家で宴をすることがある。
男やもめの住まいは、来るほうも来られるほうも、
余計な気を使わなくて好い。
酒とつまみを持ち寄って、茶の間で一献。
先日、同業の友だちと杯をかさねていたら、
派手にワインをこぼしてしまった。
あわてて拭いたものの、
翌朝見たら、赤い染みが広がっていた。
これではまるで、殺人事件の現場ではないか。
今までも酒やビールをこぼしてこぼされて、
ところどころに染みがあった。
換えどきと決めて、近所の畳屋に電話をしたら、
早速飛んできてくれて、あたらしい畳を入れてくれた。
暑いさなか、新鮮ない草の匂いに、
気分も爽やかになる。きれいになった6畳で、
早々に宴をやりたくなるのだった。

年上の飲み仲間のかたに、お誘いを受けた。
連れて行ってもらったのは、
ひと気のない路地を入った先の、
しずかな佇まいの料理屋だった。
若くてきれいな女将に迎えられ、
落ちついた店内のカウンターで、
上等な酒と肴を御馳走してもらった。
いつもは、馴染みのちいさなおでん屋で、
酌み交わす仲だった。
腰が低く穏やかで、若輩の飲み仲間に、
いつも細やかな気遣いをしてくれる。
こういう年の取りかたをしたいもの、
そう思えるかたが身近にいるのは、
ありがたいことだった。
この歳になると、飲み仲間のかたがたも、
年下ばかりになっている。
みんな、それぞれの生業を真っ当にこなしていて、
ヨッパのじじいよりもはるかに、
経験豊富で知識が深い。
酌み合いながら話を聞けば、
その道の奥の深さに、いつも感心しているのだった。
役立たず、されど友ありビールあり。
そんな毎日を過ごしている。
ときどき我が家で宴をすることがある。
男やもめの住まいは、来るほうも来られるほうも、
余計な気を使わなくて好い。
酒とつまみを持ち寄って、茶の間で一献。
先日、同業の友だちと杯をかさねていたら、
派手にワインをこぼしてしまった。
あわてて拭いたものの、
翌朝見たら、赤い染みが広がっていた。
これではまるで、殺人事件の現場ではないか。
今までも酒やビールをこぼしてこぼされて、
ところどころに染みがあった。
換えどきと決めて、近所の畳屋に電話をしたら、
早速飛んできてくれて、あたらしい畳を入れてくれた。
暑いさなか、新鮮ない草の匂いに、
気分も爽やかになる。きれいになった6畳で、
早々に宴をやりたくなるのだった。