須坂まで
葉月 9
お盆休みの最後の日、隣の須坂市へ出かけた。
近所の善光寺下駅から20分。長野電鉄に揺られて行く。
須坂駅を出て、通りを歩いて行くと、夏休みというのに、
相変わらず人の姿がない。
須坂はその昔、養蚕業で栄えた町だった。
今でも町のあちこちに、当時を偲ばせる土蔵が残っている。
静かな町の風情が好きで、ときどき訪ねているのだった。
久しぶりにクラシック美術館に行ってみた。
石畳の通りの入口に在る美術館は、
明治時代の実業家が建てた、大きな屋敷をそのまま利用している。
昔のガラスの器や着物を展示しているのだった。
古いながらも手入れが行き届いた屋敷の中は
こぎれいな佇まいに気分も落ち着く。
一階二階の部屋にはそれぞれ、この時期のあでやかな単衣の
着物が飾られていて、涼を感じさせていた。
他にお客の姿がなく、広い座敷に座って静かに庭を眺めていれば、
それだけで酒4合はいけるなあと思ってしまった。
ぼちぼち昼どきをむかえ、美術館を出た。
車の行きかう道を行き、
須坂創成高校の前を過ぎていく。墨坂神社の広い境内に入り、
立派な拝殿に、須坂の町の平和をお参りしたら、
はす向かいに在る、鰻料理の「た幸」へ伺って、
ご主人夫婦の笑顔に迎えていただいた。
いつ来てもこの店は、凛とした清潔な雰囲気が好い。
お盆の間はお客が混んだという。この日は、
いつもなら定休の火曜日ということもあり、
みんな閉店していると思って来られないようだった。
おかげでゆっくりと貸し切りで、昼のひとときを
過ごせるのだった。
鰻の頭の煮つけでスーパードライを飲んで、
福島の廣戸川を酌みながら、う巻きを頂く。
コロナ禍が収まらず、鰻の不漁に、調味料や油や
光熱費の値上がりと、商売を続けていくには、
まこときびしい世の中になっている。
こうした、きちんとした店に来ると、無事長らくの
商いをと願ってしまう。廣戸川をおかわりして、
御好意の山口の獺祭を酌みながら、
あっさり目のたれ加減で焼いてもらった、かば焼きを頂いた。
小茶碗一杯分のご飯で締めて、贅沢な昼酒と相成った。
お会計を済ませて戸を開けたら、雨が降っていた。
傘をお借りして、挨拶を交わして、
見送っていただいたのだった。
静かなる須坂の町や鰻食う。
夏の果てに
葉月 8
迎え盆の朝、友だちからメールが届く。
昌禅寺、百日紅が見ごろです。よかったら写真撮りに。
おっ、もうご両親の墓参りに行ってきたんだね。
友だちが檀家の昌禅寺は、曹洞宗の古刹で、
広い境内は、初夏の頃は新緑の鮮やかな緑に、
秋になると、まるでここは京都かと思うくらいの
見事な紅葉に包まれる。
何度も足を運んでいるのに、百日紅が咲くとは
知らなかったのだった。
メールをもらった一週間後、カメラをぶら下げて
訪ねてみた。日中はまだ暑いものの、お盆を過ぎて
朝の風がずいぶんと涼しくなった。
自宅を出て氏神さんの境内を抜けて行くと、眼下の
城山小学校のプールの水が緑色に濁っている。
通っていた子供の頃は、体育の授業の時だけでなく、
夏休みにも泳ぎに通っていた。
しばらく前まで、夏になるとプールの手入れをしている
先生がたの姿を見かけたものだった。
ところが、老朽化が進み、今では使っていないという。
子供たちが授業でプールを使うときは、
わざわざ公共の施設まで連れて行くのだという。
夏の青空の下、プールではしゃぐ子供たちの声が
聞こえてこないのは、さみしいことだった。
友だち宅の在る城山団地を抜けて行くと、長野高校の
野球部のカバンを背負った女の子が、自転車で坂道を
上がっていく。マネージャーかな。
道路の向こう側では、おなじカバンを背負った
いがくり頭の男の子も自転車を飛ばしていく。
浅川の専用グラウンドで、朝から練習に励むとわかり、
頑張れ高校球児と見送った。
湯谷団地の坂道を上がっていくと、広い曇天の下に
町なみが広がっている。上がって下りて昌禅寺に着き、
百日紅はどこかときょろきょろしたら、
本堂の右手の住居の前に咲いていた。
あいにくと、昨夜の強い雨に打たれて、
花がだいぶ散っていた。
もっと早く来ればよかったと、教えてくれた友だちに
申しわけないことをした。
境内は、夏でも新緑の頃と変わらない、
もみじやかえでの爽やかな緑に包まれている。
ぽつんと一輪、紫陽花がまだ咲いていた。
墓地の方へ向かって行くと、左手に、高々とした杉林が
ある。
本堂裏手の竹林に行ったら、足元の草が深くて
入れなかった。
緑の中に、すでに少し朱色を帯びた葉もあって、
今年の紅葉は早いかなとうかがえた。
色づきはじめから落ち葉の頃まで、
この秋も、また幾度と足を運ぶことだった。
百日紅雨に散りぬる古刹かな。
別所温泉へ
葉月 7
お盆休みの中日、上田に泊った。
上田に暮らす友だちと一献交わした翌朝、
別所温泉に足を延ばした。
上田駅から別所線の丸窓電車に揺られて行くと、
沿線の、稲穂の緑に癒される。
別所温泉駅を出て行くと、家々の入口に、
大きな蓮の鉢植えが置いてあり、坂道に彩りを
添えている。
みんみんじいじいかなかなと、
しずかに蝉の声を聞きながら上がっていった。
北向き観音のそばまで来ると、ちらほらと観光客が
歩いている。
作務衣を着た、どこぞの旅館の若い仲居さんが、
観音様の入口で手を合わせ、急ぎ足に勤めに戻っていった。
参道への階段入口の食堂の品書きを見たら、冷やし中華から
かつ丼まで、どれも値段が千円超えで、高くてあきれる。
参道沿いの食堂に蕎麦屋は、どこもお盆休みで欲がない。
おごそかな佇まいの観音堂で、上田の町が平和でありますよう、
お参りをした。
別所温泉はちいさな町で、いつ来ても静かで好い。
蝉の声を聞きながらひとまわり、通りを下りて、
駅の近くの温泉施設、あいそめの湯へ向かった。
お盆休みで混んでいるかと思ったら、
地元のかたがいるだけで空いている。
前日、群馬の草津温泉の
酸の当たりのつよい湯に浸かっていた。
この町の湯の柔らかさを、ことのほか感じたのだった。
露天風呂で里山の緑を眺めながら、蝉の声を聞きながら
ぬるめの湯に浸かっていると、この地に住みたい気分になる。
温泉と酒と友があれば充分ではないか。
このお盆休みは、そればかり思ってしまうのだった
風呂を出て食堂へ行き、軟骨のから揚げでビールを飲んでいたら、
しばらくして、お母さんと小学生くらいの女の子と男の子が
やってきた。先ほど露天風呂を出ようとしたら、
ちょうど入ってきたこの男の子が、こちらが出るまで
出入口の戸を押さえていてくれたのだった。
ちょっとした気遣いが嬉しくて、親御さんは良い育て方を
されていると、気持ちが温かくなった。
子供たちが席を離れたときに、その旨をお母さんに
伝えさせていただいた。
それにしてもこの食堂は、ご主人の愛想も好く、
軟骨のから揚げも、他のお客の頼んだ定食を見ても、
量が多い。
くだんの男の子も、かつ定食を食べきれずに持ち帰りに
包んでもらっていた。
おまけに、生ビールのあとにハイボールを注文したら、
ジャガイモの煮物をサービスしていただき、
恐縮してしまった。
また近々足を運びたいと思える御好意に、感謝した次第だった。
うつらうつらと、電車に揺られて帰ったのだった。
別所の湯気遣い嬉し生ビール。
草津温泉へ。
葉月 6
お盆休みの初日、草津温泉に出かけた。
旅館を営む友だちと、蕎麦屋を営む友だちが
暮らしているのだった。長野駅発のバスに乗って、
山ノ内町から志賀高原へ上がっていくと、けっこうな勢いで
雨が降り始めた。
車窓の景色が深い霧に覆われて、真っ白な中を抜けて
白根山を過ぎていくと、小降りになってきて良かった。
このたびは、東京に暮らす甥っ子夫婦と落ち合うことに
なっていた。
バスターミナルに着いて待っていると、じきにやってきた。
連れ立って、さっそく友だちの蕎麦屋、
「かない」へ行く。
ちいさな温泉町はお盆客で賑わっている。
蕎麦屋も盛況で、しばらく待ってから、
席に着いた。甥っ子夫婦とひさしぶりの乾杯を
黒ラベルで交わし、まいたけのてんぷらで、
友だちの用意してくれた群馬の銘酒、尾瀬の雪どけの
杯を重ねた。
草津温泉は狭い通りに蕎麦屋が混在している。
その中でも、友だちの蕎麦屋は後進者にもかかわらず、
すでに味の好さが評判になっているのだった。
久しぶりの旨い蕎麦で腹を満たして、はす向かいの
だんべえ茶屋の入れこみに落ちつく。
旅館の友だちの連れ合いが営んでいる飲み屋だった。
こちらは友だちの好みの長野の銘酒を揃えている。
友だちも交えて、大信州の一升瓶を速やかに空けた。
昼からの酒に酔い酔いになり、友だちの旅館
「勢州館」でひと風呂浴びて、早々につぶれた。
しばらくしたら甥っ子夫婦が部屋に来た。
飲みなおすかと、友だちに酒を所望したら、
テキーラを一本くれた。それを飲んでまたつぶれた。
標高1000メートルの温泉町は、夏でも涼しい。
深々熟睡できた翌朝、甥っ子夫婦と町を
ひとまわりすれば、程よい町の小ささも好く、
この町で余生を過ごすのも好いことと思えるのだった。
草津の湯は酸がつよい。
石鹸を使わなくても肌がすべすべになる。
そのかわり、浸かりすぎると、肌がやられる。
以前2泊したときに、何回も浸かっていたら
唇がひび割れた。
久しぶりに、そんな草津の刺激的な湯も心地よく、
友だちに会え、甥っ子夫婦に会え、
再び蕎麦屋とだんべえ茶屋で昼のひとときを過ごし、
再会を期して別れた。
温泉と酒と友と。人生それだけで充分ではないか。
しみじみ身に染みたことだった。
友有りき湯有り蕎麦有り草津かな。
夏盛る
葉月 5
夜中、寝苦しくて目が覚めた。
夜になっても暑さが引かず、空気がよどんで
いるのだった。
窓を開けてしばらくしたら、いくらか風が入って
きたものの、浅い眠りのまま夜が明けた。
夏は暑くて当然だけど、今年の暑さは、いつになく
きびしい。歳をかさねて、体力が落ちたせいかと思ったら、
年下の友だちも夏バテになったり、ひと晩中エアコンを
つけていたりして、今年は暑いとこぼしている。
のどの渇きを潤すために、一日中つめたい物を口にしている。
昼間は麦茶にアイスキャンディー、
薄暮の時刻を迎えれば、ひと風呂浴びていそいそと、
やっこに枝豆くらいのつまみで、ビールに冷や酒を
酌んでいる。じめじめと暑さの残る夜は、
さっぱりとした焼酎を飲む機会が増えるのだった。
いちばん好きなのは、宮崎の柳田酒造の麦焼酎で、
爽やかな柑橘系の味が好い。氷を入れたグラスに
とくとく注いでは、野球中継を観ながらだらだらと
杯をかさね、早々につぶれている。
腹を冷やしてばかりいるから、胃腸の調子が
よろしくないのも、毎度のことだった。
早朝、寝汗で湿った寝間着を洗濯機に放りこんで、
短パンTシャツに着替えてウォーキングに出た。
氏神さんにお参りをして、北に向かって歩き出す。
夏休みになって善光寺界隈は、散歩をしている親子連れの姿が
目につく。
清泉女学院の前を過ぎて、城山動物園のアザラシの
声を聞きながら、招魂社の階段を上がり、
長野の町が平和でありますよう、拝殿に手を合わせる。
境内を出て、城山団地を抜けて、長野高校の五差路を
真っ直ぐに進んだら、檀田大通りへ右折する。
まっすぐ通りを下っていたら、なにやら腹の調子が
おかしくなってきた。
うっ、これはまずいぞ。自宅に戻りたいけれど、
ここから4キロ。とても持ちこたえられそうにない。
さてどうすると焦っていたら、ローソンの青い看板が見えた。
早足で、すぐにトイレに飛び込んだ。
いつもコンビニといえば、セブンイレブンばかりを
利用しているけれど、今朝ばかりは、
ローソンに救われたのだった。
事なきを得て自宅に戻り、すぐに整腸剤を飲んだ。
その日の午後、訪ねて来たかたが、手土産に、
米焼酎の小瓶を持ってきてくれた。
先日、出張で県外の町に行ったという。
ホテルを予約したときに、うっかりお酒付きのプランを
ぽちっとしたらしく、ホテルのチェックインのときに
プレゼントされたというのだった。
ふだん、一滴も酒を飲まないかただった。
こちらのためにぽちっとしてくれたようなもんですなと、
ありがたく頂だいした。
焼酎や氷継ぎ足し宵の果て。
上田の花火に
葉月 4
8月5日、上田の花火大会に出かけた。
昔、上田に暮らすかたと付き合っていた。
14年前、はじめて目にした花火の
見事さに感動して、以来足を運んでいる。
あちこちの花火大会に出かけては、
素敵な写真を撮っている友だちと連れ立って、
電車に揺られて行く。
コロナのおかげで中止の年が続き、3年ぶりの開催だった。
ここ最近、ふたたび感染者が増えている。
今年も中止になっちゃうかと心配して、
毎日上田市観光課のホームページで確かめていた。
予定通りの開催はありがたいことだった。
駅を出てすぐそばの、千曲川の堤防道路へ上がっていく。
道路には、すでにカメラをつけた三脚がずらっと並んでいる。
よく見ると、2台3台と、ひとりで複数のカメラを
設置しているかたが多い。友だちに尋ねたら、
それぞれのカメラに、画角の異なるレンズをつけて
いるのだという。いちどに構図のちがう写真を撮るための
手段と合点がいった。友だちも足太の三脚に、
ソニーとキャノンのカメラを取り付けた。
打ち上げ時間になって、市長の挨拶が始まった。
上田市は、3年まえの台風で、別所線の赤い鉄橋が
崩落するなどの被害があった。
コロナ禍で町も活気を失う中、このたびの花火大会に向けて、
多くの企業がたくさんの協賛金をだしてくれたという。
おかげで、ギネス級の花火をお見せ出来ますというのだった。
挨拶に続いて、半月光る薄暮の空に、大輪の花が咲き始めると、
あちこちから歓声がわき、みんなこの日を待っていた。
上田の花火はテンポが好い。つぎつぎと間髪入れず打ちあがり、
そのたびに思わず声が出る。
打ち上げしている花火師は、長野の青木煙火さんに須坂の
篠原煙火さんに、上田の武舎煙火さん。
花火師さんも、コロナ禍でいろんなイベントが中止になって、
仕事に影響があったものとうかがえる。
この日の花火はほんとにギネス級の勢いで、
火薬をぜんぶつぎ込んじゃいますよと、
花火師さんの心意気が伝わってきた。
ラストを飾る大スターマインは花火師3社の合同で、
鮮やかな赤い模様は、
別所線の赤い鉄橋の復活を祝ってのものかと見惚れた。
息を飲む間もなく、最後の豪快な打ち上げへと続き、
あっという間の瞬間に、涙が出そうになった。
まだまだ先行き不安な中、上田の花火に元気を頂いた。
温かな余韻を抱えて、駅前の飲み屋へ向かったのだった。
また明日を思えるほどの花火かな。
暑い休日に
葉月 3
夏になると、畑仕事をしているかたから
野菜をもらう。今年はきゅうりが豊作なのか、
続けざまに頂いて、冷蔵庫がいっぱいになっている。
切って塩で揉んだり、
ほんだしやごま油で和えたり、めんつゆと練り辛子で
漬けたり、毎晩酒のつまみに、せっせと口に運んでいる。
毎月初日は、近所の寺と神社に参拝をしている。
8月初日の休日の朝、菩提寺の寛慶寺で手を合わせ、
善光寺と浄土宗の大本願で手を合わせ、商売の神様の
西宮神社で手を合わせ、
西方寺の友だちの墓に手を合わせた。すっきりした気分で
そのまま散歩をすれば、朝から陽射しがつよく、
じきに汗が噴き出してくる。途中のコンビニで
胡麻麦茶を買って、水分補給をしながら1時間あまり歩いた。
自宅に戻ってシャワーを浴びたら、長野駅前のデパートまで。
今月誕生日を迎える友だちに差し上げる菓子を買い求めた。
自宅に戻った昼どき、夏休みを迎えて、善光寺にも参拝客が
多い。平日でも界隈の蕎麦屋には、順番待ちの列ができている。
この日は久しぶりの店でと決めて、善光寺の裏手の
坂道にある、つたやへおじゃました。
年配のご両親と息子さんが営むこの店は、庶民的なラーメンから、
ちょいと高級な肴料理まで揃う、豊富な品ぞろえが好い。
エビス1本と、信州味噌の冷やし中華で涼をとり、
坂道をひとまわり、往生地から箱清水まで散歩する。
木々に囲まれた曲がり道を歩いて行くと、
アブラゼミの鳴き声がにぎやかに響いている。
まわりのりんご畑では、青いりんごの実がたわわに実っていた。
写真を撮りながら歩いていたら、見覚えのある車が停まった。
往生地に暮らす、馴染みの飲み屋のりさちゃんだった。
買い出しに行くところと言い、また店に伺いますと見送った。
戸隠道の入口では水道管の埋設工事を行っていた。暑いさなか、作
業着を着こんでの仕事は大変だなあと、誘導係のおじさんに
挨拶をしながら過ぎた。
長野地震観測所を右手に、霊山寺と雲上殿を左手に過ぎて、
坂道を下りて行く。和菓子屋の栄心堂のわきの道から、
城山公園に行くと、敷地の中の県立美術館に向かう
親子連れが目につく。ジブリパークとジブリ展が
絶賛開催中なのだった。鑑賞は予約制で、事前にチケットを
買わないと観られない。今月のチケットを、先日買ったから、
もう安心なのだった。
自宅に帰ってシャワーを浴びれば、1日歩き回った疲れが
心地よい。きゅうりの辛子漬けで、早めの晩酌と相成った。
あれこれと胡瓜の消費算段し。
夏休みになって
葉月 2
暑い日がつづき、夜も寝苦しい。
眠りが浅いせいなのか、ここのところ、
おかしな夢を見ては目が覚める。
先だっては、飲み屋から帰ってきたら、
玄関の戸が開いている。入ってみたら、仕事場も
二階の住まいもめちゃめちゃに荒らされて、
有り金が全部なくなっていた。キャッシュカードも
消えていて、呆然としたところで目が覚めた。
夢だとわかっても、財布の中身と仕事場のレジの中を
確認して、ようやくほっとしたのだった。
それからしばらくしたら、長野駅前の本屋で、
財布とスマホの入ったバッグをなくした夢を見た。
いくら探しても見つからず、途方に暮れたところで
目が覚めた。またしても、財布とスマホの無事を
確認してしまった。
確かにこれまで、酔っ払った帰り道で
落としたことや、泥酔している夜中に、駐車場の
バイクを盗まれたことがある。いまだ気持ちの
根っこに悔恨が残っているのか、
それともなにかの暗示なのか、詳しいかたがいたら、
教えていただきたいことだった。
そのまま起きて、早朝の散歩に出ると、ここ連日、
子供たちの姿を目にする。
夏休みが始まって、ラジオ体操に行くのだった。
お母さんと一緒だったり、
友だち同士で肩を並べて歩いていたり、慌てた様子で
走っていく子に、朝から子供たちの元気な姿を見かけると、
気分が清々しくなる。
平林街道のツルヤの手前を右に曲がったら、
子供たちが住宅街の公園に集まっていた。
そのまま南へ下り、三重公園のわきの住宅街を抜けて
行くと、守田神社の境内で、
お母さんと子供たちが、のびのびと体操の
真っ最中だった。
横目で眺めて過ぎて行ったら、
遅れて神社に向かう男の子とすれちがう。
おれはまだ眠いのだという顔つきで、
だらだら歩く姿がおかしくて、
お~い、もう体操おわっちゃうぞ~。
声をかけてしまいそうになった。
夏休みが始まると、自宅の前の路地を登下校する
子供たちがいなくなり、静かになる。
連日、路地に蝉の声が響くようになり、
ひととき、絞り出すような鳴き声が、
夏の静けさをより感じさせているのだった。
寝ぼけ顔ラジオ体操夏休み。
休日に
葉月 1
休日の朝、ガス会社から電話がかかってきた。
空家にしている、実家のガスメーターの件だった。
母が介護施設に入居して空き家になったとき、
ガスを止めてもらった。
ガスを使っていなくても、定期的にガスメーターの検査を
しなくてはいけないというのだった。
この先、だれも住むことがないのなら、
外しちゃうこともできるといい、それではと、
外してもらうことにした。
実家のガスメーターはどういうわけだか、
車庫の中にある。
ほどなく訪ねてきた担当のかたに、車庫の鍵を渡して、
作業をお願いした。郵便局と銀行をまわり、
所用を済ませた昼どき、権堂の蕎麦屋のかんだたへ
おじゃました。カウンターに落ちつけば、
先客の、隣の女性がビールを飲んでいる。
蕎麦屋で昼酒をたしなむ淑女、好いですねえと、
こちらもビールを注文した。
ひたし豆をつまみに杯を傾けていたら、
ビールを飲み終えた隣の淑女は、蕎麦を頼んだ。
あれ、もう蕎麦で締めちゃうの?
この店は日本酒の品ぞろえも好いのに、惜しいなあと、
残念な気分で、ビールから大雪渓の純米に切り替えた。
ナスのからし漬けをつまみながら、大雪渓の澄んだ旨さを
味わっていると、ずずっ、ずずっと、隣の淑女の
蕎麦を啜るテンポが小気味よくて好い。
そして食べ終わったと思ったら、すみません、
北光正宗をグラスでお願いしますと言ったのだった。
なるほど。すきっ腹で日本酒を飲んだら酔いが回る。
まずは蕎麦で腹を満たしてから、締めの一杯と来たか。
なかなかやるではないか。
言葉も交わさず、顔もまともに見なかったけれど、
味のあるひとときを頂戴したのだった。
揚げ蕎麦の小盛で北光正宗を1合酌んで、冷たいもりで
締めた。
炎天下の中、ほろ酔いで歩き回る気力もなく、
そのまま自宅に戻ってシャワーを浴びて、
昼寝を決めこんだ。
うつらうつらと浅い眠りから覚めた夕方、窓の外から蜩の
鳴き声が聞こえてくる。
ようやく蝉も鳴きだして、夏の暑さもいよいよ
増してくる。
階下へ行って、玄関先の郵便受けを覗いたら、
青い封筒が入っていた。車庫の鍵と、
本日ご足労をかけたかたの名刺が入っていた。
長野都市ガス・長野エリアサービスグループ 鈴木翼。
感じの良い若者は翼くんというのか。
好い名前ではないかと眺めたのだった。
浅き夢覚めて薄暮の麦茶かな。

休日の朝、ガス会社から電話がかかってきた。
空家にしている、実家のガスメーターの件だった。
母が介護施設に入居して空き家になったとき、
ガスを止めてもらった。
ガスを使っていなくても、定期的にガスメーターの検査を
しなくてはいけないというのだった。
この先、だれも住むことがないのなら、
外しちゃうこともできるといい、それではと、
外してもらうことにした。
実家のガスメーターはどういうわけだか、
車庫の中にある。
ほどなく訪ねてきた担当のかたに、車庫の鍵を渡して、
作業をお願いした。郵便局と銀行をまわり、
所用を済ませた昼どき、権堂の蕎麦屋のかんだたへ
おじゃました。カウンターに落ちつけば、
先客の、隣の女性がビールを飲んでいる。
蕎麦屋で昼酒をたしなむ淑女、好いですねえと、
こちらもビールを注文した。
ひたし豆をつまみに杯を傾けていたら、
ビールを飲み終えた隣の淑女は、蕎麦を頼んだ。
あれ、もう蕎麦で締めちゃうの?
この店は日本酒の品ぞろえも好いのに、惜しいなあと、
残念な気分で、ビールから大雪渓の純米に切り替えた。
ナスのからし漬けをつまみながら、大雪渓の澄んだ旨さを
味わっていると、ずずっ、ずずっと、隣の淑女の
蕎麦を啜るテンポが小気味よくて好い。
そして食べ終わったと思ったら、すみません、
北光正宗をグラスでお願いしますと言ったのだった。
なるほど。すきっ腹で日本酒を飲んだら酔いが回る。
まずは蕎麦で腹を満たしてから、締めの一杯と来たか。
なかなかやるではないか。
言葉も交わさず、顔もまともに見なかったけれど、
味のあるひとときを頂戴したのだった。
揚げ蕎麦の小盛で北光正宗を1合酌んで、冷たいもりで
締めた。
炎天下の中、ほろ酔いで歩き回る気力もなく、
そのまま自宅に戻ってシャワーを浴びて、
昼寝を決めこんだ。
うつらうつらと浅い眠りから覚めた夕方、窓の外から蜩の
鳴き声が聞こえてくる。
ようやく蝉も鳴きだして、夏の暑さもいよいよ
増してくる。
階下へ行って、玄関先の郵便受けを覗いたら、
青い封筒が入っていた。車庫の鍵と、
本日ご足労をかけたかたの名刺が入っていた。
長野都市ガス・長野エリアサービスグループ 鈴木翼。
感じの良い若者は翼くんというのか。
好い名前ではないかと眺めたのだった。
浅き夢覚めて薄暮の麦茶かな。