日々を大事に
霜月 3
となりの湯本さんから、いなり寿司を頂いた。
男やもめを気遣って、
ときどき差し入れをくれるのだった。
ふだんまともに食事をしない身には、
御好意がありがたいことだった。
先日、日帰り温泉でひと風呂浴びたあと、
体重を計ってみたら、5キロも減っていた。
この頃どうも疲れやすい。
ときどき立ちくらみがする。
横断歩道をダッシュで渡ると、
とたんにくらくらめまいがする。
すべては栄養不足のせいと合点がいった。
食べ物あふれるご時世に、
栄養不足で倒れたなんてしゃれにならない。
もうすこし、きちんと食べないといけないことだった。
台風19号が来て、
長野県にもあちこちに被害が出た。
台風が来るたびに、
この辺は、高い山々が防いでくれるから安心と、
たかをくくっていた。
実際、いつ通りすぎたのか、
気が付かないときもあるほどだった。
台風19号の当日も、はげしい雨風に、
早々に店じまいをした。
緊張感もなく、
のんびりと風呂で汗を流してから、
夕方の4時前には、
ビールの栓をプシュッと開けている始末だった。
翌朝のニュースで、
大きな被害が出たことを知って、唖然としたのだった。
テレビで被災地の様子を見るたびに、
ふだんの暮らしに戻るには、
ずいぶん時間がかかるとわかる。
台風が去ったあとも雨が降って、
被災者のかたがたの心労を思うと切なくなる。
冴えない気分のまま、あっという間に10月がすぎて、
知らぬ間にまわりの景色も、
秋の彩りへすすんでいる。
米作りをしている知り合いがいる。
良い米ができましたと、
今年もぴかぴかの新米を届けに来てくれた。
晩酌のあとに、軽くお茶碗一杯ほおばれば、
甘みがふくよかで美味しい。
大きな災害があるたびに、当たり前の毎日が、
つくづくありがたいことと思う。
無事な身は、
きちんと食べて、元気に笑顔の日常を。
言い聞かせたのだった。

となりの湯本さんから、いなり寿司を頂いた。
男やもめを気遣って、
ときどき差し入れをくれるのだった。
ふだんまともに食事をしない身には、
御好意がありがたいことだった。
先日、日帰り温泉でひと風呂浴びたあと、
体重を計ってみたら、5キロも減っていた。
この頃どうも疲れやすい。
ときどき立ちくらみがする。
横断歩道をダッシュで渡ると、
とたんにくらくらめまいがする。
すべては栄養不足のせいと合点がいった。
食べ物あふれるご時世に、
栄養不足で倒れたなんてしゃれにならない。
もうすこし、きちんと食べないといけないことだった。
台風19号が来て、
長野県にもあちこちに被害が出た。
台風が来るたびに、
この辺は、高い山々が防いでくれるから安心と、
たかをくくっていた。
実際、いつ通りすぎたのか、
気が付かないときもあるほどだった。
台風19号の当日も、はげしい雨風に、
早々に店じまいをした。
緊張感もなく、
のんびりと風呂で汗を流してから、
夕方の4時前には、
ビールの栓をプシュッと開けている始末だった。
翌朝のニュースで、
大きな被害が出たことを知って、唖然としたのだった。
テレビで被災地の様子を見るたびに、
ふだんの暮らしに戻るには、
ずいぶん時間がかかるとわかる。
台風が去ったあとも雨が降って、
被災者のかたがたの心労を思うと切なくなる。
冴えない気分のまま、あっという間に10月がすぎて、
知らぬ間にまわりの景色も、
秋の彩りへすすんでいる。
米作りをしている知り合いがいる。
良い米ができましたと、
今年もぴかぴかの新米を届けに来てくれた。
晩酌のあとに、軽くお茶碗一杯ほおばれば、
甘みがふくよかで美味しい。
大きな災害があるたびに、当たり前の毎日が、
つくづくありがたいことと思う。
無事な身は、
きちんと食べて、元気に笑顔の日常を。
言い聞かせたのだった。
御代田町での写真展へ
神無月 2
御代田町で開かれている、
浅間国際フォトフェスティバル2019へ足を運んだ。
駅を出てゆるやかな坂道をしばらく行くと、
りっぱな町役場のとなりに、
林に囲まれた旧メルシャン美術館がある。
町が試みた写真展には、国内外、
38人の写真家の作品が展示されていた。
立体にした写真や、
大きなパネルで迫ってくる写真に、
映像にして、絶え間なく流している写真やら、
まことに個性あふれる作品の数々を、
少々たじろぎながら眺めた。作品は館内だけでなく、
林の中にも展示されていた。
林から望む浅間山に厚い雲がかかり、
今にも降りだしそうな気配をしている。
中国人の張克純さんの黄河の写真が立っていた。
心の拠りどころとなっている大河は、
悠々とした流れの中に、洪水や、
工場による汚染という、深刻な問題も抱えていた。
そのありのままの姿を、
浅い色彩の、静かな目線で写しだしていた。
大塚千野さんは、
昔の自分の写真に、デジタル加工で今の姿を
重ねてある。もし、あの頃に戻れたら、
子供だったわが身に何を伝えようか。
あるいはなにを伝えてくれるだろうか。
そんな思いを馳せさてくる写真だった。
会場には、地元の小学生の草花の青写真や、
中学生の、
校内の様子を写した作品も並べられ、微笑ましい。
町の人々のポートレートが並んでいた。
子供からお年寄りまでたくさんの笑顔を見ていると、
この町でみんなと暮らしている幸せが、
和やかに伝わってくるのだった。
ここはもうすぐ、御代田町写真美術館として
オープンするという。
それを見据えての、このたびの企画だった。
ちいさな町の大きな企画に、
この先どんな写真展を開いてくれるのか、
今から楽しみなことだった。

御代田町で開かれている、
浅間国際フォトフェスティバル2019へ足を運んだ。
駅を出てゆるやかな坂道をしばらく行くと、
りっぱな町役場のとなりに、
林に囲まれた旧メルシャン美術館がある。
町が試みた写真展には、国内外、
38人の写真家の作品が展示されていた。
立体にした写真や、
大きなパネルで迫ってくる写真に、
映像にして、絶え間なく流している写真やら、
まことに個性あふれる作品の数々を、
少々たじろぎながら眺めた。作品は館内だけでなく、
林の中にも展示されていた。
林から望む浅間山に厚い雲がかかり、
今にも降りだしそうな気配をしている。
中国人の張克純さんの黄河の写真が立っていた。
心の拠りどころとなっている大河は、
悠々とした流れの中に、洪水や、
工場による汚染という、深刻な問題も抱えていた。
そのありのままの姿を、
浅い色彩の、静かな目線で写しだしていた。
大塚千野さんは、
昔の自分の写真に、デジタル加工で今の姿を
重ねてある。もし、あの頃に戻れたら、
子供だったわが身に何を伝えようか。
あるいはなにを伝えてくれるだろうか。
そんな思いを馳せさてくる写真だった。
会場には、地元の小学生の草花の青写真や、
中学生の、
校内の様子を写した作品も並べられ、微笑ましい。
町の人々のポートレートが並んでいた。
子供からお年寄りまでたくさんの笑顔を見ていると、
この町でみんなと暮らしている幸せが、
和やかに伝わってくるのだった。
ここはもうすぐ、御代田町写真美術館として
オープンするという。
それを見据えての、このたびの企画だった。
ちいさな町の大きな企画に、
この先どんな写真展を開いてくれるのか、
今から楽しみなことだった。
湯の町で
神無月 1
温泉地、戸倉の町に、こゆりという小体な居酒屋がある。
きれいな女将さんが営んでいて、
ぎょうざやおでんをはじめとした家庭的な品々の味が好く、
酒の品ぞろえも好い。
昨年の春、
戸倉勤めの友だちに連れて行ってもらったのだった。
たまには、いつものなわばりをはずれて飲むのも好い。
飲み仲間のかたがたと、
久しぶりにこゆりさんでと相成った。
夕がた、すこし早めに着いたら、
宴の前のひと風呂へ、白鳥園へむかう。
ひと気のない路地を抜けていくと、
本日の勉学終えた戸倉小学校の子供たちが
にぎやかにすれ違っていった。
白鳥園の館内は、1日の疲れを癒しに来た、
地元のお年寄りでにぎわっていた。
みなさんには、温泉施設は我が家の風呂も同然だから、
湯の扱いも自然にぞんざいになる。
鏡の前で体を洗っていたら、右隣の禿げ頭のじいさんと、
左隣の白髪頭のじいさんのシャワーの湯が、
ばしばしこちらに飛んでくる。
あわてて洗い終えて、ゆっくりと湯ぶねに沈んだ。
程よい温度の柔らかい湯は、体がやさしく温まる。
日々の暮らしに、当たり前のように温泉があるなんて、
なんともうらやましいことだった。
湯から上がり、脱衣所で体重を計ったら、
5キロも軽くなっていた。
酒ばかり飲んでいて、つまみといえば、
豆腐と油揚げくらい。
栄養とってないもんなあ。
そのくせポッコリとビール腹だけは出て、
なんとも情けないことだった。
休息所へ行くと、ふろ上がりの人たちが、
おもいおもいに汗が引くのを待っている。
小柄なおばあさんが、夕方Getを観ながら、
枝豆とフライドポテトで生ビールを飲んでいた。
おっ、やってますね。
独り暮らしなのかな。
こじんまりとしたうしろ姿は、微笑ましくてちょっと切なかった。
生ビールとレモンサワーでのどを潤したら、時刻もちょうどよい。
風呂上がり、夕暮どきの風もさっぱりと心地よい。
こゆりさんへ足早になるのだった。

温泉地、戸倉の町に、こゆりという小体な居酒屋がある。
きれいな女将さんが営んでいて、
ぎょうざやおでんをはじめとした家庭的な品々の味が好く、
酒の品ぞろえも好い。
昨年の春、
戸倉勤めの友だちに連れて行ってもらったのだった。
たまには、いつものなわばりをはずれて飲むのも好い。
飲み仲間のかたがたと、
久しぶりにこゆりさんでと相成った。
夕がた、すこし早めに着いたら、
宴の前のひと風呂へ、白鳥園へむかう。
ひと気のない路地を抜けていくと、
本日の勉学終えた戸倉小学校の子供たちが
にぎやかにすれ違っていった。
白鳥園の館内は、1日の疲れを癒しに来た、
地元のお年寄りでにぎわっていた。
みなさんには、温泉施設は我が家の風呂も同然だから、
湯の扱いも自然にぞんざいになる。
鏡の前で体を洗っていたら、右隣の禿げ頭のじいさんと、
左隣の白髪頭のじいさんのシャワーの湯が、
ばしばしこちらに飛んでくる。
あわてて洗い終えて、ゆっくりと湯ぶねに沈んだ。
程よい温度の柔らかい湯は、体がやさしく温まる。
日々の暮らしに、当たり前のように温泉があるなんて、
なんともうらやましいことだった。
湯から上がり、脱衣所で体重を計ったら、
5キロも軽くなっていた。
酒ばかり飲んでいて、つまみといえば、
豆腐と油揚げくらい。
栄養とってないもんなあ。
そのくせポッコリとビール腹だけは出て、
なんとも情けないことだった。
休息所へ行くと、ふろ上がりの人たちが、
おもいおもいに汗が引くのを待っている。
小柄なおばあさんが、夕方Getを観ながら、
枝豆とフライドポテトで生ビールを飲んでいた。
おっ、やってますね。
独り暮らしなのかな。
こじんまりとしたうしろ姿は、微笑ましくてちょっと切なかった。
生ビールとレモンサワーでのどを潤したら、時刻もちょうどよい。
風呂上がり、夕暮どきの風もさっぱりと心地よい。
こゆりさんへ足早になるのだった。