巳の年のおわりに
師走 十
寒さがきびしくなって、朝起きるのが大仕事になっている。
夏場よりも、布団から出るのが二時間もおそくなり、
なまくらな身で年の瀬をすごしている。
怒涛のようにつづいた忘年会も、
ようやく今夜でさいごとなった。
ひとつ宴が片付けば、ひとつあらたな宴が入る。
気がついたら、二日にいちどの飲み屋行脚になっていた。
暴飲暴食をくりかえし、体力気力、さすがに疲れた。
散財しすぎて、ふところもすっかり空っぽになったから、
いさぎよく一年を終えられるのだった。
ふりかえれば、
ちょこちょこちいさなキズはこしらえたものの、
おおきな病気や怪我をしなかったのはありがたかった。
結婚に出産、
身のまわりで、めでたいことがかさなったのも好いことで、
すてきな笑顔に触れられた。
来年、進退を問われるかたもいて、
好いながれにのれますように願っている。
今年もたくさんのかたがたとの、楽しいひとときがあった。
初めてのかたに久しぶりのかた、
毎度なじみのかた、
だらしのない、ヨッパの相手をしていただいた。
酔うたび記憶をとばすから、
交わした言葉の半分も覚えていないのは、
まいどのこととはいえ、申しわけがない。
来年は、もうちょい礼節良く、
酌むことをしなければいけない。
暮らしぶりを思いやれば、
来年は、ますます不安のおおきい年になる。
それでも、なるようにしかならないと腹くくり、
日々こつこつと飄々と在るように。
今年もお世話になりました。
みなさんが穏やかに、新年を迎えられますように。
来年も、旨き酒を酌み交わせますよう、
どうか、よろしくお願いします。
巳の年のお付き合い、ありがとうございました。

寒さがきびしくなって、朝起きるのが大仕事になっている。
夏場よりも、布団から出るのが二時間もおそくなり、
なまくらな身で年の瀬をすごしている。
怒涛のようにつづいた忘年会も、
ようやく今夜でさいごとなった。
ひとつ宴が片付けば、ひとつあらたな宴が入る。
気がついたら、二日にいちどの飲み屋行脚になっていた。
暴飲暴食をくりかえし、体力気力、さすがに疲れた。
散財しすぎて、ふところもすっかり空っぽになったから、
いさぎよく一年を終えられるのだった。
ふりかえれば、
ちょこちょこちいさなキズはこしらえたものの、
おおきな病気や怪我をしなかったのはありがたかった。
結婚に出産、
身のまわりで、めでたいことがかさなったのも好いことで、
すてきな笑顔に触れられた。
来年、進退を問われるかたもいて、
好いながれにのれますように願っている。
今年もたくさんのかたがたとの、楽しいひとときがあった。
初めてのかたに久しぶりのかた、
毎度なじみのかた、
だらしのない、ヨッパの相手をしていただいた。
酔うたび記憶をとばすから、
交わした言葉の半分も覚えていないのは、
まいどのこととはいえ、申しわけがない。
来年は、もうちょい礼節良く、
酌むことをしなければいけない。
暮らしぶりを思いやれば、
来年は、ますます不安のおおきい年になる。
それでも、なるようにしかならないと腹くくり、
日々こつこつと飄々と在るように。
今年もお世話になりました。
みなさんが穏やかに、新年を迎えられますように。
来年も、旨き酒を酌み交わせますよう、
どうか、よろしくお願いします。
巳の年のお付き合い、ありがとうございました。

御冥福を
師走 九
新聞を読んでいたら、お悔やみ覧に目が留まる。
覚えのある名前が載っていたのだった。
今の仕事に就くまえに、会社勤めをしていたことがある。
雑貨の問屋で、毎日車を運転しては、
町なかの個人の店や、スーパーへ商品を卸していた。
社員が二十人あまりの会社で、
なにしろ社長をしていたかたが、
お金にきびしい人だった。
社員のぜいたくをゆるさない人柄で、
若い社員が、身分不相応な高い車を買ったりすると、
連日こんこんと説教して、安い車に買い換えさせた。
飲み会の相談をしていれば、無駄遣いはよろしくないと、
いきなりおそくまでの残業をやらされて、
飲み屋に行けなくなった。
あのままあそこに居残っていれば、
お金につましい身となって、連日、
飲み屋で散財する人間にもならなかったかもしれない。
そんな息のつまるような空気のなかでも、
社員同志は和気あいあいとつるんでいて、
休みの日には、みんなで遊びに行くこともたびたびあった。
お悔やみ覧に見つけたかたは、
当時課長をしていたかただった。
ひょろりと背が高く、気さくな人柄で、
昼めしをごちそうになったり、飲み屋でおごってもらったり、
面倒見の好いかただった。
結婚してから、長いあいだ子供が授からなかった。
それがようやくのこと奥さんが懐妊して、
湯田中の取引先で、いっしょに仕事をしていたときに、
無事産まれたとの連絡が入ったのだった。
おめでとうございますと声をかけたときの、
くしゃくしゃと嬉しそうな笑顔はいまでも覚えている。
あれから二十五年、
その息子さんが喪主をつとめるというから、
月日の流れがほんとに早い。
二年ほどの縁でしたが、御冥福をお祈りしたい。

新聞を読んでいたら、お悔やみ覧に目が留まる。
覚えのある名前が載っていたのだった。
今の仕事に就くまえに、会社勤めをしていたことがある。
雑貨の問屋で、毎日車を運転しては、
町なかの個人の店や、スーパーへ商品を卸していた。
社員が二十人あまりの会社で、
なにしろ社長をしていたかたが、
お金にきびしい人だった。
社員のぜいたくをゆるさない人柄で、
若い社員が、身分不相応な高い車を買ったりすると、
連日こんこんと説教して、安い車に買い換えさせた。
飲み会の相談をしていれば、無駄遣いはよろしくないと、
いきなりおそくまでの残業をやらされて、
飲み屋に行けなくなった。
あのままあそこに居残っていれば、
お金につましい身となって、連日、
飲み屋で散財する人間にもならなかったかもしれない。
そんな息のつまるような空気のなかでも、
社員同志は和気あいあいとつるんでいて、
休みの日には、みんなで遊びに行くこともたびたびあった。
お悔やみ覧に見つけたかたは、
当時課長をしていたかただった。
ひょろりと背が高く、気さくな人柄で、
昼めしをごちそうになったり、飲み屋でおごってもらったり、
面倒見の好いかただった。
結婚してから、長いあいだ子供が授からなかった。
それがようやくのこと奥さんが懐妊して、
湯田中の取引先で、いっしょに仕事をしていたときに、
無事産まれたとの連絡が入ったのだった。
おめでとうございますと声をかけたときの、
くしゃくしゃと嬉しそうな笑顔はいまでも覚えている。
あれから二十五年、
その息子さんが喪主をつとめるというから、
月日の流れがほんとに早い。
二年ほどの縁でしたが、御冥福をお祈りしたい。

来年にむけて
師走 八
朝、ずいぶん寒いと思ったら、
窓の外が雪景色になっていた。
玄関の戸を開けたら、すでに向かいの家の奥さんと、
となりの家の奥さんが、路地の雪を片づけてくれてある。
雪かきの音にも気がつかず、
惰眠をむさぼっていて、始末のわるいことだった。
氏神さんにお参りに行けば、境内もまっ白で、
見上げた木々に積もった雪が、きれいに映える。
書き上げた年賀状を投函しに行ったら、
薬屋の若だんなが雪かきをしていた。
忘年会をしましょうといっていたのに、
こちらの都合がつかず申しわけがない。
年明けて、新年会をとあらためて交わした。
南の町の友だちからメールが届いた。
この一年、難儀な日々をかさねた人だったから、
あかるい文面に安心する。
今年はどんな年でしたか?
歳をかさねて、見えること、
許せることがいっぱいありますの台詞に、
ほんとうにと思う。
この歳まで、我が身の有り様が、
なによりいちばん見えていなかった。
おかげでしくじりをくり返し、
ひどい迷惑をかけたかたもいた。
この程度の出来と見えてから、
関わるかたの有り様にも、おおらかになれる。
いくつか屈託があったものの、ひと様との縁に、
おおきな波風がなかったのは、ありがたいことだった。
それでも反省しなければいけないこともある。
それをふまえて、
来年のきまりごとをと思い浮かべれば、
気持ちを軽く、簡素に暮らすこと。
年下の友だちを大事にすること。
年上のかたを敬うこと。
上から人を見下ろさないこと。
無用の義理を持たぬこと。
酒のうんちくを語りすぎないこと。
利き酒をもうすこし当てること。
はしご酒をしないこと。
転ばないこと。
酔って、約束ごとをしないこと。かならず忘れるから。
酔って、飲み仲間の女性を口説かないこと。
かならずおぼえていないから。
相性の合わないかたのいる飲み会には出ないこと。
かならず、よけいなひと言を言ってしまうから。
書き上げていたら、あまりにしょぼい目標ばかりで、
だんだんなさけなくなってきた。
だらしのないひとがらを、
まわりのかたに許してもらっていた一年と、
あらためてわかるのだった。

朝、ずいぶん寒いと思ったら、
窓の外が雪景色になっていた。
玄関の戸を開けたら、すでに向かいの家の奥さんと、
となりの家の奥さんが、路地の雪を片づけてくれてある。
雪かきの音にも気がつかず、
惰眠をむさぼっていて、始末のわるいことだった。
氏神さんにお参りに行けば、境内もまっ白で、
見上げた木々に積もった雪が、きれいに映える。
書き上げた年賀状を投函しに行ったら、
薬屋の若だんなが雪かきをしていた。
忘年会をしましょうといっていたのに、
こちらの都合がつかず申しわけがない。
年明けて、新年会をとあらためて交わした。
南の町の友だちからメールが届いた。
この一年、難儀な日々をかさねた人だったから、
あかるい文面に安心する。
今年はどんな年でしたか?
歳をかさねて、見えること、
許せることがいっぱいありますの台詞に、
ほんとうにと思う。
この歳まで、我が身の有り様が、
なによりいちばん見えていなかった。
おかげでしくじりをくり返し、
ひどい迷惑をかけたかたもいた。
この程度の出来と見えてから、
関わるかたの有り様にも、おおらかになれる。
いくつか屈託があったものの、ひと様との縁に、
おおきな波風がなかったのは、ありがたいことだった。
それでも反省しなければいけないこともある。
それをふまえて、
来年のきまりごとをと思い浮かべれば、
気持ちを軽く、簡素に暮らすこと。
年下の友だちを大事にすること。
年上のかたを敬うこと。
上から人を見下ろさないこと。
無用の義理を持たぬこと。
酒のうんちくを語りすぎないこと。
利き酒をもうすこし当てること。
はしご酒をしないこと。
転ばないこと。
酔って、約束ごとをしないこと。かならず忘れるから。
酔って、飲み仲間の女性を口説かないこと。
かならずおぼえていないから。
相性の合わないかたのいる飲み会には出ないこと。
かならず、よけいなひと言を言ってしまうから。
書き上げていたら、あまりにしょぼい目標ばかりで、
だんだんなさけなくなってきた。
だらしのないひとがらを、
まわりのかたに許してもらっていた一年と、
あらためてわかるのだった。

良酒のとき
師走 七
馴染みの飲み屋の、
べじた坊の石垣さんからメールが届く。
井の頭の新酒がすばらしいです。
味見に来てくださいとのお誘いだった。
先日、木曽に暮らす友だちから、
地元の木曽路のしぼりたてをいただいた。
冷やでも燗でも美味しくて、
こちらも、味見をしてもらいたいと思っていた。
好いタイミングと、
飲み残しの一升瓶をぶら下げて出かけた。
井の頭は伊那市の駅ちかく、
漆戸醸造さんの銘柄で、
新酒には、みふゆ月と、美しい名前がつけられていた。
アルコールが十八度の原酒ながら、
重みを感じさせない旨みが、きれいに切れる。
つづいて、小布施は高沢酒造さんの、
豊賀の新酒を利かせていただいた。こちらは、
天女のしずくと、色めいたサブネームがついている。
米をあまり磨いていない原酒なのに、
きめの細かい味わいで、雑味がない。
この頃はこうして酌むたびに、
長野の酒も好くなったなあとしみじみ思ってしまう。
カウンターのとなりでは、
顔見知りの二十代の男の子が、旨そうに酌んでいて、
今の若い子は、こうしてはじめから、
旨い酒を飲めるのだから幸せと眺めた。
日本酒の味を覚えたのは、
越後の久保田が話題になりはじめた頃だった。
いくつか、県外の旨い地酒を飲む機会があり、
それならば、
地元にも旨い地酒はないものかと目をむけた。
ところがその頃は、
ちいさなお蔵の地酒を扱う店がなく、
容易に手に入るのは、
真澄に七笑に雲山くらいなものだった。
雲山の吟醸を飲んだときのことは、
今でも忘れたくても忘れない。次の日、
戦艦大和級の二日酔いに襲われたのだった。
頭痛に吐き気、一日中、頭の中でキンキン鐘が鳴り、
めまいのようにくらくらする。
なんどもトイレに駆け込んで、
地酒ならなんでもいいわけじゃないと、
つくづく教わったできごとだった。
それから、あちこち近隣に出かけては、
ちいさなお蔵の銘柄を、買って飲むことをくりかえした。
しかしどれを飲んでも、
県外の名の知れた地酒に比べると、味がやぼったい。
口にするたびに、そんな印象を抱いていたのに、
ここ数年、代がかわって、
若いかたが造りに携わるようになってから、
好き味を醸すお蔵さんが、あちこち増えてきた。
冴えない味のときを知っているだけに、
この変わりようは努力の賜物とわかり、
ほんとに素晴らしいことと思えるのだった。
寒い最中、
お蔵のかたがたは、今日も造りに精を出している。
想いを馳せて酌まなくてはいけない。

馴染みの飲み屋の、
べじた坊の石垣さんからメールが届く。
井の頭の新酒がすばらしいです。
味見に来てくださいとのお誘いだった。
先日、木曽に暮らす友だちから、
地元の木曽路のしぼりたてをいただいた。
冷やでも燗でも美味しくて、
こちらも、味見をしてもらいたいと思っていた。
好いタイミングと、
飲み残しの一升瓶をぶら下げて出かけた。
井の頭は伊那市の駅ちかく、
漆戸醸造さんの銘柄で、
新酒には、みふゆ月と、美しい名前がつけられていた。
アルコールが十八度の原酒ながら、
重みを感じさせない旨みが、きれいに切れる。
つづいて、小布施は高沢酒造さんの、
豊賀の新酒を利かせていただいた。こちらは、
天女のしずくと、色めいたサブネームがついている。
米をあまり磨いていない原酒なのに、
きめの細かい味わいで、雑味がない。
この頃はこうして酌むたびに、
長野の酒も好くなったなあとしみじみ思ってしまう。
カウンターのとなりでは、
顔見知りの二十代の男の子が、旨そうに酌んでいて、
今の若い子は、こうしてはじめから、
旨い酒を飲めるのだから幸せと眺めた。
日本酒の味を覚えたのは、
越後の久保田が話題になりはじめた頃だった。
いくつか、県外の旨い地酒を飲む機会があり、
それならば、
地元にも旨い地酒はないものかと目をむけた。
ところがその頃は、
ちいさなお蔵の地酒を扱う店がなく、
容易に手に入るのは、
真澄に七笑に雲山くらいなものだった。
雲山の吟醸を飲んだときのことは、
今でも忘れたくても忘れない。次の日、
戦艦大和級の二日酔いに襲われたのだった。
頭痛に吐き気、一日中、頭の中でキンキン鐘が鳴り、
めまいのようにくらくらする。
なんどもトイレに駆け込んで、
地酒ならなんでもいいわけじゃないと、
つくづく教わったできごとだった。
それから、あちこち近隣に出かけては、
ちいさなお蔵の銘柄を、買って飲むことをくりかえした。
しかしどれを飲んでも、
県外の名の知れた地酒に比べると、味がやぼったい。
口にするたびに、そんな印象を抱いていたのに、
ここ数年、代がかわって、
若いかたが造りに携わるようになってから、
好き味を醸すお蔵さんが、あちこち増えてきた。
冴えない味のときを知っているだけに、
この変わりようは努力の賜物とわかり、
ほんとに素晴らしいことと思えるのだった。
寒い最中、
お蔵のかたがたは、今日も造りに精を出している。
想いを馳せて酌まなくてはいけない。

晦日は実家で
師走 六
ニュースを見ていたら、明日は雪になるという。
積もるかと心配しながら、酔いつぶれて目覚めれば、
小雨がぱらついている程度でほっとする。
氏神さんの階段を上がったら、
菅平に厚い雲がかかっていた。
山は降っているのかと目をやって、
平地ではまだ雪かきの手間がないのは、
ありがたいことだった。
仕事の準備をしてから新聞をひろげたら、
今年の紅白歌合戦の、出場歌手と曲目が載っている。
北島さぶちゃんは、
まつりを歌って出場を最後にするという。
愛しの坂本冬美さんは、男の火祭りを歌う。
この秋に、長野にコンサートにやって来た。
拝見したかったのに、先約があって行けなかった。
来年は、是非にも足をはこびたい。
ここ何年か、紅白は温泉宿で観ていた。
父母と毎年出かけていたのだった。
湯田中だったり戸倉上山田だったり。
お湯に浸ってあげ膳すえ膳。
腹いっぱいになったあとに寝転んで、
日本酒をなめながら観ていた。
昨年世話になった、
上山田の中央ホテルが好かったから、
今年も行くものと思っていたら、
父が、今年の晦日は家で過ごすという。
足の調子がわるくて出るのがおっくうになった。
正月は、どこの旅館も値段がたかい。それなのに、
たくさん料理が出てきても、
八十過ぎの身ではそんなに食べられない。
加えて、ひと晩だけの泊まりでは、
元旦の朝、道が混むまえに、
帰途につかなくてはいけないから気ぜわしい。
実家の近所に、仕出屋を営んでいるかたがいる。
今年はそこでおせち料理を作ってもらい、
我が家で一年の締めをと決めたのだった。
温泉好きの母が残念そうな顔をしたものの、
もともと出不精な父にしてみれば、
気兼ねなく、
家でゆっくり酒を飲むのが好いのだとわかる。
晦日は夕方早くから、一杯やろうと張り切って言う。
食はほそくなっても、酒の量はあいかわらずで、
今年も親が達者だったのは、なによりと眺めた。

ニュースを見ていたら、明日は雪になるという。
積もるかと心配しながら、酔いつぶれて目覚めれば、
小雨がぱらついている程度でほっとする。
氏神さんの階段を上がったら、
菅平に厚い雲がかかっていた。
山は降っているのかと目をやって、
平地ではまだ雪かきの手間がないのは、
ありがたいことだった。
仕事の準備をしてから新聞をひろげたら、
今年の紅白歌合戦の、出場歌手と曲目が載っている。
北島さぶちゃんは、
まつりを歌って出場を最後にするという。
愛しの坂本冬美さんは、男の火祭りを歌う。
この秋に、長野にコンサートにやって来た。
拝見したかったのに、先約があって行けなかった。
来年は、是非にも足をはこびたい。
ここ何年か、紅白は温泉宿で観ていた。
父母と毎年出かけていたのだった。
湯田中だったり戸倉上山田だったり。
お湯に浸ってあげ膳すえ膳。
腹いっぱいになったあとに寝転んで、
日本酒をなめながら観ていた。
昨年世話になった、
上山田の中央ホテルが好かったから、
今年も行くものと思っていたら、
父が、今年の晦日は家で過ごすという。
足の調子がわるくて出るのがおっくうになった。
正月は、どこの旅館も値段がたかい。それなのに、
たくさん料理が出てきても、
八十過ぎの身ではそんなに食べられない。
加えて、ひと晩だけの泊まりでは、
元旦の朝、道が混むまえに、
帰途につかなくてはいけないから気ぜわしい。
実家の近所に、仕出屋を営んでいるかたがいる。
今年はそこでおせち料理を作ってもらい、
我が家で一年の締めをと決めたのだった。
温泉好きの母が残念そうな顔をしたものの、
もともと出不精な父にしてみれば、
気兼ねなく、
家でゆっくり酒を飲むのが好いのだとわかる。
晦日は夕方早くから、一杯やろうと張り切って言う。
食はほそくなっても、酒の量はあいかわらずで、
今年も親が達者だったのは、なによりと眺めた。

靴を買って
師走 五
休日の夕方、駅前のデパートへでかけた。
師走のデパートは、たくさんの人でにぎわっている。
指輪をえらぶカップルに、
きれいな靴を品定めしているお姉さん、
人波ぬけてエスカレーターであがってゆく。
六階の子供用品売り場は、ふだん縁がないものの、
ときどき訪れる機会ができる。
友だちに子供が産まれたのだった。
前の日に、
奥さんとちいさな赤ん坊を連れて来てくれた。
目元が友だちそっくりで、
将来は美男子になると、容易に察しがつく。
無垢な寝顔を眺めていたら、鼻の奥がつんとして、
無事の成長を願わずにいられない。
出産祝いには、いつも靴を贈っている。
長年コンバースを愛用しているから、
贈るのもコンバースを選んでしまう。
男らしく、黒の十二センチ。
赤い包装紙に包んでもらい、
緑のリボンをかけてもらう。そのまま、
馴染みの飲み屋のいいださんに持っていき、
友だちが来たら渡してくれるようお願いした。
振りかえればこの一年も、
酔って記憶をなくしたり、ころんだりと、
さえない日の積みかさねだった。
我が身に変わりはないものの、
身のまわりのかたがたには、
変化のあった年だった。
春のはじめに、お父さんになった友だちがいた。
夏のはじめに、入籍をした友だちがいた。
秋には、結婚した友だち二組の、
祝いの宴もした。めでたい話の報告は、
こちらの気持ちもあたたかくなる。
遠くに暮らす友だちは、
師走のはじめに手術をしたという。
年内は、
仕事もキャンセルして安静にしているというから、
無事の回復なりますようにと祈っている。
今年ものこり十日あまり、
日ごと寒さは増すものの、
大雪の日がないのがありがたい。
このまま年が明けてくれれば、
一月、二月、ふた月のがまん。
三月になれば、春の気配も見えてくると、
早々に来年の春を待っているのだった。

休日の夕方、駅前のデパートへでかけた。
師走のデパートは、たくさんの人でにぎわっている。
指輪をえらぶカップルに、
きれいな靴を品定めしているお姉さん、
人波ぬけてエスカレーターであがってゆく。
六階の子供用品売り場は、ふだん縁がないものの、
ときどき訪れる機会ができる。
友だちに子供が産まれたのだった。
前の日に、
奥さんとちいさな赤ん坊を連れて来てくれた。
目元が友だちそっくりで、
将来は美男子になると、容易に察しがつく。
無垢な寝顔を眺めていたら、鼻の奥がつんとして、
無事の成長を願わずにいられない。
出産祝いには、いつも靴を贈っている。
長年コンバースを愛用しているから、
贈るのもコンバースを選んでしまう。
男らしく、黒の十二センチ。
赤い包装紙に包んでもらい、
緑のリボンをかけてもらう。そのまま、
馴染みの飲み屋のいいださんに持っていき、
友だちが来たら渡してくれるようお願いした。
振りかえればこの一年も、
酔って記憶をなくしたり、ころんだりと、
さえない日の積みかさねだった。
我が身に変わりはないものの、
身のまわりのかたがたには、
変化のあった年だった。
春のはじめに、お父さんになった友だちがいた。
夏のはじめに、入籍をした友だちがいた。
秋には、結婚した友だち二組の、
祝いの宴もした。めでたい話の報告は、
こちらの気持ちもあたたかくなる。
遠くに暮らす友だちは、
師走のはじめに手術をしたという。
年内は、
仕事もキャンセルして安静にしているというから、
無事の回復なりますようにと祈っている。
今年ものこり十日あまり、
日ごと寒さは増すものの、
大雪の日がないのがありがたい。
このまま年が明けてくれれば、
一月、二月、ふた月のがまん。
三月になれば、春の気配も見えてくると、
早々に来年の春を待っているのだった。

一周忌に
師走 四
十二月八日、仕事を早めに終いにして、
鶴賀のおでん屋さんへと出向いた。
世話になった女将さんが、彼岸へ逝ってちょうど一年。
常連さんで集まろうとなったのだった。
カウンターに入れ込みに、
顔なじみのかたがたが、すでにごきげんに酔っている。
奥の部屋の位牌に手を合わせ、宴の輪に交じった。
鬼無里の山に暮らすご主人と、
ひさしぶりに顔をあわせ、
仕事や家事にいそがしく、
足の遠のいていたかたがたも、
この日は家族みんなでやってきた。
一年前の通夜の晩も、こうして集まって、
にぎやかに見送ったと思いだし、
月日の経つのがしみじみと早い。
女将さん亡きあとは、
手伝いに来ていた息子さんが、
そのまま店を引き継いで、切り盛りをしている。
放浪の旅をしていた人だから、
はじめのころは、いつ店をたたんで、
旅に出てしまうかと気にしたものだった。
この頃は、すっかり腰もおちついて、
若だんなぶりも板についてきた。
見よう見まねで作っていた料理の腕も上がり、
月にいちど、定例の日本酒の会のときなど、
手の込んだ肴を用意してくれるのがうれしい。
食べていけるだけの儲けがあればと、
値段も安く欲がない。酒の持ちこみをしても、
いやな顔ひとつしないから、
店が出来たときからの、
ふるい縁に甘えさせてもらっている。
女将さんが元気だったときに、
あなたは誠実じゃないけどあたたかいと、
微妙な褒めかたをされたことがある。
よろこんでいいのか、
悲しんでいいのかとまどったものの、年上の人に、
あたたかいと言われたことなどなかったから、
心にのこる台詞をいただいたと、今も思いだす。
親子二代に、わがまま言いたい放題の客だから、
たまには、
あたたかくお返しをしなくてはと思うのだった。

十二月八日、仕事を早めに終いにして、
鶴賀のおでん屋さんへと出向いた。
世話になった女将さんが、彼岸へ逝ってちょうど一年。
常連さんで集まろうとなったのだった。
カウンターに入れ込みに、
顔なじみのかたがたが、すでにごきげんに酔っている。
奥の部屋の位牌に手を合わせ、宴の輪に交じった。
鬼無里の山に暮らすご主人と、
ひさしぶりに顔をあわせ、
仕事や家事にいそがしく、
足の遠のいていたかたがたも、
この日は家族みんなでやってきた。
一年前の通夜の晩も、こうして集まって、
にぎやかに見送ったと思いだし、
月日の経つのがしみじみと早い。
女将さん亡きあとは、
手伝いに来ていた息子さんが、
そのまま店を引き継いで、切り盛りをしている。
放浪の旅をしていた人だから、
はじめのころは、いつ店をたたんで、
旅に出てしまうかと気にしたものだった。
この頃は、すっかり腰もおちついて、
若だんなぶりも板についてきた。
見よう見まねで作っていた料理の腕も上がり、
月にいちど、定例の日本酒の会のときなど、
手の込んだ肴を用意してくれるのがうれしい。
食べていけるだけの儲けがあればと、
値段も安く欲がない。酒の持ちこみをしても、
いやな顔ひとつしないから、
店が出来たときからの、
ふるい縁に甘えさせてもらっている。
女将さんが元気だったときに、
あなたは誠実じゃないけどあたたかいと、
微妙な褒めかたをされたことがある。
よろこんでいいのか、
悲しんでいいのかとまどったものの、年上の人に、
あたたかいと言われたことなどなかったから、
心にのこる台詞をいただいたと、今も思いだす。
親子二代に、わがまま言いたい放題の客だから、
たまには、
あたたかくお返しをしなくてはと思うのだった。

心遣いに感謝して
師走 三
師走だというのに、仕事の波のしずかな日がつづく。
気分もさっぱり盛り上がらずにいたら、
なぐさめるかのように、いただき日和がつづいた。
山の町から訪ねてきたかたに、
いっぱいのりんごをいただいた。
次の日には、飲み仲間のかたから、
これまたいっぱいの柿をいただいて、
それぞれ毎日一個づつ食べていた。
りんごが終わるころ、酒屋のみねむら君が、
伯楽星の配達がてら、
たくさんのりんごを持って来てくれた。
酒飲みは、好んで果物を食べることをしない。
こんなに食べるのはいついらいのことか、
なんだか、
体のために好いことをしている気になるのは、
ヨッパのていの好い勘ちがいなのだった。
東の町で暮らす友だちから、
たくさんの手作りの菓子とジャムが届いた。
いそがしい時節に、手をかけた贈り物がうれしい。
プロ顔負けの味わいは、
お茶のひとときに、ついもう一個と手が伸びる。
毎年お歳暮に、日本酒をくれるかたもいる。
いいかげんな性格なのに、
酒の味だけにはうるさいと思われている。
下手な銘柄を送ったら、
あとでなにを言われるかわからないと用心されているから、
今年も、水尾に大信州に神渡と、信州の銘酒が届いた。
訪ねてくる人もいないしずかな日曜日、
お届けものですと宅急便がやってきた。
木曽で暮らす友だちが、
地元の銘酒の、木曽路を贈ってきてくれた。
出来立ての新酒を早々に、その気づかいがありがたい。
あちこち、一年のけじめに、
気持ちをかたちにしていただき、
今年も遠くの縁に、近くの縁、支えていただいたのだった。

師走だというのに、仕事の波のしずかな日がつづく。
気分もさっぱり盛り上がらずにいたら、
なぐさめるかのように、いただき日和がつづいた。
山の町から訪ねてきたかたに、
いっぱいのりんごをいただいた。
次の日には、飲み仲間のかたから、
これまたいっぱいの柿をいただいて、
それぞれ毎日一個づつ食べていた。
りんごが終わるころ、酒屋のみねむら君が、
伯楽星の配達がてら、
たくさんのりんごを持って来てくれた。
酒飲みは、好んで果物を食べることをしない。
こんなに食べるのはいついらいのことか、
なんだか、
体のために好いことをしている気になるのは、
ヨッパのていの好い勘ちがいなのだった。
東の町で暮らす友だちから、
たくさんの手作りの菓子とジャムが届いた。
いそがしい時節に、手をかけた贈り物がうれしい。
プロ顔負けの味わいは、
お茶のひとときに、ついもう一個と手が伸びる。
毎年お歳暮に、日本酒をくれるかたもいる。
いいかげんな性格なのに、
酒の味だけにはうるさいと思われている。
下手な銘柄を送ったら、
あとでなにを言われるかわからないと用心されているから、
今年も、水尾に大信州に神渡と、信州の銘酒が届いた。
訪ねてくる人もいないしずかな日曜日、
お届けものですと宅急便がやってきた。
木曽で暮らす友だちが、
地元の銘酒の、木曽路を贈ってきてくれた。
出来立ての新酒を早々に、その気づかいがありがたい。
あちこち、一年のけじめに、
気持ちをかたちにしていただき、
今年も遠くの縁に、近くの縁、支えていただいたのだった。

学ぶことで
師走 二
友だちが訪ねてきた。中学校の同級生で、
今年亡くなった、お母さんの法事で帰省してきたという。
クラスでいちばん頭が良かった人で、
長野でいちばんの高校を卒業してから、
関西でいちばんの大学へ入ったのに、
途中でやめてしまった。
今は、遠くの町で、
おおきな予備校の先生をしているのだった。
高校生に、
英語に数学、化学に物理に小論文を教えているといい、
学んだことのかけらも覚えていない身とは、
やっぱり頭の出来がちがうと、あらためて感心をする。
夜、馴染みのおでん屋で、一献酌み交わす。
おおきな予備校の授業は、
受験のための丸暗記ばかりをやっていて、
先生がたも、いかに儲けるか、
そのことばかりに夢中になっているという。
以前、べつの予備校に勤めていた知り合いがいる。
毎月六人、
あたらしい生徒を勧誘してくるノルマがあって、
それは大変だったとこぼしていた。
子供のすくないご時世に、
教育商売にも拍車がかかるのだった。
たとえばH2O、化学記号を覚えるにしても、
それを発見するために、一生をささげた人がいる。
そういうことをいっしょに伝えることで、
学ぶことの楽しさをしってもらいたい。
丸暗記で、はい、おしまいじゃつまらないという。
たしかに。
若いかたがたに、ちょっと気の利いた言葉をのこすのも、
年長者の役割と思う。
おおきな組織で自由はままならないものの、
その味は大切なことと、杯をかさねながら聞き入った。
年のかさねかたが大事と、このごろつくづく思う。
親に友だちに、年上のお知り合い。
あるいは飲み屋のご主人や常連さんなど、
暮らしにかかわる心得は、たいてい世間から教わった。
学校を卒業してからのほうが、
むしろほんとの授業だったと今だからわかる。
赤点ばかりの積みかさねになったことだけ、
学生のころと変わらずになさけないのだった。

、
友だちが訪ねてきた。中学校の同級生で、
今年亡くなった、お母さんの法事で帰省してきたという。
クラスでいちばん頭が良かった人で、
長野でいちばんの高校を卒業してから、
関西でいちばんの大学へ入ったのに、
途中でやめてしまった。
今は、遠くの町で、
おおきな予備校の先生をしているのだった。
高校生に、
英語に数学、化学に物理に小論文を教えているといい、
学んだことのかけらも覚えていない身とは、
やっぱり頭の出来がちがうと、あらためて感心をする。
夜、馴染みのおでん屋で、一献酌み交わす。
おおきな予備校の授業は、
受験のための丸暗記ばかりをやっていて、
先生がたも、いかに儲けるか、
そのことばかりに夢中になっているという。
以前、べつの予備校に勤めていた知り合いがいる。
毎月六人、
あたらしい生徒を勧誘してくるノルマがあって、
それは大変だったとこぼしていた。
子供のすくないご時世に、
教育商売にも拍車がかかるのだった。
たとえばH2O、化学記号を覚えるにしても、
それを発見するために、一生をささげた人がいる。
そういうことをいっしょに伝えることで、
学ぶことの楽しさをしってもらいたい。
丸暗記で、はい、おしまいじゃつまらないという。
たしかに。
若いかたがたに、ちょっと気の利いた言葉をのこすのも、
年長者の役割と思う。
おおきな組織で自由はままならないものの、
その味は大切なことと、杯をかさねながら聞き入った。
年のかさねかたが大事と、このごろつくづく思う。
親に友だちに、年上のお知り合い。
あるいは飲み屋のご主人や常連さんなど、
暮らしにかかわる心得は、たいてい世間から教わった。
学校を卒業してからのほうが、
むしろほんとの授業だったと今だからわかる。
赤点ばかりの積みかさねになったことだけ、
学生のころと変わらずになさけないのだった。

、
酔いまわりで
師走 一
仕事の合間に年賀状を書いている。
今年の正月にもらった束をめくり、宛名を書く。
読みかえせば、
飲みすぎに注意してくださいと、
ひと言添えているかたが多かった。
心配をよそに、巳の年も、
注意が足りませんでしたと申しわけがない。
それでも以前にくらべると、酔いのまわるのが、
ずいぶん早くなったと感じるようになっている。
酩酊しても、だらだら杯をかさねていたのが、
とりあえずのビールから、
日本酒に切りかえて二時間もすると、
もういっぱいです、と腰を上げることが増えた。
歳相応に内臓もよわくなり、ひとり身の栄養不足で、
体力も落ちているせいと思い当たるのだった。
酔って、いらぬことを言って、
あと味わるい飲み会もひとつふたつあった。
よわくなったのを幸いに、ひと様に迷惑かけぬよう、
酔ったらさっさと家路に着く。
こころがけたいことだった。
記憶をなくすのもあいかわらずのことで、
日曜日の夕方、仕事をしていたら、
馴染みの飲み屋の御主人と、
女性のスタッフが訪ねてきた。
おや、めずらしい、どうしたんですかと尋ねたら、
へっ?という顔をする。
先日外へ飲みに出たときに、
はしご酒にと店に顔をだした。
カウンターで酔いながら、
飲み会をやろうと約束をしていたのだった。
すっかり記憶が飛んでいて、
すみませんとほとほと恐縮のいたりになった。
こういうことがあるたびに、
そのときは覚えているんだけどなあと、
じくじくすることになる。
週末、友だちご飯に招かれた。
ふるい付き合いの友だちで、
ひとり身を気づかって、ときどき声をかけてくれる。
単身赴任で南の町で、
お医者相手の仕事をしている。
お医者はアクのある人が多いから、
気苦労が多い。帰省して、
奥さんとの憩いのひとときに交ぜてくれるのは、
ありがたいことだった。
用意してくれた南信の銘酒二本、
今錦と九郎右衛門を酌みながら、
順々に運ばれてくる,奥さんの料理を楽しんだ。
ふるい友だちに、年下の飲み仲間に、
今年も気の利いた台詞のひとつも言えず、
他愛のない酒を付き合わせてしまった。
感謝の気持ちで、師走の酒を注ぎたいのだった。
仕事の合間に年賀状を書いている。
今年の正月にもらった束をめくり、宛名を書く。
読みかえせば、
飲みすぎに注意してくださいと、
ひと言添えているかたが多かった。
心配をよそに、巳の年も、
注意が足りませんでしたと申しわけがない。
それでも以前にくらべると、酔いのまわるのが、
ずいぶん早くなったと感じるようになっている。
酩酊しても、だらだら杯をかさねていたのが、
とりあえずのビールから、
日本酒に切りかえて二時間もすると、
もういっぱいです、と腰を上げることが増えた。
歳相応に内臓もよわくなり、ひとり身の栄養不足で、
体力も落ちているせいと思い当たるのだった。
酔って、いらぬことを言って、
あと味わるい飲み会もひとつふたつあった。
よわくなったのを幸いに、ひと様に迷惑かけぬよう、
酔ったらさっさと家路に着く。
こころがけたいことだった。
記憶をなくすのもあいかわらずのことで、
日曜日の夕方、仕事をしていたら、
馴染みの飲み屋の御主人と、
女性のスタッフが訪ねてきた。
おや、めずらしい、どうしたんですかと尋ねたら、
へっ?という顔をする。
先日外へ飲みに出たときに、
はしご酒にと店に顔をだした。
カウンターで酔いながら、
飲み会をやろうと約束をしていたのだった。
すっかり記憶が飛んでいて、
すみませんとほとほと恐縮のいたりになった。
こういうことがあるたびに、
そのときは覚えているんだけどなあと、
じくじくすることになる。
週末、友だちご飯に招かれた。
ふるい付き合いの友だちで、
ひとり身を気づかって、ときどき声をかけてくれる。
単身赴任で南の町で、
お医者相手の仕事をしている。
お医者はアクのある人が多いから、
気苦労が多い。帰省して、
奥さんとの憩いのひとときに交ぜてくれるのは、
ありがたいことだった。
用意してくれた南信の銘酒二本、
今錦と九郎右衛門を酌みながら、
順々に運ばれてくる,奥さんの料理を楽しんだ。
ふるい友だちに、年下の飲み仲間に、
今年も気の利いた台詞のひとつも言えず、
他愛のない酒を付き合わせてしまった。
感謝の気持ちで、師走の酒を注ぎたいのだった。
