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秋の黒姫山

2015年10月28日

 へこりと at 08:21  | Comments(0)
神無月 11

電車に乗って信濃町へ出かけた。
はればれとした山の景色が好きで、
ときどき足を運びたくなる。
古間駅で降りて、ひと気のない道を歩いていくと、
秋晴れの空の下、飯綱山と黒姫山と妙高山が
すっきりと見えた。
古間商店街には、日ごろ酒を配達してもらっている、
みねむら酒店がある。立ち寄って、
みねむら君と話をしながらビールを飲んでいたら、
奥から若い男性が出てきて挨拶をされた。
店の敷地に使っていない倉庫がある。
このたびそこを借り受けて、飲み屋を始めるかただった。
ずっと、新潟のホテルで料理人をしていたといい、
年寄りばかりの田舎の町は刺激がすくない。
寄り合える新しい店ができるのは、
ご近所さんにとっても楽しみなことだった。
来月開店の予定といい、
またひとつ、足を運ぶ楽しみが増えた。
店を出て、
信濃町小中学校の、きれいな校舎の前を過ぎていく。
どこを歩いていても、
堂々とした黒姫山がすそ野から見えて、頼もしい。
飯綱、戸隠、妙高も、
すこし盛りをすぎた、秋の色合いが落ちついている。
すっかり刈り入れのおわった田んぼが、
さっぱりと広がっている。
ぽつぽつと、作業をしているおじさんやおばさんがいて、
たき火の煙がのんびりと上がっていった。
広い牧場を眺めながら、林の中を歩いていくと
富士里地区の共同墓地がある。
かつて世話になったかたが眠っているのだった。
毎年お盆にお参りに来ていたのに、
今年は、夏にも秋の彼岸にも足を運べなかった。
ご無沙汰を詫びて、手を合わせた。
林を抜けて橋を渡っていけば、
鳥居川の流れがまぶしい。
ひさしぶりのやわらかい空気が心地よく、
雪が降る前にまた来たいと思ったのだった。
お昼、蕎麦でも食べに行きましょう。
みねむら君が車で迎えに来てくれてありがたい。



  


おおきな病院で

2015年10月24日

 へこりと at 15:46  | Comments(0)
神無月 10

日曜日、仕事をしていたら実家の母から電話があった。
おとうさんが具合をわるくしたから、
病院へ連れて行ってくれというのだった。
急いで飛んでいけば、青白い顔をした父が、
だるそうに、パジャマから背広に着替えていた。
明け方に吐き気がして目を覚ました。
熱が出て、お腹もこわれたという。
一年前、病気が見つかって治療をつづけている。
夏ごろから飲みはじめた薬の副作用で、
ときどき調子がわるくなるのだった。
かかりつけのおおきな病院へ行き、待っていれば、
寒気がするという。
看護師さんにお願いして、治療室のベッドに寝かせてもらったら、
すぐに寝息をたてはじめた。
病気を治すのも難儀なことと、痩せた顔を眺めた。
ベッドの脇に座っていれば、日曜日、
緊急医をたよりに、次から次へと人がやってくる。
向かいのベッドに運ばれたかたは、
ぱんぱんにふくれた腹に機械を当てられて、
ガスがたまっているなあと、
モニターを見ていたお医者が首をかしげている。
となりのベッドに寝ていた男性は、
歩いていたら車に引っかけられたといい、
レントゲン室に運ばれていった。
エスカレーターから転げ落ちたおばあさんに、
ラグビーの試合中に頭を打った男の子もやって来て、
青いシャツの看護師さんたちが飛びまわっている。
合い間に父も採血をして、レントゲンを撮ってもらい、
点滴をしてもらう。
交通事故にあったとなりの男性は、
奥さんが心配そうな顔でむかえに来た。
加害者のかたが待合室で待っていると、
看護師さんに聞かされると、
あっちもかわいそうなんだ、年寄りのじいさんだからと
逆に気遣っていた。
点滴が終わるころ、若いお医者がやって来て、
検査の結果は、とりあえず異状がないと言い、
明日もういちど内科で診てもらうこととなった。
秋晴れの穏やかな日曜日なのに、
災難にあうかたも手当てをするかたも、
みんな大変なことと、つくづく思ったのだった。


  


ひさしぶりの銘柄に

2015年10月23日

 へこりと at 12:46  | Comments(0)
神無月 9

ひさしぶりに、居酒屋能登で宴があった。
寡黙な御主人と愛想の好い奥さんが営んでいて、
酒も肴も旨い。頻繁に足を向けるわけではないが、
ずいぶんの付き合いになっている。
ビールを飲みながら酒の品書きを眺めていたら、
新たに、佐久の明鏡止水が載っていた。
二十年あまり前、長野の酒で、
初めて旨いと思った銘柄なのだった。
その頃、足を運んでいた酒屋で扱っていて、
華やかな香りときれいな旨みと切れの好さが印象的で、
好んで飲んでいた。
ちょっとした屈託がもとで酒屋と縁が切れてから、
買うことがなくなったものの、
飲み屋で見かけて口にすれば、
相変わらず旨いと思っていたのだった。
あたらしく扱いはじめた酒屋は、長野市の北部に在って、
越後の銘酒や、長野のちいさなお蔵の良酒を、
居酒屋能登に卸している。
酒屋へ伺えば、壁の三方をずらりと冷蔵庫が占めて、
適正な温度で日本酒が管理されている。
酒にたいする姿勢はまことに見事なのに、
こまったのは、営む親父の接客だった。
とても導火線のみじかい人柄で、
気に入らないことがあると、
すぐに爆発してお客を怒鳴るのだった。
親父の態度に憤慨して、付き合いをやめた飲み屋に、
通わなくなった知り合いもいて、店を訪れるときは、
点火しないように気をつけなければいけない。
怒鳴られるのは勘弁だから、明鏡止水、
能登に行ったときに飲めばよいとなるのだった。
休日の夕方、
晩酌の支度をしていたら知り合いが訪ねてきた。
酒屋の近所に住んでいるかたで、
はい、どうぞと渡されたのは、明鏡止水の一升瓶だった。
酒を買いに行ったら目に留まった。
以前、気に入りの銘柄と話したことを覚えていて、
買ってきてくれたのだった。
ひさしぶりに自宅でゆっくりと、冷やで利いて燗で利いて。
心づかいに感謝した。


  


裾花川沿いの紅葉を

2015年10月20日

 へこりと at 15:10  | Comments(0)
神無月 8

秋が深まっている。
日中、秋晴れの日がつづき、朝夕は冷え込みが増している。
寒暖の差にとまどって体調をくずすかたもいて、
健やかに過ごすために、御自愛しなければいけないのだった。
十月、めずらしく飲み屋詣での日が少ない。
適量の晩酌で布団にもぐれば、
朝の目覚めも好く、体もかるい。
休日の早朝、散歩に出た。
西に歩をすすめ、長野商業の前を過ぎていくと、
暗い中、裾花川が見下ろせる。
流れる先に、NTTの電波塔の、赤い光がぽつっと見えた。
もうすぐ日の出というときと、日の入りあとのしばらくのときの、
しんとした気配が好い。
川音を聞きながら眺めていたら、目の前のお宅から、
パジャマ姿のおじいさんが、たばこを吸いながら出てきた。
おはようございますと挨拶をしたら、
怪しいやつと思われたのか、すぐに引っ込んでしまった。
すこしづつ空が明るくなって、空気が立ってきた。
里島発電所の前まで行けば、
排水口から、水が勢いよく放流されている。
裾花温泉の駐車場を横切って、
川沿いの草の茂った道を歩いていくと、
川のむこうの崖の木々も赤と黄に色づいて、
今年は、少し色合いが褪せている。
県庁の前を上がっていったら、ひまわり公園の敷地に、
いちょうの黄が、てんてんと映えていた。
善光寺に戻って、お参りをして見渡せば、
紅葉の色味も増している。
そのまま菩提寺の寛慶寺にお参りに行くと、
端正な庭先のもみじも赤くなっていた。
馴染んだ朝の光景も、
日ごとの色の移りかわりが染み入るのだった。



  


温泉の村で

2015年10月15日

 へこりと at 13:52  | Comments(0)
神無月 7

朝夕の冷えこみが増して、
善光寺の境内も赤や黄に色づいて、毎朝のお参りのたびに眺めている。
肌寒い日がつづくようになると、きまって温泉に行きたくなる。
秋の景色を眺めながらぶらぶらと。
肌身を温めてくれるのは、温泉ぐらいなもんですなあ。
秋が深くなると、たそがれた気分になるのだった。
小学校の先生をしている友だちがいる。
いくつかの学校を転任して、
この春から野沢温泉村小学校の校長として、単身赴任をしている。
さすがと思ったのは、小学校にも温泉施設があることだった。
冬、スキーのあとに、冷えた体をみんなで温めるのだった。
赴任して半年あまり、おどろいたのは、
生徒の親からひとつもクレームが来ないことだった。
町場の学校にいたときは、
たびたび文句や愚痴を聞かされていたから、信じられないことという。
祭りや行事があるたびに、
校長先生と村の駐在さんは、必ず招待されるという。
村のかたがたがしょっちゅう野菜や漬け物を届けてくれて、
先日の運動会では、後片付けを父兄のかたがたがやってくれて、
これまた、町場の学校ではありえないことだった。
子供のころは現在とちがって、学校の先生やおまわりさんは、
偉いものだと相場が決まっていた。そんな昭和の風潮が、
ちいさな村には、いまだ残っているのかもしれない。
子供たちも皆すなおで、先生の言うことをよく聞くという。
登下校、スマホをいじっている子を見たことがないといい、
温泉の在る地で、子供たちと好い時間を過ごしていると
伝わってくるのだった。
夜、外湯からの帰り道、顔見知りの村人に会うと、
そのまま飲み屋まで引っ張られるという。
温泉に浸かって、一献。話を聞いて、ますます恋しくなった。





  


篠山紀信さんの写真展へ

2015年10月13日

 へこりと at 13:02  | Comments(0)
神無月 6

松本市へ出かけた。
篠山紀信さんの写真展が開かれていたのだった。
普通電車に揺られていけば、秋晴れの空に、姨捨の緑がまぶしい。
沿線の田んぼは稲刈りがおわり、さっぱりと乾いていた。
駅ビルの蕎麦屋でもりを食べて、
女鳥羽川の川面を眺めながら、縄手通りへ行く。
四柱神社でお参りをすれば、拝殿の中で結婚式が行われていて
花嫁さんの白無垢のうしろ姿が清々しい。
橋を渡って小路を抜けて松本市美術館に着くと、
草間彌生の派手なオブジェが迎えてくれた。
写真展は、すでに故人になられたかたや、今活躍してるかた、
さきの震災で被害にあわれた東北のかたの姿があった。
渥美清の寅さんに、夏目雅子に三島由紀夫。
裸の宮沢りえにうっとりして、
AKB48は、だれがだれだかわからない。
年配の御夫婦が写真を前に、
この人なんていったっけ?と思案していたから、
蒼井優とおしえてあげた。
松本市に縁のある勘三郎に小澤征爾、
期待の御嶽海は、朝青龍と白鵬と並んでいた。
ちいさな男の子を抱っこしたおかあさんに、
幼い兄妹に年配の御夫婦と、
被災地のかたがたはきっちり真正面で写っていた。
ひとまわり、どの写真にも、
見入ってしまう気配が感じられたのだった。
あがたの森公園を眺めて縄手通りへもどり、
風情のある佇まいの、蕎麦屋の弁天本店に入った。
年季の入った、御主人と店内を眺めながら、
ビールを飲んでもりを食べた。
飲み屋の看板のぶら下がる小路を抜けて出れば、
広い通りが歩行者天国になってにぎわっている。
中年のおじさんが、
きれいな声で秦基博のひまわりの約束を弾き語りしていた。
聞きながら松本城へ行ったら、そば祭りの真っ最中で、
どこのブースも行列ができ、混雑している。
ひさしぶりに松本城へ上がろうと思ったのに、
こちらも30分待ちとあり、あっさりとあきらめた。
次の機会にと、青空に映える、端正な城を眺めたのだった。




  


早朝の散歩に

2015年10月11日

 へこりと at 09:44  | Comments(0)
神無月 5

朝の冷え込みが、日ごとすすんでいる。。
早朝、冷涼な空気の中、
東の空に、鋭利な月が浮かんでいた。
ひと気のまばらな善光寺でお参りをして、
湯福川のさらさらした水音を聞きながら、坂道を上がっていく。
長野西高校の金網ごしに、紅く色づいたもみじが見えた。
緑にかこまれて歩いていくと、朽ち果てた御嶽山神社がある。
急な階段を上がってお参りをした。
しずかな気配の中、ときどきけっこうないきおいで、
山から下りてくる車と、山へ上がっていく車が過ぎていく。
遠くへ通勤する人は、景色を眺めるひまもなくいそがしい。
あせた緑に交じって、ぽつぽつと、紅く色づいた木が見える。
曲がりくねった道を上がって下りて、
くたびれたレストランの青い銀河のむこう、
はるかの山並みから太陽が顔を出す。
今日一日のはじまりと、照りだされた市街地を見下ろした。
雲上殿の前を過ぎて、長野高校の五差路に出れば、
すでに行きかう車が多い。
城山団地のしずかな住宅街を抜けて、
招魂社の林の中を抜けていく。
城山動物園のもみじも色づいているのが見えた。
城山公園の桜並木も、
二、三日目にしないあいだに色味が増している。
ひとまわり、秋の案配を確かめたのだった。
夏のおわりから秋にかけて、
善光寺のまわりのあちこちの町で、秋祭りが行われていた。
来週の、住んでいる東之門町の祭りが締めとなり、
それが終われば、秋もいよいよ深みを帯びてくるのだった。
帰ってきて、フェイスブックを覗いたら、
写真好きの友だちが、霧雨まじりの山の紅葉を載せていた。
山の秋も眺めにゃいかん。
気に入りの、黒姫山の里を思い浮かべる。



  


映画を観て

2015年10月07日

 へこりと at 12:05  | Comments(0)
神無月 4

近所の御婦人が訪ねてきた。
いつも元気に動き回っているかたで、
早朝、公園でヨガをやり、家業の仕事が終わったら、
温泉に浸かり、美味しい店で料理を楽しんでいる。
福山雅治のファンで、コンサートのたびに出かけていた。
結婚しちゃいましたねえと話に出せば、
どこがいいのかねえと返ってきた。
あんな女のために曲を書いていたのかと思ったら
興ざめした。
もうファンはやめたと笑うのだった。
若いときから映画が好きで、
今も、週に3日は映画館に足を運んでいるという。
「天空の蜂」がおもしろかったといい、
江口洋介はたいしたことないけど、
もっくんがかっこよかったというから、
次の日、権堂アーケードの松竹相生座へ出かけた。
自衛隊の最新鋭のヘリコプターが、無線操縦で奪われた。
犯人から、全国の原発の運転をを停止しなければ、
ヘリを原発に落とすと要求があったのだった。
原作は、東野圭吾さんの作品で、1995年に書かれたという。
長い原作を2時間余りの映像にまとめたから、
寸詰まりの感があった。それでも、江口洋介ももっくんも、
綾野剛も江本明も国村準も、好い味を出していた。
観ながら、東北の震災の際に、救助活動をしたり、
放射能汚染の広がりを防いでいた、
自衛隊のかたがたを思いだした。
災害が起きたときに、さいごの砦のような存在は、
お国の偉いかたがたに、
誤った動かしかたをしてもらいたくないと、
よくよく願うのだった。
映画館を出て、昼どき、蕎麦屋のかんだたさんに行く。
カウンターのすみに落ちついて、
北光正宗の純米吟醸を酌んでいれば、
日々是好日の日常がありがたい。
次の日、アマゾンで、「天空の蜂」の文庫本を注文した。


  


りんごも食べごろに

2015年10月06日

 へこりと at 14:24  | Comments(0)
神無月 3


休日の朝、洗濯機のスイッチを押してから散歩に出た。
冷え込み感じる中、ひと気のない桜枝町の通りを行く。
おおきな屋敷の敷地に、紅く色づきはじめた葉が見えた。
古びたアパートの入口に、
カフェ倶楽部オープンと、でかでか貼ってある。
わきへそれて、ほそい坂道を上がっていくと、
せいせいと視界がひらけて市街地が見えた。
しずかな虫の声を聞きながら、夕陽が丘団地を抜けて、
往生地に出る。
道沿いのりんご畑では、赤々とした実が連なって、
緑の中で映えている。
往生地浄水場の門が開いていて、貯水池が見えた。
長野市初の浄水場で、戸隠水系の水をきれいにして、
長野市の北西部のお宅に供給しているのだった。
古い施設を撮っていたら、事務所から出てきたおじさんに、
立ち入り禁止ですとやわらかく注意された。
たしかに。門の横の注意書きを見落としていた。
延命観音寺のほそい砂利道を下りていけば、
どんぐりがおちている。
囲む緑も色あせてきて、散歩のたびに、
しずかに秋色の移りかわりが楽しめるのだった。
ふたたび桜枝町の通りへ出て、小路を抜けていったら、
ぴかぴかのクラウンのボンネットで、
人相のわるい猫が丸まっていた。
洗濯物を干して、朝9時から開いている、
蕎麦屋の大丸さんへ向かった。
仁王門の前で、にぎやかな城山小学校の子供たちと一緒になった。
ここから学校へ戻る間に、気がついたこと、
興味を持ったことをノートに書いてください。
先生の説明に、
身近な景色に目を向ける、好い授業と感心した。
大丸さんのひと角に落ちついて、
朝いちばんのビールを飲んでいれば、
若旦那の陽一朗さんが、本日の蕎麦を打ち始める。
かけ蕎麦で腹を満たして眺めれば、
おおきな体でゆうゆうと。
無駄のない動きに見惚れたのだった。



  


須坂のひとときを

2015年10月02日

 へこりと at 15:00  | Comments(0)
神無月 2

須坂に暮らす飲み仲間がいる。
この頃、自宅のそばに飲み屋ができたといい、
酌み交わそうとなった。
須坂の町は、かつて製糸業で栄えていて、
当時の屋敷や蔵が今も残り、落ちついたたたずまいがある。
旨い蕎麦屋に、酒肴の好い飲み屋が在って、
四季の彩り眺められる臥竜公園に、
面白い企画をするちいさな美術館もある。
のんびり歩ける町のちいささに、
ときどき訪ねたくなるのだった。
夕方、須坂駅から通りを上がって行く。
桜木町通りの、てんぷらと釜めしの昭福は、
ガラス戸越しに、年季の入ったカウンターが見える。
こんな店で一献やるのは、小津安二郎の映画のようでしぶい。
次回の楽しみにときめた。
みのり焼きが自慢の、居酒屋みのりの路地を抜ければ、
劇場通りと、さびたアーチのかかる通りに出る。
劇場があった頃は、ずいぶんと賑わっていたのか。
食堂、東京庵の窓から、
白髪のおじさんが仕込みをしている姿が見えた。
ひろい通りを下った先に、
目当ての枠屋さんのほのかな灯りが見えた。
昔の家屋を活かした構えは、
土壁を白熱灯の光が包み、落ちつきがある。
営むのは、若い御夫婦と手伝いの女性の三人で、
愛想好くむかえられ、すぐにくつろぐ。
カウンターのむこうでは、
御主人がせっせと、炭火で肉に魚に野菜を焼いている。
テーブルは、なつかしい学校机で、
毎日通った教室を思いだす。
ビールは気に入りのサッポロで、瓶を頼んだら、
赤い星のラガーが出てきた。
カウンターのはしに、銅製の燗酒器が鎮座して、
気に入りの、小布施の米川の燗酒を酌みあった。
旨い料理をつまみながら冷や酒に変えて、
これはまあ、好い店を教えていただいた。
ガラス戸のむこう、飲み仲間の自宅まで約三間。
酔いつぶれても、引きずってもらえる距離が、
なんともうらやましいのだった。
須坂はやっぱり好い町と、ほろほろと酔った。




  


浮世絵を観に。

2015年10月01日

 へこりと at 09:29  | Comments(0)
神無月 1

小布施町の北斎館で、
日本初公開の浮世絵展が開かれているという。
秋晴れの休日、電車に乗って出かけた。
外人さんの団体に交じって駅を出ていけば、
おおきな神社の境内で、
中学生たちが並んで座って写生をしている。
小布施町は、平日でも相変わらず観光客が多い。
人ごみとすれちがいながら、北斎館に入った。
浮世絵展は、アメリカの美術収集家の、
ロジャー・ウェストンさん所蔵の作品展で、
江戸の初期から明治までの作品が並んでいる。
いろんな作者の直筆画は、どれも細かい線で緻密に描かれて、
よくぞまあ丁寧にと、ため息が出る。
遊女を描いた作品が多く、
着物のあざやかな色合いと文様を目にすると、
当時の文化の華やかさと豊かさが伝わってきて、
艶やかな姿態に見惚れた。
外へ出れば、どの店にも、昼どきの行列ができていて、
どこぞの蕎麦屋で昼酒の算段が、もろくもくずれた。
あきらめて、町なかをはなれて歩きだす。
道沿いのぶどう畑と栗畑では、おい茂った葉に、
秋の陽射しの光と影がかさなっている。
まるい雁田山の上で、とんびがゆっくり弧を描き、
気持ちよさそうと眺めた。
岩松院の境内を眺めてから、思いついて、
おぶせ温泉でひと風呂浴びることにした。
ひと気のない坂道をゆっくり上がっていくと、
うっすらと背中も汗ばんでくる。岩松院から1キロ、
おぶせ温泉、穴観音の湯のやわらかい湯に浸かり、
眺めれば、北信五岳の山々が、
雲の切れ間から顔を出している。
食堂でビールを飲みながらラーメンを食べて、
ようやくお腹もおちついた。
大広間にころがって、夕方までの昼寝と決めこんだのだった。