美味しい葡萄を
長月 7
客商売をしている。お客さんの中に、
何人か畑仕事をしているかたがいて、毎年
夏になると、食べきれない分の野菜を分けて
くださるのだった。
トマトにきゅうりになすなど、独り暮らしの身に
有り余るほどの量を持ってきてくれるから、
毎日野菜ばかりを食べる日が続く。
ようやく冷蔵庫の中が空いてきたと思うと、
また別のかたが持ってきてくれるから、
あおられるように食べ続けている。
ところがこの夏、いちどしか野菜を頂かなかった。
こんなことは珍しいと思っていたら、
この夏の雨不足が原因だった。
畑に水が足りなくて、野菜が育たなかったと
みなさん口をそろえてこぼすのだった。
たしかに梅雨どきから夏の盛りにかけて、長野は
ほんとに雨が降らなかった。
台風やら線状降水帯やらで、遠く北や南の町で
大きな被害が出ていても、雨雲が長野だけを
避けているかのようだった。
それでいて、この夏の暑さは尋常ではなかった。
気温が35度、6度は当たり前の日が続き、
畑の土も干からびてしまったと想像がつく。
毎年こんな暑さがつづくかと思うと、土仕事を
されているかたの気苦労も、絶えることが
ないのだった。
厄介なのは天候だけでなく、獣も同じだった。
山の町で畑仕事をしているかたたちは、猿や猪や
ハクビシンに畑の作物を食われるとこぼす。
昔に比べて、人里に現れて畑を荒らしていくことが
ずいぶん増えたという。うっかり遭遇して
襲われてはかなわないので、畑に行ったら
用心しながら作業をしているという。
坂城町で葡萄を作っている友だち夫婦がいる。
生食用とワイン用の葡萄を作っていて、生食用の
葡萄は東京の有名なレストランや菓子屋で扱われるほど
上等な品だった。
先日、SNSを覗いたら、思わず胸が痛くなった。
毎年収穫の時期を迎えると、獣たちの被害に
あっていた。
今年はこれまでよりも大量の被害にあってしまい、
連日100房もの葡萄が熊に食われているという。
少しでも収穫しようと畑に行ったら、熊に
遭遇したといい、販売数の確保が出来ないために
オンラインショップの販売を中止するというのだった。
1年かけて栽培してきた結果が何も残らないのは
ただただ残念ですの台詞に涙が出てしまった。
つらい気持ちで実りの秋を迎えるのは、
なんともやるせないことだった。
やるせなき思い抱えて葡萄棚。
東京の写真展へ
長月 6
出かけるときにカメラをぶら下げている。
行く先々の目に留まった景色を収めているのだった。
写真を撮るようになってから折りにつけ、いろんな
写真家の作品をネットで眺めるようになった。
時間の都合がつくときは、遠方の写真展にも足を
運んでいる。
東京の渋谷ヒカリエへ、東京カメラ部2023写真展を
観に出かけた。
会場に着くと、お名前を存じ上げる写真家さんから、
初めて目にする写真家さんがたの作品が、
ずらっと並んでいる。開店早々から、たくさんの
お客で賑わっていた。
作品を眺めながら歩いていると、写真家ご本人と
おぼしきかたが先々にいて、お客さんとの写真談義に
花を咲かせている。この日のお目当ては、
敬愛する大門美奈さんの作品を拝見することだった。
秋田の祭りの様子を捕えたモノクロとカラーの写真が
大きなパネルで八つ展示されていた。
会場には各カメラメーカーのブースがあって、
それぞれ自社のカメラを展示していた。愛用している
フジフイルムのブースには、最新の機種が3台並んでいた。
普段使っている愛機よりもはるかに性能がよくなって
いるものの、そのぶんお値段もよくなって、
とても手が出ないのだった。
ヒカリエの中でランチをしようとうろついたら、
祝日の本日は、どこも満席でお客が並んで待っている。
あきらめて、山手線でひとつ隣の恵比寿に行き、
恵比寿ガーデンプレイスの東京都写真美術館を覗いてみた。
7月に大門美奈さんの個展を拝見したあとに立ち寄ってみたら、
開催中の本橋成一とロベール・ドアノー展が印象に残った。
まだ開催していて再見が叶ったのだった。
この日の東京は、とても9月の半ばと思えない暑さで、
のどもからからに渇いてきた。
エビスエビスと早足でエビスバーへ向かったら、
こちらも外でお客が列を成している。
こりゃだめだとあきらめて、東京駅まで戻った。
食堂街をうろついてみたものの、久しぶりに人混みの中を
徘徊していたら、なんだかぐったりと疲れて食欲が失せた。
缶ビールとハイボールとさきいかを買って、さっさと新幹線に
乗り込んで帰途についたのだった。
大門美奈さんの作品展は来月も開かれるという。
時間と突合が合いますように願うしだいだった。
敬老の日や昼飯を食いそびれ。
ウォーターサーバーを
長月 5
毎晩酒を飲んでいる。夏になるとウイスキーの水割りを
飲むことが多くなる。昔は山崎や白州など高級酒ばかりを
こだわって飲んでいたけれど、心身肩肘張らぬように
なってからは、手ごろな値段のやつを買うようになった。
この頃は酒の品ぞろえの好いスーパーで、
ひげのおじさんラベルのブラック・ニッカを買うことが
多い。水割りを作るときに、ペットボトルのミネラル
ウォーターを使っている。
旨い水割りが飲めるのは好いものの、空のペットボトルが
溜まってじゃまになるのが毎回苦になっていた。そこで、
一層のことウォーターサーバーを購入するかとひらめいて、
パソコンを開いて検索したら、
サントリーの天然水のような有名どころから、初めて
目にするところまで、扱うメーカーがけっこうある。
それぞれのホームページを開いてみると、どこも
似たようなうたい文句で、どれを選んでいいのか悩む。
ずるずると決めかねて、相変わらずペットボトルを
買いつづけていたこの夏、自宅のトイレが壊れた。
用を足した後のウォシュレットがスイッチを押しても
動かなくなってしまったのだった。
自宅兼仕事場を改築して23年。
その間に、冷蔵庫と洗濯機とエアコンを取り換えた。
客商売をしてるから、仕事場のトイレも壊れたら
お客さんに迷惑がかかる。自宅と仕事場合わせて新調
することにして、手痛い出費にため息が出た。
パソコンを開いて検索して、できるだけお安く設置して
くれるメーカーを探し当てた。
さっそく連絡をしたところ、見積もりを持って
きたその日に速やかに手配をして、新しいトイレを
設置してくれたのだった。担当してくれた作業員の
かたも感じが好く、諸費用も思ったよりもかからずに
助かった。クラシアン、好いメーカーです。
次の日、そのクラシアンの営業さんから電話が来た。
プレミアムウォーターというウォーターサーバーの
メーカーと提携をしていて、取引していただいた
お客様に特別条件で購入を勧めているというのだった。
渡りに船とはこういうことですか。
これも何かの縁と、速やかに決めたのだった。
ウイスキー舐めて思案の夜長かな。
ハラミちゃんのライブへ
長月 4
日曜日、仕事をさぼって若里市民ホールへ
出かけた。ピアニストのハラミちゃんのライブが
あったのだった。
2年前に友だちに教えてもらい、このかたの動画を
観るようになった。国内外のヒット曲を、全国
あちこちのストリートピアノで演奏していて、
すてきな音色を聴かせてくれる。
4歳のときにピアノを習い始めたという。
週に一回、ピアノ教室に通って8時間のレッスンを
受けていた。高校を卒業して音楽大学に入学
したものの、卒業後は畑違いのIT企業に入社した。
ところが、そこでの仕事を頑張りすぎて、心身に
無理がかかって休職する羽目になってしまった。
休職して家に引きこもっているときに、会社の先輩が、
東京都庁のストリートピアノに誘ってくれたのだった。
そこで弾いた、映画「君の名は」の主題歌の前前前世を
先輩がユーチューブにアップしたところ、思いがけず
多くの人に再生されて、ハラミちゃんとしての活動が
始まったのだった。
毎日仕事の合間にパソコンを開いて、このかたの
演奏を観て聴いている。
どうすりゃこんなに早く指が動くんだろうと感心したり、
力づよい音色に柔らかな音色に聴き惚れたり、同じ動画を
何回観ても飽きることがない。演奏もさることながら、
まわりで聴いているお客に接する態度がいつも物腰低く
笑顔を振りまいて、人柄の良さがうかがえる。
ライブのチケットは即完売の人気ぶりだから、このたび
手に入ったのはありがたいことだった。
市民ホールに入ると、年配のかたから小さな子供まで、
老若男女問わず、たくさんの人が席を埋めている。
ハラミちゃんグッズのTシャツを着ている人や、カバンに
アクセサリーをぶら下げている人が何人もいる。
手を振りながらご本人がステージに登場すると、
このかたの笑顔はほんとに好いなあと見惚れた。
銀河鉄道999を皮切りに、躍動感あるかっこよい
手振り身振りで曲が披露されていく。
お客も曲に合わせて手拍子したり、おおいに盛り上がった
のだった。
あらかじめ長野について調べてくれて、「信濃の国」を
弾いてくれたり、演奏の合間のトークで、
長野に関わるネタを出してくれたり、気遣いが感じられた。
演奏のあと、長々深々頭を下げる姿を観ていたら、
お客への感謝の気持ちがしみじみ伝わってきた。
たっぷり2時間半のひとときに、気持ちが温かくなった
ことだった。
観て聴いて余韻の深き九月かな。
リボルバー・リリーを観て
長月 3
久しぶりに映画館へ出かけた。
綾瀬はるか主演のリボルバー・リリーを
観たのだった。。
ときは大正時代。関東大震災後の東京が舞台だった。
かつて凄腕の殺し屋として、五十人以上の人を殺していた
小曾根百合。
殺しから手を引いて、娼家の主人として暮らしていた
ところ、陸軍に追われている少年、細見慎太を助けた
ことで、陸軍と戦う羽目になる。
追手から逃れ、撃ち合いをして、陸軍と対峙する海軍の
もとへと慎太を送り届けるという物語だった。
映画を観たあとに、長浦京さん原作の文庫本を買ったら、
640ページに及ぶ長編だった。
原作を読み終えてから、あらためて観にでかけた。
これだけの長編を二時間ちょっとの上映時間に収めるの
だから、原作から省いてある場面が多く、話の内容も
ところどころ変えてあった。それでも物語の拵えが好く、
楽しく拝見できたのだった。綾瀬はるかの銃を撃つ姿が、
凛ときれいだった。
仲間役のシシド・カフカと古川琴音が着物で銃を撃つ
姿もかっこいい。長谷川博巳に豊川悦司に石橋蓮司、
橋爪功に佐藤二朗に野村萬斎など、渋いかたがたが
脇をかためていた。
敵を銃撃戦でつぎつぎと倒したり、手りゅう弾で
ふっとばしたり、戦闘シーンはなかなかの迫力だった。
ところが原作のほうは、さらに輪をかけて過激だった。
慎太の家族が順番に刺殺されたり、激しい銃撃戦や
殴り合いの様子が生々しく、読みすすんでいくと、
綾瀬はるか、きれいだねえの甘い気分がふっとんで
しまった。
映画では、慎太は大人しい子供の印象なのに、原作では、
敵を銃で撃ち殺したり、奪った銃剣で突き殺したり、
なかなか勇ましい。原作に忠実に映画を作ったら、
観ている途中で具合の悪くなる人や卒倒しちゃう人が
出るかもしれない。少年犯罪の増加につながると、
文科省や全国の教育委員会から非難が出るのが必至
だなあ。
映画では、まだ江戸の風情を残す大正時代の東京の
町なみが再現されていた。
原作でも、町の様子や人々の暮らしぶりが事細かに
書かれていて、当時の時間の流れが伝わって来た。
その頃の東京どんなものだったか
足を運んでみたくなった。
銃弾は残り六発雨の月。
信濃町まで
長月 2
仕事場に古い掛け時計が有る。
創業して間もないころのセイコーの製品で、
大正の終わりから昭和の初めの頃の時計という。
かつて、髪結いをしていた祖母が買ったのだった。
古い時計は、思い出したように急に故障する。
以前、善光寺にほど近い中沢時計店に腕のいい
おじさんがいて、2回直してもらったことがある。
そのおじさんが引退して、他の時計屋を探したところ、
上水内郡信濃町の、古間商店街の酒屋を営む友だちに、
おなじ商店街の小口時計店を紹介してもらった。
親子で営む時計屋で、これまで掛け時計と、父の形見の
古い腕時計を1回ずつ修理をしてもらった。
この頃になって、また様子がおかしくなってきた。
ねじを巻いてあるのに、振り子が途中で止まってしまう。
信濃町まで足を運んで見てもらったら、
いちどオーバーホールをしたほうが良いという。
お願いしますと時計を預けて、友だちの酒屋で焼酎と
日本酒を買って、旬のとうもろこしを買いに、直売所まで
足をのばした。用事を済ませて坂を下り、鳥居川近くの
共同墓地に車を止めた。
かつて結婚していたときがある。当時の連れ合いの実家が
信濃町に在り、墓地にはお義父さんが眠っているのだった。
結婚したのは29年前のことだった。
実家が在るのは、目の前に飯綱山と黒姫山が見える空の広い
場所で、
ちいさな家屋の横に大きな畑があって、お義父さんと
お義母さんが野菜を作っていた。
初めての夏におじゃましたときに、とれたてのトマトを
食べたことがある。それがまことに美味しかったのだった。
トマトってこんなに旨いのと、目からうろこの味だった。
トマトだけじゃなく、ナスもきゅうりも瑞々しく、
土産にたくさんもらっていた。
山からの風が爽やかで、畑の真ん中で飲むビールは
旨かったなあ。トマトはしょっちゅう食べているけれど、
あの日の畑のような濃い味は、なかなか巡り会えない。
かといって、食への欲が薄いから、旨い味をわざわざ
探すこともしない。
懐かしい思い出の味になっているのだった。
夏の信濃町に来ると、畑のトマトの
ひとときをいつも思い出している。
確かめたら、2年前のブログにも書いていた。
大事にしなきゃいけない日々を大事にできなかった。
思い出すたびに、そんな気持ちになっている。
あれ以来旨いトマトを食ってない。
ご迷惑をおかけして
長月 1
春先から入口わきのヘクソカズラの葉と零余子の葉が
伸び始め、夏になって壁沿いの地面から窓の上まで、
緑の葉が茂っている。
雨どいに絡んで二階の高さまで伸びているから勢いが
すごい。ヘクソカズラの白い花も、例年になく
たくさん咲いている。
仕事場の裏手の壁にはつるばらの枝がある。
春先から葉が出始め、初夏の始まりにちいさな白い花が
咲く。花が散ると、そこから枝葉がぐいぐい伸びて、
壁一面をおおいつくし、借りている駐車場の敷地まで
伸びてくる。毎年、暑さ和らぐ頃を見計らって、
伸びすぎた枝を切っている。
このお盆休み、混雑する善光寺界隈を避けて、
上田の別宅で過ごしていた。
3日ぶりに自宅に戻って、二階の窓からふと見たら、
つるばらの茂みがやけにあっさりとしている。
外に出て確かめたら、駐車場の愛車の横に、刈り取られた
枝の束が積んであった。???誰が刈ったんだろうと、
いくぶんさっぱりした茂みを眺めていたら、
換気扇の排気口にスズメバチの巣を見つけた。
それまで茂みに覆われて見えなかった。
そこそこでかくなっていたので、慌てて二階に駆け上り、
物干しざおで突っつき落とした。茂みを刈ってくれたから
見つけることができた。どこのどなたかわからぬかたに
感謝した。
それにしても誰が刈ったんだろう?
不思議な気分のまま過ごしていたら、
たまたまお会いした近所のかたが、
この間、千葉ナンバーの車のご夫婦が刈っていましたよと
教えてくれたのだった。
千葉ナンバーと聞いて、合点がいった。駐車場の
大家さんが、千葉に住んでいるのだった。
もともとご両親がこの地で旅館を営んでいた。
両親がなくなって、千葉に暮らす息子さんが駐車場にして、
近隣のかたに貸していた。
墓参りに帰省して、駐車場の様子を観に来たら、
ばらの枝が敷地にまで伸びている。
苦になって刈っていったと察しがついた。
くそ暑い中、余計な作業をさせてしまった。
お詫びとお礼の連絡をしようにも、住所も電話番号も
わからない。
ご迷惑をかけぬよう、こまめに枝を刈る。
反省した次第だった。
目通しを良くとこまめに薔薇を刈り。