焼肉詣でに
如月 6
上田に暮らす友だちがいる。
毎日子育てと仕事にいそがしい。
ひさしぶりに飲み交わすことになり、
このたびは焼き肉屋でと相成った。
日曜日の夕方、
ビールを飲みながら新幹線で上田に行く。
上田の町が気に入りで、
気が向けばぶらりと訪ねている。
車窓から城跡公園の櫓が見えるたび、
なつかしい気分になるのだった。
昨年は、大河ドラマの真田丸のおかげで、
町もずいぶんにぎわっていた。
駐車場には観光バスがずらりと並び、
城跡公園も人であふれかえっていた。
好きな町が盛り上がるのはうれしいことと、
眺めていた。
友だちが連れて行ってくれたのは、
上田駅からまっすぐ上がり、
中央2丁目の信号のちょい手前、
「菜」という店だった。
ママ友の旦那さんがやっているといい、
明るくておしゃれな店内は、
焼き肉屋にありがちな油臭さがない。
カウンター越しのご主人はまだ若く、
冬はスキーのインストラクターもしているという。
ビールで乾杯をして、赤身の盛り合わせを頼んだら、
つやつやと旨そうな肉が出てきた。
ワインを飲みながらほおばれば、
こりゃおいしいと声に出る。
目の前のロースターは、煙も出ずに油もはねない。
服や髪に匂いがつかないのは、
ありがたいことだった。
追加で頼んだホルモンも、
ご好意の自家製のウインナーも美味しくて、
次から次へとたいらげて、ワイン二本空にした。
良い店だねえ、余は満足じゃと店を出て、
はしご酒に、初めてのワインバーへ連れて行ってもらう。
ワインを飲みながら、
個性的なご主人と話をしたのは覚えている。
が、店の場所も名前もさっぱりと記憶が飛んでいる。
ひさしぶりの上田飲みに、よくよく酩酊したのだった。
春の兆しが見えてくると、城跡公園の桜が気になって、
日ごとパソコンで、開花の様子を確かめるようになる。
春の酒を楽しみに。
上田の夜はまだまだ奥が深いのだった。

上田に暮らす友だちがいる。
毎日子育てと仕事にいそがしい。
ひさしぶりに飲み交わすことになり、
このたびは焼き肉屋でと相成った。
日曜日の夕方、
ビールを飲みながら新幹線で上田に行く。
上田の町が気に入りで、
気が向けばぶらりと訪ねている。
車窓から城跡公園の櫓が見えるたび、
なつかしい気分になるのだった。
昨年は、大河ドラマの真田丸のおかげで、
町もずいぶんにぎわっていた。
駐車場には観光バスがずらりと並び、
城跡公園も人であふれかえっていた。
好きな町が盛り上がるのはうれしいことと、
眺めていた。
友だちが連れて行ってくれたのは、
上田駅からまっすぐ上がり、
中央2丁目の信号のちょい手前、
「菜」という店だった。
ママ友の旦那さんがやっているといい、
明るくておしゃれな店内は、
焼き肉屋にありがちな油臭さがない。
カウンター越しのご主人はまだ若く、
冬はスキーのインストラクターもしているという。
ビールで乾杯をして、赤身の盛り合わせを頼んだら、
つやつやと旨そうな肉が出てきた。
ワインを飲みながらほおばれば、
こりゃおいしいと声に出る。
目の前のロースターは、煙も出ずに油もはねない。
服や髪に匂いがつかないのは、
ありがたいことだった。
追加で頼んだホルモンも、
ご好意の自家製のウインナーも美味しくて、
次から次へとたいらげて、ワイン二本空にした。
良い店だねえ、余は満足じゃと店を出て、
はしご酒に、初めてのワインバーへ連れて行ってもらう。
ワインを飲みながら、
個性的なご主人と話をしたのは覚えている。
が、店の場所も名前もさっぱりと記憶が飛んでいる。
ひさしぶりの上田飲みに、よくよく酩酊したのだった。
春の兆しが見えてくると、城跡公園の桜が気になって、
日ごとパソコンで、開花の様子を確かめるようになる。
春の酒を楽しみに。
上田の夜はまだまだ奥が深いのだった。
新酒の時期に
如月 5
毎晩日本酒を飲んでいる。
ぽちぽちと、あちこちのお蔵さんの新酒が飲めるようになり、
飲み屋や自宅で味をたしかめている。
酒の味を覚えたころは、値の張る酒ばかり買っていた。
高くないと美味しくないと思っていたのだった。
今のように、たやすく情報の入るときではなかったから、
目についた酒屋に飛び込んでは、
珍しい銘柄はないものかと物色をしていた。
日本酒の本や雑誌を買い込んでは知識を得たり、
酒屋に飲み屋を徘徊して、
そこそこいろんな銘柄をこなしてくると、
うんちくをこねたくなる。
酒は純米じゃないといけないとか、
こつこつ造るちいさなお蔵さんじゃないといけないとか、
コンピューターを使うなんてもってのほかだとか、
妙な思い込みをしては、遠慮もなく好きだ嫌いだと騒いでいた。
ずいぶん尊大な態度で酔っ払っていたと、
今から思えば恥ずかしい。
酒のひとときはおおらかに。
ときどきわるい癖が頭をもたげるから、
気をつけなくてはいけない。
造りに携わるかたがたに話を伺えば、
良心的なお蔵さんは、安い酒から高い酒まで、
同じように手間ひまをかけて造っている。
歳をかさねてくると、気構えることが面倒くさくなってくる。
安くて旨けりゃそれで充分。
すこし酸っぱくなった野沢菜をつまみながら、
本醸造か普通酒の燗酒をやっていると、
疲れずにだらだらとほっとできるのだった。
いつぞや、飯山の北光政宗の杜氏さんが、
若いときはさんざん純米吟醸や大吟醸のような
高い酒を飲んで、歳をかさねたら、
普通酒に落ち着くのが粋な酒飲みですと言っていた。
まだ31歳の杜氏なのに、ずいぶん渋いことをいう。
若くても、その道の人は達観してらっしゃると
感心したのだった。

毎晩日本酒を飲んでいる。
ぽちぽちと、あちこちのお蔵さんの新酒が飲めるようになり、
飲み屋や自宅で味をたしかめている。
酒の味を覚えたころは、値の張る酒ばかり買っていた。
高くないと美味しくないと思っていたのだった。
今のように、たやすく情報の入るときではなかったから、
目についた酒屋に飛び込んでは、
珍しい銘柄はないものかと物色をしていた。
日本酒の本や雑誌を買い込んでは知識を得たり、
酒屋に飲み屋を徘徊して、
そこそこいろんな銘柄をこなしてくると、
うんちくをこねたくなる。
酒は純米じゃないといけないとか、
こつこつ造るちいさなお蔵さんじゃないといけないとか、
コンピューターを使うなんてもってのほかだとか、
妙な思い込みをしては、遠慮もなく好きだ嫌いだと騒いでいた。
ずいぶん尊大な態度で酔っ払っていたと、
今から思えば恥ずかしい。
酒のひとときはおおらかに。
ときどきわるい癖が頭をもたげるから、
気をつけなくてはいけない。
造りに携わるかたがたに話を伺えば、
良心的なお蔵さんは、安い酒から高い酒まで、
同じように手間ひまをかけて造っている。
歳をかさねてくると、気構えることが面倒くさくなってくる。
安くて旨けりゃそれで充分。
すこし酸っぱくなった野沢菜をつまみながら、
本醸造か普通酒の燗酒をやっていると、
疲れずにだらだらとほっとできるのだった。
いつぞや、飯山の北光政宗の杜氏さんが、
若いときはさんざん純米吟醸や大吟醸のような
高い酒を飲んで、歳をかさねたら、
普通酒に落ち着くのが粋な酒飲みですと言っていた。
まだ31歳の杜氏なのに、ずいぶん渋いことをいう。
若くても、その道の人は達観してらっしゃると
感心したのだった。
真澄を利いて
如月 4
日本酒が好きで、毎日酌んでいる。
寒い夜、中井貴一の雲霧仁左衛門なんぞを観ながら、
燗酒で温まっていると、
よくよくおっさんになったなあと、
ふとわびしくなったりするのだった。
馴染みの飲み屋のべじた坊さんで宴が有った。
地酒の揃えの好い店は、
通い始めて今年の初夏で7年になる。
カウンターのすみに落ち着いて、
ビールを飲みながら品書きを見たら、
めずらしく、諏訪の真澄が載っていた。
酒の味を覚えたころ、名の知れた長野の銘柄といえば、
大手の造り手の、真澄か木曽の七笑くらいなものだった。
いつでもどこでも手に入るからありがたみがない。
かといって、地元のほかの酒を飲んでも、
なんだかなあと満足できず。
たまたま入った酒屋で見つけた、
北陸や東北の銘柄ばかり酌んでいたのだった。
ところがここ近年、
旨い酒を造るちいさなお蔵さんがあちこちに出てきた。
長野でも、東西南北好き味を醸すお蔵さんが増えて、
酒徒にとって、まことにありがたいことになっている。
そうなると、真澄のようにたやすく手に入る銘柄は分がわるい。
今さら扱わなくてもと、
飲み屋で見かけることが、とんとなくなっていたのだった。
おととしの冬、友だちが真澄の新酒を送って来てくれた。
久しぶりに利いてみたら、
以前よりもきめの細かさが増していておどろいた。
この日べじた坊さんで酌んだうすにごりの新酒も、
旨みと酸のあんばいが絶妙で、いいですねえと口に出た。
旨い酒が増えた中、それに加えて品の良さと、
あかぬけ感を感じる銘柄に出会うときがある。
あらためて、すごいお蔵さんと思ったのだった。
春の気配がすこしづつ。
おおきいお蔵さんもちいさなお蔵さんも、
無事に造りの冬を終えられますように。

日本酒が好きで、毎日酌んでいる。
寒い夜、中井貴一の雲霧仁左衛門なんぞを観ながら、
燗酒で温まっていると、
よくよくおっさんになったなあと、
ふとわびしくなったりするのだった。
馴染みの飲み屋のべじた坊さんで宴が有った。
地酒の揃えの好い店は、
通い始めて今年の初夏で7年になる。
カウンターのすみに落ち着いて、
ビールを飲みながら品書きを見たら、
めずらしく、諏訪の真澄が載っていた。
酒の味を覚えたころ、名の知れた長野の銘柄といえば、
大手の造り手の、真澄か木曽の七笑くらいなものだった。
いつでもどこでも手に入るからありがたみがない。
かといって、地元のほかの酒を飲んでも、
なんだかなあと満足できず。
たまたま入った酒屋で見つけた、
北陸や東北の銘柄ばかり酌んでいたのだった。
ところがここ近年、
旨い酒を造るちいさなお蔵さんがあちこちに出てきた。
長野でも、東西南北好き味を醸すお蔵さんが増えて、
酒徒にとって、まことにありがたいことになっている。
そうなると、真澄のようにたやすく手に入る銘柄は分がわるい。
今さら扱わなくてもと、
飲み屋で見かけることが、とんとなくなっていたのだった。
おととしの冬、友だちが真澄の新酒を送って来てくれた。
久しぶりに利いてみたら、
以前よりもきめの細かさが増していておどろいた。
この日べじた坊さんで酌んだうすにごりの新酒も、
旨みと酸のあんばいが絶妙で、いいですねえと口に出た。
旨い酒が増えた中、それに加えて品の良さと、
あかぬけ感を感じる銘柄に出会うときがある。
あらためて、すごいお蔵さんと思ったのだった。
春の気配がすこしづつ。
おおきいお蔵さんもちいさなお蔵さんも、
無事に造りの冬を終えられますように。

小さな店を
如月 3
日ごろ、買い物は近所の店で済ませている。
町内にちいさな八百屋があった。
昨年の秋に旦那さんが体調をくずしてから、
ずっと戸が閉まったままだった。
年が明けてまもなく、
新聞のお悔やみ欄に名前を見つけたのだった。
朝は軒先に野菜や果物を並べ、
夕方になると、奥さんとふたりでもくもくと片付けていた。
見慣れた様子がまたひとつ、町から消えてしまった。
門前町に住みはじめてから、
界隈からぽつぽつと店がなくなった。
古い町には年寄りだけの世帯も多い。
歩ける距離で買い物ができなくなるのは、
たいへん困ったことなのだった。
休日、実家の父から電話が来た。
このところ、体調不良で車の運転ができなくなっていた。
買い物に連れて行けというのだった。
かつては実家のまわりにもスーパーが有り、
個人の店もいくつかあった。
どこもかしこもなくなって、
今は八百屋が一軒あるだけだった。
父を乗せて、SBC通りのビックへ行くと、
平日なのに、ひっきりなしに車が出入りしている。
父のうしろからカートを押して眺めていけば、
野菜も魚も肉も総菜も、ぶったまげるほど安い。
ちいさい子を連れた若いお母さんに、
おじいさんやおばあさんたちが店内をさまよっている。
家族を抱えたり、年金暮らしの身になれば、
すこしでも値段が安いに越したことはない。
これじゃあ店もなくなるわけだなあ。
しみじみ合点がいってしまった。せめて気楽な独り身は、
微力でも、
馴染みのちいさな店に、お金を落としたいと思うのだった。
夕方、焼き肉が食べたくなって、近所の肉屋に出かけた。
霜降りの、国産和牛のカルビを200グラム。
上等な味だったのに、
5切れも食べないうちに胃がもたれてきた。
今度買うときは赤身ですな。
寄る年波に胃袋もおとろえて、情けないことだった。

日ごろ、買い物は近所の店で済ませている。
町内にちいさな八百屋があった。
昨年の秋に旦那さんが体調をくずしてから、
ずっと戸が閉まったままだった。
年が明けてまもなく、
新聞のお悔やみ欄に名前を見つけたのだった。
朝は軒先に野菜や果物を並べ、
夕方になると、奥さんとふたりでもくもくと片付けていた。
見慣れた様子がまたひとつ、町から消えてしまった。
門前町に住みはじめてから、
界隈からぽつぽつと店がなくなった。
古い町には年寄りだけの世帯も多い。
歩ける距離で買い物ができなくなるのは、
たいへん困ったことなのだった。
休日、実家の父から電話が来た。
このところ、体調不良で車の運転ができなくなっていた。
買い物に連れて行けというのだった。
かつては実家のまわりにもスーパーが有り、
個人の店もいくつかあった。
どこもかしこもなくなって、
今は八百屋が一軒あるだけだった。
父を乗せて、SBC通りのビックへ行くと、
平日なのに、ひっきりなしに車が出入りしている。
父のうしろからカートを押して眺めていけば、
野菜も魚も肉も総菜も、ぶったまげるほど安い。
ちいさい子を連れた若いお母さんに、
おじいさんやおばあさんたちが店内をさまよっている。
家族を抱えたり、年金暮らしの身になれば、
すこしでも値段が安いに越したことはない。
これじゃあ店もなくなるわけだなあ。
しみじみ合点がいってしまった。せめて気楽な独り身は、
微力でも、
馴染みのちいさな店に、お金を落としたいと思うのだった。
夕方、焼き肉が食べたくなって、近所の肉屋に出かけた。
霜降りの、国産和牛のカルビを200グラム。
上等な味だったのに、
5切れも食べないうちに胃がもたれてきた。
今度買うときは赤身ですな。
寄る年波に胃袋もおとろえて、情けないことだった。
立春に
如月 2
立春。暦の上では春になった。
朝の冷え込みはまだまだきびしいものの、
日中、陽気の良い日がつづき、
町なかの雪もようやく溶けてきた。
ときどき降る日があっても、積もらずに溶けて、
雪のさまにも、あたたかなきざしがあるのだった。
早朝、ひさしぶりに町をひと走りした。
寒くて布団から出られずに、すっかり体が鈍っていた。
東町の通りを下りていくと、
信号の先のやくざの事務所の前で、
パトカーのサイレンが明滅していた。
ひと晩中ご苦労なことで。
ほかの町でやくざ同士の抗争があってから、
欠かさず張り付いているのだった。
交差点を左に曲がり、東に向かって走っていく。
歩いてくる人に走ってくる人、
ときおりすれちがいながら挨拶を交わす。
セブンイレブンの前では作業着姿のお兄さんたちが、
白い息を吐きながらコーヒーを飲んでいる。
ドミノピザの前を過ぎるころ、
彼方の稜線が、赤く明るくなってきた。
デニーズの窓際の席では、
若いお母さんと女の子が、まじめな顔でご飯を食べている。
早朝のファミレスに合わない光景がすこし気になった。
東和田郵便局の前まで来たら、
国道を行きかう車の数も増えてくる。
来た道をふたたび戻って行けば、
うしろから軽快な足取りののランナーが抜いていき、
みるみる小さくなっていく。
これから春先にかけて、長野マラソンを目指すランナーが、
町なかにも増えてくるのだった。
大門の八十二銀行の角を曲がって、
喘ぎながら善光寺へたどり着く。
お朝事へ向かう坊さんたちが、
ぽつぽつ本堂へ吸い込まれて行き、
朝7時、門前町の一日が始まるのだった。
ニュースを見ていたら、早々に桜の開花の時期を知らせていた。
開花に満開、長野は4月中旬という。
夕刻の陽も伸びて、あとすこし。
氏神さんの境内からうす明るい西の空を眺めていれば、
春待ち気分も膨らんで好いとなる。

立春。暦の上では春になった。
朝の冷え込みはまだまだきびしいものの、
日中、陽気の良い日がつづき、
町なかの雪もようやく溶けてきた。
ときどき降る日があっても、積もらずに溶けて、
雪のさまにも、あたたかなきざしがあるのだった。
早朝、ひさしぶりに町をひと走りした。
寒くて布団から出られずに、すっかり体が鈍っていた。
東町の通りを下りていくと、
信号の先のやくざの事務所の前で、
パトカーのサイレンが明滅していた。
ひと晩中ご苦労なことで。
ほかの町でやくざ同士の抗争があってから、
欠かさず張り付いているのだった。
交差点を左に曲がり、東に向かって走っていく。
歩いてくる人に走ってくる人、
ときおりすれちがいながら挨拶を交わす。
セブンイレブンの前では作業着姿のお兄さんたちが、
白い息を吐きながらコーヒーを飲んでいる。
ドミノピザの前を過ぎるころ、
彼方の稜線が、赤く明るくなってきた。
デニーズの窓際の席では、
若いお母さんと女の子が、まじめな顔でご飯を食べている。
早朝のファミレスに合わない光景がすこし気になった。
東和田郵便局の前まで来たら、
国道を行きかう車の数も増えてくる。
来た道をふたたび戻って行けば、
うしろから軽快な足取りののランナーが抜いていき、
みるみる小さくなっていく。
これから春先にかけて、長野マラソンを目指すランナーが、
町なかにも増えてくるのだった。
大門の八十二銀行の角を曲がって、
喘ぎながら善光寺へたどり着く。
お朝事へ向かう坊さんたちが、
ぽつぽつ本堂へ吸い込まれて行き、
朝7時、門前町の一日が始まるのだった。
ニュースを見ていたら、早々に桜の開花の時期を知らせていた。
開花に満開、長野は4月中旬という。
夕刻の陽も伸びて、あとすこし。
氏神さんの境内からうす明るい西の空を眺めていれば、
春待ち気分も膨らんで好いとなる。
湯の町で
如月 1
友だちが二人、草津に暮らしている。
住みついて一年あまり。
それぞれ素泊まりの宿と蕎麦屋を営んでいる。
飲み仲間のかたがたと、温泉に浸かりに行ったのだった。
清々と天気に恵まれて、
青空に白煙を上げる浅間山を眺めながら、
雪でおおわれたキャベツ畑の間を抜けていく。
宿に着いて、ひと息ビールを飲んで休んでいれば、
週末は泊り客が多い。
やって来たお客を出迎えた友だちが、
怪訝そうな顔で戻ってきた。
若い男の二人連れ、こんなにいい天気なのに、
部屋に入るなりカーテンを閉めきって暗くしているという。
それはなんですか、なんか怪しい関係というやつなんですかね。
みんなで、小声でひそひそ気になりだす。
腹も空いてきて、いつまでも気にしていられない。
静まりかえった部屋を見ながら外へ出て、
蕎麦屋へ向かった。
どうもお疲れさまでした。ビールで乾杯をして、
漬け物ときのこおろしと天ぷらをつまみに燗酒を酌んだ。
賑わう湯畑のまわりをぶらついて、外湯に浸かって、
宿に戻って内湯に浸かる。
陽も暮れて宴どきを迎えれば、
蕎麦屋の旦那が鴨鍋を仕込んできてくれた。
こいつは豪勢ですなあと、箸を伸ばしながら、
積善と明鏡止水と和和和と月吉野と
豊香とこんな夜にの杯を重ねたのだった。
宿にはこのごろ外人のお客も多いという。
宴のさなか、ひょっこり顔を出したのは、
きれいな中国人の女の子だった。
いっしょにビールを飲みながら、
東京の大学で日本語を学んでいると、
流ちょうな日本語で話すのだった。
気さくな家主のちいさな宿は、
こんな出会いもあったりするから面白い。
いつもは馴染みのおでん屋で、面を突き合わせる仲だった。
こうして河岸を変えて酌み合うと、
また新鮮な気分で酔えて好い。湯と酒と料理を満喫して、
定例の温泉詣でとしたくなった。
怪しい男の二人連れは出てくることなく、
ついぞ姿を拝めなかった。

友だちが二人、草津に暮らしている。
住みついて一年あまり。
それぞれ素泊まりの宿と蕎麦屋を営んでいる。
飲み仲間のかたがたと、温泉に浸かりに行ったのだった。
清々と天気に恵まれて、
青空に白煙を上げる浅間山を眺めながら、
雪でおおわれたキャベツ畑の間を抜けていく。
宿に着いて、ひと息ビールを飲んで休んでいれば、
週末は泊り客が多い。
やって来たお客を出迎えた友だちが、
怪訝そうな顔で戻ってきた。
若い男の二人連れ、こんなにいい天気なのに、
部屋に入るなりカーテンを閉めきって暗くしているという。
それはなんですか、なんか怪しい関係というやつなんですかね。
みんなで、小声でひそひそ気になりだす。
腹も空いてきて、いつまでも気にしていられない。
静まりかえった部屋を見ながら外へ出て、
蕎麦屋へ向かった。
どうもお疲れさまでした。ビールで乾杯をして、
漬け物ときのこおろしと天ぷらをつまみに燗酒を酌んだ。
賑わう湯畑のまわりをぶらついて、外湯に浸かって、
宿に戻って内湯に浸かる。
陽も暮れて宴どきを迎えれば、
蕎麦屋の旦那が鴨鍋を仕込んできてくれた。
こいつは豪勢ですなあと、箸を伸ばしながら、
積善と明鏡止水と和和和と月吉野と
豊香とこんな夜にの杯を重ねたのだった。
宿にはこのごろ外人のお客も多いという。
宴のさなか、ひょっこり顔を出したのは、
きれいな中国人の女の子だった。
いっしょにビールを飲みながら、
東京の大学で日本語を学んでいると、
流ちょうな日本語で話すのだった。
気さくな家主のちいさな宿は、
こんな出会いもあったりするから面白い。
いつもは馴染みのおでん屋で、面を突き合わせる仲だった。
こうして河岸を変えて酌み合うと、
また新鮮な気分で酔えて好い。湯と酒と料理を満喫して、
定例の温泉詣でとしたくなった。
怪しい男の二人連れは出てくることなく、
ついぞ姿を拝めなかった。