酔いの縁に
如月 十二
朝起きたら、左手の甲にメモ書きがある。
水 西 十九。
なんのことかわからない。
前の晩、
飲み仲間のかたがたと、したたかに酔ったのだった。
ぼんやりした頭で思いだせず、
しばらくしてカレンダーをめくったら、
三月十九日が水曜日だった。
水 酒 十九か。
その日に飲み会が入ったのかと察したものの、
どこでだれとが思い当たらない。
次の日、
いっしょに酌み交わしたかたからメールが来た。
もしかして、今夜の飲み会のこと忘れてます?
なんのことはない。本日水曜日十九時に、
飲み会の約束をしていたのだった。
忘れぬためのメモ書きの、
中味を忘れていたのは、本末転倒なことだった。
こんなことがしばしばある。
飲み会をした後日、
ご一緒したかたに、その日の写メールを見せてもらう。
記憶にない、
ごきげんなありさまの我が身を見るたびに、
穴を掘って隠れたくなる。
公開されたくなければビールをおごれ。
脅されたら、すなおに無条件降伏の写真ばかりだった。
酒飲みの父は、
若いころ、毎晩のように酔っぱらって帰ってきた。
次の日、母にさんざん怒られても、
おぼえていないと言い訳ばかりしていた。
しらっととぼけていると眺めたものの、
この歳になり、
ほんとにおぼえていなかったのだとわかる。
まだ携帯電話やスマホのないときだったから、
証拠ものこらず好い時代だった。
おじさんになって、宴を共にしてくれるかたも、
年下のかたがほとんどになった。
よくもまあ付き合ってくれると、
若いかたの度量のひろさがありがたい。
この二月、先日店じまいをした、
飲み屋の常連さんがたと酌み交わす日がつづいた。
店じまいの宴をご一緒して、この日も御主人を励ましに、
あたらしく勤めはじめた店に、
みんなで出かけたのだった。
店の主から勤め人へ。
腹をきめて、ひろいフロアーをきびきび動く姿に、
ビールが鼻につんとくる。
せつない味もうれしい味も。
酌み交わせる若いかたにめぐまれたのは、
酔っぱらい冥利なことだった。

朝起きたら、左手の甲にメモ書きがある。
水 西 十九。
なんのことかわからない。
前の晩、
飲み仲間のかたがたと、したたかに酔ったのだった。
ぼんやりした頭で思いだせず、
しばらくしてカレンダーをめくったら、
三月十九日が水曜日だった。
水 酒 十九か。
その日に飲み会が入ったのかと察したものの、
どこでだれとが思い当たらない。
次の日、
いっしょに酌み交わしたかたからメールが来た。
もしかして、今夜の飲み会のこと忘れてます?
なんのことはない。本日水曜日十九時に、
飲み会の約束をしていたのだった。
忘れぬためのメモ書きの、
中味を忘れていたのは、本末転倒なことだった。
こんなことがしばしばある。
飲み会をした後日、
ご一緒したかたに、その日の写メールを見せてもらう。
記憶にない、
ごきげんなありさまの我が身を見るたびに、
穴を掘って隠れたくなる。
公開されたくなければビールをおごれ。
脅されたら、すなおに無条件降伏の写真ばかりだった。
酒飲みの父は、
若いころ、毎晩のように酔っぱらって帰ってきた。
次の日、母にさんざん怒られても、
おぼえていないと言い訳ばかりしていた。
しらっととぼけていると眺めたものの、
この歳になり、
ほんとにおぼえていなかったのだとわかる。
まだ携帯電話やスマホのないときだったから、
証拠ものこらず好い時代だった。
おじさんになって、宴を共にしてくれるかたも、
年下のかたがほとんどになった。
よくもまあ付き合ってくれると、
若いかたの度量のひろさがありがたい。
この二月、先日店じまいをした、
飲み屋の常連さんがたと酌み交わす日がつづいた。
店じまいの宴をご一緒して、この日も御主人を励ましに、
あたらしく勤めはじめた店に、
みんなで出かけたのだった。
店の主から勤め人へ。
腹をきめて、ひろいフロアーをきびきび動く姿に、
ビールが鼻につんとくる。
せつない味もうれしい味も。
酌み交わせる若いかたにめぐまれたのは、
酔っぱらい冥利なことだった。

再開を待って
如月 十一
身の拠りどころがなくなるのは寂しい。
世話になっていた飲み屋さんが、店じまいをしたのだった。
土曜日、店いっぱいに集まった常連さんと、
お疲れさまでしたの乾杯をして、さいごの宴となった。
御主人夫婦の、思いのほか明るい笑顔に救われて、
今夜は店の酒、
ぜんぶ飲んじゃってくださいの台詞がすこしせつない。
たまたま店の前を通ったのだった。看板には食堂とあるのに、
入口の日本酒の空き瓶がみょうに気になった。
しばらくして足を運んでみたら、
日本酒と焼酎の品揃えがはんぱじゃなく、
こんな住宅街にこんな店がとおどろいた。
ありがたいのは、食堂だから昼間もやっている。
仕事が休みの日、あんかけ焼きそばをつまみに、
ビール一本に日本酒一杯、のつもりがつい三杯。
至福の昼めし時間だった。
そのうちに、ときどき行なわれる、
日本酒の会にも声をかけていただくようになる。
気持ちの好い常連さんとも酌み交わす機会もできて、
たのしい縁を作っていただいた。
東洋美人に而今、
なかなか手に入らない銘柄がふつうに飲めたのも、
早くから扱った先見の明があったからだった。
行くたびに、
初めての銘柄を利かせていただくことも多く、
地酒の好さをひろめた功績を思えば、
ほんとに残念なことだった。
店じまいの理由に思いをむければ、
理不尽で不愉快なことと、今だにはらわたが煮えくり返る。
気持ちを切りかえてあたらしい暮らしを始める、
御主人家族を応援したくなるのだった。
御主人はしばらく勤めに出て、
また時期がきたら店を始めたいという。
二年間は待ってやる。 ガンバレ コノヤロー おら!!
常連の女性が、お祝い袋にメッセージを添えた。
店の再開、みんなで待っています。がんばってください。

身の拠りどころがなくなるのは寂しい。
世話になっていた飲み屋さんが、店じまいをしたのだった。
土曜日、店いっぱいに集まった常連さんと、
お疲れさまでしたの乾杯をして、さいごの宴となった。
御主人夫婦の、思いのほか明るい笑顔に救われて、
今夜は店の酒、
ぜんぶ飲んじゃってくださいの台詞がすこしせつない。
たまたま店の前を通ったのだった。看板には食堂とあるのに、
入口の日本酒の空き瓶がみょうに気になった。
しばらくして足を運んでみたら、
日本酒と焼酎の品揃えがはんぱじゃなく、
こんな住宅街にこんな店がとおどろいた。
ありがたいのは、食堂だから昼間もやっている。
仕事が休みの日、あんかけ焼きそばをつまみに、
ビール一本に日本酒一杯、のつもりがつい三杯。
至福の昼めし時間だった。
そのうちに、ときどき行なわれる、
日本酒の会にも声をかけていただくようになる。
気持ちの好い常連さんとも酌み交わす機会もできて、
たのしい縁を作っていただいた。
東洋美人に而今、
なかなか手に入らない銘柄がふつうに飲めたのも、
早くから扱った先見の明があったからだった。
行くたびに、
初めての銘柄を利かせていただくことも多く、
地酒の好さをひろめた功績を思えば、
ほんとに残念なことだった。
店じまいの理由に思いをむければ、
理不尽で不愉快なことと、今だにはらわたが煮えくり返る。
気持ちを切りかえてあたらしい暮らしを始める、
御主人家族を応援したくなるのだった。
御主人はしばらく勤めに出て、
また時期がきたら店を始めたいという。
二年間は待ってやる。 ガンバレ コノヤロー おら!!
常連の女性が、お祝い袋にメッセージを添えた。
店の再開、みんなで待っています。がんばってください。

神様のカルテを読みながら
如月 十
雪が止んで青空の日がつづく。
冷え込みのきびしさは相変わらずだから、
積もった雪が固まって、片づけるのがめんどうになる。
それでも、日なたに出ておてんとうさんに向き合えば、
陽射しに春のつよさが増している。
この冬も、もうすこしのことなのだった。
訪ねてくる人のないしずかな平日、
神様のカルテ3を読んですごした。
信州は松本で、地域の医療をささえる病院を舞台に、
主人公の内科医が、
仲間や友人や家族との関わりの中で、
患者と向き合う日々をつづっている。
作者の夏川草介さんは、実際のお医者だという。
話の途中、たびたび信州の酒の名前が出てきて、
おそらくは、駒ヶ根の信濃鶴がお気に入りと察した。
純米酒しか造らないお蔵さんの味は、
値段が安いわりに好く、南信の銘酒のひとつと思う。
文中にアルコール性肝硬変の患者が登場する。
他人ごとではないなと思いながら、
信濃鶴、最近飲んでないなとそそられるのは、
始末のわるいことだった。
来月には映画も公開されるから、
楽しみに待っている。
それにしても、この小説を読むたびに、
医学の道を志す人は、
なにをもってその心境になるのかと感心をする。
ことに外科の先生にいたっては、
とてもおなじ人間とは思えない。
ときどきテレビで、
有名な先生が手術をしている場面に出くわすことがある。
切り開いて、内臓をいじっているところを観ただけで、
体中の力が抜けて、チャンネルを変えることとなる。
看護師をしている友だちにいわせると、
外科の先生にも、手術のあとの縫合の上手い人と、
下手な人がいるという。
二十年前に、交通事故であごの骨を折った。
手術をしてくれた先生は、
見た目わからぬほどきれいに縫ってくれ、
ありがたかった。おかげで、
いい男だいなしとならずに今日に至っている。
読みおえて時計を見たら、夕方の五時を回っていた。
もうこんな時間とおどろくほど外は明るい。
春に向かって、すっかり陽ものびているのだった。

雪が止んで青空の日がつづく。
冷え込みのきびしさは相変わらずだから、
積もった雪が固まって、片づけるのがめんどうになる。
それでも、日なたに出ておてんとうさんに向き合えば、
陽射しに春のつよさが増している。
この冬も、もうすこしのことなのだった。
訪ねてくる人のないしずかな平日、
神様のカルテ3を読んですごした。
信州は松本で、地域の医療をささえる病院を舞台に、
主人公の内科医が、
仲間や友人や家族との関わりの中で、
患者と向き合う日々をつづっている。
作者の夏川草介さんは、実際のお医者だという。
話の途中、たびたび信州の酒の名前が出てきて、
おそらくは、駒ヶ根の信濃鶴がお気に入りと察した。
純米酒しか造らないお蔵さんの味は、
値段が安いわりに好く、南信の銘酒のひとつと思う。
文中にアルコール性肝硬変の患者が登場する。
他人ごとではないなと思いながら、
信濃鶴、最近飲んでないなとそそられるのは、
始末のわるいことだった。
来月には映画も公開されるから、
楽しみに待っている。
それにしても、この小説を読むたびに、
医学の道を志す人は、
なにをもってその心境になるのかと感心をする。
ことに外科の先生にいたっては、
とてもおなじ人間とは思えない。
ときどきテレビで、
有名な先生が手術をしている場面に出くわすことがある。
切り開いて、内臓をいじっているところを観ただけで、
体中の力が抜けて、チャンネルを変えることとなる。
看護師をしている友だちにいわせると、
外科の先生にも、手術のあとの縫合の上手い人と、
下手な人がいるという。
二十年前に、交通事故であごの骨を折った。
手術をしてくれた先生は、
見た目わからぬほどきれいに縫ってくれ、
ありがたかった。おかげで、
いい男だいなしとならずに今日に至っている。
読みおえて時計を見たら、夕方の五時を回っていた。
もうこんな時間とおどろくほど外は明るい。
春に向かって、すっかり陽ものびているのだった。

大声出さずに
如月 九
すかっと晴れた日、久しぶりのかたが訪ねてきた。
椅子に座るなり、
ほんと、いやなじじいだったとつぶやいた。
バスに乗ってきたという。
雪は止んだものの、
道路に積もりにつもり、まだ交通が通常通りといかない。
路線バスの運行にも影響が出て、
ずいぶおくれてやってきたという。
おわびを述べる運転手に、いっしょに乗ったおばあさんが、
雪の中ごくろうさまと、ヤクルトをあげたから、
ほほえましいことと眺めた。
ところが、しばらく行った先で乗り込んできたおじいさんが、
つかつか運転手のとこへ行き、
いつまで待たせるんだと!どなったものだから、
和やかな空気が吹き飛んだという。
大雪の中、帰るに帰れず、難儀をしたかたがたくさんいた。
それを思えば、少々のバスの遅れに文句を言うのは、
かっこがわるいと頷いた。
実家の父母は、若いときからけんかばかりしていた。
原因は、たいてい父の酒で、
毎晩酔っておそくに帰ってきては、母の怒りを買っていた。
当時、ばりばりに働いていて、
父よりも稼ぎよく、血気盛んだったから、
外に聞こえるおおきな声で、どなって叩いていた。
それが十年前におおきな手術をしてからは、
あの勢いはどこへやら、すっかり穏やかな柄となった。
ときどき実家に顔を出せば、
けんかをしてるのは相変わらずで、
お父さんがごはんをこぼしてばかりいるとか、
おれに内緒で通販でこんなに菓子を買ったとか、
まことに他愛のないことが原因であきれる。
この頃は、昔の仕返しとばかりに、
父が大きな声でどなるというから、
歳をして、険しい顔はみっともないよ。
片方がいなくなれば、それはそれは寂しくなるのだから、
一緒にいるうちは仲良くねと、
そのたび世話をやいているのだった。
年老いた親よりも先に、
連れ合いをなくした心境がわかるのはなさけないことだった。

すかっと晴れた日、久しぶりのかたが訪ねてきた。
椅子に座るなり、
ほんと、いやなじじいだったとつぶやいた。
バスに乗ってきたという。
雪は止んだものの、
道路に積もりにつもり、まだ交通が通常通りといかない。
路線バスの運行にも影響が出て、
ずいぶおくれてやってきたという。
おわびを述べる運転手に、いっしょに乗ったおばあさんが、
雪の中ごくろうさまと、ヤクルトをあげたから、
ほほえましいことと眺めた。
ところが、しばらく行った先で乗り込んできたおじいさんが、
つかつか運転手のとこへ行き、
いつまで待たせるんだと!どなったものだから、
和やかな空気が吹き飛んだという。
大雪の中、帰るに帰れず、難儀をしたかたがたくさんいた。
それを思えば、少々のバスの遅れに文句を言うのは、
かっこがわるいと頷いた。
実家の父母は、若いときからけんかばかりしていた。
原因は、たいてい父の酒で、
毎晩酔っておそくに帰ってきては、母の怒りを買っていた。
当時、ばりばりに働いていて、
父よりも稼ぎよく、血気盛んだったから、
外に聞こえるおおきな声で、どなって叩いていた。
それが十年前におおきな手術をしてからは、
あの勢いはどこへやら、すっかり穏やかな柄となった。
ときどき実家に顔を出せば、
けんかをしてるのは相変わらずで、
お父さんがごはんをこぼしてばかりいるとか、
おれに内緒で通販でこんなに菓子を買ったとか、
まことに他愛のないことが原因であきれる。
この頃は、昔の仕返しとばかりに、
父が大きな声でどなるというから、
歳をして、険しい顔はみっともないよ。
片方がいなくなれば、それはそれは寂しくなるのだから、
一緒にいるうちは仲良くねと、
そのたび世話をやいているのだった。
年老いた親よりも先に、
連れ合いをなくした心境がわかるのはなさけないことだった。

大雪に
如月 八
週末、大雪日和となった。
とめどなく降る雪に、空と陸の交通がぱたりと止まった。
電車と車が立ち往生し、
車内でたくさんの人ががまんを強いられた。
物流にも影響が出て、
近所のコンビニの棚もすかすかになる。
長野の国道のあちこちでも、動けない車が数珠つなぎになり、
地元のかたが炊き出しをしたり、
泊まる場所を提供する様子が、テレビで映しだされていた。
木曽に暮らす友だちは、二升三合のごはんでおにぎりを作り、
復旧を待つ運転手さんたちに配ったという。
文句を言わずに待つ身にも、無償の助けをする身にも、
思い浮かべれば、頭のさがる気持ちになる。
二月、善光寺では毎年恒例の灯明祭りが行なわれた。
仲見世に、食べ物や飲み物の屋台が出て、
界隈の蕎麦屋では、スタンプラリーも行なわれ、
おおいににぎわう予定だった。
ところがこの大雪の影響で、もくろみがはずれた。
飲食店のご主人に話を聞けば、
売り上げは昨年の半分ほど、店によってはいそがしさに備え、
臨時のアルバイトを雇ったところもあるから、
儲けがなくて出費がかさむのは、泣きっ面に蜂と、
気の毒になった。
この天気では訪ねてくる人もないからと、
路地の雪かきをした。
となり近所のおばさんたちと、
よく降りますなあと言い合いながら、路地のはしに雪を積む。
そんな最中、それでも幾人かのかたが、
足もとわるい中を訪ねてきてくれた。
みなさん、ちかくで御商売をされているかたで、
ぜんぜんお客が来ないからと、
こちらのお客になってもらい申しわけがない。
仕事が休みの月曜日、
朝飯もそこそこに、ひきつづき駐車場の雪かきをした。
スコップですくって、すぐそばの川へ捨てる。
午前中、もくもくと作業をしていれば、
額に汗が浮かんでくる。
あとで計算してみたら、
駐車場と川の往復七十二メートル。
距離にして、十五キロあまりを歩いていた。
好い運動になりました。
しばらくは、
筋肉痛と付き合わなければいけないのだった。

週末、大雪日和となった。
とめどなく降る雪に、空と陸の交通がぱたりと止まった。
電車と車が立ち往生し、
車内でたくさんの人ががまんを強いられた。
物流にも影響が出て、
近所のコンビニの棚もすかすかになる。
長野の国道のあちこちでも、動けない車が数珠つなぎになり、
地元のかたが炊き出しをしたり、
泊まる場所を提供する様子が、テレビで映しだされていた。
木曽に暮らす友だちは、二升三合のごはんでおにぎりを作り、
復旧を待つ運転手さんたちに配ったという。
文句を言わずに待つ身にも、無償の助けをする身にも、
思い浮かべれば、頭のさがる気持ちになる。
二月、善光寺では毎年恒例の灯明祭りが行なわれた。
仲見世に、食べ物や飲み物の屋台が出て、
界隈の蕎麦屋では、スタンプラリーも行なわれ、
おおいににぎわう予定だった。
ところがこの大雪の影響で、もくろみがはずれた。
飲食店のご主人に話を聞けば、
売り上げは昨年の半分ほど、店によってはいそがしさに備え、
臨時のアルバイトを雇ったところもあるから、
儲けがなくて出費がかさむのは、泣きっ面に蜂と、
気の毒になった。
この天気では訪ねてくる人もないからと、
路地の雪かきをした。
となり近所のおばさんたちと、
よく降りますなあと言い合いながら、路地のはしに雪を積む。
そんな最中、それでも幾人かのかたが、
足もとわるい中を訪ねてきてくれた。
みなさん、ちかくで御商売をされているかたで、
ぜんぜんお客が来ないからと、
こちらのお客になってもらい申しわけがない。
仕事が休みの月曜日、
朝飯もそこそこに、ひきつづき駐車場の雪かきをした。
スコップですくって、すぐそばの川へ捨てる。
午前中、もくもくと作業をしていれば、
額に汗が浮かんでくる。
あとで計算してみたら、
駐車場と川の往復七十二メートル。
距離にして、十五キロあまりを歩いていた。
好い運動になりました。
しばらくは、
筋肉痛と付き合わなければいけないのだった。

痛みにたえて
如月 七
平日の夕方、近所のかたがやってきた。
若い女性を連れてきて、助けてあげてくれという。
どうしたのかと眺めたら、
長い髪にロールブラシがぶらさがっていた。
ほどちかいところにある温泉で、
風呂上りにブローをしていたら、絡まってしまったという。
脱衣所にいたみんなで、
なんとか取ろうとしたものの、らちがあかずに途方にくれた。
これは美容室に駆け込むしかないとなったものの、
若い女性を、
こんな姿で駅前のおしゃれな店に連れて行くのは、
目立つし忍びない。
ひと気がなくて、おしゃれじゃないこの店ならと思いつき、
連れてきたという。
びみょうによろこべない頼みごとに苦笑いが出て、
絡んだ髪をほどきにかかった。
悪戦苦闘しながらほどいていって、
ようやく髪からブラシが離れ、
よかったよかったと顔を見合わせた。
やれやれとひと息ついたら、またずきっときた。
このところ左肩の調子がわるく、
動かすたびに痛みがくるのだった。
整骨院を営む友だちに診てもらったら、
力こぶのところの筋が、炎症をおこしているという。
腕をつかう仕事柄、痛みがあるのはちとつらい。
仕事で酷使したおぼえもなければ、
ころんでぶつけたおぼえもない。
思い当たるのは、
長年の一升瓶の上げ下ろしだけというのは、
なんともなさけのないことだった。
この冬は雪が少ないとよろこんでいたら、
二月になって、週末のたび大雪が降る。
そんな日は、訪ねてくるかたもいないから、
一日路地の雪をかたづけていたら、
肩の痛みも増してきて、
まったく踏んだり蹴ったりなこととなる。
毎日恩湿布を張りかえて、治るのを待っている。

平日の夕方、近所のかたがやってきた。
若い女性を連れてきて、助けてあげてくれという。
どうしたのかと眺めたら、
長い髪にロールブラシがぶらさがっていた。
ほどちかいところにある温泉で、
風呂上りにブローをしていたら、絡まってしまったという。
脱衣所にいたみんなで、
なんとか取ろうとしたものの、らちがあかずに途方にくれた。
これは美容室に駆け込むしかないとなったものの、
若い女性を、
こんな姿で駅前のおしゃれな店に連れて行くのは、
目立つし忍びない。
ひと気がなくて、おしゃれじゃないこの店ならと思いつき、
連れてきたという。
びみょうによろこべない頼みごとに苦笑いが出て、
絡んだ髪をほどきにかかった。
悪戦苦闘しながらほどいていって、
ようやく髪からブラシが離れ、
よかったよかったと顔を見合わせた。
やれやれとひと息ついたら、またずきっときた。
このところ左肩の調子がわるく、
動かすたびに痛みがくるのだった。
整骨院を営む友だちに診てもらったら、
力こぶのところの筋が、炎症をおこしているという。
腕をつかう仕事柄、痛みがあるのはちとつらい。
仕事で酷使したおぼえもなければ、
ころんでぶつけたおぼえもない。
思い当たるのは、
長年の一升瓶の上げ下ろしだけというのは、
なんともなさけのないことだった。
この冬は雪が少ないとよろこんでいたら、
二月になって、週末のたび大雪が降る。
そんな日は、訪ねてくるかたもいないから、
一日路地の雪をかたづけていたら、
肩の痛みも増してきて、
まったく踏んだり蹴ったりなこととなる。
毎日恩湿布を張りかえて、治るのを待っている。

笑顔にいやされて
如月 六
会津若松へ出かけた夕方、
居酒屋・籠太さんへおじゃました。
以前、太田和彦さんの居酒屋紀行という番組で、
紹介されていたのをおぼえている。
置き行灯のあかりがやさしい入口から、
靴を脱いで店にあがる。
同行したひとりが、雪で足を濡らしてしまったら、
愛想の好い仲居さんが、ストーブで靴下を乾かしてくれ、
早々の気づかいに気持ちもほぐれる。
入れ込みで生ビールで乾杯をしたら、
カウンターのほうが御主人と酒談義が出来るからと、
席を移してくれたのもうれしいことで、
清潔な杉板のカウンターで、さくら鍋を突っつきながら、
飛露喜、泉川、会津娘、会津の地酒を酌み合う。
貫禄のある御主人に、つぎのおすすめをとお願いすれば、
力づよくうなずいて、コップになみなみと注いでくれる。
見た目とうらはらに、気さくに酒の話もしてくれて、
御主人がいちばん好きだという、
以外や、群馬の酒の味も利かせていただいた。
地酒と郷土料理と、気の利いたもてなしに、
飲んで食べて、ごきげんに酔っぱらって記憶をとばした。
次の日、籠太さんの取り引きしている酒屋へと、
酒を買いに出かけたら、
あいにくと臨時休業とありふられた。
ちかくに、大内宿という宿場町があるというから、
ではそちらへと山道を行く。
しばらく走ったら、真っ白い雪景色のむこうに、
わらぶき屋根の古い家屋のならぶ、
ほそい通りがあった。
道の両側に雪の灯篭が飾られて、
それぞれの軒先で、自家製の味噌や染みだいこん、
せんべいや会津漆器に飾り物を売っている。
どの店を覗いても、
にこにこと、笑顔のおばさんおばあさんが、
やわらかい方言で声をかけてくれ、心地が好い。
土蔵造りの酒屋では、
おじさんが試飲をすすめてくれたから、
いそいそとお言葉に甘えた。
通りの奥の小高い場所から見下ろせば、
雪化粧の、ちいさな宿場町の風情がきれいだった。
酒を買い、味噌を買い、玉こんにゃくをほおばって、
思いがけず楽しい散策ができたのだった。
長野とおなじ山国の、会津の風は白くつめたい。
それでも、
ひととき接してくれたかたがたのあたたかさに癒されて、
好い旅となったのだった。
また寄って酔ってくなんしょ。
鶴ヶ城の桜の咲くころに、また足を運びたくなった。

会津若松へ出かけた夕方、
居酒屋・籠太さんへおじゃました。
以前、太田和彦さんの居酒屋紀行という番組で、
紹介されていたのをおぼえている。
置き行灯のあかりがやさしい入口から、
靴を脱いで店にあがる。
同行したひとりが、雪で足を濡らしてしまったら、
愛想の好い仲居さんが、ストーブで靴下を乾かしてくれ、
早々の気づかいに気持ちもほぐれる。
入れ込みで生ビールで乾杯をしたら、
カウンターのほうが御主人と酒談義が出来るからと、
席を移してくれたのもうれしいことで、
清潔な杉板のカウンターで、さくら鍋を突っつきながら、
飛露喜、泉川、会津娘、会津の地酒を酌み合う。
貫禄のある御主人に、つぎのおすすめをとお願いすれば、
力づよくうなずいて、コップになみなみと注いでくれる。
見た目とうらはらに、気さくに酒の話もしてくれて、
御主人がいちばん好きだという、
以外や、群馬の酒の味も利かせていただいた。
地酒と郷土料理と、気の利いたもてなしに、
飲んで食べて、ごきげんに酔っぱらって記憶をとばした。
次の日、籠太さんの取り引きしている酒屋へと、
酒を買いに出かけたら、
あいにくと臨時休業とありふられた。
ちかくに、大内宿という宿場町があるというから、
ではそちらへと山道を行く。
しばらく走ったら、真っ白い雪景色のむこうに、
わらぶき屋根の古い家屋のならぶ、
ほそい通りがあった。
道の両側に雪の灯篭が飾られて、
それぞれの軒先で、自家製の味噌や染みだいこん、
せんべいや会津漆器に飾り物を売っている。
どの店を覗いても、
にこにこと、笑顔のおばさんおばあさんが、
やわらかい方言で声をかけてくれ、心地が好い。
土蔵造りの酒屋では、
おじさんが試飲をすすめてくれたから、
いそいそとお言葉に甘えた。
通りの奥の小高い場所から見下ろせば、
雪化粧の、ちいさな宿場町の風情がきれいだった。
酒を買い、味噌を買い、玉こんにゃくをほおばって、
思いがけず楽しい散策ができたのだった。
長野とおなじ山国の、会津の風は白くつめたい。
それでも、
ひととき接してくれたかたがたのあたたかさに癒されて、
好い旅となったのだった。
また寄って酔ってくなんしょ。
鶴ヶ城の桜の咲くころに、また足を運びたくなった。

会津へ
如月 五
通りに並ぶ店のあちこちに、
凛々しい綾瀬はるかのポスターが貼ってある。
会津若松に来たのだった。
飲み仲間のかたが、素敵な飲み屋があるという。
では、みんなで遠征して一献と相成った。
ホテルに荷物をあずけて町を散策する。
昼めしにと、会津ラーメンの幟に魅かれて入った店は、
小汚い店内に、
ムード音楽のBGMが流れる怪しい雰囲気で、
愛想のない親父の作ったラーメンは、まあまあの味だった。
店を出て、広い通りをまっすぐ鶴ヶ城へとむかう。
道端のお堀に沿って歩いていけば、
となりの小学校から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
りっぱな石垣に見惚れながら進んでいくと、
雪をかぶった鶴ヶ城が見えてきた。
鶴ヶ城では幕末の戊辰戦争のときに、
会津藩と反幕府軍が壮絶な戦いを行なった。
城内には、当時の展示品や歴史の説明があり、
銃弾や砲弾をさんざん浴びた、
城の写真も飾ってあり痛々しい。
現在の城は、昭和四十年に再建されたものという。
悲劇の歴史をかかえる会津の人にとって、
城の再建は、待ち望んだ悲願だったとうかがえる。
来年は、再建五十周年というから、
めでたいことなのだった。
城を出てから、近くにある宮泉酒造さんへ入ってみた。
銘酒、写楽を醸す蔵の一部を拝見すれば、
ぴかぴかに磨かれた酒米が、酒に成るのを待っている。
できたばかりの新酒を試飲させてもらったら、
きれいな旨みが心地よい。
会津は酒蔵が多いのもうれしいことで、
つづいて、古い木造の構えに趣のある、
末廣酒造さんへ伺った。
こちらでも、
発売されたばかりの新酒から、
大吟醸まで味を利かせていただいて、
夜の宴へのはずみがつく。
会津若松は、蔵と酒の町。
古い蔵造りの店が並び、町に落ち着いた風情がある。
好い町ですなあ。
眺めながら、目当ての飲み屋へ足早になる。

通りに並ぶ店のあちこちに、
凛々しい綾瀬はるかのポスターが貼ってある。
会津若松に来たのだった。
飲み仲間のかたが、素敵な飲み屋があるという。
では、みんなで遠征して一献と相成った。
ホテルに荷物をあずけて町を散策する。
昼めしにと、会津ラーメンの幟に魅かれて入った店は、
小汚い店内に、
ムード音楽のBGMが流れる怪しい雰囲気で、
愛想のない親父の作ったラーメンは、まあまあの味だった。
店を出て、広い通りをまっすぐ鶴ヶ城へとむかう。
道端のお堀に沿って歩いていけば、
となりの小学校から、子供たちの元気な声が聞こえてくる。
りっぱな石垣に見惚れながら進んでいくと、
雪をかぶった鶴ヶ城が見えてきた。
鶴ヶ城では幕末の戊辰戦争のときに、
会津藩と反幕府軍が壮絶な戦いを行なった。
城内には、当時の展示品や歴史の説明があり、
銃弾や砲弾をさんざん浴びた、
城の写真も飾ってあり痛々しい。
現在の城は、昭和四十年に再建されたものという。
悲劇の歴史をかかえる会津の人にとって、
城の再建は、待ち望んだ悲願だったとうかがえる。
来年は、再建五十周年というから、
めでたいことなのだった。
城を出てから、近くにある宮泉酒造さんへ入ってみた。
銘酒、写楽を醸す蔵の一部を拝見すれば、
ぴかぴかに磨かれた酒米が、酒に成るのを待っている。
できたばかりの新酒を試飲させてもらったら、
きれいな旨みが心地よい。
会津は酒蔵が多いのもうれしいことで、
つづいて、古い木造の構えに趣のある、
末廣酒造さんへ伺った。
こちらでも、
発売されたばかりの新酒から、
大吟醸まで味を利かせていただいて、
夜の宴へのはずみがつく。
会津若松は、蔵と酒の町。
古い蔵造りの店が並び、町に落ち着いた風情がある。
好い町ですなあ。
眺めながら、目当ての飲み屋へ足早になる。

突然の葉書に
如月 四
二十五歳のときに結婚をした。
男の子と女の子の親になって、
連れ合いの実家で暮らしていた。
ところが、義理の親との折り合いや、
連れ合いとのかかわりがわるくなり、
がまんがきかずに、五年で家庭を解消した。
そのまま、
子供たちとも音信普通のまま月日をかさね、
養育費を支払い終わったころに、
ひょっこり会いにきてくれたのだった。
息子は母親に似て、
横におおきくなって、少々いかつくなっていた。
娘はといえば、父親に似て、細身の容姿で目が大きく、
それはそれは、きれいになっていてなによりだった。
ひさしぶりに息子が訪ねてきて、
正月、親父宛てに葉書が来たと渡された。
なつかしい住所に、こちらの名前が書いてあり、
差し出し人は、山梨の酒蔵さんだった。
今年も毎年恒例の
酒蔵開放イベントの季節がやってまいりました。
三十種類の利き酒と美味しい料理で
皆さまをおもてなし致しますと書いてある。
毎年届いていたのと息子に聞けば、
今年初めて届いたというから、
なんでまた今ごろとあっけにとられた。
まだ家庭がつづいていたときに、
ホンダの二百五十㏄のバイクを買った。
国道を南下して、山梨へツーリングをしたときに、
立ち寄って見学をしたのだった。
日本酒の味に目覚めたころだったから、
酒蔵の看板に迷わずバイクを停めたのは、
二十三年前のことだった。
二十三年も経てば、人生いろんなことがある。
暮らしも変われば住まいも変わり、
思いの馳せもいろいろとなる。
突拍子もなく届いた葉書に、
わすれていた昔のことを思いだした。
山梨銘醸さんの七賢、
くせのない、素直な味のおぼえがある。
山梨に行ったときは、また寄らせていただきます。

二十五歳のときに結婚をした。
男の子と女の子の親になって、
連れ合いの実家で暮らしていた。
ところが、義理の親との折り合いや、
連れ合いとのかかわりがわるくなり、
がまんがきかずに、五年で家庭を解消した。
そのまま、
子供たちとも音信普通のまま月日をかさね、
養育費を支払い終わったころに、
ひょっこり会いにきてくれたのだった。
息子は母親に似て、
横におおきくなって、少々いかつくなっていた。
娘はといえば、父親に似て、細身の容姿で目が大きく、
それはそれは、きれいになっていてなによりだった。
ひさしぶりに息子が訪ねてきて、
正月、親父宛てに葉書が来たと渡された。
なつかしい住所に、こちらの名前が書いてあり、
差し出し人は、山梨の酒蔵さんだった。
今年も毎年恒例の
酒蔵開放イベントの季節がやってまいりました。
三十種類の利き酒と美味しい料理で
皆さまをおもてなし致しますと書いてある。
毎年届いていたのと息子に聞けば、
今年初めて届いたというから、
なんでまた今ごろとあっけにとられた。
まだ家庭がつづいていたときに、
ホンダの二百五十㏄のバイクを買った。
国道を南下して、山梨へツーリングをしたときに、
立ち寄って見学をしたのだった。
日本酒の味に目覚めたころだったから、
酒蔵の看板に迷わずバイクを停めたのは、
二十三年前のことだった。
二十三年も経てば、人生いろんなことがある。
暮らしも変われば住まいも変わり、
思いの馳せもいろいろとなる。
突拍子もなく届いた葉書に、
わすれていた昔のことを思いだした。
山梨銘醸さんの七賢、
くせのない、素直な味のおぼえがある。
山梨に行ったときは、また寄らせていただきます。

日本酒の旨みに
如月 三
料理雑誌のダンチュウの三月号は、
日本酒の特集と決まっている。
新政に松の司、飛露喜に天青に十四代、
ページを開けば、名を馳せる銘柄の蔵元が、
造りに関わる話をされていた。それに合わせて今回は、
あまり削らない米を使った、日本酒の特集が載っていた。
日本酒はたくさん米を削って、
表面のよけいな部分を落としたほうが、
きれいな味になるという。
大吟醸といわれる高級酒で、およそ五割から六割、
なかには、それ以上削った米を使うお蔵さんもある。
先日、四合瓶で二万円の銘柄を酌んだ。
それにいたっては、米の九割二分が削ってあって、
なんとも気品のある味わいで、ぜいたくなひとときとなった。
ところがこのごろになって、米を二割ほどしか削らずに、
仕込みに使うお蔵さんがでてきたという。
じっさい、ときどき足をはこぶ居酒屋で、
兵庫の奥播磨という銘柄の、
その手の味を利いたことがある。
旨みと酸のバランスが好く、飲み飽きしない。
それ以来その店に行くたびに、いつも酌むようになった。
飯山で北光正宗という銘柄を醸すお蔵さんが、
昨年、本数限定の商品を発売した。
地元で栽培している金紋錦という米を、
二割ほど削って造ったその味は、
雑味のない、きれいな旨みがきれよく切れて、
これは好いとおどろいた。
米を削るコストがかからないぶん、値段も手ごろで、
後日蔵元にお会いしたときに、
通年で出してくれとおねがいをしてしまった。
米を削らないと酒の味が粗くなる。
これだけきれいに仕上げるのには、
より神経をすり減らし、
手間をかけているからとうかがえる。
それでいて、
無理なく日常に取り入れられる値段なのだから、
こんなありがたいことはないのだった。
ハレの日に、高価な酒を酌むぜいたくもあれば、
日々の晩酌に、手ごろな旨い酒を酌むぜいたくもある。
酒飲みのよろこびは、
厳寒の夜に、しずかにタンクのもろみに向き合う
蔵人のかたがたの努力に支えられている。
鼻の奥がつんとして、ふかぶか頭を下げたくなる。

料理雑誌のダンチュウの三月号は、
日本酒の特集と決まっている。
新政に松の司、飛露喜に天青に十四代、
ページを開けば、名を馳せる銘柄の蔵元が、
造りに関わる話をされていた。それに合わせて今回は、
あまり削らない米を使った、日本酒の特集が載っていた。
日本酒はたくさん米を削って、
表面のよけいな部分を落としたほうが、
きれいな味になるという。
大吟醸といわれる高級酒で、およそ五割から六割、
なかには、それ以上削った米を使うお蔵さんもある。
先日、四合瓶で二万円の銘柄を酌んだ。
それにいたっては、米の九割二分が削ってあって、
なんとも気品のある味わいで、ぜいたくなひとときとなった。
ところがこのごろになって、米を二割ほどしか削らずに、
仕込みに使うお蔵さんがでてきたという。
じっさい、ときどき足をはこぶ居酒屋で、
兵庫の奥播磨という銘柄の、
その手の味を利いたことがある。
旨みと酸のバランスが好く、飲み飽きしない。
それ以来その店に行くたびに、いつも酌むようになった。
飯山で北光正宗という銘柄を醸すお蔵さんが、
昨年、本数限定の商品を発売した。
地元で栽培している金紋錦という米を、
二割ほど削って造ったその味は、
雑味のない、きれいな旨みがきれよく切れて、
これは好いとおどろいた。
米を削るコストがかからないぶん、値段も手ごろで、
後日蔵元にお会いしたときに、
通年で出してくれとおねがいをしてしまった。
米を削らないと酒の味が粗くなる。
これだけきれいに仕上げるのには、
より神経をすり減らし、
手間をかけているからとうかがえる。
それでいて、
無理なく日常に取り入れられる値段なのだから、
こんなありがたいことはないのだった。
ハレの日に、高価な酒を酌むぜいたくもあれば、
日々の晩酌に、手ごろな旨い酒を酌むぜいたくもある。
酒飲みのよろこびは、
厳寒の夜に、しずかにタンクのもろみに向き合う
蔵人のかたがたの努力に支えられている。
鼻の奥がつんとして、ふかぶか頭を下げたくなる。

休みの一日
如月 二
二月最初の週末、おだやかな陽気につつまれて、
節分の日も朝からあたたかい。
部屋を掃除して、洗濯をして、
朝ごはんを食べたら、もうやることがない。
散歩でもしますかと、ぶらぶら町へ出た。
古い町をぬけて川沿いの道をえらぶ。
陽を照り返してながれる水のいきおいは、
さながら、春がきたかと思わせる。
山王小学校を左手にすぎ、繁華街をぬけていく。
おおきな通りからしずかな路地へ、
あてずっぽうに歩いていれば、
じんわり背中が汗ばんでくる。
住宅の間の抜け道を見つけて入っていったら、
おぼえのある、柳町の五差路に出た。
時刻ももうすぐ昼どきと間が好かった。
そこからすぐの、なじみの店で昼めしと相成った。
口開け早々のカウンターにおちついて、
歩きつかれた体を、キリンのラガーで潤した。
牡蠣フライを注文して、日本酒を少々たしなんで、
締めのラーメンで昼のひとときを楽しむ。
くつろげるこの店は、
わけあって今月で閉めるのだった。
愛想の好いご主人夫婦が営んでいて、
常連さんも、感じの好いかたばかりだった。
いちど奥さんがいなかったときに、
高校生の娘さんが、
お父さんを手伝っていたときがある。
にこにこと働く姿に、素直な好い子と目を細めた。
しばらく別のところで働いて、
また店を開きたいというから、
世話になった飲兵衛は、
応援をしなくてはいけないのだった。
腹いっぱいになり、時計を見ればちょうどいい。
今年の善光寺の節分会に、
女優の常盤貴子さんが来るというから、
いそいそと足をはこんだ。
境内で、顔見知りの男性たちに会えば、
口々に、常盤貴子を拝めれば充分という。
考えることは皆いっしょ。
男の福は、単純なことで満たされる。
赤い裃すがたの美しい容姿に見惚れて、
その晩の酒も、ふくふく好い味わいになる。
ひと晩たって次の朝、
打って変わって身を切るつめたい風が吹く。
まだまだ二月の冷え込みに、
油断禁物と身をすくめた。

二月最初の週末、おだやかな陽気につつまれて、
節分の日も朝からあたたかい。
部屋を掃除して、洗濯をして、
朝ごはんを食べたら、もうやることがない。
散歩でもしますかと、ぶらぶら町へ出た。
古い町をぬけて川沿いの道をえらぶ。
陽を照り返してながれる水のいきおいは、
さながら、春がきたかと思わせる。
山王小学校を左手にすぎ、繁華街をぬけていく。
おおきな通りからしずかな路地へ、
あてずっぽうに歩いていれば、
じんわり背中が汗ばんでくる。
住宅の間の抜け道を見つけて入っていったら、
おぼえのある、柳町の五差路に出た。
時刻ももうすぐ昼どきと間が好かった。
そこからすぐの、なじみの店で昼めしと相成った。
口開け早々のカウンターにおちついて、
歩きつかれた体を、キリンのラガーで潤した。
牡蠣フライを注文して、日本酒を少々たしなんで、
締めのラーメンで昼のひとときを楽しむ。
くつろげるこの店は、
わけあって今月で閉めるのだった。
愛想の好いご主人夫婦が営んでいて、
常連さんも、感じの好いかたばかりだった。
いちど奥さんがいなかったときに、
高校生の娘さんが、
お父さんを手伝っていたときがある。
にこにこと働く姿に、素直な好い子と目を細めた。
しばらく別のところで働いて、
また店を開きたいというから、
世話になった飲兵衛は、
応援をしなくてはいけないのだった。
腹いっぱいになり、時計を見ればちょうどいい。
今年の善光寺の節分会に、
女優の常盤貴子さんが来るというから、
いそいそと足をはこんだ。
境内で、顔見知りの男性たちに会えば、
口々に、常盤貴子を拝めれば充分という。
考えることは皆いっしょ。
男の福は、単純なことで満たされる。
赤い裃すがたの美しい容姿に見惚れて、
その晩の酒も、ふくふく好い味わいになる。
ひと晩たって次の朝、
打って変わって身を切るつめたい風が吹く。
まだまだ二月の冷え込みに、
油断禁物と身をすくめた。

スキーさんざん
如月 一
小学校の教頭先生をしている友だちがいる。
ひさしぶりに訪ねてきた日、体が痛くてとこぼす。
先日、スキー学校に出かけたという。
四年生と五年生と六年生、
総勢三百人を引きつれて飯綱リゾートへ行ってきた。
およそ十年ぶりのスキーで、筋肉痛になったのだった。
スキー人口が減ったと聞いてずいぶんになる。
学校の先生がたも、滑ることのできない人が多いから、
生徒にスキーを教えるのは、
もっぱら地元のインストラクターのかたがたという。
生徒のほうでも、
スキー板を持参してくるのは、クラスの三分の一ていどで、
あとはレンタルの板を借りているという。
生徒のお父さんお母さんの年齢をさかのぼれば、
ちょうどスキーをする人が減って、
スキー場がすたれたころと交差する。
スキーをしない子供が増えても、無理からぬことだった。
小学校四年生のときに、スキー学校に行った。
両親が共働きだったから、それまで、
スキーに連れて行ってもらったことがなかった。
あのころはどこの家でも、
スキー板があるのが当たり前だったから、
買ってもらうことになった。
ところが万事に節約家の父は、
大人になっても使えるようにと、
175センチの長い板を買ってきたのだった。
背の低い、
四年生の子供にそんな板が扱えるはずもなく、
案の定、スキー場では転びつづけ、
しっかり雪だるま状態になっていた。
帰ってきて、父にさんざん文句を言って、
それ以来、すっかりスキーとは無縁の身となった。
このごろのスキー板は、
昔に比べてずいぶん短くなったと聞く。
子供のときにそれがあればと思うと、すこしくやしい。
長野オリンピックの開かれる前、
オリンピック組織委員会に勤める友だちと、
志賀高原の岩菅山に登ったことがある。
歩きながら、スキー会場の予定地だと教えられ、
こんな急なところを猛スピードで滑るのかと驚いて、
足がふるえた。
もうすぐ冬のオリンピックが開催される。
スキーはテレビの前で釘付けで。
それで充分となっているのだった。

小学校の教頭先生をしている友だちがいる。
ひさしぶりに訪ねてきた日、体が痛くてとこぼす。
先日、スキー学校に出かけたという。
四年生と五年生と六年生、
総勢三百人を引きつれて飯綱リゾートへ行ってきた。
およそ十年ぶりのスキーで、筋肉痛になったのだった。
スキー人口が減ったと聞いてずいぶんになる。
学校の先生がたも、滑ることのできない人が多いから、
生徒にスキーを教えるのは、
もっぱら地元のインストラクターのかたがたという。
生徒のほうでも、
スキー板を持参してくるのは、クラスの三分の一ていどで、
あとはレンタルの板を借りているという。
生徒のお父さんお母さんの年齢をさかのぼれば、
ちょうどスキーをする人が減って、
スキー場がすたれたころと交差する。
スキーをしない子供が増えても、無理からぬことだった。
小学校四年生のときに、スキー学校に行った。
両親が共働きだったから、それまで、
スキーに連れて行ってもらったことがなかった。
あのころはどこの家でも、
スキー板があるのが当たり前だったから、
買ってもらうことになった。
ところが万事に節約家の父は、
大人になっても使えるようにと、
175センチの長い板を買ってきたのだった。
背の低い、
四年生の子供にそんな板が扱えるはずもなく、
案の定、スキー場では転びつづけ、
しっかり雪だるま状態になっていた。
帰ってきて、父にさんざん文句を言って、
それ以来、すっかりスキーとは無縁の身となった。
このごろのスキー板は、
昔に比べてずいぶん短くなったと聞く。
子供のときにそれがあればと思うと、すこしくやしい。
長野オリンピックの開かれる前、
オリンピック組織委員会に勤める友だちと、
志賀高原の岩菅山に登ったことがある。
歩きながら、スキー会場の予定地だと教えられ、
こんな急なところを猛スピードで滑るのかと驚いて、
足がふるえた。
もうすぐ冬のオリンピックが開催される。
スキーはテレビの前で釘付けで。
それで充分となっているのだった。
