金沢へ
卯月 7
小雨降る中、金沢へ出かけた。
ひさしぶりに、大学時代の友だちと会うのだった。
友だちはこの冬、長らく勤めていた会社を辞めて、
老舗の料理屋の、経理の仕事に就いたという。
ではその料理屋で、昼飯を頂くことにした。
金沢駅を出て、西茶屋町をぶらついてから、
寺町の坂を上がると、料理屋「つば甚」が在る。
金沢でいちばん古い料理屋といい、
創業は、宝暦二年の1752年、加賀藩七代目藩主、
前田重煕(まえだしげひろ)のときだった。
伊藤博文や芥川龍之介、
三島由紀夫や山下清や吉田健一など、
たくさんの著名人が贔屓にしていたといい、
身分不相応な分際で、
ぜい沢なひとときを過ごさせていただいた。
手厚いもてなしに礼を述べて、町を歩けば、
ぐずついた天気に思いのほか観光客も少なく、
東茶屋町から、かつて友だちが住んでいた
浅野川沿いの辺りまで、ゆっくりと眺めた。
夕方、再会果たした友だちは、
ずいぶんと貫禄あるおじさんになっている。
道すがら、転職したわけを尋ねたら、
組織の中で、上司と部下のはざまに立って、
ストレスがたまっていたとわかる。
ストレスで太っちまったかあと、
ポッコリと出た腹を眺めた。
夜、馴染みの寿司屋へ招かれて、
つぎつぎと出てくる料理に圧倒されて、
寿司までたどり着けずに酔いつぶれた。
いくつになっても、まあ、いろんなことがある。
18歳で知り合ってから38年。
こうして無事に会えるのは、なによりのことだった。
金沢では毎年6月に、百万石祭りが開かれて賑わうという。
来年はまたその頃に。
約束をして、ひさしぶりの金沢を離れたのだった。

小雨降る中、金沢へ出かけた。
ひさしぶりに、大学時代の友だちと会うのだった。
友だちはこの冬、長らく勤めていた会社を辞めて、
老舗の料理屋の、経理の仕事に就いたという。
ではその料理屋で、昼飯を頂くことにした。
金沢駅を出て、西茶屋町をぶらついてから、
寺町の坂を上がると、料理屋「つば甚」が在る。
金沢でいちばん古い料理屋といい、
創業は、宝暦二年の1752年、加賀藩七代目藩主、
前田重煕(まえだしげひろ)のときだった。
伊藤博文や芥川龍之介、
三島由紀夫や山下清や吉田健一など、
たくさんの著名人が贔屓にしていたといい、
身分不相応な分際で、
ぜい沢なひとときを過ごさせていただいた。
手厚いもてなしに礼を述べて、町を歩けば、
ぐずついた天気に思いのほか観光客も少なく、
東茶屋町から、かつて友だちが住んでいた
浅野川沿いの辺りまで、ゆっくりと眺めた。
夕方、再会果たした友だちは、
ずいぶんと貫禄あるおじさんになっている。
道すがら、転職したわけを尋ねたら、
組織の中で、上司と部下のはざまに立って、
ストレスがたまっていたとわかる。
ストレスで太っちまったかあと、
ポッコリと出た腹を眺めた。
夜、馴染みの寿司屋へ招かれて、
つぎつぎと出てくる料理に圧倒されて、
寿司までたどり着けずに酔いつぶれた。
いくつになっても、まあ、いろんなことがある。
18歳で知り合ってから38年。
こうして無事に会えるのは、なによりのことだった。
金沢では毎年6月に、百万石祭りが開かれて賑わうという。
来年はまたその頃に。
約束をして、ひさしぶりの金沢を離れたのだった。
富山へ
卯月 6
仕事をさぼって富山へ出かけた。
新幹線に乗って行けば、じきにトンネルの合間の景色が、
山の空から海の空へと変わる。
缶ビール2本で着いたのだった。
先に土産を買って送ろうと、とやマルシェに行くと、
菓子屋にかまぼこ屋に酒屋、
行く先々でちょっとおまけを付けてくれた。
富山の商人は気前が好い。
駅を出て、運河の流れる環水公園に行くと、
空が広々としている。
その先では悠々と、
神通川が町の中を流れていた。
町なかに人が少なく、行き交う車に交じって、
ごとごとと市電が走っていく。
初めて歩いた町並みに、ちょっと暮らしたくなるような、
のんびりとした気配を感じたのだった。
駅に戻って、あいの風とやま鉄道で15分、
高岡へ行った。
ホテルに荷物を預けて、国宝瑞龍寺に行くと、
前田利長公が迎えてくれた。
加賀百万石、前田家ゆかりの古刹は、
当時の隆盛がわかるほど、門も本堂もでかくて圧倒された。
江戸時代から、産業の発展してきた町を歩いていくと、
川沿いの道のあちこちに、
ちいさな工場や製作所が点在していた。
古城公園に行くと、お堀のまわりに緑があふれていて、
ここも好い公園といやされる。
町なかにぽつんとしている大仏さんを眺めてから、
ホテルへ戻った。
大浴場で、ひと風呂浴びてさっぱりしたら、
陽も暮れて、気分もそわそわと。
さびれた駅前の飲み屋街を抜けて、
目当ての店へ向かったのだった。

仕事をさぼって富山へ出かけた。
新幹線に乗って行けば、じきにトンネルの合間の景色が、
山の空から海の空へと変わる。
缶ビール2本で着いたのだった。
先に土産を買って送ろうと、とやマルシェに行くと、
菓子屋にかまぼこ屋に酒屋、
行く先々でちょっとおまけを付けてくれた。
富山の商人は気前が好い。
駅を出て、運河の流れる環水公園に行くと、
空が広々としている。
その先では悠々と、
神通川が町の中を流れていた。
町なかに人が少なく、行き交う車に交じって、
ごとごとと市電が走っていく。
初めて歩いた町並みに、ちょっと暮らしたくなるような、
のんびりとした気配を感じたのだった。
駅に戻って、あいの風とやま鉄道で15分、
高岡へ行った。
ホテルに荷物を預けて、国宝瑞龍寺に行くと、
前田利長公が迎えてくれた。
加賀百万石、前田家ゆかりの古刹は、
当時の隆盛がわかるほど、門も本堂もでかくて圧倒された。
江戸時代から、産業の発展してきた町を歩いていくと、
川沿いの道のあちこちに、
ちいさな工場や製作所が点在していた。
古城公園に行くと、お堀のまわりに緑があふれていて、
ここも好い公園といやされる。
町なかにぽつんとしている大仏さんを眺めてから、
ホテルへ戻った。
大浴場で、ひと風呂浴びてさっぱりしたら、
陽も暮れて、気分もそわそわと。
さびれた駅前の飲み屋街を抜けて、
目当ての店へ向かったのだった。
新緑のときに
卯月 5
玄関先のガマズミが、日ごと葉を増やして、
ちいさな蕾が見えてきた。
向かいのお宅のつたの葉も、つやつやと大きくなっている。
家屋の裏のツルバラも、ぐいぐいと葉が茂り、
冬の間、あんなにやせおとろえていたのになあ。
枝々の健気さに、今年もほれぼれとしているのだった。
桜のころ、ぼんやりと柔らかだった陽射しにも、
すこしきりっとした輪郭が出て、
すがすがしく新緑を照らしている。
早朝、散歩に出た。善光寺を抜けて、
往生地の坂を上がっていくと、
往生地公園では、
まだ、八重桜が見ごろの色を成している。
坂道沿いのりんご畑を覗いてみれば、
すこし蕾の開きかけた枝がある。
りんごの白い花が満ちるのも、もうすぐのことだった。
りんご屋のならぶ道路に出て、歩いていくと、
長野西高校のむこうに、エムウェーブの屋根が光っている。
はるかかなたの山並みがかすんでいて、
花粉なのか黄砂なのか、歩いているうちに、
目鼻がうずいてきた。
七曲りの入り口や、気象台の横の桜は、
まだ花びらを保っていた。
黄色いレンギョウが、まだ浅い緑の中で映えている。
雲上殿をすぎて下りていくと、
長野高校の五差路では、すでに朝の渋滞が始まっていた。
その先の、すき家に入って、ポークカレーを食べていたら、
カメラをぶら下げてどちらへお出かけですか。
友だちからメールが来た。
どこで見かけたんだろう、全然気がつかなかった。
新緑を愛でに。緑の季節を楽しみましょう。
返事を打った。

玄関先のガマズミが、日ごと葉を増やして、
ちいさな蕾が見えてきた。
向かいのお宅のつたの葉も、つやつやと大きくなっている。
家屋の裏のツルバラも、ぐいぐいと葉が茂り、
冬の間、あんなにやせおとろえていたのになあ。
枝々の健気さに、今年もほれぼれとしているのだった。
桜のころ、ぼんやりと柔らかだった陽射しにも、
すこしきりっとした輪郭が出て、
すがすがしく新緑を照らしている。
早朝、散歩に出た。善光寺を抜けて、
往生地の坂を上がっていくと、
往生地公園では、
まだ、八重桜が見ごろの色を成している。
坂道沿いのりんご畑を覗いてみれば、
すこし蕾の開きかけた枝がある。
りんごの白い花が満ちるのも、もうすぐのことだった。
りんご屋のならぶ道路に出て、歩いていくと、
長野西高校のむこうに、エムウェーブの屋根が光っている。
はるかかなたの山並みがかすんでいて、
花粉なのか黄砂なのか、歩いているうちに、
目鼻がうずいてきた。
七曲りの入り口や、気象台の横の桜は、
まだ花びらを保っていた。
黄色いレンギョウが、まだ浅い緑の中で映えている。
雲上殿をすぎて下りていくと、
長野高校の五差路では、すでに朝の渋滞が始まっていた。
その先の、すき家に入って、ポークカレーを食べていたら、
カメラをぶら下げてどちらへお出かけですか。
友だちからメールが来た。
どこで見かけたんだろう、全然気がつかなかった。
新緑を愛でに。緑の季節を楽しみましょう。
返事を打った。
臥竜公園へ
卯月 4
善光寺門前の桜が散って、
おとなりの須坂市の、臥竜公園の桜が満開になったという。
夕方、夜桜見物に出かけたのだった。
須坂駅を出て、ひと気のない通りを上がっていくと、
須坂高校のグラウンドで、野球部の子供たちが
ボールを投げ合っていて、
威勢のいい掛け声と、ミットの音が響いている。
正面玄関の前では、
吹奏楽部の女の子たちがラッパを吹きはじめ、
ぼーぼーと、のどかな音が聞こえてきた。
校舎のわきの桜は、もうずいぶん花が散っていた。
公園に着くと、入り口の駐車場は満車で、
たくさんの人で賑わっている。
入り口近くのおでん屋で、
名物の黒おでんとビールで腹ごなしをした。
入り口の右手には、テキヤの屋台が並び、
揚げ物のいい匂いがただよってくる。
なま暖かな風の中、池のまわりを歩いていけば、
竜ヶ池のまわりの桜は、
前日の雨で、ずいぶん花びらが散った。
水面のところどころに、ひとつになって浮いていた。
桜の彼方、柔らかな春の夕暮れに、
妙高山と黒姫山と飯綱山が映えている。
小山に上って見下ろせば、
灯りに照らされた桜の向こうに、
須坂の町の灯が見えるのだった。
おでんをほおばる学校帰りの子供たちに、
ブルーシートを引いて宴をしているおじさんたちに、
ベンチにお菓子をずらっと並べて、
女子会をしているお姉さんがたもいる。
桜の名所百選の桜を、思い思いに楽しんでいた。
公園を出たら、今夜は久しぶりの須坂飲み。
駅近く、くろおびさんの扉を開けて、
ゆでアスパラと鳥皮ポン酢とカジキの刺身で、
伯楽星と十九と米鶴を酌んで締めとした。

善光寺門前の桜が散って、
おとなりの須坂市の、臥竜公園の桜が満開になったという。
夕方、夜桜見物に出かけたのだった。
須坂駅を出て、ひと気のない通りを上がっていくと、
須坂高校のグラウンドで、野球部の子供たちが
ボールを投げ合っていて、
威勢のいい掛け声と、ミットの音が響いている。
正面玄関の前では、
吹奏楽部の女の子たちがラッパを吹きはじめ、
ぼーぼーと、のどかな音が聞こえてきた。
校舎のわきの桜は、もうずいぶん花が散っていた。
公園に着くと、入り口の駐車場は満車で、
たくさんの人で賑わっている。
入り口近くのおでん屋で、
名物の黒おでんとビールで腹ごなしをした。
入り口の右手には、テキヤの屋台が並び、
揚げ物のいい匂いがただよってくる。
なま暖かな風の中、池のまわりを歩いていけば、
竜ヶ池のまわりの桜は、
前日の雨で、ずいぶん花びらが散った。
水面のところどころに、ひとつになって浮いていた。
桜の彼方、柔らかな春の夕暮れに、
妙高山と黒姫山と飯綱山が映えている。
小山に上って見下ろせば、
灯りに照らされた桜の向こうに、
須坂の町の灯が見えるのだった。
おでんをほおばる学校帰りの子供たちに、
ブルーシートを引いて宴をしているおじさんたちに、
ベンチにお菓子をずらっと並べて、
女子会をしているお姉さんがたもいる。
桜の名所百選の桜を、思い思いに楽しんでいた。
公園を出たら、今夜は久しぶりの須坂飲み。
駅近く、くろおびさんの扉を開けて、
ゆでアスパラと鳥皮ポン酢とカジキの刺身で、
伯楽星と十九と米鶴を酌んで締めとした。
戸倉まで
卯月 3
毎日酒を酌んでいる。
この歳になると、宴をご一緒してくれるかたも、
年下のかたがたばかりとなっている。
ありがたいのは、食通酒通のかたばかりで、
ワインのブドウを作っていたり、
日本酒を造っていたり、
飲食店や酒屋を営んでいるかたもいる。
その道のプロのかたの話を聞きながら
酌み交わすのは、
存外楽しいことなのだった。
飲み仲間のおひとりに、
介護の仕事をされているかたがいる。
人当たり柔らかく物ごし丁寧で、
介護の仕事に、まさにうってつけのかただった。
宴の席でも、
いつもにこにこと、幸せそうに杯をかさねるから、
こちらもにこにこと、
幸せに酔いつぶされてしまうのだった。
昨年の秋に、職場が長野から、
温泉地の戸倉へ移動になった。
ぬかりなく、さっそく好さげな店を見つけたといい、
温泉に入って一杯の算段となった。
休日の夕方、しなの鉄道に揺られて戸倉駅で降りる。
国道を渡ってすぐの蕎麦屋、萱(かや)さんで落ち合って、
そばを食べずに酒だけ飲んで、白鳥園へ向かう。
柔らかなお湯にゆっくり浸かり、
広間でビールを飲んでから連れて行ってもらったのは、
戸倉小学校の近く、
静かな住宅街の中に在る、「こゆり」さんだった。
割烹着姿の若い女将さんが営む店は、
おでんに餃子にもつ煮など、家庭料理が品書きに並び、
酒は福井の銘酒、黒龍の逸品で、
料理も酒も値段が安い。
落ち着いた構えの店内で、楽しく酔ったのだった。
この歳になると、温泉に、好い酒好い肴、
そしてなにより好い友と、
それで充分ぜいたくなことなのだった。

毎日酒を酌んでいる。
この歳になると、宴をご一緒してくれるかたも、
年下のかたがたばかりとなっている。
ありがたいのは、食通酒通のかたばかりで、
ワインのブドウを作っていたり、
日本酒を造っていたり、
飲食店や酒屋を営んでいるかたもいる。
その道のプロのかたの話を聞きながら
酌み交わすのは、
存外楽しいことなのだった。
飲み仲間のおひとりに、
介護の仕事をされているかたがいる。
人当たり柔らかく物ごし丁寧で、
介護の仕事に、まさにうってつけのかただった。
宴の席でも、
いつもにこにこと、幸せそうに杯をかさねるから、
こちらもにこにこと、
幸せに酔いつぶされてしまうのだった。
昨年の秋に、職場が長野から、
温泉地の戸倉へ移動になった。
ぬかりなく、さっそく好さげな店を見つけたといい、
温泉に入って一杯の算段となった。
休日の夕方、しなの鉄道に揺られて戸倉駅で降りる。
国道を渡ってすぐの蕎麦屋、萱(かや)さんで落ち合って、
そばを食べずに酒だけ飲んで、白鳥園へ向かう。
柔らかなお湯にゆっくり浸かり、
広間でビールを飲んでから連れて行ってもらったのは、
戸倉小学校の近く、
静かな住宅街の中に在る、「こゆり」さんだった。
割烹着姿の若い女将さんが営む店は、
おでんに餃子にもつ煮など、家庭料理が品書きに並び、
酒は福井の銘酒、黒龍の逸品で、
料理も酒も値段が安い。
落ち着いた構えの店内で、楽しく酔ったのだった。
この歳になると、温泉に、好い酒好い肴、
そしてなにより好い友と、
それで充分ぜいたくなことなのだった。
北光正宗を
卯月 2
近所に暮らす日本酒好きなかたがたと、酒蔵見学に出かけた。
訪ねたのは、飯山市の角口酒造さんで、
北光正宗という銘柄を醸している。
長野県でいちばん北に位置するお蔵さんで、
北の空に輝く北斗七星が、銘柄の由来という。
ひと気のない飯山の町なかを抜けて、
飯山街道をまっすぐに行く。戸狩野沢温泉駅を右手に、
スキー場への坂道を上がっていくとお蔵が在るのだった。
跡取りで、杜氏を務める息子さんに話を聞けば、
今季の造りはすでに終えて、出荷を待つだけという。
米の洗い場から、タンクの並ぶ仕込み部屋、
麹室をみせてもらう。
地元消費の安い酒は大きなタンクで仕込み、
上等な酒は、
小ぶりのステンレスのタンクで仕込んでいる。
今でも、需要の7割は地元と周辺の村々で、
安い普通酒が蔵を支えてくれたから、
純米や吟醸などの高い酒の味わいも、
普通酒をベースにしているという。
古い蔵に作業場をつぎ足しつぎ足ししてきたから、
あきらかに動線がわるい。
この作業場で、あの旨い味を造っているのかと感心をした。
味は一貫して辛口で、酒飲みのための酒という。
野沢菜や、これからの時期、山菜料理に合うといい、
地元の酒は地元の料理と相性が良いのだった。
目の前の里山の褪せた色にも柔らかさが感じられ、
穏やかな風が気持ち好い。
ようやくの桜、ようやくの菜の花、
雪深い北信濃の春には、
ことさらしみじみと、風情を感じてしまう。
冬の清冽さと、かすかな春の温かさ。
それを感じさせる、北光正宗の味と思う。

近所に暮らす日本酒好きなかたがたと、酒蔵見学に出かけた。
訪ねたのは、飯山市の角口酒造さんで、
北光正宗という銘柄を醸している。
長野県でいちばん北に位置するお蔵さんで、
北の空に輝く北斗七星が、銘柄の由来という。
ひと気のない飯山の町なかを抜けて、
飯山街道をまっすぐに行く。戸狩野沢温泉駅を右手に、
スキー場への坂道を上がっていくとお蔵が在るのだった。
跡取りで、杜氏を務める息子さんに話を聞けば、
今季の造りはすでに終えて、出荷を待つだけという。
米の洗い場から、タンクの並ぶ仕込み部屋、
麹室をみせてもらう。
地元消費の安い酒は大きなタンクで仕込み、
上等な酒は、
小ぶりのステンレスのタンクで仕込んでいる。
今でも、需要の7割は地元と周辺の村々で、
安い普通酒が蔵を支えてくれたから、
純米や吟醸などの高い酒の味わいも、
普通酒をベースにしているという。
古い蔵に作業場をつぎ足しつぎ足ししてきたから、
あきらかに動線がわるい。
この作業場で、あの旨い味を造っているのかと感心をした。
味は一貫して辛口で、酒飲みのための酒という。
野沢菜や、これからの時期、山菜料理に合うといい、
地元の酒は地元の料理と相性が良いのだった。
目の前の里山の褪せた色にも柔らかさが感じられ、
穏やかな風が気持ち好い。
ようやくの桜、ようやくの菜の花、
雪深い北信濃の春には、
ことさらしみじみと、風情を感じてしまう。
冬の清冽さと、かすかな春の温かさ。
それを感じさせる、北光正宗の味と思う。
春、駆け足で。
卯月 1
春はじめ、春休みになって、町に子供があふれていた。
このごろは、男の子も女の子も、
みんなきれいな顔をしている。
おしゃれな服装で、笑顔で行き交う様子に
町の気配が華やかになるのだった。
梅と桃と杏が咲いて、桜のつぼみが開いたころ、
ようやくの春と思っていたら、
思いがけない陽気の良さに、
あれよあれよと満開になってしまった。
冬の間、ひと気の少なかった善光寺も淡く赤く彩られ、
連日、観光客の姿が絶えない。
国内国外、平日から週末まで、
春を愛でにたくさんの人が来ているのだった。
小学校に中学校に高校、
桜が満ちた今年の新学期と成った。
入学式の日は、パリッとした格好の子供たちが、
親御さんと一緒に、仕事場の前の路地を通って行った。
50歳半ばのおじさんは、きらきら輝く姿を見ているだけで、
春は好いなあと、鼻の奥がつんとしてしまった。
春の嵐が一日つづき、夜通し雨が降った翌朝、
曇天の空の下、空気が冷えびえとしている。
まだ盛りのつよさなのか、
桜の花びらがそれほど散っていなかった。
それでも、陽当たりの良い場所の木々は、
すでに葉桜のきざしを見せている。
毎年楽しみにしていた上田城跡公園の花見に、
この春は、よんどころのない用事で足を運べなかった。
季節も暮らしもばたばたと駆け足で、
気持ちのあおられた身の回りの春だった。
冷え込む日がつづいて、
桜が長持ちすればと思った次の日、
雪の朝と成った。
氏神さんの桜の様子を眺めに行けば、
階段にたくさんの花びらが散っていた。
善光寺門前の、季節の移ろいが見えているのだった。

春はじめ、春休みになって、町に子供があふれていた。
このごろは、男の子も女の子も、
みんなきれいな顔をしている。
おしゃれな服装で、笑顔で行き交う様子に
町の気配が華やかになるのだった。
梅と桃と杏が咲いて、桜のつぼみが開いたころ、
ようやくの春と思っていたら、
思いがけない陽気の良さに、
あれよあれよと満開になってしまった。
冬の間、ひと気の少なかった善光寺も淡く赤く彩られ、
連日、観光客の姿が絶えない。
国内国外、平日から週末まで、
春を愛でにたくさんの人が来ているのだった。
小学校に中学校に高校、
桜が満ちた今年の新学期と成った。
入学式の日は、パリッとした格好の子供たちが、
親御さんと一緒に、仕事場の前の路地を通って行った。
50歳半ばのおじさんは、きらきら輝く姿を見ているだけで、
春は好いなあと、鼻の奥がつんとしてしまった。
春の嵐が一日つづき、夜通し雨が降った翌朝、
曇天の空の下、空気が冷えびえとしている。
まだ盛りのつよさなのか、
桜の花びらがそれほど散っていなかった。
それでも、陽当たりの良い場所の木々は、
すでに葉桜のきざしを見せている。
毎年楽しみにしていた上田城跡公園の花見に、
この春は、よんどころのない用事で足を運べなかった。
季節も暮らしもばたばたと駆け足で、
気持ちのあおられた身の回りの春だった。
冷え込む日がつづいて、
桜が長持ちすればと思った次の日、
雪の朝と成った。
氏神さんの桜の様子を眺めに行けば、
階段にたくさんの花びらが散っていた。
善光寺門前の、季節の移ろいが見えているのだった。