兄と
水無月 7
6歳はなれた兄がいる。
16年ぶりに長野へ帰省してきたのだった。
子供のときからピアノを弾いていた。
中学校では、合唱部で伴奏を受け持っていた。
高校に入ると友だちとバンドを組んで、
井上陽水や吉田拓郎のコピーをしたり、
自作の曲で、ヤマハのコンテストに出たりしていた。
だんだん素行がよろしくなくなって、
親に隠れてたばこを吸ったり、
授業をさぼってあやしい店に入り浸っては、
酒の匂いをさせて帰ってくることもあった。
無断で母を保証人にしてサラ金から金を借り、
高価なギターを買ったことがある。
払いが滞って母にばれて、
殺してやるーと、さんざん叩かれたことがあった。
学校に収める授業料を使い込んだこともあり、
毎日のように親といさかいをおこしていた。
東京の音楽大学に進んだときも、
キーボードを買った代金を、母に尻拭いさせていた。
そのくせ授業はさぼってばかりいて、
単位が足りずに、途中でやめてしまったのだった。
そののち、函館出身の知人に誘われて、
ある日突然、津軽海峡を渡ってしまった。
以来35年あまり、
今では函館での暮らしの方が長くなっている。
住み着いて間もない頃は、我のつよい性分が災いして、
世話になった人とぶつかって、
知らない土地での気苦労もあったと聞く。
縁あって知り合った義姉さんと結婚して、
一男一女のお父さんになってからは、
すっかり暮らしぶりも落ち着いて、
やさぐれていた若いころが、
ずいぶんなつかしいことなのだった。
かつて景気のよかったころは、
夜の店をいくつも掛け持ちしてピアノを弾いていた。
地方都市の例にもれず、
函館の繁華街も今は活気がないという。
昼間は生活の糧に、知り合いの営む介護施設で働いて、
夜は高級クラブでシャンソンの弾き語りをしている。
月にいちどは札幌のピアノ教室で教えているといい、
それでもまだ、
好きなピアノをつづけていけるだけありがたいという。
来年で還暦を迎える身だった。
兄も歳をとったなあ。
我が身をたなに上げて、老けた顔を眺めたのだった。

6歳はなれた兄がいる。
16年ぶりに長野へ帰省してきたのだった。
子供のときからピアノを弾いていた。
中学校では、合唱部で伴奏を受け持っていた。
高校に入ると友だちとバンドを組んで、
井上陽水や吉田拓郎のコピーをしたり、
自作の曲で、ヤマハのコンテストに出たりしていた。
だんだん素行がよろしくなくなって、
親に隠れてたばこを吸ったり、
授業をさぼってあやしい店に入り浸っては、
酒の匂いをさせて帰ってくることもあった。
無断で母を保証人にしてサラ金から金を借り、
高価なギターを買ったことがある。
払いが滞って母にばれて、
殺してやるーと、さんざん叩かれたことがあった。
学校に収める授業料を使い込んだこともあり、
毎日のように親といさかいをおこしていた。
東京の音楽大学に進んだときも、
キーボードを買った代金を、母に尻拭いさせていた。
そのくせ授業はさぼってばかりいて、
単位が足りずに、途中でやめてしまったのだった。
そののち、函館出身の知人に誘われて、
ある日突然、津軽海峡を渡ってしまった。
以来35年あまり、
今では函館での暮らしの方が長くなっている。
住み着いて間もない頃は、我のつよい性分が災いして、
世話になった人とぶつかって、
知らない土地での気苦労もあったと聞く。
縁あって知り合った義姉さんと結婚して、
一男一女のお父さんになってからは、
すっかり暮らしぶりも落ち着いて、
やさぐれていた若いころが、
ずいぶんなつかしいことなのだった。
かつて景気のよかったころは、
夜の店をいくつも掛け持ちしてピアノを弾いていた。
地方都市の例にもれず、
函館の繁華街も今は活気がないという。
昼間は生活の糧に、知り合いの営む介護施設で働いて、
夜は高級クラブでシャンソンの弾き語りをしている。
月にいちどは札幌のピアノ教室で教えているといい、
それでもまだ、
好きなピアノをつづけていけるだけありがたいという。
来年で還暦を迎える身だった。
兄も歳をとったなあ。
我が身をたなに上げて、老けた顔を眺めたのだった。
ろくもんに乗って
水無月 6
軽井沢から長野まで、
しなの鉄道の観光列車の、ろくもんに乗った。
2年前に運行を始めていらい、
いつも予約でいっぱいになるといい、
いちど乗ってみたかったのだった。
週末に一日三回、長野と軽井沢を行き来する。
三両編成の2,3号車は食堂車で、
東御市のアトリエ・ド・フロマージュの洋食と、
小布施町の鈴花の和食が提供される。
そのほかにも、弁当と、地元のビールにワインに
日本酒を販売しているのだった。
車内は木材がたくさん使われて、清々とした雰囲気が有る。
お客の中には、おおきな会社の社長の団体や、
東京の高級デパートの常連の、お金持ちの奥さんがたや、
外国の鉄道会社のお偉いさんも乗りに来たというから、
注目を集めているのだった。
ゆっくりと動き出したそばからビールの栓を抜く。
軽井沢から信濃追分、御代田と緑がふかい。
よく晴れた日で、なだらかな姿の浅間山が悠々と見える。
レタス畑でおじさんたちが、腰を曲げて収穫をしている。
水の張った田んぼが陽に輝いていた。
途中、沿線の幼稚園の子供たちが、
並んで手を振ってくれていた。
かわいいわあ。関西弁のおばちゃんたちに、
外人の親子連れも、にこにこと振りかえす。
しなの鉄道の本社のある上田駅では、
真田家の赤備えの兜と甲冑を身につけた、
やさしいお顔の駅長が迎えてくれた。
ろくもんをバックに、
つぎつぎとお客と写真に納まってくれたのだった。
各車両には、女性のアテンダントたちがいて、
きびきびと料理を運んだり、
お客の問いかけに笑顔で答えている。
ていねいな応対に、専門家に習ったのかと尋ねれば、
みんなで話し合ったというから、
そりゃえらいと感心をした。
缶ビール3本に上田の日本酒2合でくつろいで、
地元の観光列車のもてなしは、心地好いひとときだった。
また乗りこんでみたいと思うのだった。

軽井沢から長野まで、
しなの鉄道の観光列車の、ろくもんに乗った。
2年前に運行を始めていらい、
いつも予約でいっぱいになるといい、
いちど乗ってみたかったのだった。
週末に一日三回、長野と軽井沢を行き来する。
三両編成の2,3号車は食堂車で、
東御市のアトリエ・ド・フロマージュの洋食と、
小布施町の鈴花の和食が提供される。
そのほかにも、弁当と、地元のビールにワインに
日本酒を販売しているのだった。
車内は木材がたくさん使われて、清々とした雰囲気が有る。
お客の中には、おおきな会社の社長の団体や、
東京の高級デパートの常連の、お金持ちの奥さんがたや、
外国の鉄道会社のお偉いさんも乗りに来たというから、
注目を集めているのだった。
ゆっくりと動き出したそばからビールの栓を抜く。
軽井沢から信濃追分、御代田と緑がふかい。
よく晴れた日で、なだらかな姿の浅間山が悠々と見える。
レタス畑でおじさんたちが、腰を曲げて収穫をしている。
水の張った田んぼが陽に輝いていた。
途中、沿線の幼稚園の子供たちが、
並んで手を振ってくれていた。
かわいいわあ。関西弁のおばちゃんたちに、
外人の親子連れも、にこにこと振りかえす。
しなの鉄道の本社のある上田駅では、
真田家の赤備えの兜と甲冑を身につけた、
やさしいお顔の駅長が迎えてくれた。
ろくもんをバックに、
つぎつぎとお客と写真に納まってくれたのだった。
各車両には、女性のアテンダントたちがいて、
きびきびと料理を運んだり、
お客の問いかけに笑顔で答えている。
ていねいな応対に、専門家に習ったのかと尋ねれば、
みんなで話し合ったというから、
そりゃえらいと感心をした。
缶ビール3本に上田の日本酒2合でくつろいで、
地元の観光列車のもてなしは、心地好いひとときだった。
また乗りこんでみたいと思うのだった。
軽井沢へ
水無月 5
軽井沢へ出かけた。
登校途中の、学生たちのにぎやかな声にかこまれて、
しなの鉄道に揺られていく。
駅を出れば、標高900メートルの地も、
今朝は陽射しがつよい。
ひろい道路を、めいめいに自転車に乗った家族連れが、
地図を見ながらわたっていく。
大賀ホールをすぎて、緑の並木道へ入っていくと、
夕べの雨の余韻で空気がひんやりとする。
ゴルフバッグを抱えたおじさんたちがホテルから出てきて、
いそいそとアウディに乗りこんでいる。
両脇に並ぶ別荘は、まだ人のいる気配がない。
音羽の森ホテルの前をすぎて、旧軽井沢銀座へ向かう。
すでに観光客の姿があって、開いたばかりの店を眺めながら
ぶらぶらと歩いている。
フランスベーカリーに立ち寄れば、近所のおじさんが、
コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
窓辺の席に座って、
クリームパンと枝豆チーズパンで朝ごはんにした。
通りには、間口のわりに奥ゆきの長い店が並ぶ。
かつて中山道の宿場町だった名残りと、
ブラタモリで説明していたなと思いだしながら、
ショーハウス記念館まで歩いた。
聖パウロ教会へ行ったら、たくさんの人の姿が見える。
どうやら中国人の団体で、
教会のまわりをアジアの言葉が飛び交ってやかましい。
早々にあとにして、室生犀星記念館へ行ってみる。
かぼそい砂利道の先にある、夏を過ごしたという家屋は、
苔庭のある、華奢な平屋の佇まいが好い。
向かいの、古い建物を利用した涼の音は、
9時から営業しているという。
今度来たときは、静かにここでモーニングときめた。
夏の軽井沢は、うだるように人で混む。
盛りの前の緑と町を散策した2時間だった。

軽井沢へ出かけた。
登校途中の、学生たちのにぎやかな声にかこまれて、
しなの鉄道に揺られていく。
駅を出れば、標高900メートルの地も、
今朝は陽射しがつよい。
ひろい道路を、めいめいに自転車に乗った家族連れが、
地図を見ながらわたっていく。
大賀ホールをすぎて、緑の並木道へ入っていくと、
夕べの雨の余韻で空気がひんやりとする。
ゴルフバッグを抱えたおじさんたちがホテルから出てきて、
いそいそとアウディに乗りこんでいる。
両脇に並ぶ別荘は、まだ人のいる気配がない。
音羽の森ホテルの前をすぎて、旧軽井沢銀座へ向かう。
すでに観光客の姿があって、開いたばかりの店を眺めながら
ぶらぶらと歩いている。
フランスベーカリーに立ち寄れば、近所のおじさんが、
コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
窓辺の席に座って、
クリームパンと枝豆チーズパンで朝ごはんにした。
通りには、間口のわりに奥ゆきの長い店が並ぶ。
かつて中山道の宿場町だった名残りと、
ブラタモリで説明していたなと思いだしながら、
ショーハウス記念館まで歩いた。
聖パウロ教会へ行ったら、たくさんの人の姿が見える。
どうやら中国人の団体で、
教会のまわりをアジアの言葉が飛び交ってやかましい。
早々にあとにして、室生犀星記念館へ行ってみる。
かぼそい砂利道の先にある、夏を過ごしたという家屋は、
苔庭のある、華奢な平屋の佇まいが好い。
向かいの、古い建物を利用した涼の音は、
9時から営業しているという。
今度来たときは、静かにここでモーニングときめた。
夏の軽井沢は、うだるように人で混む。
盛りの前の緑と町を散策した2時間だった。
腰が痛くて
水無月 4
朝、起きようとしたら、腰にずきっと痛みがきた。
もともと、左の膝と腰が痛い性質だった。
たいした仕事もしてないくせに、
疲れがたまると痛くなるのだった。
今朝の痛みはなかなかひどく、がまんして仕事をしているうちに、
だんだんと深くなってきて、脂汗まで流れる始末だった。
さいわい、午後は訪ねてくるかたがなく、
ごろりと横になっておとなしくしていた。
夕方になって、整骨院を営む友だちに診てもらったら、
かたく腫れて熱があるという。
氷で冷やして電気を当てて、やさしくマッサージをしてもらった。
この季節は、夏日のような日もあれば、
日がな一日雨の日もあったり、降りそうで降らない蒸した日もある。
不安定な天気に、気分も体もすっきりしない。
雑誌を読んでいたら、
6月は、雨や曇りの日が多く、日照時間がみじかい。
陽を浴びずに高い湿気の中で暮らしていると、
気分が落ち込んでやる気の出ない
六月病になりやすいと載っていた。
ことに、真面目で几帳面な人はうつになりやすいといい、
ふつつかな身でもこうなのだからと合点がいく。
おまけに、酔っぱらって帰った雨の晩、
毛布をかけずにつぶれていたら、翌朝喉が痛い。
ひさしぶりの夏風邪までひいて、ますますさえない。
冬に買って残っていた、のど飴の世話になっている。
夕方、Twitterを覗いていたら、
なじみの蕎麦屋の若旦那が、
腰が痛くて眠れない 一昨日より昨日、
昨日より今日、痛みが増してくるとつぶやいていた。
お相撲さんのようなおおきな体を思いだし、
同胞ですと、いたわりあいたくなるのだった。

朝、起きようとしたら、腰にずきっと痛みがきた。
もともと、左の膝と腰が痛い性質だった。
たいした仕事もしてないくせに、
疲れがたまると痛くなるのだった。
今朝の痛みはなかなかひどく、がまんして仕事をしているうちに、
だんだんと深くなってきて、脂汗まで流れる始末だった。
さいわい、午後は訪ねてくるかたがなく、
ごろりと横になっておとなしくしていた。
夕方になって、整骨院を営む友だちに診てもらったら、
かたく腫れて熱があるという。
氷で冷やして電気を当てて、やさしくマッサージをしてもらった。
この季節は、夏日のような日もあれば、
日がな一日雨の日もあったり、降りそうで降らない蒸した日もある。
不安定な天気に、気分も体もすっきりしない。
雑誌を読んでいたら、
6月は、雨や曇りの日が多く、日照時間がみじかい。
陽を浴びずに高い湿気の中で暮らしていると、
気分が落ち込んでやる気の出ない
六月病になりやすいと載っていた。
ことに、真面目で几帳面な人はうつになりやすいといい、
ふつつかな身でもこうなのだからと合点がいく。
おまけに、酔っぱらって帰った雨の晩、
毛布をかけずにつぶれていたら、翌朝喉が痛い。
ひさしぶりの夏風邪までひいて、ますますさえない。
冬に買って残っていた、のど飴の世話になっている。
夕方、Twitterを覗いていたら、
なじみの蕎麦屋の若旦那が、
腰が痛くて眠れない 一昨日より昨日、
昨日より今日、痛みが増してくるとつぶやいていた。
お相撲さんのようなおおきな体を思いだし、
同胞ですと、いたわりあいたくなるのだった。
雨の休日に
水無月 3
休日の早朝、予報通りの雨降りでうらめしい。
予定していた、電車でのすこし遠くの散歩をあきらめて、
近所で過ごすことにする。
友だちの整骨院で、膝痛と腰痛の治療をしてから、
かどの大丸さんへ伺った。
馴染みの若旦那と話をしながら、ビールを2本空にして、
かけ蕎麦で朝ごはんとする。
城山公園の信濃美術館では、
今月末まで、ジブリの立体建造物展をやっている。
スタジオジブリのアニメには、五月とメイの住み家や、
千尋の働く風呂屋や、ハウルのうごく城に、
キキがほうきで飛びまわった、
きれいな町並みの建物が出てくる。
それらのいくつかをを組み立てて、
原画や下絵とともに展示してあるのだった。
二か月で、すでに8万人を超える人が来たといい、
ぐずついた天気の平日もにぎわっている。
子供よりも大人の姿が多く、
世代を超えて愛されているのだった。
実際のふるい建物や町並みをもとに描かれた原画は、
色彩は鮮やかながら、全体に青味がかった色調が感じられ、
それが郷愁へつながっている。
目にするものは、構図と色調。あらためて教わった。
いちばん好きだったのは紅の豚で、
森山周一郎のしぶい台詞に、
加藤登紀子の艶やかな歌声を思いだす。
美術館を出たら通りを下り、かんだたさんの暖簾をくぐった。
ニラと豚肉の卵とじでビールを一杯に日本酒をふたつ。
冷たいもりで締めた。
夕方昼寝から起きたら、
鉄道会社に勤める友だちからメールが来た。
今日は大変だったという。朝から上下線が停まってしまい、
バタバタのヘトヘトだったという。
乗らなくて正解だったというから、いや、まったく。
運が良かったと、来週の楽しみにしたのだった。

休日の早朝、予報通りの雨降りでうらめしい。
予定していた、電車でのすこし遠くの散歩をあきらめて、
近所で過ごすことにする。
友だちの整骨院で、膝痛と腰痛の治療をしてから、
かどの大丸さんへ伺った。
馴染みの若旦那と話をしながら、ビールを2本空にして、
かけ蕎麦で朝ごはんとする。
城山公園の信濃美術館では、
今月末まで、ジブリの立体建造物展をやっている。
スタジオジブリのアニメには、五月とメイの住み家や、
千尋の働く風呂屋や、ハウルのうごく城に、
キキがほうきで飛びまわった、
きれいな町並みの建物が出てくる。
それらのいくつかをを組み立てて、
原画や下絵とともに展示してあるのだった。
二か月で、すでに8万人を超える人が来たといい、
ぐずついた天気の平日もにぎわっている。
子供よりも大人の姿が多く、
世代を超えて愛されているのだった。
実際のふるい建物や町並みをもとに描かれた原画は、
色彩は鮮やかながら、全体に青味がかった色調が感じられ、
それが郷愁へつながっている。
目にするものは、構図と色調。あらためて教わった。
いちばん好きだったのは紅の豚で、
森山周一郎のしぶい台詞に、
加藤登紀子の艶やかな歌声を思いだす。
美術館を出たら通りを下り、かんだたさんの暖簾をくぐった。
ニラと豚肉の卵とじでビールを一杯に日本酒をふたつ。
冷たいもりで締めた。
夕方昼寝から起きたら、
鉄道会社に勤める友だちからメールが来た。
今日は大変だったという。朝から上下線が停まってしまい、
バタバタのヘトヘトだったという。
乗らなくて正解だったというから、いや、まったく。
運が良かったと、来週の楽しみにしたのだった。
6月7日の記事
水無月 2
休日の朝、散歩をした。
裾花川近くの温泉で湯を浴びて、
川沿いの道をぶらぶら行けば、
吹き抜ける風が心地よい。
川の方に、
でかいレンズのカメラを向けているおじさんがいた。
ハヤブサが飛んでくるのを狙っているといい、
今日は空振りだなあと、うらめしそうにパンを頬張っていた。
自宅に戻って掃除と洗濯をして、
他の用事もちゃっちゃと済ませ、
昼どき、友だちの車に乗り込んで戸隠へ出かけた。
緑に挟まれたゆるやかな道を行き、
久しぶりに、蕎麦屋のよつかどさんの暖簾をくぐる。
愛想の好い女将さんにむかえられ、
山菜と煮物と天ぷらと、きりっとしたざるそばで腹を満たした。
店を出て、鏡池までの道を歩いていけば、
絶え間なく降りそそぐ澄んだ鳥の鳴き声に、
先々の緑がしんとなる。
汗をかきながらたどり着けば、池のまわりと険しい戸隠山も、
先月来たときよりも、すっかり緑が深くなっていた。
奥社の入口には県外ナンバーの車が並び、
おおきな鳥居を行き来する人がつづく。
平日でもパワースポットの地は、
あいかわらず人出が多いのだった。
帰路、近道にとほそい林道を抜けていったら、
目の前に、茂みに飛び込む熊がいた。
思わず窓を閉めて、茂みを見たらもう見えない。
でかいのにすばやいなあと、
どきどきしながら感心してしまった。
家に着くまで動悸が収まらなかったのだった。
シャワーを浴びて汗を流してさっぱりすれば、
明るい夕方のビールが旨い。
ゆっくり緑を愛でた日は気分が穏やかになり、
熊にはもう会いたくないけれど、好い季節と思うのだった。

休日の朝、散歩をした。
裾花川近くの温泉で湯を浴びて、
川沿いの道をぶらぶら行けば、
吹き抜ける風が心地よい。
川の方に、
でかいレンズのカメラを向けているおじさんがいた。
ハヤブサが飛んでくるのを狙っているといい、
今日は空振りだなあと、うらめしそうにパンを頬張っていた。
自宅に戻って掃除と洗濯をして、
他の用事もちゃっちゃと済ませ、
昼どき、友だちの車に乗り込んで戸隠へ出かけた。
緑に挟まれたゆるやかな道を行き、
久しぶりに、蕎麦屋のよつかどさんの暖簾をくぐる。
愛想の好い女将さんにむかえられ、
山菜と煮物と天ぷらと、きりっとしたざるそばで腹を満たした。
店を出て、鏡池までの道を歩いていけば、
絶え間なく降りそそぐ澄んだ鳥の鳴き声に、
先々の緑がしんとなる。
汗をかきながらたどり着けば、池のまわりと険しい戸隠山も、
先月来たときよりも、すっかり緑が深くなっていた。
奥社の入口には県外ナンバーの車が並び、
おおきな鳥居を行き来する人がつづく。
平日でもパワースポットの地は、
あいかわらず人出が多いのだった。
帰路、近道にとほそい林道を抜けていったら、
目の前に、茂みに飛び込む熊がいた。
思わず窓を閉めて、茂みを見たらもう見えない。
でかいのにすばやいなあと、
どきどきしながら感心してしまった。
家に着くまで動悸が収まらなかったのだった。
シャワーを浴びて汗を流してさっぱりすれば、
明るい夕方のビールが旨い。
ゆっくり緑を愛でた日は気分が穏やかになり、
熊にはもう会いたくないけれど、好い季節と思うのだった。
夏に向けて
水無月 1
向かいのお宅で、職人さんが、日がな一日庭木の手入れをしていた。
中年のおじさんと若いお兄さんの二人、
松の木に上がり、ときどき言葉を交わしながら、
おおきな鋏で刈っていく。
露地にひびく小気味の好い音を聞きながら、
速やかな仕事ぶりを眺めていた。
午後にはすっかりさっぱりとした枝のむこうに、
高だかとした、神社の緑が顔を出したのだった。
日ごと夏の気配が増して、界隈の緑が眩しい。
ひとまわり、善光寺のまわりを歩くだけで、
気分も穏やかになるのだった。
善光寺保育園では、園児たちが庭を駆けまわり、
若いおかあさんたちが立ち話をしている。
善光寺の境内を抜けていく城山小学校の子供たちは、
先頭を行くお兄ちゃんの足が速い。
うしろを確かめることもしないから、付いていくちいさな子たちは、
離れるたびに、走って追いついてをくり返している。
だれも文句を言わないのはえらいことだった。
五月さいごの土曜日、用事があって実家へ出かけた。
桜並木の緑を眺めながら歩いていくと、
道々見かける清泉女学院の生徒たちが、
花を一輪持っていた。
用事を済ませて戻る途中、また見かけたから尋ねたら、
今日は学校でミサがあるという。
キリスト教では、五月はアベ・マリア様の月で、
学校が創立した月でもあるという。
毎年月末の土曜日に、
花を手向けてお祈りをすると教えてくれた。
花一輪の女生徒たちが緑の下を行く。
それもまた、爽やかなひとコマなのだった。
梅雨の雨が授かれば、緑もより艶やかに深くなる。
最近は、いきなりの豪雨の日が増えたから、
降るなら、さめざめと緑を濡らしてもらいたい。
雨の景色を眺めながらビールを飲む。
そんな時間が贅沢と思えるこの頃になっているのだった。

向かいのお宅で、職人さんが、日がな一日庭木の手入れをしていた。
中年のおじさんと若いお兄さんの二人、
松の木に上がり、ときどき言葉を交わしながら、
おおきな鋏で刈っていく。
露地にひびく小気味の好い音を聞きながら、
速やかな仕事ぶりを眺めていた。
午後にはすっかりさっぱりとした枝のむこうに、
高だかとした、神社の緑が顔を出したのだった。
日ごと夏の気配が増して、界隈の緑が眩しい。
ひとまわり、善光寺のまわりを歩くだけで、
気分も穏やかになるのだった。
善光寺保育園では、園児たちが庭を駆けまわり、
若いおかあさんたちが立ち話をしている。
善光寺の境内を抜けていく城山小学校の子供たちは、
先頭を行くお兄ちゃんの足が速い。
うしろを確かめることもしないから、付いていくちいさな子たちは、
離れるたびに、走って追いついてをくり返している。
だれも文句を言わないのはえらいことだった。
五月さいごの土曜日、用事があって実家へ出かけた。
桜並木の緑を眺めながら歩いていくと、
道々見かける清泉女学院の生徒たちが、
花を一輪持っていた。
用事を済ませて戻る途中、また見かけたから尋ねたら、
今日は学校でミサがあるという。
キリスト教では、五月はアベ・マリア様の月で、
学校が創立した月でもあるという。
毎年月末の土曜日に、
花を手向けてお祈りをすると教えてくれた。
花一輪の女生徒たちが緑の下を行く。
それもまた、爽やかなひとコマなのだった。
梅雨の雨が授かれば、緑もより艶やかに深くなる。
最近は、いきなりの豪雨の日が増えたから、
降るなら、さめざめと緑を濡らしてもらいたい。
雨の景色を眺めながらビールを飲む。
そんな時間が贅沢と思えるこの頃になっているのだった。