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今年の終わりに

2023年12月28日

 へこりと at 08:55  | Comments(2)

師走 8

久しぶりに風邪を引いた。
いつもなら解熱剤を飲んで早めに寝れば、
翌朝には治っているのに、
このたびは微熱が下がらず咳もひどく、
ずるずると一週間も引きずってしまった。
おまけに翌週の日曜日から金曜日まで、
ずっと忘年会が入っていた。一年間世話になった
かたや、久しぶりの友との一献は、
外すわけにいかない。一日づつなんとかこなして
いたら、気がついたら体調も元に戻っていた。
咳きこんでいると喉が乾燥して、おかげで
ビールがことのほか旨かった。がんがん飲んで
いたのが、好い薬になったのかもしれない。
今年は、ずるずると抱えていた屈託にけりがついて、
好いひと区切りの年になった。
馴染みの店で馴染んだ銘柄を、独りで酌んだり
いつもの仲間と酌み交わしたり。この一年も、
和やかな酒のひとときに癒された。
波風立たぬ変わり映えのない毎日が、なにより
いちばんありがたいことと、この歳になると
しみじみ胸に染み入って来る。
来年も旨い酒を酌みながらそんな日々を送りたい。
つつましく、無用な義理を持たず、親しい人に
気持ちを尽くして暮らしていく。
年の瀬に、あらためて思ったことだった。
今年最後の忘年会は、帰省してくる同級生たちと。
久しぶりの笑顔に会えて今年の締めになる。
大晦日には、友だちの暮らす草津温泉まで。
上等の熱~い湯で身を清め、さっぱりと新年を
迎えたい。
一年間、だらしのないヨッパの戯言に付き合って
いただき、ありがとうございました。
みなさんが、穏やかに辰の年を迎えられますよう
願っております。

杯重ねあっという間や年の果て。


  


休日の上田で

2023年12月26日

 へこりと at 10:01  | Comments(2)

師走 7

上田市立美術館に出かけた。
全国の美術系の大学で版画を学んでいる
学生たちの、作品展が開かれているのだった。
受付で、いちばん気に入った作品を記して投票箱に
入れてくださいと用紙を渡された。
会場には、各大学別に作品が並んでいる。
じっくり拝見しながら行くと、
思わず足を止めて見入った作品に、拝見したあとに、
気になってもういちど後戻りしてみた作品もあり、
作者の作品への意図を推し量ることはできない
けれど、それぞれの感性の奥行きの深さが伝わって
きた。どの作品にもそれぞれの個性があって
子供たちの力量のすごさに、ほとほと感心したの
だった。気持ちに留まったいくつかの作品の
中から、札幌大谷大学の佐藤寧音さんの、
「一様に間を見る」を選ばせていただいた。
雨の景色を彩った作品で、観ていると、作者の心根の
静けさが伝わってきた。
美術館をあとにして、買い物客で賑わう上田アリオの
中を抜けて、久しぶりに駅前の東都庵にお邪魔した。
女将さんと若女将さんに迎えられ、茸のおろし和えで
黒ラベルを飲めば、若い子の好い作品の余韻に、
清々と旨いのだった。
さつま揚げをつまみに地酒の和田龍を二合。
角が立った新蕎麦で締めた。
店を出て通りを歩いて行くと、広い空が厚い雲に
覆われている。通り沿いのコエダ時計店は、CDも
扱っているのか。いつも演歌歌手のポスターが店先に
飾ってある。この日は伍代夏子の「時の川」と
三山ひろしの「北海港節」と山内惠介の「THE BEST
24singles」だった。
桂旅館から上田高校の前を抜けて城跡公園に行くと、
冬枯れの公園に人影が少ない。真田神社でお参りを
すれば、社務所のお姉さんたちも暇を持て余していた。
時間つぶしに、再び上田アリオの映画館へ行き、
「ゴジラ‐1,0」の迫力ある映像におののいて外へ
出れば、アリオの入口に青いイルミネーションが
きれいに輝いていた。さて、今宵の一献は馴染みの
寿司屋の萬寿さんで。いそいそと出かけたら、
あいにく貸し切りの貼り紙があってふられた。
それではと踵を返して、久しぶりの花壱さんの暖簾を
くぐったのだった。

個々豊か若き摺師や冬の虹。


  


年の瀬に

2023年12月22日

 へこりと at 07:56  | Comments(0)

師走 6

出かけるときに、いつもカメラをぶら下げている。
晴天や曇天のときはじっくり構えてファインダーを
覗けるやつを。雨や雪の日は、濡らさぬように
カバンに収まる小さいやつを。
飲み屋に出かけた翌朝カメラを覗くと、撮った覚えの
ない写真が何枚も写っていることがある。
酔っ払って撮っているからピンボケの写真もあって、
電池の無駄遣いをしているのだった。
以前、仕事場の玄関先の掃除をしていたら、隣の家の
ご主人に、夕べは遅い時間にたくさん写真を撮って
いたねえと声をかけられた。
へっ?ぜんぜん記憶にないぞ。カメラを覗いて
確かめたら、目の前の神社の階段の写真ばかり
十枚ほど撮っていた。
おれは一体なにをしたかったんだと、まったく訳が
わからないのだった。
酩酊してどこかにカメラを置き忘れぬよう、
それだけ気をつけたいことだった。カメラを使い始めて
十年になる。撮りためた写真は、パソコンに落として
インスタグラムやフェイスブックにアップしている。
遠方に暮らす友だちに手紙を出すことがあり、
近所のコンビニのコピー機で、写真をプリント
して添えている。最近コピー機の性能が良くなって、
ずいぶんきれいにプリントしてくれるからありがたい。
この頃は、撮りためた写真をプリントして、仕事場に
ぺたぺた貼っている。
毎年暮れになると、手描きのカレンダーを作って親しい
かたに差し上げている。その年に撮った写真の中から
十二枚を選んで、それを描いて日付を入れて、
人数分をコピーして仕上げている。
子供の頃から絵を描くのが好きだったせいか、
ものぐさな性格なのに、気がついたら三十年も
続いていた。
今年もそろそろ作りはじめるかと思い始め、ふと
思いつく。絵を描くよりも、撮った写真をそのまま
貼りつけてコピーすればいいんではないか。
カレンダーの大きさがちょうど2L判の写真が収まる
サイズなのも都合が良かった。
ひと月ごとに十二枚。写真を貼って日付けを入れて、
コンビニに持ち込んでコピーした。
絵を描く手間がなくなって、ずいぶん楽なカレンダー
作りになったのだった。

年の瀬や自作の暦君にまた。


  


幼馴染みと

2023年12月19日

 へこりと at 09:28  | Comments(0)

師走 5

遠くの町に暮らす幼馴染みがいる。
お互いの母親同士が友だちで、小学生の頃、
たびたび会っていた。
中学校に入学以降は、交流が途絶え、そのまま
延々音信不通になっていたところ、SNSに載せていた
こちらのブログを見つけてくれて、再び付き合いが
始まったのだった。
かつて世話になっていた叔母さんが長野に暮していて、
ときどき会いに帰省して来る。
この師走の帰省の日が、折よくこちらの休みと重なった。
お昼ご飯を一緒にと相成ったのだった。
朝、長野駅まで車で迎えに行って、親せき先への土産を
買ったら、その足でクロネコさんの営業所へまわり、
送り届けた。そのまま大きな通りを東へ下って
行くと、叔母さんの入居している介護施設にたどり着く。
面会をしている間、まわりの景色をぶらぶら眺めながら
待っていた。冬晴れの気持ちの好い日で、
閑静な住宅街に、田畑がところどころ広がっている。
ひとまわり空が清々と高く、年寄りが余生を過ごすには、
まことに穏やかな場所だった。施設の東側におかね食堂が
在った。年季の入った店構えで、
長年地元の人に贔屓にされてきたとうかがえる。
こういう店はたいてい味も好い。この界隈に、
我が息子も暮らしている。気が向いたら一緒に飲みに
来てみるかと眺めた。
面会が済んで、いちど自宅に戻って車を置いて、
さて、新蕎麦新蕎麦と、馴染みのかんだたさんへ
出かけたら、入口に臨時休業の貼り紙があってふられた。
それではと、そのまま通りを南下して、さがやさんの
暖簾をくぐったのだった。
白海老と舞茸の天ぷらと蕎麦湯の湯豆腐をつまみに、
幼馴染みは梅酒サワーを、こちらは黒ラベルを空けて、
地酒を三杯。
ゆっくりと一献のひとときを過ごしたのだった。
この頃の近況をうかがえば、身内絡みの屈託を話してくる。
いくつになっても親としての悩みは尽きないものと、
伝わってくるのだった。
せめてもの気分転換に、また一緒に旨い酒でも。
頼りがいのない男やもめの身は、せいぜいそんな台詞が
言えるだけだった。
また会える日を楽しみに。帰るうしろ姿を見送った。

立ち飲みで背中見送る冬ぬくし。


  


文字つらつらと

2023年12月15日

 へこりと at 08:26  | Comments(2)

師走 4

師走の平日、年賀状を書き終えた。
毎年、春に撮った写真の中からひとつ選んで
はがきにプリントして出している。
今年は、上田城跡公園の桜と、城跡公園近くの
小学校の桜とどちらにしようか迷って、
両方プリントして作った。
日ごろ頻繁に会っているかたに、遠方の地に居て
なかなか会えないかた、顔を思い出しながら
住所と名前のわきにひと言添えて書き上げた。
いまや、メールやラインのやりとりが当たり前に
なり、頂く年賀状も、昔に比べて随分と少なくなった。
こんな世間の狭い身でも、かつては百枚近く書いていた。
七十枚になり、五十枚になり、昨年からは三十枚に
なった。
頂くはがきの中に、今年で終いにしますの台詞を
見つけるのも珍しくなくなった。無用な義理立てで頂く
ことも出すことも減って、それはそれで良かった
ことと思っている。
頂くはがきの多くにも、手書きの文字が添えられている。
こちらの健康を気遣う台詞に、今年の無事の付き合いを
願う台詞に。ちょっとのひと言でも温かく、
気持ちに湿り気が帯びるのだった。
兵庫に暮らす友だちがいる。
長野に旅行に来たときに知り合って、気がつけば、
もう十六年の付き合いになっていた。
ときどき地元の菓子や肴を送ってきてくれるから、
こちらも折りを見て、長野の酒や肴を送っている。
それ以外にも、季節の変わり目などに素敵な写真や
イラストのはがきが届くのだった。
はがき一面に細かい文字で近況が記されており、
読むたびに丁寧な人柄が伝わってきた。
酒の好きなかただから、そろそろ長野のお蔵さんの
新酒を届けようか、さて銘柄はなにがいいかな。
思案をしている最中だった。
敬愛する大門美奈さんという写真家がいる。
酒好きなかたで、この夏、長野の地酒を二本送った
ところ、小ぶりの写真集を二冊送ってきてくれた。
自身の作品の絵はがきに、自筆の礼状が添えてあり
嬉しかった。
横浜で大学生活をしていたときに、中学校の同級生の
女の子と手紙のやり取りをしていたことがある。
あれから四十年。今でも付き合いがあり、
ときどきはがきのやりとりをしている。
今では逆に、あちらが横浜で暮らし、こちらが地元の
長野で暮らしている。
コロナ禍がつづき、正月の帰省が叶わずにいた。
この年末は久しぶりに帰ってくるというから、
一献のひとときが待ち遠しいことだった。

賀状書く遠く近くの顔浮かべ。


  


懐かしいかたお会いして

2023年12月08日

 へこりと at 09:25  | Comments(0)

師走 3

二十年前に、Nという長野県のSNSに参加していた。
ブログを書きはじめるきっかけになったSNSだった。
観てくださったかたからコメントを頂いたり、
他のかたの記事にコメントを送ったりと交流が出来た。
ネットのやり取りだけでなく、実際にお会いして
宴の席を御一緒させてもらったかたがたもいた。
何年かして、そのNは消滅してしまったものの、
今でも縁が続いているかたが何人かいる。住んでいる
地域がまちまちだから、なかなか会うことが叶わない
けれど、また一献交わしたいものと、ときどきお顔を
思い出している。
現在は同じく長野のナガブロと、フェイスブックに
同じブログを載せるようになった。
フェイスブックを覗いていると、ときどき知り合い
のページに出くわすことがある。
コロナ禍さなかの三年前、いつものように覗いて
いたら、懐かしい名前を見つけた。
Nで知り合って、ランチや酒の席を何度かご一緒して
いただいたかただった。
早速メッセージを送ったら、返事が返ってきた。
故郷の福島に戻って、御両親と暮らしているという。
現在、宙を奏でる点描曼荼羅画というものを描いたり
教えたりして暮らしているというのだった。
以来、フェイスブックで作品を拝見するようになり、
よくもまあ、こんなに細かくてきれいな絵が描ける
ものと感心をしていた。
そのかたが11月の下旬、縁のある長野市で個展を
開いた。個展初日の夕方、会場のギャラリーの扉を
開ければ、懐かしい笑顔が出迎えてくれた。大中小、
室内に飾られた作品を観ていくと、どれも点と線の
織りなす描写が美しい。
作品は、何色ものボールペンとコンパスと定規を
使って描きあげていくという。
予め図案を考えることはなく、その時の直感で描き
進めていくという。無心の集中力で仕上げた作品は、
胸の内に染み入ってくるような、懐かしさを感じ
させてくれたのだった。
神聖幾何学模様という、古代から世界のあちこちで
発見された模様を描いた作品も有って、このたび
ひとつ買わせていただいた。
仕事場に置いて、毎日眺めていると気持ちが
落ち着いてくるから、身の回りの空気を浄化
してくれる模様とうかがえた。
久しぶりにお会いできて楽しかった。
福島詣での折りには、
旨い杯を交わしたいのだった。

冬の夕何年ぶりの友に会い。


  


懐かしの鮨屋で

2023年12月05日

 へこりと at 08:02  | Comments(0)

師走 2

長野駅のそばに、ときどきおじゃまする寿司屋が
在る。酒屋の友だちに紹介してもらった店で、
寡黙なご主人ときれいな奥さんが営んでいる。
感じの好いお二人で、ふらっとひとりで
立ち寄ったり、友だちと一緒に立ち寄って、
握りをつまみに酒を酌んでいた。
飲み友だち二人と,一献やろうと相成って、
早速予約の電話を入れた。
ところが、何度電話をかけても全然つながらないの
だった。いぶかしんで、店まで足を運んだら、
入口に、しばらく休業しますの貼り紙があった。
酒屋の友だちに電話をかけて尋ねたら、ご主人が
体調を崩されたとのことだった。店の再開は
いつになるかわからないとのことで、ご主人の
身を案じてしまった。
その旨を飲み友だち二人に伝えたら、そのうちの
一人が、では、僕がときどきおじゃましている
寿司屋でやりましょうと、予約を入れてくれた。
長野駅から北へ400メートル、
リンデンプラザホテルの一階に在る、鮨仁という
店だった。鮨仁の本店は、長野市の繁華街、権堂の
北側に在る。暖簾分けをした同じ名の店が長野市内に
いくつかあるのだった。
日を置いた夕方、所用があって長野駅まで出かけた。
帰り道、前もって店の様子を確かめておくかと
思いつき、行ってみた。
暖簾をくぐって店に入ったら、威勢のいいご主人の
いらしゃいませの声に迎えられた。
お通しの、鯛の和え物をつまみにエビスを飲んで
いれば、気さくに話しかけてきてくれる。
言葉を交わしながらご主人のお顔を見ていたら、
おおっ!思い出したぞ。
およそ20年ほど前に、このご主人と何度か会って
いたのだった。
その頃、長野市役所のそばの早苗町に、母が贔屓に
している呉服屋が在った。そのすぐそばで、鮨仁を
営んでいたかただった。
呉服屋のご主人と母がたびたび足を運んでいて、
母にくっついて、こちらもときどきおじゃまを
していた。三十三歳で店を開いて、早苗町で二十五年
営業をしていた。五年前にこちらに移転したという。
呉服屋のご主人の思い出話をしながら、
握りをつまみに夜明け前の純米酒の杯を重ねた。
握りのねたも好いし、日本酒に焼酎にワインの
品ぞろえも好い。
この頃は米も魚も値段が高騰して頭が痛いという。
このご時世、飲食に携わるかたがたは心労が絶えない。
あの寿司屋のご主人も、それで体調を崩されたか。
無事に商いの再開を願ったのだった。

鮨つまむ酒三合や冬に入る。



  


鎌倉で新蕎麦を

2023年12月01日

 へこりと at 08:42  | Comments(0)

師走 1

新蕎麦を打ち始めます。
鎌倉で蕎麦屋を営む友だちからメールが来た。
さっそく鎌倉詣での予定を立てたのだった。
あいにくの雨降りの中、
大船駅で、お誘いした淑女二人と落ち合って、
湘南モノレールに乗って、湘南深沢駅で降りる。
川沿いの道をしばらく歩いて行くと、友だち夫婦の
蕎麦屋、そばcafe.tamazeeにたどり着く。
蕎麦粉は長野戸隠産、野菜も無農薬の長野産。
白菜の浅漬けや牛肉のしぐれ煮や天ぷらで、
長野の白ワインを酌み交わす。
米粉で揚げた天ぷらは、食感がさくさくと軽く、
油にすぐに胃腸がやられる身でも、すいすいいける。
こちらはいつものペースでワインから日本酒に
切り替えて、淑女二人をお相手に、ゆるゆると
酔ったのだった。
蕎麦は粗挽きと細打ちの二種類で、それぞれ
喉越しが好く、新蕎麦の風味を味わった。
趣きの有る古民家の室内で、旨い酒と肴と蕎麦の
ひととき。
鎌倉詣で、毎年の恒例にしたいことだった。
同行してくれた二人は長野市立柳町中学校の
ひとつ上の先輩で、
蕎麦屋の友だち夫婦も同じ中学校の後輩で、帰り際、
懐かしい校歌の合唱となったのだった。
店を出ると雨も上がっている。
美味しくて温かなひとときを御一緒してもらい、
またの再会を期して、二人と鎌倉駅で別れた。
江ノ電に乗って腰越駅で降りて、江の島まで
散歩して、今宵の宿、トロールゲストハウスに
おじゃました。
宿のご主人は、漁師もしていて、毎朝シラス漁に
出かけている。酒のつまみに美味しいシラスを出して
いただいた。
翌朝、海岸まで散歩に出たら、海風がつよい。
砂浜の砂がばしばし飛んできて目を開けていられない。
激しい波に、早朝からたくさんのサーファーが挑んでいた。
海岸を離れて、国道を歩いて行くと、高台に小動神社が
在った。小動と書いてこゆるぎと読む。源頼朝に仕えて
いた佐々木盛綱が創設した神社で、海への見晴らしが好く、
昔は見張り台として、海からの敵の攻撃を防いでいた。
神社を出て腰越の町なかを歩いていると、しらす丼の
食堂や、しらすを売っている店が多い。どこも年季の
入った店構えで、昭和の雰囲気を醸し出している。
古い町なみが好きな身は、落ち着きと懐かしさを
感じたから、またゆっくり散策したいことだった。
鎌倉から長野へ戻った翌朝、寒さで目が覚めた。
窓から駐車場を覗いたら、うっすら雪が積もっている。
この冬の初雪だった。
その日仕事をしていたら、夕方になって寒気がしてきた。
昨日の強烈な海風と今朝の寒気にさらされて、
どうやら風邪をひいたらしい。
今宵の晩酌はビールだけにして、解熱剤を飲んで
さっさと寝ることにする。

海風やしょぼい我が身に風邪を呼び。