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丑の年に

2021年12月30日

 へこりと at 11:29  | Comments(0)

師走 9

早朝、雪かきの音に起こされた。
カーテンをあけて覗いてみると、
こんこんと降っていて、となりの湯本さんが、
せっせと路地の雪をかいている。
着替えて上着を着て、外へ出た。
幸い、それほどの積雪でもなく、
ちょこちょこっとかいて済んだ。
明日の大みそかは大雪になるというから、
どうか予報が外れるようにと空を見上げた。
氏神さんにお参りをして、境内を抜けていくと、
岩崎さんちのはるや君が雪かきをしている。
おはようございますと声をかければ、
ずいぶん見かけない間に、
すっかり立派な若者になっている。
若い人の成長ぶりが、まぶしく感じられる、
もうそんなじじいなのだった。
万佳亭の前をすぎていくと、向こうから、
ほっほっほっと黒の柴犬に引っ張られて、
おばさんが走ってきた。
犬はよろこび駆けまわり、おばさんは、
足が追い付かなくて、転びそうで心配になる。
善光寺へ行くと、観光客がぽつぽつ
お参りに来ている。人出が戻ってきているから、
明日の二年参りも混むかもしれない。
境内には、
間隔をあけてお並びくださいの掲示板が、
早々に出ていた。
今年は新緑のころに相次いで、
世話になっていたかたを見送った。
無駄遣いをしないこと、はしご酒をしないこと、
年初めにたてた決まりは、成すことがなく、
そのまま来年へ持ち越しとなってなさけない。
年明けて桜の咲くころに、満六十歳になる。
金がないから、死ぬまで働かなくては
いけないけれど、
暮らしぶり、気持ちぶりを簡素にして、
つましい生活を心がけたい。
コロナ禍で会えなくなった人がいる中、
それでも身近なかたがたに支えてもらったことと
思い出す。
我が身の幸せより、身近なみんなの幸せを
祈って暮らしたい。
寅の春。笑顔で迎えられますように。
一年間、ありがとうございました。



  


寒さが増して

2021年12月28日

 へこりと at 11:32  | Comments(0)
師走 8

所用があって上田へ出かけた。
私事で、御足労をかけたかたがいたのだった。
コロナ禍で遠出がままならない中、
今年は、気に入りの上田の町ばかりを訪ねていた。
ことさらに寒い日で、まずは燗酒と熱い蕎麦で
体を温めて。
駅を出て、駅前の東都庵へ行ったら、
あいにくただいま満席でとふられた。
さてどうしようかと思案したら、
以前、上田に暮らす友だちが連れて行ってくれた、
塩田屋を思い出す。
蕎麦も旨かったし、店のかたの愛想も好かった。
坂を上がって暖簾をくぐったら、
折よく昼の混雑がすぎた後だった。
ビールときのこおろしを頼んだら、お通しに、
小皿にのったおからとひたし豆と
エビチリが付いてきた。
これだけでつまみはじゅうぶんと、ゆっくりのどを
潤した。
燗酒を頼んだら、またまた野沢菜とたくあんと
醤油豆が添えられてきて、気前が良いのだった。
白髪のおばあさんと娘さんのにこにことした接客も、
ほのぼのと気持ちが温かくなる。
中休みなく、夕方まで通しでやっているというから、
のんびり昼酒のひとときがすごせる。
出汁のきいたかけ蕎麦で、腹を満たして、
また伺いますと店を出た。
寒くても、こざっぱりと晴れた日で、
清々とした空気が心地よい。
御足労をかけたかたに、菓子折りを渡して
お礼を述べて、さて、どうしようかと、
あてもなく町なかをうろつく。
ひと気のない細道を抜けていくと、
信州大学繊維学部の校舎の前に出た。
塀に沿って歩いていくと、もう正月の飾りを
玄関に掛けてあるちいさなお宅があった。
その先の角には、二階の物干し台に、
ずらっと股引きを干してある古いお宅があった。
銭湯、宮桜の湯の入り口には、
元日レモン風呂の貼り紙があり、
近所のじいさんばあさんは、新年早々、
すっきりさわやかな湯に浸れてうらやましい。
清明小学校の前をすぎていくと、しんとして、
子供の気配がない。
冬休みはどうすごすのかな。
ここに通うちいさな友だちを思い出す。
夕方どきになって、風も冷たさを増してきた。
駅前に戻ったら、早々に幸村に暖簾が出ていた。
カウンターのはしっこに落ちついて、
すみやかに、
麦焼酎のお湯割りをお願いしたのだった。




  


お金を盗られて

2021年12月24日

 へこりと at 10:59  | Comments(0)
師走 7

じくじくと思い出しては、ため息を
ついている。
日々、お客さん相手の仕事をしている。
冬はじめの日、
午後いちばんに訪ねてきたかたがいた。
作業を終えて、頂いたお札を机に置いて、
釣銭を渡して、ありがとうございましたと
見送った。
片づけをしていたら、
ほどなくそこへ友だちが訪ねてきた。
机の上のお札のことをポッと忘れて、
そのまま作業をしてから、
お茶を飲みつつ、十分ほど世間話をして
またねと見送った。
湯飲み茶わんを持って机の前を通って、
ふと思い出す。
・・さっき、お札を置いたよな。
影も形も見当たらないのだった。
どこかに落ちたかと、机のまわりを探しても
見つからない。
レジに入れたっけと、確かめても入っていない。
なにかの勘ちがいかと、
その日の釣銭の出し入れと、
売り上げを照らし合わせたら、やはり一万円
足りないのだった。
お客さんにお札を頂いてから、友だちが
入ってくるまで、
一歩も仕事場を離れていない。
唯一離れたのは、友だちにお茶を出すために、
奥の台所へ行ったときだけだった。
疑いたくはないけれど、やられたか・・
今しがた帰ったばかりの、友だちの顔が浮かんだ。
客商売をしていても、頻繫に人が出入りする
わけではない。
午前にぽつ、午後にぽつ。
その程度の流れの中でおかしなことがあれば、
すぐに見当がつく。
魔がさしたのか、金に困っていたのか。
金がないのはこちらも一緒なんだけどなあ・・
お札をすぐに、レジに入れなかったのも
いけなかった。そうはいっても、
見知らぬ他人に盗られたならまだしも、
古い付きあいなのに盗っていくかなあ・・
疑いたくはないけれど、それしかつじつまが
合わないと考え込んでしまった。
なんだかなあと、金額うんぬんではなくて、
悲しい気持ちになってしまった。
それでも、友だちを疑うのは気持ちの
好いことではない。
やはりこちらの思いちがいではと、
ときどきいまでも探してしまうけれど、
見つからないのだった。
人付きあいは思いがけないことがあると、
思って迎える年の瀬だった。








  


クラフトビールを飲んで

2021年12月22日

 へこりと at 12:24  | Comments(2)
師走 6

先だって、友だちから、
善光寺門前にクラフトビールの蒸留所が
オープンしたと教えてもらった。
場所は、中央通りの蕎麦屋、藤木庵の横の
路地を入ったところという。
休日、蕎麦屋の昼酒の帰りに
寄ってみたのだった。
路地を進んでいくと、ちいさな土蔵を改装した、
マリカブルーイングさんがあった。
一階が蒸留所で、二階がカフェになっていて、
醸留機の設置はまだこれからだった。
営むのは、伊東大記さん春菜さんご夫妻で、
一昨年の長沼の、台風被害のボランティア活動を
きっかけに、長野で暮らすことにしたという。
以前からクラフトビールが大好きで、
いつか自身で造ってみたいと思っていた。
現在は、ほかのメーカーのビールを提供していて、
春ごろから、
一階の醸留所で造る予定とのことだった。
カフェでは、長沼のりんごを使ったビールも有って、
今でも支援をつづけているのだった。
長野市では、駅前の二線路通りにも蒸留所が
できて、
まもなく中央通りの真ん中あたりにも、
できる予定という。
調べてみたら、クラフトビールのちいさな蒸留所は、
全国で500あまり在るといい、長野県だけでも
22件の蒸留所が、自社製造をしている。
最近コンビニでも、
いろんなクラフトビールを売っている。
店長をしている友だちは、
こんなくせのあるビール、売れるのかなあと
いぶかしんでいたら、
思いのほか売れ行きが好くておどろいたと
言っていた。
ずいぶん昔、長野市のラーメン屋が、
信濃町の黒姫高原の林の中に、蒸留所を
開いたことがあった。
旨い味だったのに、繁盛しなかったのか、
いつのまにか閉鎖になっていた。
今だったらもっと売れたかもしれない。
早すぎた挑戦だったかと思い出した。
まず日本酒が名を馳せて、次にワインが名を馳せて、
ビールも個性のある味が増えて、
まこと長野は好い処なのだった。






  


冷えこみ増して

2021年12月19日

 へこりと at 12:26  | Comments(0)

師走 5

土曜日、善光寺を光で飾る催しが始まった。
昨年に続いての企画で、
仕事を終えてぶらぶら歩いていくと、
仲見世から本堂へ、たくさんの見物客が
歩いている。
山門の左手には、昨年同様、台風19号で被災した
復興ピアノが置かれ、だれでも弾いてよいという。
初日のこの日は、キロロの金城綾乃さんが
来てくださり、きれいな歌声を披露していた。
東日本大震災からよみがえったピアノを唄った
「奇跡のピアノ」は、まさにこの日の
復興ピアノにもふさわしい、気持ちの温まる曲だった。
聞き終えて仲見世を下りていけば、
仁王門の仁王さんも光に照らされて、
より迫力がある。ふりかえれば、中央通りの並木の
イルミネーションの向こうから、
ぞくぞく人が上がってくる。
再び仲見世を抜けていけば、大仏さんの背後の空に、
満月が冴えていた。
善光寺を照らし出す、さまざまな光の模様を眺めて、
山門を抜けていくと、復興ピアノではおじいちゃんと
孫の女の子が、並んでサザエさんを弾きだして、
おさかなくわえたどらねこお~おっかけて~と、
ほのぼのとした気分で帰宅した。
冷えた体をひと風呂浴びて温めて、茶の間で
ビールを飲んでいれば、地附山からテンポよく
花火が上がりだす。
冷え澄んだ夜空に上がる彩りに、
より冬の静けさが伝わってくるのだった。
翌朝、この冬いちばんの寒さの中、
いつもより二時間おそく散歩に出れば、
道がつるつるで歩きづらい。
城山小学校の大木からカラスが群れ飛んで、
寒い中、カラスはなに思うと眺めた。
滑ってころばぬように町をひとまわり。
冷たい空気の中、彼方の山並みの稜線も
よりくっきりと切れている。
年の瀬に向けて、いよいよ寒さもきつくなるのだった。





  


地震がこわくて

2021年12月16日

 へこりと at 13:26  | Comments(0)
師走 4

日曜日になると、「日本沈没ー希望の人ー」を
観ていた。
小松左京原作の物語で、小学生の頃、
話題になっていた覚えがあるものの、
これまで読んだことはない。
15年ほど前に、草薙剛が主役の
映画を観たことがある。
限られた上映時間の制作とはいえ、
内容の貧弱なおそまつな作品だった。
レスキュー隊員役の、柴咲コウがきれいだったと、
それしか印象がなく、
久しぶりに1800円を無駄にしたと思ったのだった。
このたびは、毎週どうなることかと楽しく観ていた。
小栗旬、松山ケンイチもかっこよかったし、
石橋蓮司は、ぐっと画面が引き締まる。
地震研究科、田所博士役の香川照之が
ことに好かったなあ。
怒鳴り声やらせかせかした歩きかたやら、
思う存分、アクのある博士の個性を出していた。
ときどき、田所博士が研究室でうな重を
食う場面があった。
旨そうに食べる姿を観るたびに、
そそられていたのだった。
日本が沈没するとは思わないが、
このところあちこちで、ちいさな地震が起きている。
毎年おおきな災害がどこかで発生して、
犠牲になるかたがいて切ない。
阪神淡路大震災や東日本大震災のような
とてつもない災害が起こらないでと
願ってしまうのだった。
番組の中では、日本沈没に備えて、
国民があちこちの外国へ、移住する場面が出た。
実際に沈没するとしたらどうするかなあと、
ちょいと思いめぐらした。
いちども外国へ行ったことがないからパスポートも
持っていない。
スマホに翻訳アプリは入っているけれど、
言葉が通じないのは不便だし。
なにより、大好きな銘柄の日本酒が
飲めなくなるではないか。
それはじつに耐えられない。
元来ものぐさな身で、歳をかさねて、
年々拍車がかかっている。
酔いつぶれている間に沈没して、
われ知らず、海の底で成仏するのが
我が身らしいと落ちついたのだった。






  


思うこと

2021年12月09日

 へこりと at 13:36  | Comments(0)

師走 2

寒さがきびしくなって、朝、なかなか布団から出られない。
日課になっている散歩も1時間ほどおそく、
もそもそと始めている始末だった。
時間がずれると、朝の景色も変わる。
今朝は東に向かって歩いていくと、
柳町の五差路の交番の前に、おまわりさんが立っていた。
おはようございますと声をかけたら、まだ若いかただった。
爽やかなおおきな声で、あいさつを返してくれて、
清々と気分が好い。
そのまま進んでいくと、背中にカバンを背負った
中学生たちが歩いている。
この辺から行くとすれば、いちばん近いのは
桜ケ岡中学校だな。
それでもけっこう距離があるよなあ。
えらいぞと感心しながら眺めた。
すこし前、愛知の中学校で、男の子が
友だちを刺し殺すという事件があった。
小学校中学校高校、子供のとき、
そのときどきにきらいな人はいた。
むかつくことをされて、腹を立てたこともあった。
歳をかさねた今でも、思い出すだけで気分のわるくなる
知人がいる。
それでもどんなに嫌いでも、殺そうとは思わないなあと、
ニュースを観て、暗い気持ちになったのだった。
どういう育ちかたをすれば、友だちを刺すという
発想ができるのか。
加害者被害者の親や、おなじ学校の子供たちは、
どんな気持ちでいるのだろうか。
学校へむかう子供たちのうしろ姿を見て、
思い出してしまった。
ヤフーやグーグルのニュースを覗いていれば、
よくもまあ飽きずに、毎日いろんな事故や事件が
起きている。
観ていると、気分がげんなりしてくるから、
最近はもう覗くのをやめてしまった。
ただでさえ、コロナのせいでげんなりしているのに、
輪をかけてげんなりしていては、
穏やかにこの年を終えられないのだった。
年の瀬が近づくというのに、そんな実感もわかない、
あっさりとした師走の日々を過ごしている。







  


鬼平犯科帳を

2021年12月05日

 へこりと at 10:30  | Comments(0)
師走 1

近所に住んでいるおばあさんがいる。
先日訪ねてきたときに、
テレビの話題が出た。この頃は、
なにを観てもつまらないという。
若いタレントの顔も名前も覚えられず、
やたらと騒がしい番組ばかりで、
いやになるというのだった。
夕方になると、
BS放送で、もっぱら時代劇を観るのが
楽しみという。
特に中村吉右衛門主演の、鬼平犯科帳が
好きだという。
おなじく鬼平ファンの身は、わかりますと、
おおいに頷いた。
主役の吉右衛門はもちろんのこと、
わきをかためるかたがたが好い。
女房役の多岐川裕美に、同心役の、高橋悦史に
勝野洋に尾美としのりに真田健一郎。
密偵役の、江戸家猫八に蟹江敬三に綿引勝彦に
三浦浩一に梶芽衣子。
軍鶏鍋屋の主人の藤巻潤に、茶店のばあさん役の
北林谷栄。
そろいもそろって味がある。
鬼平を観ているだけで、酒三合はいけるのだった。
再放送を何度観ても飽きることがない。
鬼平の、家族や仲間に向ける温かな心持ちが
伝わってくるかと思えば、
極悪非道な盗賊を切り倒すさまは、
観ているこちらがビビるほどの迫力がある。
鬼平役はそのほかに、丹波哲郎と
萬屋錦之助も演じていたけれど、
やっぱり吉右衛門だよなあと思っている。
初代の鬼平役は吉右衛門の父君の
松本幸四郎で、原作者の池波正太郎直々の
ご指名だったという。
父君の鬼平はまだ観たことがない。
機会があればと待っているのだった。
池波正太郎の原作も、ときどき読み返している。
人への気遣いや礼儀のこまやかな描写は、
下手な指南書を読むよりは、よほど日々の気立ての
ためになる。
つい先日の朝刊に、中村吉右衛門の訃報の記事が
載っていた。
お亡くなりになったのかあと、寂しい気持ちに
なってしまった。
鬼平、楽しませていただきました。
ご冥福をお祈りしたい。



  


霧の朝に

2021年12月02日

 へこりと at 13:57  | Comments(0)
師走 1

早朝、いつものように散歩に出たら、
町が霧に包まれている。
ぼやけた景色の中を歩いていくと、
空気がそうとうに冷たい。
マスクを忘れて歩いていたら、
顔にピリピリ冷気がささる。
桜枝町の通りを進んでいくと、赤いランプを
点滅させたロードバイクが追い抜いていった。
あれは近所に住んでいる、
自転車好きのけんいちさんかな。
寒くないのかねえと感心しながら見送った。
新諏訪町の住宅街を抜けて、
裾花川沿いの砂利道を歩いていくと、
霧がますます深くなる。
体もすこしも温まらず、手袋をしていても、
指がかじかんでくる。
相生橋を渡って土手を進んでいくと、
霧の中を、しなの鉄道の電車が走っていった。
とても絵になる景色だったのに、
残念ながら写真を撮りそこねた。
写真を撮るのが好きでも、シャッターチャンスを
じっくり待つような、撮り鉄の根気はないのだった。
ヘッドライトをつけた車が、対岸の土手をゆるやかに
走っていく。
土手沿いの家々も裾花小学校の校舎も、
立ち並ぶ木々も、しずかに霧に包まれていた。
裾花橋を渡って折り返し、
県庁の前をすぎる頃に、ようやく青空が見えてきた。
中央通りを上がって、善光寺の大本願に
お参りをして、石畳の仲見世をすぎて、
本堂でお参りをする。
およそ9キロの道のりを歩いて、いくらか
体は温まったものの、
手は冷たいままで、家に着いても、
玄関の鍵がうまく回せない。
通り過ぎていく女子高生に、
すみません、鍵開けてもらえますと
お願いしたくなった。
両手を使ってようやく開けて、すぐにいお湯を出して
手を温めた。
まだ師走が始まったばかり。
歳をかさねるにつれ、寒い暮らしが億劫に
なっている。
この冬が思いやられるのだった。