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めがねを買って

2013年06月29日

 へこりと at 14:18  | Comments(2)
水無月 十三

最近、めがねをかけ始める友だちがふえてきた。
こまかい字が見えづらい、
そんな歳になっているのだった。
馴染みのバーのマスターも、
ひさしぶりに会ったら、めがねをかけていた。
免許の更新に出かけたら、
視力検査でおとされて必要になったという。
たしかにうす暗い店内で、
目をこらしてウイスキーを注いだり、
カクテルを作ったりの毎日は目によくない。
職業病ですねと合点がいった。
若いときは両目とも2,0で、
めがねをかけている友だちに
うらやましがられたものだった。
めがねが必要ない身は、逆にあこがれる。
かつての職場にいたときに、
丸いめがねが似合いそうといわれ、
向かいにあった和真でだてめがねを買って
ひとときかけていた。
まわりにはおおむね好評だったのに、
酔っぱらってどこかで落としてしまった。
パソコンを覗くようになってから、
視力もおちて疲れもひどい。
乾きがちで、
毎日、御岳目薬EXの世話になっている。
長くても一日三時間ほどで、
こんなに疲れるのだから、
仕事で一日中にらめっこをしているかたは
さぞやたいへんと思う。
そういう知り合いは、きまってみんな
肩こりがひどい。
パソコンから出る青い光が良くないと聞いて、
アマゾンで防ぐためのめがねを買った。
お手ごろ価格で好かったのに、
三ヶ月でこわれた。
このごろパソコンを開くと、
良いめがねがありますと微笑んでいる、
嵐の桜井君に会うことが多い。
それではと、このたびはその店から
買ってみた。
形もスリムで、
インターネット限定のカラーも好い。
駅前の東急にも店があるというから、
丸いめがねはありますか。
今度うかがうこととする。
視力回復の、レーシックの手術を受けた
飲み仲間の女の子がいる。
よりによって、
はるばるブラジルで受けたというから
おどろいたのだった。
東京でも大阪でもなく、なぜブラジルなのか。
わけを聞こうと思うのに、ついぞ忘れている。






  


宝塚そわそわ

2013年06月28日

 へこりと at 07:37  | Comments(0)
水無月 十二

母が電話をかけてきた。
助けておくれえというから、
何事かと思ったら、宝塚が来るという。
ホクト文化ホールで公演があると、
テレビで宣伝をしていた。
すぐに電話をかけたのに、
混雑していてつながらない。
インターネットで申し込んでくれとの
お願いなのだった。
切羽詰まった様子の用件はそれですか・・
気抜けしたままパソコンを開いて、
S席一枚予約した。
むかしから演劇が好きで、
先日は、前川清と藤山直美の芝居を観てきて
たいへんおもしろかったと話していた。
郵便局の積み立てをしていたときは、
招待の旅行で歌舞伎座へ行って、
猿之助よかったわあとほれぼれとしていた。
先日、法事で横浜の親戚宅へ行った次の日、
ご主人が、新装なった歌舞伎座を見に
連れて行ってくれた。
入口前で写真を撮って、
地下の土産売り場へ行ったら、
立ち並ぶ店のひとつひとつで
買い物をする喜びようで、
散財しすぎぬようにとはらはらした。
埼玉に母の妹が住んでいて、
出かけると、きまってふたりで宝塚劇場まで
観にいっていたから、
わざわざ長野に来るとなれば、
足を運ばないわけにはいかないのだった。
このたびの公演では宙組が来るという。
演目はうたかたの恋で、
ウィーンを舞台にした、悲恋の物語だという。
宙組を検索してみたら、
トップスターの凰稀かなめは、
りりしく美しく男らしい。
母にとって宝塚といえば、越路吹雪に
八千草薫、淡島千景に
朝丘雪路あたりがあこがれで、
現役の若い役者の名前など知る由もない。
それでもいまだ宝塚と聞くと
そわそわ気持ちがはずむのは、
八十歳をすぎても元気な証しと心づよい。
宝塚を卒業したあとに、
テレビや映画で活躍している女優さんもいる。
飲み屋へ行く道すがら、銀行前のバス停に
いつも金麦を持った檀れいが、微笑んで待っている。
宝塚なら、あなたひとりで充分ですと
通るたびに癒されているのだった。





  


あちこち不具合で

2013年06月27日

 へこりと at 08:26  | Comments(0)
水無月 十一

右の奥歯が欠けた。
以前治療したところが、ぽろりととれたのだった。
二十年ほど前に交通事故にあい、
あごの骨を折った。
手術をしたら噛みあわせがわるくなり、
それ以来、
食べ物を口にすると、右がわだけで噛んでいた。
その負担のせいかもしれなかった。
とくべつ痛みもなかったから放っておいたら、
しばらくして歯ぐきが腫れてきた。
欠けたところからばい菌でも入ったか。
考えてみれば、十五年ほど歯医者に行っていない。
かといって、
まめに手入れをしていたわけではないから、
診てもらえば、虫歯の数もひとつやふたつじゃ
すまないと察しがつく。
歯医者は、通いだせば日にちがかかる。
休日のたびに治療に行けば、
楽しみの蕎麦屋の昼酒もままならない。
しょんぼりとしていたら、
ある朝腫れがひいていた。
これ幸い、歯医者通いはまたということで。
あっさりと放棄した。
この頃になって風邪をひいた。
昼間気温があがっても、
まだ朝方は涼しい日がつづく。
酔っぱらっては、
毛布もかけずにパンツ一丁で寝ていたのが
よろしくなかった。
熱やだるさはないものの、
咳がとまらずのどが痛い。
おまけに前後して、
右目が真っ赤に充血した。
駅前の目医者で結膜炎と診断されて、
目薬ふたつ点すようにいわれる。
これまでもときどきあって、
きまって右目なのも不思議なことだった。
精神的や体力的に疲れたときに
かぎってのことで、
このたびの原因はとふり返れば、
連夜の飲み会疲れしか思い当たらず、
飲む量に体が追いつかない歳とわかり、
なさけない。
折りよく夕方の雨降りの日がつづく。
体調整うまではおとなしくしていようと、
ビール一本、日本酒三合、
軽めの晩酌を済ませたら、
早々に布団にもぐり込んでいる。
早寝をすると、体の調子は良いものの、
明け方にきまって変な夢を見る。
今朝は中尾彬が出てきて、よもぎ餅を食べていた。
意味がわからない。



  


一周忌に

2013年06月26日

 へこりと at 08:05  | Comments(0)
水無月 十

横浜へでかけた。
昨年亡くなった叔母さんの
一周忌があったのだった。
菩提寺の門をくぐり、
紫陽花の咲く庭をぬけて本堂へ入れば、
一年ぶりのお身内のかたがたと顔をあわせた。
ご住職と息子さん、
ふたりのお経を唱える声がひびく中、
順番にご焼香をして手をあわせる。
そのあとに、お墓へ行って塔婆を立てて、
もういちど手をあわせた。
お墓は、関東学院中学校の敷地のすぐ下にある。
毎日子供たちの元気な声が聞こえるのは、
にぎやか好きな叔母さんには好いことだった。
ご法要のあとのお斎は中華料理でと、
ひさしぶりに訪れた中華街は、
日曜日のひと出の多さでにぎわっている。
おおきな店のひと部屋で、
娘さん夫婦のあいさつのあと乾杯をした。
亡くなった叔母さんは、病院、施設、ドトールと、
馴染みの場所で、
馴染みの人と会うのが日課だった。
言葉に遠慮がなく、
誰かれかまわず言いたいことを
ずけずけ口に出す性格には、
娘さん夫婦もずいぶんふりまわされていた。
まあ、元気なばあさんだったと、
個性のつよい人柄に、
お斎の席の思い出話も盛りあがる。
叔母さんには孫娘がいて、
男の子三人のお母さんをしている。
この夏に四人目が生まれるといい、
こんどは女の子とわかっている。
叔母さんの生まれ変わりだねと、
同行した母がいえば、
娘さん夫婦そろって、そりゃ困るという顔をした。
おいしい料理のひとときは、
締めのチャーハンまでしっかり食べて
腹いっぱいでお開きとなった。
また来年三回忌で。
集まったかたがたとあいさつをして別れた。
夜、港の見えるホテルの店で
娘さん夫婦と打ち上げをした。
ひとつ区切りの行事を終えて、
二人の顔にもほっとした様子がうかがえた。
お疲れ様でしたと旦那さんと酌みあえば、
ベイブリッジの夜空に、
ぽっかりおおきな満月も顔を出す。



  


店をかまえていると

2013年06月22日

 へこりと at 16:55  | Comments(0)
水無月 九

今年も仕事場のうらに、
わんさかどくだみが咲いた。
清楚な風情が好きだから、
抜いて飾ってある。
毎日髪を切って暮らしている。
祖母が昭和のはじめに開いた店だった。
母のあとを継いで三代目。
三代目はごくつぶしという言葉を聞いたことがある。
まったくです。おおきくうなづきたい。
老若男女、常連のかたがたを相手に
日々の飲み代を稼がせていただいている。
古い町での商いだから、ながらく通ってくださる、
お年寄りのお客さんもいる。
髪を切りながらのひとときに、
年上のかたがたの在りっぷりを見せていただいて、
良きにつけ悪しきにつけ、
歳の重ねかたを学ばせてもらうのは
ありがたいことだった。
ときどき意表をついたお客さんが
やってくることもある。
先日はじめて訪ねてきたおばさんは、
椅子に座るなり、千円負けろと値切ってきた。
私は他の人より髪がすくないからというものの、
どう見ても、歳のわりには量が多かった。
店に入るなり、ここは気がわるいといって、
お経を唱えながら歩きまわったおばあさんもいた。
あやしい水を売りつけられそうになったり、
宗教に入れと、しつこくせがまれたこともあった。
自宅で髪を染めてきて、シャンプーだけしてくれと
髪をべったりさせたまま訪ねてきたおばさんもいる。
その頭で町なかを歩いてきたのかとびびった。
場末のちいさな仕事場にいても、
世の中いろんなかたがいると、
よくよくわかるのだった。
ひさしぶりに近所の九十八歳のおばあさんが
髪を切りに来てくれた。
祖母の代からのお客さんで、
さすがにその歳になり、目も見えなくなって
足もともおぼつかない。
こちらからうかがいますといっても、
ここへ来れば気分転換になるからと
いつも息子さんの車やタクシーに乗ってやってくる。
ありがたいことと思う。

  


心のこりをかかえて

2013年06月21日

 へこりと at 12:34  | Comments(0)
水無月 八

六月も後半になるというのに
いまだ、神社の木々でうぐいすが鳴いている。
梅雨どきの銀灰色の空にひびく鳴き声は
なにやらせつない気持ちになる。
ひさしぶりの、中学校の同級生が訪ねてきた。
顔を会わすのは、
昨年の秋の同級会以来のことだった。
お母さんがあぶないのだという。
何年か前に頭の調子がわるくなり、
ずっと施設に入っていた。
体力の衰えがひどくなり、
意識もはっきりしなくなってきた。
面倒をみている妹さんから連絡があって
とんできたという。
病院へ直行したら
まだ大丈夫だったというものの、
しばらくは、気持ちの落ちつかない日がつづく。
中学生のときから頭のいい人だった。
長野市でいちばんの高校を卒業してから
京都の大学へとすすんだ。
手紙のやりとりをしていたときがあり、
多いときで八十枚、すくないときでも三十枚、
便箋にびっしり書いてくるから、読んでいるうちに
最初に書いてあったことをわすれて、
行きつ戻りつ苦労して読んで、返事を書いていた。
そのまま素直に往けば、
すんなり学校の先生におさまったのに、
頭の回転はやくいろんなことを求めすぎ、
大学を中退したあとは、
大きな会社で働いたり、家庭教師を掛け持ったり、
今は千葉の街で予備校の先生をしている。
東大進学をめざす高校生を相手に
全部の科目を教えているといい、
受験生の延長のような毎日をくり返して
こんな歳になってしまったというから、
学生時代に習ったことをすべて忘れた身は
いやいやそれも才能あってのことと感心した。
あちこち寄り道をしてここまで来てしまい、
母が元気なうちに結婚して、
孫の顔でも見せてあげられたらよかった。
しつけがきびしいおかげで子供のときは
いやだった思い出も、
あの頃はああだった、こうだったと
笑って話せることもなく、看取るのは
心残りなことという。おそい思いにじくじくとなる、
そんな歳になっているのだった。

  


癒しの呑みで

2013年06月19日

 へこりと at 11:24  | Comments(2)
水無月 七

この頃になり、ようやく梅雨らしい天気になった。
畑仕事をしている知り合いが
口々に雨がすくなくてとこぼしていた。
降る雨に、作物の育ちも持ち直すかと
気をむけた。
今年も友だちが、梅の実を持ってきてくれた。
庭の木が実をつけると、
毎年持ってきてくれるのだった。
三河の本みりんを買ってきて、梅酒をふた瓶、
仕込んで流し台の下にしまい込む。
冷蔵庫では昨年の梅酒を冷やしてある。
暑い日は、ソーダで割っていただけば
さわやかな酸味がのどを潤してくれて好い。
同業の友だち家族と宴をした。
料理と酒を持ちこんで、我が家で一献酌み交わす。
ひと組の友だちは、男の子がふたり、
大きくなるにつれ子供なりきの悩みも出る。
話を聞けば、そのぶんまわりの大人の在りかたを
よく見ていると感じられ、気苦労があるのだった。
もうひと組の友だち夫婦は、
最近男の子の親になったばかりだった。
生後二ヵ月半、初お披露目の赤ちゃんは
無垢な姿がまっすぐに染みこんできて
ちょいと胸がつんとなる。
無事の成長を願わずにはいられない。
ビール六本、シャンパン一本、白ワイン三本に
赤ワイン二本、日本酒はどれだけ酌んだのか。
あきらかに飲みすぎても、
ずいぶん癒されたひとときだった。
ひさしぶりの人が訪ねてきた。
黒姫山のふもとから二年ぶりに来てくれた。
高校を卒業して、
勤めはじめたときに知りあった。
あれから二十年、今年三十八歳になるといい、
こちらも歳をとるわけと、月日がはやい。
男の子三人のお母さんをしていて、
子供たちは元気ですかと尋ねたら、
この春に小学校へ上がった次男坊が
学校へ行きたがらなくてと
困った顔をする。
えくぼのできるあどけない笑顔は
昔のままなのに、
家庭を支えるお母さんの雰囲気が
きちんと感じられた。
馴染みあるかたがたの行く末を眺めながら
酌めるのも、
人の縁にめぐまれたあたたかさがあって
好いものなのだった。





  


缶ひとつでも

2013年06月18日

 へこりと at 16:40  | Comments(2)
水無月 六

市民新聞を見ていたら、
七味唐辛子でおなじみの八幡屋磯五郎が、
小川村が舞台の漫画とコラボレーションして
とくべつな七味缶を出すと載っていた。
この店は、ときどきこうして限定の商品を出している。
買いに行こうと思いながら、
たいていいつもわすれている。
飲食店を営んでいる知り合いがいる。
ある日のこと、四人連れのお客がやってきた。
二階の席で飲み食いして、帰ったあとに見たら
各テーブルに置いてあった七味唐辛子の缶が
そっくりなくなっていたという。
注文するときの態度も横柄で、
ほんとにしゃくにさわるとこぼすから
気の毒になった。
会計のときに領収書をきっていた。
だれでも知っている、
有名な高級店のかたがただった。
高級な品物を売っているのに
七味の缶をくすねたり、会社の経費で飲み食いしたり
行いがなんとも高級じゃない。
酔った上での非礼は我が身にも覚えがあって、
思い出すとはずかしい。
馴染みの飲み屋へ行ったとき、
酒造りをしているお蔵さんの集まりに
交ぜてもらったことがある。
かねてより口に合わない銘柄のお蔵さんに
酩酊したいきおいで
なんであんなに不味い酒を造っているのかと
文句をいってしまった。
ぜんぜん記憶になく、
後日店のご主人に教えられ、背中に汗がながれた。
おなじ飲み屋でふたたび顔をあわせたとき、
ほんとに失礼なことをと頭をさげたら、
いやいや私も酔っていて覚えていないと
返してきたのは
ふところの深い気遣いだったかと思う。
歳をかさねるとがまんが利かず、
つい我がおもてに出る。
よくよくわきまえなくてはいけないのだった。
近所の蕎麦屋さんの話を聞いていても、
七味の缶はしばしばなくなるという。
はるばる善光寺まで来て、
旅の恥は掻き捨ての行為はいかがなものか。
お参りをしてもそれではご利益どころか罰が当たる。
ひと缶三百六十円。
千円出せば三つ買える。
善光寺門前、本店や土産物屋で
買ってもらいたいのだった。



  


野菜できれいに

2013年06月13日

 へこりと at 08:35  | Comments(0)
水無月 五

このところ背中に張りがある。
整体院でマッサージをしてもらったら、
押されるところどころに痛みがあって
相当に疲れている。
原因はあきらかで、まちがっても
仕事で働きすぎたせいではない。
連夜の飲み会で胃腸と肝臓に
負担をかけていた。
背中のつぼに出ているのだった。
なかなか会えない友だちが、
ひさしぶりに長い休みがとれたというから、
この機会にと、
つづけざまに三回飲み会をした。
ゴールデンウィークの連休をずらして
帰省してきた友だちとの飲み会があり、
毎月定例の飲み会もあった。
連日連夜の深酒で、体に無理をかけていた。
もともと胃腸が丈夫なほうではない。
歳をかさねて働きも衰えているというのに
飲み屋のカウンターでメニューをひらけば
日ごろの粗食の反動で食べすぎる。
外飲みの翌朝は、
たいてい胃もたれで苦しんでいるのは
なさけないことだった。
日曜日の夕方、
仕事を終えて馴染みのおでん屋へ出向いた。
黒ラベルの栓を抜き見上げたら、
セルバチコサラダ 300-
あたらしいメニューが載っていた。
若旦那の同級生がハーブを栽培していて、
このごろ卸してくれたのだった。
滋賀の日本酒モンスーンを酌みながら
つまんだら、
しっかりとした味が、酒の厚みにひけをとらず
これだけで杯をかさねられる。
さっぱりとした旨さは疲れた胃腸にもやさしい。
土の幸にめぐまれるのは、
上等の肉や魚を口にするのとおなじぜいたくと
あらためてわかる。
夏になると、土いじりをしているかたがたから
野菜をもらうことが多くなる。
きゅうり、なす、ピーマン、トマト、枝豆、
あたりまえのようにもらっていたのも
よくよく思えばありがたいことだった。
馴染みのお蔵さんの夏酒も
ぼちぼち出揃ってきた。
胃持ちをかるく、
さくさくかじって酌みたい気分になってくる。
酒を岩清水に切りかえて、
セルバチコのお代わりをする。
旨い緑のものを食べていると
体がきれいになる気がするのは、
呑み助の都合のいい勘違いかもしれない。
酒の量を減らしたほうが、
よほど体も心もきれいになると
あちこちから突っ込まれそうなのだった。




  


ご縁の手助けは

2013年06月08日

 へこりと at 17:32  | Comments(2)
水無月 四

実家に行ったら、母に封筒をわたされた。
中身を見たら、結婚相談所のパンフレットが
入っている。
先日電話がかかってきたという。
独身の子供さんがいたらお世話をさせてくださいと、
とても感じのいいしゃべり口だったから
パンフレットを送ってもらったという。
ひとりでのんきに暮らす姿を見ていると、
おまえの行く末が案じられてしょうがないという。
若いときから親に心配ばかりさせてと
説教がはじまったから、
はいはいすみませんと、さっさと逃げてきた。
パンフレットを開いてみたら、
人生の最良のパートナーとなるお二人の
出会いの機会をお作りすることが
私たちのなによりの願いです。
ありがたい言葉が書いてある。
入会を申し込んだら、カウンセリングをして、
お見合いをして、交際をして、ご成婚。
入会資格として、
独身で内縁関係がない方。
身体的、精神的に健全な方。
一定の職業につき、安定収入のある方。
刑事、民事事件で係争中でない方。
とある。
ひとり身で内縁関係はないからそれはいい。
身体は健全かというと、
まちがいなく肝臓をやられている。
酔うたび記憶をなくしているから、
脳みその調子もなかなかあやしい。
一定の職業にはついている。
しかし収入が安定しているかといえば、
飲み屋での散財ばかりで、まことに心もとない。
事件には関わってはいないものの、
友だち知人家族には、
罰をうけても仕方ないほどの、多大な迷惑を
かけてきた。
そんな身柄が入会しては、
世話するかたにもされるかたにも申しわけがない。
人生最良のパートナーは、一升瓶で好しとして。
すんなりあきらめた。
パンフレットは、ただいま花嫁募集中の
蕎麦屋のよういちろうさんに差し上げることとする。




  


家も外も好く

2013年06月06日

 へこりと at 12:28  | Comments(0)
水無月 三

きらくさんへ飲みに出かけたら、
入れ込みの壁に,
ジョッキをかかげる蒼井優のポスターが
貼ってあった。
これ、くれ。まよわず御主人にお願いしたら
後日バイクに乗って届けてくれた。
晩酌のたびに、
蒼井優と向きあって一番絞りが飲めるのは
たいそうしあわせなことだった。
テレビのドラマを見ないのに、気に入りの女優さんは
何人かいる。
原田知世に和久井映見、檀れいに田畑智子、
そのかたたちのポスターを貼ったなら、
毎晩の晩酌に癒されて外へ飲みに行かなくなる。
それでは馴染みの飲み屋に申しわけがないと、
蒼井優一枚でがまんをする。
介護施設に勤めている知り合いがいる。
料理に覚えのあるかたで、
厨房で利用者さんの食事を作っている。
長い間飲み屋を営んでいた人だった。
職が変わってから、すっかり生活のリズムが
真逆になったという。
店じまいをして、深夜まで深酒をしていたのが、
朝四時起床の夕方五時帰宅。
晩酌をして、夜の九時には布団にもぐりこんでいる。
空の明るいうちからのんびりと酌めるのは、
なんともぜいたくな気分になれるというから、
いや、まったくとうなづいた。
入梅しても雨がすくなく、
暑い日がつづきビールが旨い。
来週あたりは降るのだろうか。
雨降りのすこし冷える日は、
濡れる緑をながめながら、湯豆腐でぬるめの燗も好い。
定期購読しているダンチュウの、
今月の特集は居酒屋だった。
東京の老舗の店に若手のかたのあたらしい店、
旨そうな肴とあちこちの地酒の写真に
おもわず朝からそそられた。
昨年、東京の名の知れた居酒屋に
おじゃましたときに、
ふだん世話になっている地元の店の好さに
あらためて思い至ったことがある。
今宵の酒は家ですごそうか、それとも
いつものカウンターをめざそうか。
夕方になると、
毎日そのことばかりでなやんでいる。


  


取材していただいて

2013年06月04日

 へこりと at 16:57  | Comments(2)
水無月 二

このところ道を聞かれることが多い。
近所に和菓子屋さんが出来た。
鯛焼きならぬ鯉焼きは、
新聞やテレビで取りあげられて
はるばる買いに来る人がつづいている。
そのバス停を上にあがって、T字路の角です。
そのたび答えている。
天気の良い日曜日、
道を尋ねたいのですがと女のかたが
やってきた。
鯉焼きの店ならと言いかけたら、
ちがうという。
本屋をさがしているのだった。
近所に絵本を売る店が出来た。
古いアパートの、一階の空きスペースに
女性二人が始めた店だった。
すこし前に新聞で紹介されていて
訪ねてきたという。
乗ってきた自転車の荷台には、
子供用の椅子が付いて、ちいさなお子さんが
いるとわかる。
バス停を下って、
信号を左に曲がってすぐですと教えてあげた。
一週間たったあと、
そのかたから電話をいただいた。
じつはケーブルテレビに勤めているという。
先日おじゃましたときに、仕事場の様子がよかったから、
取材をさせてくれとのお願いなのだった。
こんな目立たないところを取りあげてくれるのは
なによりのこと。
ふたつ返事で引き受けた。
仕事場では、
骨董品を扱う知り合いに借りた
大正時代のガラスケースに
祖母の和櫛や煙管、かき氷の器に
父の使っていたカメラを飾ってある。
大正時代のランプをつるし、
ミシンをオブジェに置いて、
祖母が買った、昭和のはじめの柱時計が
かちこち動いている。
古い道具のつくりだすおもむきに
目を留めていただいたのだった。
取材当日、手際よくカメラをまわしながら
古い道具を飾ろうと思ったきっかけや、
訪ねてきたかたの反応について尋ねられた。
今夜のニュースで放送しますと教えられ、
ケーブルテレビ、契約していないんですといえば、
後日DVDにして持ってきてくれるといい
ありがたい。
これまでも訪ねてきたかたに、
仕事場の雰囲気をほめられたことは
ときどきあった。
肝心の、
仕事の腕前をほめられたことがないのは
こまったことだった。



  


男の子の扱いに

2013年06月01日

 へこりと at 16:25  | Comments(0)
水無月 一

ときどき絵を描いている。
子供のころからのことで、
よく広告のうらにまんがを描いては
楽しんでいた。
訪ねてきたかたが
仕事場に飾ってある絵を眺め、
うちの子に絵を教えてくれませんかという。
子供三人のお母さんをしているかただった。
中学二年生になる息子は、美術部に
入っているという。
ところがおそろしく絵が下手で、
上手に描きたいと思っても、その術が
わからない。
先日もりんごの写生をしようとして手が動かず、
二時間、りんごの前で座ったままだったという。
しまいには、こちらに八つ当たりをしてくる
始末で、
怒ったり泣いたりわめいたり、
扱いが面倒でとこぼすのだった。
中学生のころを振りかえれば、
たしかになあと思いあたる。
すね毛が濃い、テストの結果がわるかった、
部活で活躍できない。
些細なことが日々の大問題になっていた。
世話をやく親の言うことにもいちいち反抗していた、
そんな年頃だったと思い出す。
絵は、描く人の個性が出ればそれでよい。
そんな台詞も今だから言える。
まわりに良いところを見せたいと
プライドがうずきだす、思春期真っ盛りの
子供には、
絵が思うように描けないことも、胸いっぱいの
苦しみごとなのだった。
朝夕、仕事場の前の路地を
お母さんといっしょに歩いてゆく男の子がいる。
保育園の行き帰り、
お母さんと楽しそうに話をして行く姿を眺めれば、
お母さんのこと大好きなんだねと伝わってきて
ほほえましい。
ちいさいときはかわいいのにねえといえば、
ほんとにねえとため息がかえってくるのだった。
おなじように男の子のお父さんをしていた
ときがある。
五歳のときに離婚して、
はるばる十六年ぶりに再会をしたら、
ひげをはやして体が横におおきくなって、
昔のかわいい面影はどこにいったのだと
おもわず口に出そうになった。
お父さんの男ぶりの良さを分けてあげられず
息子には申しわけのないことをした。