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車谷さんの人生相談

2021年05月30日

 へこりと at 12:12  | Comments(0)
皐月 6

エッセイストの平松洋子さんが好きで、
ときどき著書を読んでいる。
料理や贔屓にしている店のこと、
暮らしに使う道具のことや、
友人知人との出来事など、
文章を追っていくと、
なにげない日々の中の温もりが
しみじみ伝わってくるのだった。
先日、「ひさしぶりの海苔弁」という著書を買ったら、
文中で、車谷長吉さんの、
「人生の救い」という本を、えらく褒めていた。
さっそく買って読んでみたのだった。
朝日新聞に連載していた企画を、
一冊にまとめたもので、
毎回、読者の相談ごとに
車谷さんが答えている。
人の不幸を望んでしまいますという主婦の相談に、
あなたは一生救われません。
子供が不治の病にかかるとか、
夫が事故死するとかして、あなたははじめて
ふつうの人間になれるのですと、答えている。
口汚くののしる妻にうんざりしているという、
男性からの相談には、
人の性格は変えられません。離婚するのがよいと、
答えている。
教え子の女生徒が恋しいという、男性教師の相談には、
その女生徒と出来てしまえばよいのです。
破綻して、職業も名誉も家庭も失って、
はじめて人間とは何かということが見えるのですと、
破綻した人生を勧めている。
この回答もすごいが、
それを載せる朝日新聞もりっぱと感心した。
中学受験の失敗が尾を引いて、
なにをやってもうまくいかないという、
中学生の女の子には、
挫折することは大いに結構。挫折を勧めたいくらいです。
挫折を知って人の苦しみのわかる、
憂い顔のほうが人間として味がありますと、
憂い顔の大人になるよう答えている。
文中たびたび、
この世は苦の世界で、人が救われる道はない。
せめて阿呆になって、山を登ったり、
寺巡りをしたりすると、少し気持ちも楽になると
述べている。
たしかに、身近な景色を眺めて、気分が癒されるのは、
日々、身をもって知っている。
迷いのない、淡々と冷めた文章は、
取り付くしまもないようでいて、
やけに清々と染み入ってくる。
人生、これでいいのだ。
破綻とまではいかないが、
不出来な暮らしをかさねた身には、
好い言い訳を得たような著書だった。









  


我が身のことは

2021年05月26日

 へこりと at 14:03  | Comments(0)
皐月 5

この頃、年配のかたが訪ねてくると、
きまって、コロナのワクチン接種の話になる。
早々に接種を済ませたかたに、
すんなりお医者に予約が取れて、
これから受けるかたもいれば、
なんど電話してもつながらず、憤慨しているかたに、
受けるか受けまいか迷っているかたに、
副作用が心配だから、私は受けないと、
きっぱり言い切るかたもいる。
テレビをつけると、毎日あちこちのニュースで、
本日の感染者や、亡くなったかたの数が流れている。
観ていると、気分がふさいで晩酌の酒も味気ない。
そのたびに、
プロ野球中継にチャンネルを変えている。
えらい専門家の先生がたも、
深刻な状況を訴えるかたがいれば、
それとは逆の意見を述べるかたもいる。
日々、定期的に健康食品を購入している。
先日、製造している会社から送られてきたチラシに、
大阪市立大学教授の、
井上正康先生のインタビューが載っていた。
先生曰く、コロナは、
感染力はインフルエンザよりつよいものの、
毒性ははるかに弱いという。
日本人は土着のコロナ免疫を持っているから、
必要以上に恐れなくてよいというのだった。
なにが本当なのか、素人の身には
わからない。とどのつまり、
気持ちがいちばん安心するところへ、
我が身のことは我が身で
落ち着かせるしかないと、感じた次第だった。
こんな場末の商売家でも、コロナ禍の影響を
受けている。
それでも、馴染みの飲み屋のご主人がたに
比べれば、まだましなほうだった。
口をそろえて、昨年よりも景気がわるいと
嘆くのだった。
検温器に消毒液に、席をさえぎるしきり板。
感染症対策を施しても、
せいぜいお客がひとりかふたりの日もざらという。
雀の涙ほどの稼ぎでも、
足を運ばなきゃいけないことだった。




  


別れを惜しむ

2021年05月18日

 へこりと at 11:09  | Comments(0)
皐月 4

5月。別れの季節になってしまった。
近所の目と鼻の先に、
家族で営む八百屋がある。
奥さんが、急に亡くなってしまったのだった。
つい先日まで、元気な姿を見かけていた。
新聞のお悔み欄に名前を見つけ、
あわてて駆け付けた。
その日、敷地にある、花壇の手入れに行ったという。
なかなか戻ってこないから、娘さんがいぶかって
見に行ったら、倒れていたという。
毎日、早朝からちゃかちゃかいそがしく働いて、
日中になれば、店の隅っこに座って、
近所の人と談笑しながら、手を休めることなく
作業をしていた。
いつもにこにこと穏やかなかたで、
うちの母と長らく仲良くしていただいた。
店の前を通ると、いつもいた場所が
ぽっかりと空いて、
寂しい気持ちになるのだった。
母が3年前から、介護施設に入居している。
施設を営むのは、ほど近い場所にある、
病院の院長先生だった。
その先生が、先ごろお亡くなりになった。
知らない間に、闘病生活をしていたという。
70歳半ばの先生で、
白髪で、品のいい身だしなみをしている
おしゃれなかただった。
母を診察に連れていけば、
おぼつかない、年寄りの話にも
ゆっくりと耳を傾けてくれて、
大丈夫だからね、心配しなくていいよと、
肩に手を置いて励ましてくれた。
施設に暮らす年寄りを気遣っては、
ときどき様子を見に来てくれて、ほんとに、
気さくで心根の温かな、素敵な先生だった。
年配の知り合いに、同じ歳や年下の友だちを、
これまで幾度も見送ってきた。
そのたびに、ありがとうございましたの想いに、
身がつまされる。
長い別れに遭遇するたびに、
まわりのかたがたに生かされていると、
つくづくと感じ至るのだった。










  


緑を愛でて

2021年05月13日

 へこりと at 11:41  | Comments(0)
皐月 3

朝、ぶらりと散歩に出ると、
里山や並木の色合いが、
新緑から、日ごと深くなっている。
コロナ騒ぎが収まらず、知らずのうちに
気が滅入ていたのか、今年の緑の鮮やかさは、
ことさら気持ちに染み入るのだった。
休日、しなの鉄道に揺られて、上田へ出かけた。
昼めしどき、中華料理の檸檬に行ったら、
あいにく、この日は定休日でふられた。
それではと、久しぶりに福昇亭の暖簾をくぐり、
名物の焼きそばをつまみに、
ビールでのどを潤した。
となりのテーブルに座ったカップルは、
聞こえてくる会話から、
上田に住んでいる彼女に、
県外から彼氏が会いに来たらしい。
焼きそばを食べながら、
ほんとだ、これ美味しいねえと
感心する彼氏に、
美味しいでしょうと、彼女がニコニコ
頷いている。
愛する人に、地元の自慢の味を披露する姿が、
なんとも微笑ましいことだった。
腹ごなしに、ひと気のない裏通りを
あてもなく歩いていけば、
古い家屋に、
やっているのかいないのかわからぬ商売家。
上田の町なかは、
そこかしこに取り残された風情があって、
妙に落ち着く。
北国街道を横切って、矢出沢川に沿って
遊歩道を進んでいく。
明るくひびく川音に、道沿いの緑が地よく、
のどかな気分に満たされる。
青果市場の前から引き返して、
玉姫殿の前をすぎていくと、
高台にりっぱなお寺が見えた。
浄土宗、芳泉寺は、かつて、真田信之の菩提寺で、
正室小松姫と、信之のあとに城主となった
仙石家の墓がある。
本堂の仏さまに手を合わせ、
小松姫と仙石様の墓に手を合わせ、
上田の町に大きな災害が起きぬよう、
よくよくお願いをした。
学校帰りの、にぎやかな子供たちと
すれちがいながら、
北国街道から城跡公園に行くと、
お堀に櫓に城門が、豊かな緑に包まれていた。
気が定まらぬとき、ひょいと足を運べばほっとする。
上田の町はそんな拠りどころになっている。
陽がかたむいて、風もすこし涼しくなれば、
さて、一献をどこでいたしましょう。
気もそぞろになるのだった。






  


菜の花公園まで

2021年05月06日

 へこりと at 13:23  | Comments(0)
皐月 2

飯山の、菜の花公園まで出かけた。
どんよりとした空模様の日で、
道中、時おりぱらぱらと、小雨も降ってくる。
初めて行ったのは30年ほど前のことだった。
そのころ所帯を持っていた。
連れ合いの親せきが、公園のそばに住んでいて、
訪問した折りに、通りかかったのだった。
そのころはまだ、公園の存在も知られていなくて、
訪れる人もまばらだった。
ところが、全国誌に掲載されたり、
全国版のニュースで取り上げられてから、
大勢の人が来るようになった。
ゴールデンウイークのあたりに見ごろになるから、
例年、飯山市街地まで、
車が渋滞するほどの盛況ぶりだった。
昨年はコロナのおかげで公園が閉鎖され、
今年も、公園に入れるものの、
菜の花祭りのイベントは、すべて中止になった。
公園の入り口に、赤い棒を持った、
車の誘導係のおじさんがいた。
誘導したくても、肝心の車が来ないから、
手持ち無沙汰そうに椅子に座っている。
菜の花畑のまわりにも人影はまばらで
久しぶりに、しずかな菜の花詣でと相成った。
大きな雲を抱えた空の下、
菜の花の向こうには、悠々と千曲川が流れている。
いつ見ても、気持ちに留まる景色だった。
風の強い日で、菜の花が、そろって斜めに傾いていく。
さっぱりと冴えた菜の花の黄色を見ていたら、
さっぱりとした白ワインが飲みたくなった。
ひとまわりうろついて、北竜湖へ行ってみると、
こちらもぱらぱらと人がいるだけだった。
湖の前の売店は、早々に店じまいをしていた。
ど派手なジャケットを着た男の人が二人、
ボートに乗って、湖に釣り糸を垂らしていた。
帰り道、小菅神社のお社をすぎたあたりで
雨足つよく降ってきた。
都合よく、今年の菜の花を楽しめて、
好かったことだった。







  


新緑の季節を

2021年05月02日

 へこりと at 11:17  | Comments(0)
皐月 1

黄金週間が始まった。
善光寺門前に観光客を見かけるものの、
コロナ禍のさなか、例年にくらべて数が少なく、
車が渋滞する自宅の前の通りも、
ときどきバイクの図太い音や、バスのすぎる音が
聞こえるくらいだった。
界隈の木々の新緑が冴えてきて、
ひとまわり歩いていれば、気分も清々しい。
遠出の気分がそがれる中、
身近な景色に癒されている。
早朝、上松の昌禅寺まで散歩に出た。
ひと晩中の雨が止み、
ゆるい湿り気を帯びた空気が、心地よい。
夜明けが早くなり、6時前から、
散歩をしている人や、
テンポよく走っている人を、
先々で見かけるようになった。
清泉女学院をすぎて、
招魂社の境内から城山団地を抜けていく。
長野高校の五差路で、
並んで走っていく家族連れに遭遇した。
小学生くらいの男の子と、
中学生くらいの女の子が、
お父さんやお母さんと、雲上殿までの
急な坂道を上がっていく。
つい、がんばれ~と声をかけたくなった。
湯谷団地の坂を上がっていくと、
東の空にぶ厚い雲が広がっている。
青空が見えているのに、
今日もこれから雨降りになるという。
ほんとかなあといぶかりながら
昌禅寺に着いた。
見ごろになった境内の緑は、
ひと晩空の恵みを受けて、
つやつやとしずくを抱えている。。
秋の紅葉の際には、
染まりはじめから散り際まで、何度も
おじゃました。紅葉のきれいな場所は、
緑の眺めもまたよろしい。
深みの変わりゆきを楽しみに、
ときどき訪ねたくなるのだった。
ひとときすごした帰り、
立ち寄った、すき家の鮭のっけ定食は、
いまひとつの味だった。