湯田中の芸者さん
霜月 7
善光寺から中央通りをまっすぐに下る。
昭和通りとぶつかるおおきな交差点のちょいと手前、
蕎麦屋の丸新さんの角を曲がって、せまい小路を歩いていくと、
料理屋の游月さんが在る。
同業の友だちの、お母さんと弟さんが営んでいるのだった。
先日、久しぶりにおじゃまして、友達と酌み交わした。
北光正宗を酌みながら、
友だちとお母さんとあれこれ話をしていたら、
こんばんわあと、着物姿の、
目の覚めるようなべっぴんさんが入ってきた。
見惚れていたら、湯田中の芸者さんだと紹介をされた。
名を夕霧さんといい、
今夜は、游月の常連さんからお声がかかったという。
ほどなくそのかたもお見えになって、二人で奥の座敷に落ちつく。
きれいな芸者さんと差しつ差されつ。
なんともうらやましいことだった。
湯田中の芸者というと、母方の祖父のことを思い出す。
善光寺門前、西町で大工をしていたのだった。
宮澤源三だから、屋号は宮源。
ずいぶん羽振りがよかったという。
ひと稼ぎしては、湯田中で芸者をあげて遊んでいたといい、
男っぷりが良く、わざわざ芸者さんがたが、
家まで訪ねてきたこともあったという。
若いときから色欲がつよく、祖母と所帯を持つ以前、
兄嫁に手を出して、身籠らせてしまったこともあった。
祖母と一緒になってからも、お妾さんを作っては、
ずいぶん祖母を泣かせていた。
近所でも評判だったから、当時高校生だった母は、
宮源のお嬢さんと声をかけられるたびに、
恥ずかしい思いをしたというのだった。
晩年は、
芸者上がりのお妾さんと善光寺の裏の一軒家に暮らし、
そこで亡くなった。
女にだらしのない血は、ちょっともらった。
男っぷりの良さだけ分けてもらえなかったのは、
孫として残念なことだった。
芸者をあげる甲斐性はないが、飲み仲間には、
芸者なみにきれいな淑女が幾人もいたと思い浮かぶ。
常日頃、ありがたいことと思うのだった。

善光寺から中央通りをまっすぐに下る。
昭和通りとぶつかるおおきな交差点のちょいと手前、
蕎麦屋の丸新さんの角を曲がって、せまい小路を歩いていくと、
料理屋の游月さんが在る。
同業の友だちの、お母さんと弟さんが営んでいるのだった。
先日、久しぶりにおじゃまして、友達と酌み交わした。
北光正宗を酌みながら、
友だちとお母さんとあれこれ話をしていたら、
こんばんわあと、着物姿の、
目の覚めるようなべっぴんさんが入ってきた。
見惚れていたら、湯田中の芸者さんだと紹介をされた。
名を夕霧さんといい、
今夜は、游月の常連さんからお声がかかったという。
ほどなくそのかたもお見えになって、二人で奥の座敷に落ちつく。
きれいな芸者さんと差しつ差されつ。
なんともうらやましいことだった。
湯田中の芸者というと、母方の祖父のことを思い出す。
善光寺門前、西町で大工をしていたのだった。
宮澤源三だから、屋号は宮源。
ずいぶん羽振りがよかったという。
ひと稼ぎしては、湯田中で芸者をあげて遊んでいたといい、
男っぷりが良く、わざわざ芸者さんがたが、
家まで訪ねてきたこともあったという。
若いときから色欲がつよく、祖母と所帯を持つ以前、
兄嫁に手を出して、身籠らせてしまったこともあった。
祖母と一緒になってからも、お妾さんを作っては、
ずいぶん祖母を泣かせていた。
近所でも評判だったから、当時高校生だった母は、
宮源のお嬢さんと声をかけられるたびに、
恥ずかしい思いをしたというのだった。
晩年は、
芸者上がりのお妾さんと善光寺の裏の一軒家に暮らし、
そこで亡くなった。
女にだらしのない血は、ちょっともらった。
男っぷりの良さだけ分けてもらえなかったのは、
孫として残念なことだった。
芸者をあげる甲斐性はないが、飲み仲間には、
芸者なみにきれいな淑女が幾人もいたと思い浮かぶ。
常日頃、ありがたいことと思うのだった。
秋の終わりの花火を
霜月 6
11月の19,20日、
岩石町の西ノ宮神社の恵比寿講が開かれた。
境内へ向かう通りに、熊手やだるまの縁起ものの屋台が並び、
参拝客でにぎわう。
昔を知っている近所のかたがたは、もっとにぎやかだったといい、
人の出が、ずいぶん少なくなってしまったという。
それでも、仕事を終えた夕方にお参りに行けば、
すでに長蛇の列ができていた。
翌朝早くに出直して、お参りを済ませたのだった。
日をおいた23日の祝日、恵比寿講の花火大会が行われた。
今年で111回目を数える花火はすっかり有名になって、
県外からもたくさんの観光客が見物に来る。
打ち上げ場所は日赤病院の南側、犀川の河川敷で、
人混みを避けて、長野駅の東口の歩道橋から眺めていれば、
午後6時、澄んだ冷気の中に高々と花火が打ちあがった。
駅を行きかう人たちも足を止めて、
長野の初冬の風物詩に見入っていた。
毎年冷え込むときとはいえ、今年はことさらあたりがきつい。
眺めているうちにどんどん体が冷えてきて、
写真を撮ろうとカメラを構えても、
手が震えて、まともにシャッターも押せないありさまだった。
2時間、寒さこらえて楽しませていただいた。
すぐ近くの、馴染みの飲み屋のいいださんへ飛び込めば、
鼻水たらした青白い顔と、赤紫にかじかんだ両手を見て、
大丈夫ですかあと、すぐさまご主人に大声で心配された。
電話をくれれば熱燗を出前したのにと言われ、
うかつだった。来年はぜひそのように。
鼻をかみながら答えたのだった。

11月の19,20日、
岩石町の西ノ宮神社の恵比寿講が開かれた。
境内へ向かう通りに、熊手やだるまの縁起ものの屋台が並び、
参拝客でにぎわう。
昔を知っている近所のかたがたは、もっとにぎやかだったといい、
人の出が、ずいぶん少なくなってしまったという。
それでも、仕事を終えた夕方にお参りに行けば、
すでに長蛇の列ができていた。
翌朝早くに出直して、お参りを済ませたのだった。
日をおいた23日の祝日、恵比寿講の花火大会が行われた。
今年で111回目を数える花火はすっかり有名になって、
県外からもたくさんの観光客が見物に来る。
打ち上げ場所は日赤病院の南側、犀川の河川敷で、
人混みを避けて、長野駅の東口の歩道橋から眺めていれば、
午後6時、澄んだ冷気の中に高々と花火が打ちあがった。
駅を行きかう人たちも足を止めて、
長野の初冬の風物詩に見入っていた。
毎年冷え込むときとはいえ、今年はことさらあたりがきつい。
眺めているうちにどんどん体が冷えてきて、
写真を撮ろうとカメラを構えても、
手が震えて、まともにシャッターも押せないありさまだった。
2時間、寒さこらえて楽しませていただいた。
すぐ近くの、馴染みの飲み屋のいいださんへ飛び込めば、
鼻水たらした青白い顔と、赤紫にかじかんだ両手を見て、
大丈夫ですかあと、すぐさまご主人に大声で心配された。
電話をくれれば熱燗を出前したのにと言われ、
うかつだった。来年はぜひそのように。
鼻をかみながら答えたのだった。
築地ワンダーランド
霜月 5
権堂の松竹相生座で「築地ワンダーランド」を観た。
移転問題で揺れている、
築地市場の一年を撮影したドキュメントなのだった。
市場で魚を扱う卸売業や仲卸業の人たちに、
仕入れに来る料理人に魚屋が登場する。
活気のある市場の中で、
四季折々、旬の魚が売り買いされていくのだった。
売り手と買い手が魚を見ながら、言葉を交わして目利きをする。
どの人も、ひと様の口に入るものだから、
良いものしか扱えないという。
お客さんのためにという同じ思いが、お互いの信頼関係を作り、
長い間市場を支えてきたとうかがえる。
町なかから個人の店がつぎつぎと無くなって、
この市場のように、店の人と話をしながら、
食材を選ぶということがすっかりなくなった。
酒の造り手のかたと酌み交わせる機会があれば、
米やブドウの出来具合や、
今期の造りの、気苦労や工夫などを聞きながら杯をかさねたり。
馴染みの店で過ごす折り、酒の味について述べたり、
料理の素材や味付けのことを伺ったり。
そのひとときの余韻が残るのは、
良いものを提供したいという、
向かい合っているかたの良心が見えるからだった。
映画の中で魚屋の旦那が、
元気な人は、ちゃんとしたものを、
毎日ちゃんとした気持ちで食べていると言っていた。
毎日ではないが、ちゃんとしたものを食べさせてくれる、
お馴染みさんがあるのはありがたいことだった。
簡素な日々の晩酌でも、気に留めておきたいことだった。
幾度となく、でかいまぐろを切りさばくところや、
糊のきいた白衣の職人が、
柔らかい手つきで寿司を握る場面が出てきた。
休日の昼どきは、たいてい蕎麦屋の昼酒なのに、
さすがに今日は寿司でしょう。
駅前の寿司屋へ足が急いたのだった。
http://tsukiji-wonderland.jp/
権堂の松竹相生座で「築地ワンダーランド」を観た。
移転問題で揺れている、
築地市場の一年を撮影したドキュメントなのだった。
市場で魚を扱う卸売業や仲卸業の人たちに、
仕入れに来る料理人に魚屋が登場する。
活気のある市場の中で、
四季折々、旬の魚が売り買いされていくのだった。
売り手と買い手が魚を見ながら、言葉を交わして目利きをする。
どの人も、ひと様の口に入るものだから、
良いものしか扱えないという。
お客さんのためにという同じ思いが、お互いの信頼関係を作り、
長い間市場を支えてきたとうかがえる。
町なかから個人の店がつぎつぎと無くなって、
この市場のように、店の人と話をしながら、
食材を選ぶということがすっかりなくなった。
酒の造り手のかたと酌み交わせる機会があれば、
米やブドウの出来具合や、
今期の造りの、気苦労や工夫などを聞きながら杯をかさねたり。
馴染みの店で過ごす折り、酒の味について述べたり、
料理の素材や味付けのことを伺ったり。
そのひとときの余韻が残るのは、
良いものを提供したいという、
向かい合っているかたの良心が見えるからだった。
映画の中で魚屋の旦那が、
元気な人は、ちゃんとしたものを、
毎日ちゃんとした気持ちで食べていると言っていた。
毎日ではないが、ちゃんとしたものを食べさせてくれる、
お馴染みさんがあるのはありがたいことだった。
簡素な日々の晩酌でも、気に留めておきたいことだった。
幾度となく、でかいまぐろを切りさばくところや、
糊のきいた白衣の職人が、
柔らかい手つきで寿司を握る場面が出てきた。
休日の昼どきは、たいてい蕎麦屋の昼酒なのに、
さすがに今日は寿司でしょう。
駅前の寿司屋へ足が急いたのだった。
http://tsukiji-wonderland.jp/
秋の終わりに
霜月 4
秋もすっかり深くなった。
今年は天気の塩梅が不安定で、
紅葉の色づきも、どうなることかと思っていたら、
善光寺界隈や周りの里山も、日ごと朱に赤に黄に、
きれいに色づいて目を楽しませてくれた。
先日お会いしたかたが、
上松の昌禅寺の紅葉がきれいですと教えてくれた。
早朝、ぶらりと眺めに行ったのだった。
城山公園の、落ち葉の連なる桜並木の下を抜け、
城山団地の中を抜けていく。
長野高校の五差路を北へ1キロほど上がっていくと、
曹洞宗の古刹に着く。
初めて入った境内は敷地が広く、
あちこちにもみじの朱が映えている。
ひと気のない、しずかな境内に身を置いて眺めていると、
さながら京都の寺にでもいるような、
趣きが感じられるのだった。
すぐ近くに、こんな好いところがあるとは知らなかった。
秋の締めに目にできてよかったと、
飽きることなく眺めていた。
毎年この時期になると、手描きのカレンダーを作っている。
今年撮りためた写真を眺めながら、
楽に描けそうな景色を12枚選んで描いている。
いつもはボールペンで描いていたのに、
今年は勝手が変わった。
春の誕生日に、文具店に勤める友だちから、
三菱鉛筆の、創業130年記念の限定販売の、
ハイユニのセットを頂いたのだった。
10Bから10Hまで、22本のセットに絵心もそそられて、
気遣いに感謝をした。
正月の草津に、春は飯山の菜の花や上田や須坂の桜と、
写真を振り返っていれば、
はるか昔のことのように感じられる。
年をかさねて、ほんとに光陰矢の如しの気分になる。
今週末は、近所の西ノ宮神社の恵比寿講が開かれる。
恵比寿講がすぎると、
長野の町に冬がぐっと近くなるのだった。

秋もすっかり深くなった。
今年は天気の塩梅が不安定で、
紅葉の色づきも、どうなることかと思っていたら、
善光寺界隈や周りの里山も、日ごと朱に赤に黄に、
きれいに色づいて目を楽しませてくれた。
先日お会いしたかたが、
上松の昌禅寺の紅葉がきれいですと教えてくれた。
早朝、ぶらりと眺めに行ったのだった。
城山公園の、落ち葉の連なる桜並木の下を抜け、
城山団地の中を抜けていく。
長野高校の五差路を北へ1キロほど上がっていくと、
曹洞宗の古刹に着く。
初めて入った境内は敷地が広く、
あちこちにもみじの朱が映えている。
ひと気のない、しずかな境内に身を置いて眺めていると、
さながら京都の寺にでもいるような、
趣きが感じられるのだった。
すぐ近くに、こんな好いところがあるとは知らなかった。
秋の締めに目にできてよかったと、
飽きることなく眺めていた。
毎年この時期になると、手描きのカレンダーを作っている。
今年撮りためた写真を眺めながら、
楽に描けそうな景色を12枚選んで描いている。
いつもはボールペンで描いていたのに、
今年は勝手が変わった。
春の誕生日に、文具店に勤める友だちから、
三菱鉛筆の、創業130年記念の限定販売の、
ハイユニのセットを頂いたのだった。
10Bから10Hまで、22本のセットに絵心もそそられて、
気遣いに感謝をした。
正月の草津に、春は飯山の菜の花や上田や須坂の桜と、
写真を振り返っていれば、
はるか昔のことのように感じられる。
年をかさねて、ほんとに光陰矢の如しの気分になる。
今週末は、近所の西ノ宮神社の恵比寿講が開かれる。
恵比寿講がすぎると、
長野の町に冬がぐっと近くなるのだった。
須坂と小布施で
霜月 3
休日の朝、さっぱりと冷えこんで晴れた。
電車に乗って須坂へ出かけた。
駅を出て、臥竜公園へ上がっていけば、
池のほとりの桜の木は、紅葉の盛りをすぎて葉が散っていた。
園内では菊花展を開いていて、
丹精込めて作られた菊が、ずらりと並んでいる。
見事なものですと、菊を眺めながら進んでいくと、
突き当りの小山は、朱に黄色に、見ごろの色に染まっている。
砂利道を登って望めば、
彼方に、北信五岳の山並みがうすく見えた。
ふたたび下りの電車に乗って、小布施駅で下りた。
この地で銘酒「豊賀」を醸す高沢酒造のご主人と、
昼食の約束をしていたのだった。
午前中は米洗いでいそがしかったといい、
いよいよ今期の造りが始まった。
杜氏を営む奥さんと二人三脚の酒造りは、
今ではすっかり、長野を代表する味わいになっている。
泉石亭で、サントリーモルツととろろ蕎麦でひとときすごし、
中島千波館へ行った。
酒が好きで、ときどき酒器を買っている。
以前、善光寺門前の店で、
新井浩次さんというかたの盃を求めたことがあった。
そのかたの展示会をやっているのだった。
ギャラリーには、折よくご本人が居て、
並べられた器について、丁寧に説明してくれた。
荒井さんの盃は、見た目も持ち触りもやさしい。
初めてお会いして言葉を交わし、
人柄が、そのまま作品に出ていると思えたのだった。
工房は、飯山の菜の花公園の先にあるといい、
春になったら伺いたいものだった。
ギャラリーを出て、褪せたぶどう畑を眺めながら行けば、
雁田山が青空を背景に、爽やかに黄色く色づいていた。
みじかい秋の彩りを、今年もよくよく楽しんでいるのだった。

休日の朝、さっぱりと冷えこんで晴れた。
電車に乗って須坂へ出かけた。
駅を出て、臥竜公園へ上がっていけば、
池のほとりの桜の木は、紅葉の盛りをすぎて葉が散っていた。
園内では菊花展を開いていて、
丹精込めて作られた菊が、ずらりと並んでいる。
見事なものですと、菊を眺めながら進んでいくと、
突き当りの小山は、朱に黄色に、見ごろの色に染まっている。
砂利道を登って望めば、
彼方に、北信五岳の山並みがうすく見えた。
ふたたび下りの電車に乗って、小布施駅で下りた。
この地で銘酒「豊賀」を醸す高沢酒造のご主人と、
昼食の約束をしていたのだった。
午前中は米洗いでいそがしかったといい、
いよいよ今期の造りが始まった。
杜氏を営む奥さんと二人三脚の酒造りは、
今ではすっかり、長野を代表する味わいになっている。
泉石亭で、サントリーモルツととろろ蕎麦でひとときすごし、
中島千波館へ行った。
酒が好きで、ときどき酒器を買っている。
以前、善光寺門前の店で、
新井浩次さんというかたの盃を求めたことがあった。
そのかたの展示会をやっているのだった。
ギャラリーには、折よくご本人が居て、
並べられた器について、丁寧に説明してくれた。
荒井さんの盃は、見た目も持ち触りもやさしい。
初めてお会いして言葉を交わし、
人柄が、そのまま作品に出ていると思えたのだった。
工房は、飯山の菜の花公園の先にあるといい、
春になったら伺いたいものだった。
ギャラリーを出て、褪せたぶどう畑を眺めながら行けば、
雁田山が青空を背景に、爽やかに黄色く色づいていた。
みじかい秋の彩りを、今年もよくよく楽しんでいるのだった。
沿線の紅葉を
霜月 2
軽井沢の紅葉を眺めた帰り道、小諸で途中下車をした。
昼どきの商店街に行き交う人の姿がなく、閑散としている。
さびれたスナックや飲み屋の看板を眺めながら上がっていくと、
浅間嶽を醸す大塚酒造さんのお蔵が在る。
近年、この銘柄も美味しくなって、
ほんとに長野に良い味が増えて、酒徒には喜ばしいことだった。
お蔵の前を通り過ぎて、昼のひとときにそば七さんへ伺ってみた。
初めての蕎麦屋でビールを飲みながら品書きを見れば、
酒は地元の浅間嶽、玉子焼きにやっこに鰊に蕎麦味噌と、
つまみの品揃えも好い。
お運びをしているお母さんに尋ねたら、
古くて趣きのある家屋は築200年という。
しずかな店内で、玉子焼きをつまみに燗酒を1合。
こしのある、すこし太めのもりで締めた。
以前来たときは、同行した友だちに、
別の蕎麦屋へ連れて行ってもらい、そこも好い店だった。
ゆっくりと昼酒をたしなめる、あたりの好い蕎麦屋が在るだけで、
気に入りの町になってしまうのだった。
蔵造りの街並みを眺めながら懐古園へ下りていくと、
行楽シーズンの団体客でにぎわっている。
園内の紅葉は来週あたりが見ごろの色づきで、
赤や黄色が城跡の石垣に映えている。
展望台から見下ろせば、ゆうゆうとした千曲川の流れが
すこしかすんで見えたのだった。
駅に戻って電車に乗って、上田で途中下車をした。
城跡公園にけやきの様子を見に行けば、
こちらも見ごろにはあとすこしの色具合だった。
相変わらず、真田丸効果の観光客があふれていて、
城門前の真田茶屋も繁盛している。
美味誰焼き鳥とビールでひと休みをして、
お堀のまわりを歩いてみると、
すっかり色ののったもみじもあって、
色づきはじめた朱に黄が爽やかに冴えている。
天気に恵まれた休日、
一日、しなの鉄道沿線の秋を楽しんだのだった。

軽井沢の紅葉を眺めた帰り道、小諸で途中下車をした。
昼どきの商店街に行き交う人の姿がなく、閑散としている。
さびれたスナックや飲み屋の看板を眺めながら上がっていくと、
浅間嶽を醸す大塚酒造さんのお蔵が在る。
近年、この銘柄も美味しくなって、
ほんとに長野に良い味が増えて、酒徒には喜ばしいことだった。
お蔵の前を通り過ぎて、昼のひとときにそば七さんへ伺ってみた。
初めての蕎麦屋でビールを飲みながら品書きを見れば、
酒は地元の浅間嶽、玉子焼きにやっこに鰊に蕎麦味噌と、
つまみの品揃えも好い。
お運びをしているお母さんに尋ねたら、
古くて趣きのある家屋は築200年という。
しずかな店内で、玉子焼きをつまみに燗酒を1合。
こしのある、すこし太めのもりで締めた。
以前来たときは、同行した友だちに、
別の蕎麦屋へ連れて行ってもらい、そこも好い店だった。
ゆっくりと昼酒をたしなめる、あたりの好い蕎麦屋が在るだけで、
気に入りの町になってしまうのだった。
蔵造りの街並みを眺めながら懐古園へ下りていくと、
行楽シーズンの団体客でにぎわっている。
園内の紅葉は来週あたりが見ごろの色づきで、
赤や黄色が城跡の石垣に映えている。
展望台から見下ろせば、ゆうゆうとした千曲川の流れが
すこしかすんで見えたのだった。
駅に戻って電車に乗って、上田で途中下車をした。
城跡公園にけやきの様子を見に行けば、
こちらも見ごろにはあとすこしの色具合だった。
相変わらず、真田丸効果の観光客があふれていて、
城門前の真田茶屋も繁盛している。
美味誰焼き鳥とビールでひと休みをして、
お堀のまわりを歩いてみると、
すっかり色ののったもみじもあって、
色づきはじめた朱に黄が爽やかに冴えている。
天気に恵まれた休日、
一日、しなの鉄道沿線の秋を楽しんだのだった。
雲場池の紅葉を
霜月 1
日ごと秋がすすんでいる。
善光寺界隈も紅葉が見ごろになってきて、
ひとまわり、朝の散歩が楽しいのだった。
休日の朝、軽井沢へ出かけた。
長野ー軽井沢間のお得なフリー切符を買って、
しなの鉄道に揺られていく。
小諸を過ぎて、人のまばらな車内から眺めていれば、
御代田に信濃追分あたりの林も、
見ごろの秋の色づきになっていた。
軽井沢駅を出て歩いていくと、さすがに空気が冷たい。
目的地の雲場池に着いたときには、
手がかじかんでいるほどだった。
この夏に、汗をかきかき初めて来た。
カメラを抱えたおじさんたちが写真を撮りながら、
ここは紅葉も見事だからねえと、
話していたのを覚えていたのだった。
すでにたくさんの人が池のまわりにあふれていて、
人気の場所と合点がいく。
目にした風景はたしかに。
思わずすごいなあと独り言が出るほどの、
深く鮮やかな赤色が、池のまわりに連なっていた。
カメラを覗くおじさんたちに、賑やかな関西弁のおばちゃんたちに、
紅葉をバックに自画撮りをしているカップルに、
あちこちから感嘆の声が上がっている。
赤く揺れる水面に鴨がのんびりと浮いている。
池のまわりを行き来して眺めていけば、
そのつどちがう景色が現れて、飽きることがない。
春の桜と秋の紅葉は、見ごろどきをつかまえるのがむずかしい。
休日と、ため息が出るほどの盛りのときがかさなって、
まことにありがたいことなのだった。
名残惜しく池をあとにしていけば、
ひと気の絶えた別荘地にも、そこかしこに紅葉が見受けられた。
高い木々は葉も落ちて、
避暑地の秋はもう終わりの気配がある。
大賀通りの街路樹も朱に黄に染まり、眺めながら駅へと戻る。
矢ケ崎公園から見上げれば、いよいよ空は高くしずかに。
浅間山が清々と見えた。
二時間余り、秋の景色を楽しんだのだった。

日ごと秋がすすんでいる。
善光寺界隈も紅葉が見ごろになってきて、
ひとまわり、朝の散歩が楽しいのだった。
休日の朝、軽井沢へ出かけた。
長野ー軽井沢間のお得なフリー切符を買って、
しなの鉄道に揺られていく。
小諸を過ぎて、人のまばらな車内から眺めていれば、
御代田に信濃追分あたりの林も、
見ごろの秋の色づきになっていた。
軽井沢駅を出て歩いていくと、さすがに空気が冷たい。
目的地の雲場池に着いたときには、
手がかじかんでいるほどだった。
この夏に、汗をかきかき初めて来た。
カメラを抱えたおじさんたちが写真を撮りながら、
ここは紅葉も見事だからねえと、
話していたのを覚えていたのだった。
すでにたくさんの人が池のまわりにあふれていて、
人気の場所と合点がいく。
目にした風景はたしかに。
思わずすごいなあと独り言が出るほどの、
深く鮮やかな赤色が、池のまわりに連なっていた。
カメラを覗くおじさんたちに、賑やかな関西弁のおばちゃんたちに、
紅葉をバックに自画撮りをしているカップルに、
あちこちから感嘆の声が上がっている。
赤く揺れる水面に鴨がのんびりと浮いている。
池のまわりを行き来して眺めていけば、
そのつどちがう景色が現れて、飽きることがない。
春の桜と秋の紅葉は、見ごろどきをつかまえるのがむずかしい。
休日と、ため息が出るほどの盛りのときがかさなって、
まことにありがたいことなのだった。
名残惜しく池をあとにしていけば、
ひと気の絶えた別荘地にも、そこかしこに紅葉が見受けられた。
高い木々は葉も落ちて、
避暑地の秋はもう終わりの気配がある。
大賀通りの街路樹も朱に黄に染まり、眺めながら駅へと戻る。
矢ケ崎公園から見上げれば、いよいよ空は高くしずかに。
浅間山が清々と見えた。
二時間余り、秋の景色を楽しんだのだった。