軽自動車を
葉月 八
実家に出かけたら、父にパンフレットを渡された。
スズキにダイハツ、
車を買い換えることにしたという。
長い間、箱型の乗用車に乗っていた。
もうじき車検をむかえるという。
遠くへ出かけるわけでもなく、
用事といえば、スーパーへの買い物と、
母の病院への送迎ぐらいなものだから、
軽自動車でじゅうぶんと、
買い換えることにしたのだった。
カタログを眺めても、
むずかしくてよくわからない。
どちらがいいか選んでくれという。
派手好きの母が、
買うなら赤色がいいわと言ったから、
水気のぬけた茄子のようなおっさんに
赤色は似合わないだろうと、
にこにこと、旨そうに酒を飲んでいる父を眺めた。
次の日ゆっくり拝見すれば、
この頃の軽自動車は、ほんとに良く出来ている。
燃費もリッター三十キロはあたりまえ。
ご親切に、
どれだけガソリンを使わずに運転したか、
採点までしてくれる。
信号が近づけば勝手にエンジンが止まり、
前の車にぶつかりそうになれば、
勝手にブレーキがかかる。
ぶつかったら、
前から横からエアバッグが飛び出してくる。
怪しい人が触るとおおきな音で知らせてくれて、
これだけ装備が付いているのに、
値段を見れば、それほど高くない。
まことにいたれりつくせりなのだった。
日ごろ軽自動車は、
かつてのアルト四十七万円のときのように
もっと簡素で手軽で手ごろで好いと思っている。
それでも,高齢な父が運転するとあれば、
このくらい安全装備があるほうが
ちょうどよいのかもしれない。
よくよく目をとおして、
このたびは、ダイハツがよろしいかと存じます。
伝えることにした。
実家に出かけたら、父にパンフレットを渡された。
スズキにダイハツ、
車を買い換えることにしたという。
長い間、箱型の乗用車に乗っていた。
もうじき車検をむかえるという。
遠くへ出かけるわけでもなく、
用事といえば、スーパーへの買い物と、
母の病院への送迎ぐらいなものだから、
軽自動車でじゅうぶんと、
買い換えることにしたのだった。
カタログを眺めても、
むずかしくてよくわからない。
どちらがいいか選んでくれという。
派手好きの母が、
買うなら赤色がいいわと言ったから、
水気のぬけた茄子のようなおっさんに
赤色は似合わないだろうと、
にこにこと、旨そうに酒を飲んでいる父を眺めた。
次の日ゆっくり拝見すれば、
この頃の軽自動車は、ほんとに良く出来ている。
燃費もリッター三十キロはあたりまえ。
ご親切に、
どれだけガソリンを使わずに運転したか、
採点までしてくれる。
信号が近づけば勝手にエンジンが止まり、
前の車にぶつかりそうになれば、
勝手にブレーキがかかる。
ぶつかったら、
前から横からエアバッグが飛び出してくる。
怪しい人が触るとおおきな音で知らせてくれて、
これだけ装備が付いているのに、
値段を見れば、それほど高くない。
まことにいたれりつくせりなのだった。
日ごろ軽自動車は、
かつてのアルト四十七万円のときのように
もっと簡素で手軽で手ごろで好いと思っている。
それでも,高齢な父が運転するとあれば、
このくらい安全装備があるほうが
ちょうどよいのかもしれない。
よくよく目をとおして、
このたびは、ダイハツがよろしいかと存じます。
伝えることにした。

夏もおわりに
葉月 七
一日はげしい雨が降り、季節がいれかわる。
陽射しのつよさもやわらいで、
路地にひびく蝉の鳴き声も、日ごとすくなくなっている。
朝晩、肌ざむい日もあるほどで、
ちろちろ虫の声が、しずかに聞こえてくる。
夏の間、にぎやかだった善光寺の境内も、
見かける人の姿もおちついて、
水をはった城山小学校のプールも、
所在なげにしている。
過ぎてみれば、この夏もみじかい。
夏の間、左足の調子がわるかった。
膝のまわりに痛みがあって、
このごろは、
正座をするのもままならなくなってきた。
ときどき世話になっている治療院へ
出かけたのだった。
権堂の、飲み屋街のはしっこにある治療院は、
年配のご夫婦が営んでいらっしゃる。
いつも診てくれるのは奥さんのほうで、
症状を説明してうつ伏せになる。
膝のまわりのつぼを探ってから、
とんとんと針を打ってゆく。
ラジオからは,子供電話相談室が流れてきて、
都会の学校はまだ夏休みとわかった。
小学校四年生の女の子が、
私は十月生まれのさそり座です。
秋に生まれたのに、
なぜさそり座は夏の星座なのですかと、
なかなか目のつけどころの好い相談をしてきた。
それを聞いて治療院のご主人が、
いいえ、わたっしは、さそりざのおんな~と
唄いだし、おかしい。
膝の針をそのままに、
体のほかのところも診てもらったら、
背中がずいぶん張っているとおどろかれ、
内臓がだいぶ疲れてるんですよおといわれた。
連夜の飲み会で、
胃腸に肝臓、たしかに負担をかけていた。
この夏の不摂生が、
正直に体にあらわれているのだった。
しっかり二時間、念入りに治療をしてもらい、
足を曲げてのばして座ってみれば、
すっかり痛みもなくなって、
背中の張りも軽くなり、ありがたい。
秋はすこしおちついて、
体に無理かけぬようにと反省した。
夕方、昼寝のあとに散歩に出たら、
なごりの入道雲が夕陽に映えていた。
あとすこしもすれば、
ゆるり燗酒の似合うころとなる。
一日はげしい雨が降り、季節がいれかわる。
陽射しのつよさもやわらいで、
路地にひびく蝉の鳴き声も、日ごとすくなくなっている。
朝晩、肌ざむい日もあるほどで、
ちろちろ虫の声が、しずかに聞こえてくる。
夏の間、にぎやかだった善光寺の境内も、
見かける人の姿もおちついて、
水をはった城山小学校のプールも、
所在なげにしている。
過ぎてみれば、この夏もみじかい。
夏の間、左足の調子がわるかった。
膝のまわりに痛みがあって、
このごろは、
正座をするのもままならなくなってきた。
ときどき世話になっている治療院へ
出かけたのだった。
権堂の、飲み屋街のはしっこにある治療院は、
年配のご夫婦が営んでいらっしゃる。
いつも診てくれるのは奥さんのほうで、
症状を説明してうつ伏せになる。
膝のまわりのつぼを探ってから、
とんとんと針を打ってゆく。
ラジオからは,子供電話相談室が流れてきて、
都会の学校はまだ夏休みとわかった。
小学校四年生の女の子が、
私は十月生まれのさそり座です。
秋に生まれたのに、
なぜさそり座は夏の星座なのですかと、
なかなか目のつけどころの好い相談をしてきた。
それを聞いて治療院のご主人が、
いいえ、わたっしは、さそりざのおんな~と
唄いだし、おかしい。
膝の針をそのままに、
体のほかのところも診てもらったら、
背中がずいぶん張っているとおどろかれ、
内臓がだいぶ疲れてるんですよおといわれた。
連夜の飲み会で、
胃腸に肝臓、たしかに負担をかけていた。
この夏の不摂生が、
正直に体にあらわれているのだった。
しっかり二時間、念入りに治療をしてもらい、
足を曲げてのばして座ってみれば、
すっかり痛みもなくなって、
背中の張りも軽くなり、ありがたい。
秋はすこしおちついて、
体に無理かけぬようにと反省した。
夕方、昼寝のあとに散歩に出たら、
なごりの入道雲が夕陽に映えていた。
あとすこしもすれば、
ゆるり燗酒の似合うころとなる。

ひやおろしを利いて
葉月 六
暑い毎日に、この夏も度を越して
ビールに冷や酒を酌んでしまった。
今週は晩酌で、
伏見の澤屋まつもとを酌んでいる。
二月にお蔵を訪ねたさいに、
工夫のある造りを見せていただいて、
おもむきのあった木造の酒蔵や、
レンガの煙突がなつかしい。
このたび酌んでいるのは、
少量、限定生産の、
麹米が山田錦、掛米が愛山の、
八割磨きのものだった。
よい米で、よい仕込みをすれば、
たいそう米を削らなくても、
旨い酒になると教えてくれる味だった。
ラベルには静と動の文字があり、
冷やでも燗でもいけることを表している。
お盆をすぎて、日中の暑さは残っていても、
朝晩の空気の静けさに、
秋の気配が感じられる。
すこしずつ、燗酒を酌む日も多くなるのだった。
なじみの飲み屋のいいださんで、
酒蔵のかたがたの宴にまぜていただいた。
この日は、それぞれのお蔵さんの
ひやおろしを利かせていただくこととなる。
冬に仕込んで夏すぎて、
秋に味ののった酒をひやおろしという。
このごろは、
九月九日がひやおろしの日と決められていて、
いっせいに発売されるという。
先がけて飲めるのは、酒好き冥利なことだった。
旨みの濃淡、酸の強弱、
それぞれちがいはあるものの、
どれもきれいなあと口が印象にのこる。
昨年は、米が硬くて造りに苦労したという。
天候不順の日が多く、
今年の米も硬そうと心配をしている。
それでもこれだけの味わいが出せるのだから、
たいしたものですと、
馴染みのかたがたの顔をながめた。
コンビニへビールを買いに出かけたら、
キリンの秋味が発売されていた。
このごろは秋の訪れを、
日本酒やビールが教えてくれるのだった。

暑い毎日に、この夏も度を越して
ビールに冷や酒を酌んでしまった。
今週は晩酌で、
伏見の澤屋まつもとを酌んでいる。
二月にお蔵を訪ねたさいに、
工夫のある造りを見せていただいて、
おもむきのあった木造の酒蔵や、
レンガの煙突がなつかしい。
このたび酌んでいるのは、
少量、限定生産の、
麹米が山田錦、掛米が愛山の、
八割磨きのものだった。
よい米で、よい仕込みをすれば、
たいそう米を削らなくても、
旨い酒になると教えてくれる味だった。
ラベルには静と動の文字があり、
冷やでも燗でもいけることを表している。
お盆をすぎて、日中の暑さは残っていても、
朝晩の空気の静けさに、
秋の気配が感じられる。
すこしずつ、燗酒を酌む日も多くなるのだった。
なじみの飲み屋のいいださんで、
酒蔵のかたがたの宴にまぜていただいた。
この日は、それぞれのお蔵さんの
ひやおろしを利かせていただくこととなる。
冬に仕込んで夏すぎて、
秋に味ののった酒をひやおろしという。
このごろは、
九月九日がひやおろしの日と決められていて、
いっせいに発売されるという。
先がけて飲めるのは、酒好き冥利なことだった。
旨みの濃淡、酸の強弱、
それぞれちがいはあるものの、
どれもきれいなあと口が印象にのこる。
昨年は、米が硬くて造りに苦労したという。
天候不順の日が多く、
今年の米も硬そうと心配をしている。
それでもこれだけの味わいが出せるのだから、
たいしたものですと、
馴染みのかたがたの顔をながめた。
コンビニへビールを買いに出かけたら、
キリンの秋味が発売されていた。
このごろは秋の訪れを、
日本酒やビールが教えてくれるのだった。

美術館へ
葉月 五
ときどき美術館に行くことがある。
平日の館内は人の姿もすくなく、
ゆっくりと作品と向き合える。
近所の信濃美術館で、黒田清輝展をやっていた。
画家を志した修行時代の作品から、
名を馳せた有名な作品まで、一堂に飾られていた。
代表作の湖畔は、湖のほとりで涼をとる、
夫人を描いたものという。
夏の光をおびた風景に、
涼しげな浴衣姿の夫人がとけこんだ、
やわらかい色合いが印象にのこった。
お盆休みの中日、水野美術館へ出かけた。
はじめて訪れた美術館は、
おおきな窓から日本庭園が見渡せる、
おちついた佇まいが好い。
雪月花 美人画の四季展が開かれていて、
いろんな作者の美人画が、しずかな館内に
並んでいる。
それぞれの作品の、何気ない仕草の様子に、
日本女性の美しさが現れていて見惚れた。
ことに上村松園の女性の表情が好く、
品のある清楚な色気に魅かれた。
たくさんの美人をながめて気分もいいから
飲みたくなる。
昼酒に古すげさんへと行けば、
いらっしゃ~い!
ここでは、元気あふれる美人の女将さんが
迎えてくれて、それもまた好い。
次の日、電車に乗って須坂へ出かけた。
須坂版画美術館で、
清宮質文展が開かれているのだった。
駅から片道三キロの坂道を上がって行けば、
炎天下の中、だくだくの汗だらけになる。
以前、このかたの作品展に足を運んだときに、
静かさと哀しさを感じさせる、
かすかなしめり気をおびた風あいが
印象にのこっていた。
このたびは、清宮質文を慕う、
若手の作家二人の作品も展示されていた。
鈴木敦子さんの作品は、
どこかなつかしい物語を感じさせ、
岩佐徹さんの作品は、
簡素な線と面で色を表している。
百々川沿いの、林にかこまれた
ちいさな美術館は、
味の好い企画を開いてくれるから、
また足を運びたいのだった。
美術館を出て坂道を下りれば、
ふたたび汗が沸きだして、
すっかり生ビールモードになってくる。
目当ての蕎麦屋へ行ったら、
夏休みの家族連れでいっぱいで、
あてがはずれた。
目についた、交差点角の北京飯店にとびこんで、
生ビール、たてつづけに二杯、
ほっとひと息ついた。

ときどき美術館に行くことがある。
平日の館内は人の姿もすくなく、
ゆっくりと作品と向き合える。
近所の信濃美術館で、黒田清輝展をやっていた。
画家を志した修行時代の作品から、
名を馳せた有名な作品まで、一堂に飾られていた。
代表作の湖畔は、湖のほとりで涼をとる、
夫人を描いたものという。
夏の光をおびた風景に、
涼しげな浴衣姿の夫人がとけこんだ、
やわらかい色合いが印象にのこった。
お盆休みの中日、水野美術館へ出かけた。
はじめて訪れた美術館は、
おおきな窓から日本庭園が見渡せる、
おちついた佇まいが好い。
雪月花 美人画の四季展が開かれていて、
いろんな作者の美人画が、しずかな館内に
並んでいる。
それぞれの作品の、何気ない仕草の様子に、
日本女性の美しさが現れていて見惚れた。
ことに上村松園の女性の表情が好く、
品のある清楚な色気に魅かれた。
たくさんの美人をながめて気分もいいから
飲みたくなる。
昼酒に古すげさんへと行けば、
いらっしゃ~い!
ここでは、元気あふれる美人の女将さんが
迎えてくれて、それもまた好い。
次の日、電車に乗って須坂へ出かけた。
須坂版画美術館で、
清宮質文展が開かれているのだった。
駅から片道三キロの坂道を上がって行けば、
炎天下の中、だくだくの汗だらけになる。
以前、このかたの作品展に足を運んだときに、
静かさと哀しさを感じさせる、
かすかなしめり気をおびた風あいが
印象にのこっていた。
このたびは、清宮質文を慕う、
若手の作家二人の作品も展示されていた。
鈴木敦子さんの作品は、
どこかなつかしい物語を感じさせ、
岩佐徹さんの作品は、
簡素な線と面で色を表している。
百々川沿いの、林にかこまれた
ちいさな美術館は、
味の好い企画を開いてくれるから、
また足を運びたいのだった。
美術館を出て坂道を下りれば、
ふたたび汗が沸きだして、
すっかり生ビールモードになってくる。
目当ての蕎麦屋へ行ったら、
夏休みの家族連れでいっぱいで、
あてがはずれた。
目についた、交差点角の北京飯店にとびこんで、
生ビール、たてつづけに二杯、
ほっとひと息ついた。

お墓まいりへ
葉月 四
スーパーカブにまたがって、信濃町へでかけた。
のんびりと坂道を上がってゆけば、
下界の暑さもすこしやわらぐ。
木立にかこまれた一本道をつらつら行けば、
畑のむこう、おだやかな形の黒姫山には、
うっすら雲がかかっている。
富ヶ原神社でお参りをして、
はるばる景色を眺めれば、緑がふかい。
とうもろこし畑は、今が実りのときと栄え、
道ばたにならぶ出店も、
たくさんのお客でにぎわっている。
信濃町には、
かつて世話になったかたのお墓がある。
鳥居川のそばの墓地には、
ひと気もなく、蝉の鳴き声だけが
わんわんと響いていた。
花を添え、手を合わせれば、
穏やかだった人柄が今も思い出される。
墓地をあとにして、戸隠へと走っていったら、
しだいに、人も車もにぎやかになってきた。
奥社には、あいかわらずパワーを求めて
人が集まっている。
昼どきの蕎麦屋は、軒先に行列ができていた。
渋滞している坂道を下ったら、
ようやくクローバーさんのチーズケーキと
アイスココアでひと息つけた。
翌朝はやく、菩提寺の墓参りへでかけた。
実家の父母と待ち合わせをして、
祖父母の墓に手を合わせた。
朝ごはんを済ませてから、
この日は山ノ内町までバイクを走らせた。
道すがら車の数は多いのに、
湯田中の温泉街に入ったら、
ぱったりとひと影がない。
この暑さに、わざわざ熱い湯を浴びる人も
すくないかと通りすぎる。
橋を渡って坂道を上がり、寒沢地区へ向かう。
高台にある家の裏庭に、
世話になったかたのお墓があるのだった。
お墓には、生前好きだったという、
はなみずきの木が植えられている。
春に来たときは、さっぱりぽつりと見えたのに、
すっかり夏草がおおい茂り、
はなみずきを取り囲んでいた。
山あいのしずかな風の中で、
新盆の手を合わせた。
お盆が過ぎるころ、自宅の前の路地にも
蝉のなきがらがぽつぽつと増え、
ひとつ、夏の終わりが近づいているとわかる。
短パンでバイクを乗り回していたら、
しっかりと太ももが赤く焼けた。
ひりひりと痛いことだけお盆のなごりで
なさけない。

スーパーカブにまたがって、信濃町へでかけた。
のんびりと坂道を上がってゆけば、
下界の暑さもすこしやわらぐ。
木立にかこまれた一本道をつらつら行けば、
畑のむこう、おだやかな形の黒姫山には、
うっすら雲がかかっている。
富ヶ原神社でお参りをして、
はるばる景色を眺めれば、緑がふかい。
とうもろこし畑は、今が実りのときと栄え、
道ばたにならぶ出店も、
たくさんのお客でにぎわっている。
信濃町には、
かつて世話になったかたのお墓がある。
鳥居川のそばの墓地には、
ひと気もなく、蝉の鳴き声だけが
わんわんと響いていた。
花を添え、手を合わせれば、
穏やかだった人柄が今も思い出される。
墓地をあとにして、戸隠へと走っていったら、
しだいに、人も車もにぎやかになってきた。
奥社には、あいかわらずパワーを求めて
人が集まっている。
昼どきの蕎麦屋は、軒先に行列ができていた。
渋滞している坂道を下ったら、
ようやくクローバーさんのチーズケーキと
アイスココアでひと息つけた。
翌朝はやく、菩提寺の墓参りへでかけた。
実家の父母と待ち合わせをして、
祖父母の墓に手を合わせた。
朝ごはんを済ませてから、
この日は山ノ内町までバイクを走らせた。
道すがら車の数は多いのに、
湯田中の温泉街に入ったら、
ぱったりとひと影がない。
この暑さに、わざわざ熱い湯を浴びる人も
すくないかと通りすぎる。
橋を渡って坂道を上がり、寒沢地区へ向かう。
高台にある家の裏庭に、
世話になったかたのお墓があるのだった。
お墓には、生前好きだったという、
はなみずきの木が植えられている。
春に来たときは、さっぱりぽつりと見えたのに、
すっかり夏草がおおい茂り、
はなみずきを取り囲んでいた。
山あいのしずかな風の中で、
新盆の手を合わせた。
お盆が過ぎるころ、自宅の前の路地にも
蝉のなきがらがぽつぽつと増え、
ひとつ、夏の終わりが近づいているとわかる。
短パンでバイクを乗り回していたら、
しっかりと太ももが赤く焼けた。
ひりひりと痛いことだけお盆のなごりで
なさけない。

じゃがいもを飲みながら
葉月 三
梅雨明けのあと、梅雨どきのような雨が降り、
立秋をすぎてから、盛夏到来の暑さになった。
神社の木々から、しぼりだすような蝉の声が
降りしきり、
真っ青な空をあおいで耳をすませば、
こころ持ちがしずかになる。
夕方、なごりのなき声に酒を酌むのは、
夏ならではのぜいたくだった。
暑くなると、焼酎を冷やして酌みたくなる。
折りよく、北海道へ旅行に出かけた友だちが、
じゃがいもの焼酎を買ってきてくれた。
きりっとした口あたりのあとに、
ほんのりじゃがいもの風味がある。
厚沢部町のメイクイーンを使っていると
裏ラベルにあり、親しみがわいた。
厚沢部町と書いてあっさぶちょうは、
義姉さんの実家があるのだった。
六歳上の兄は、東京の大学を中退したあとに、
なぜか函館へと引っ越して暮らしはじめた。
はるばる、
津軽海峡を越えなければならなかった訳は、
いまだ家族のだれもわからない。
馴染みのない土地で、
義姉さんと知り合い、家庭を持って、
いまでは函館暮らしのほうが、
すっかり長くなっている。
一男一女、ふたりの子にめぐまれて、
ほんとに兄の子かと思うくらい出来がいいのは、
義姉さんの素質を受け継いだからとわかる。
長男は、九州の大学を卒業して、
もうじき函館に戻るという。
学生生活をフェイスブックで眺めれば、
友だちと酒盛りばかりしていて、
まあ、よく飲んでるわと、
そういうところだけは我が家の血と、
感心した。
長女は高校生で、
義姉さん似の美人に育ったのは好いことだった。
着物好きの母が、
先だって、浴衣を作ってもらうようにと、
藍染めの反物を送ったという。
インターネットで、手ごろな仕立て屋を見つけて
頼んだというから、仕立てあがったら、
浴衣姿の写真を送ってもらいたい。
できますことならば、
晩酌の卓をうるおしてくれる、
旨い魚もいっしょにお願いしますと
海の町の兄上に言いたいのだった。
梅雨明けのあと、梅雨どきのような雨が降り、
立秋をすぎてから、盛夏到来の暑さになった。
神社の木々から、しぼりだすような蝉の声が
降りしきり、
真っ青な空をあおいで耳をすませば、
こころ持ちがしずかになる。
夕方、なごりのなき声に酒を酌むのは、
夏ならではのぜいたくだった。
暑くなると、焼酎を冷やして酌みたくなる。
折りよく、北海道へ旅行に出かけた友だちが、
じゃがいもの焼酎を買ってきてくれた。
きりっとした口あたりのあとに、
ほんのりじゃがいもの風味がある。
厚沢部町のメイクイーンを使っていると
裏ラベルにあり、親しみがわいた。
厚沢部町と書いてあっさぶちょうは、
義姉さんの実家があるのだった。
六歳上の兄は、東京の大学を中退したあとに、
なぜか函館へと引っ越して暮らしはじめた。
はるばる、
津軽海峡を越えなければならなかった訳は、
いまだ家族のだれもわからない。
馴染みのない土地で、
義姉さんと知り合い、家庭を持って、
いまでは函館暮らしのほうが、
すっかり長くなっている。
一男一女、ふたりの子にめぐまれて、
ほんとに兄の子かと思うくらい出来がいいのは、
義姉さんの素質を受け継いだからとわかる。
長男は、九州の大学を卒業して、
もうじき函館に戻るという。
学生生活をフェイスブックで眺めれば、
友だちと酒盛りばかりしていて、
まあ、よく飲んでるわと、
そういうところだけは我が家の血と、
感心した。
長女は高校生で、
義姉さん似の美人に育ったのは好いことだった。
着物好きの母が、
先だって、浴衣を作ってもらうようにと、
藍染めの反物を送ったという。
インターネットで、手ごろな仕立て屋を見つけて
頼んだというから、仕立てあがったら、
浴衣姿の写真を送ってもらいたい。
できますことならば、
晩酌の卓をうるおしてくれる、
旨い魚もいっしょにお願いしますと
海の町の兄上に言いたいのだった。

花火を眺めに
葉月 二
ちかごろ、近所に引っ越してきたかたがいる。
ときどき訪ねてきてくださり、話をすれば、
花火会社で、パートで働いているという。
夏になると近く遠く、あちこちの町で
花火大会がある。
かきいれどきですねといえば、
毎日残業で大変ですとかえってきた。
冷房のない部屋で、
一日、花火の玉に新聞紙を
ぺたぺた貼っている。
夕方になると、ビールがちらついて
たまらないという。
このさい、
本格的な花火師さんを目指したらといえば、
とんでもないと首を振る。
同僚のおばちゃんと世間話をしながら
ぺたぺた貼ってるそのむこうで、
職人さんたちは、
声もかけられないほどぴりぴりした雰囲気で、
不手際のないように働いているという。
あんな緊張感のある仕事は、
とても無理というのだった。
休日の月曜日、蕎麦屋の昼酒済ませて
昼寝から目覚めれば、
ちょうど好い時間となっている。
電車に乗って上田へとでかけた。
八月五日は花火大会があるのだった。
駅前は、すでにたくさんの人で賑わっている。
まずは一杯ひっかけてからと、
お城口の階段を下りて、花壱さんへとむかった。
花火の日は暇でねえとの御主人の言葉どおり、
この日のくちあけさんだった。
お通しの煮物をビールで流し込み、
刺身をたのんで日本酒に切りかえる。
馴染みのうすい町で、
祭りの前の、しずかな飲み屋のひとときが
心地いい。
入ってきた常連の御夫婦と御主人の会話に、
ときどき交ぜてもらいながら、
北光正宗と亀の海を酌む。
ころあい見計らって、お先にと店を出て向かえば、
河川敷はすっかりたくさんの人で埋まっていた。
上田の花火は、会場が駅から近いこと、
間近で見られることが好い。
今年も母袋市長のあいさつのあと、
どかんどかんと始まって、
夜空を華やかにする彩りに、
ほんとに見事なものと,職人技に見惚れた。
缶チュウ杯三本で、
さいごの大スターマインまで楽しんで、
余韻にひたっての一杯をめざす。
毎年ひとつ、上田の花火には足をはこぶ。
きっちりひとつで満足できる、
ちいさな城下町の花火なのだった。

ちかごろ、近所に引っ越してきたかたがいる。
ときどき訪ねてきてくださり、話をすれば、
花火会社で、パートで働いているという。
夏になると近く遠く、あちこちの町で
花火大会がある。
かきいれどきですねといえば、
毎日残業で大変ですとかえってきた。
冷房のない部屋で、
一日、花火の玉に新聞紙を
ぺたぺた貼っている。
夕方になると、ビールがちらついて
たまらないという。
このさい、
本格的な花火師さんを目指したらといえば、
とんでもないと首を振る。
同僚のおばちゃんと世間話をしながら
ぺたぺた貼ってるそのむこうで、
職人さんたちは、
声もかけられないほどぴりぴりした雰囲気で、
不手際のないように働いているという。
あんな緊張感のある仕事は、
とても無理というのだった。
休日の月曜日、蕎麦屋の昼酒済ませて
昼寝から目覚めれば、
ちょうど好い時間となっている。
電車に乗って上田へとでかけた。
八月五日は花火大会があるのだった。
駅前は、すでにたくさんの人で賑わっている。
まずは一杯ひっかけてからと、
お城口の階段を下りて、花壱さんへとむかった。
花火の日は暇でねえとの御主人の言葉どおり、
この日のくちあけさんだった。
お通しの煮物をビールで流し込み、
刺身をたのんで日本酒に切りかえる。
馴染みのうすい町で、
祭りの前の、しずかな飲み屋のひとときが
心地いい。
入ってきた常連の御夫婦と御主人の会話に、
ときどき交ぜてもらいながら、
北光正宗と亀の海を酌む。
ころあい見計らって、お先にと店を出て向かえば、
河川敷はすっかりたくさんの人で埋まっていた。
上田の花火は、会場が駅から近いこと、
間近で見られることが好い。
今年も母袋市長のあいさつのあと、
どかんどかんと始まって、
夜空を華やかにする彩りに、
ほんとに見事なものと,職人技に見惚れた。
缶チュウ杯三本で、
さいごの大スターマインまで楽しんで、
余韻にひたっての一杯をめざす。
毎年ひとつ、上田の花火には足をはこぶ。
きっちりひとつで満足できる、
ちいさな城下町の花火なのだった。

祭り日和で
葉月 一
八月最初の土曜日は、びんずる祭りが行なわれる。
市街地の、たてよこおおきな通りに、
たくさんの踊りの列がつらなって、にぎやかになる。
昔、駅前のおおきな仕事場にいたときは、
毎年そろいの半被に身をつつみ、汗をかいていた。
このごろは、眺めるばかりになっていて、
ひととおり眺めたら、
さっさと飲み屋のカウンターに腰を下ろしている。
仕事を終えて、浴衣に着替えて、
にぎわう通りをくだってゆく。
馴染みのバーの増田さんが、ハイボールを売っていた。
ひとつ求めて舐めながら歩く。
はとぽっぽ公園では、長野のワインの店と
日本酒の店が並んで出ていた。
美寿々錦を一杯飲んで、
顔なじみの御店主に、赤白一杯ずつごちそうになり、
すきっ腹のかけつけ酒に、早々に酔いがまわってきた。
くらんどさんの店先で白を一杯飲んでから、
大通りを上がる。
鶴賀の通りに入ったら、人の波もずいぶんすくない。
ひさしぶりの、千酔さんのカウンターにおちついて、
鯵のなめろうをつまみに伯楽星を酌んだら、
さっぱりとした旨みにほてった体も癒される。
おでん屋へとはしごして、今年のびんずる祭りの夜も
好く酔い更けた。
これからしばらくすると、善光寺のお盆縁日がある。
本堂の前に櫓が建てられて、盆踊りの輪が出来る。
駒がえり橋の通りに屋台が並び、
大勢の見物人で境内がにぎやかになる。
となり町のよしみで、毎年町内のかたがたと、
屋台で焼きそばやかき氷を売って手伝いをしていたのに、
人手のやりくりが大変で、今年からやめることにした。
お盆の時間がぽっかり空いて、
ひさしぶりに、帰省してくる友だちに会えるかな。
お盆休みといっても、けっきょく酔うこと以外に
やることがないのだった。

八月最初の土曜日は、びんずる祭りが行なわれる。
市街地の、たてよこおおきな通りに、
たくさんの踊りの列がつらなって、にぎやかになる。
昔、駅前のおおきな仕事場にいたときは、
毎年そろいの半被に身をつつみ、汗をかいていた。
このごろは、眺めるばかりになっていて、
ひととおり眺めたら、
さっさと飲み屋のカウンターに腰を下ろしている。
仕事を終えて、浴衣に着替えて、
にぎわう通りをくだってゆく。
馴染みのバーの増田さんが、ハイボールを売っていた。
ひとつ求めて舐めながら歩く。
はとぽっぽ公園では、長野のワインの店と
日本酒の店が並んで出ていた。
美寿々錦を一杯飲んで、
顔なじみの御店主に、赤白一杯ずつごちそうになり、
すきっ腹のかけつけ酒に、早々に酔いがまわってきた。
くらんどさんの店先で白を一杯飲んでから、
大通りを上がる。
鶴賀の通りに入ったら、人の波もずいぶんすくない。
ひさしぶりの、千酔さんのカウンターにおちついて、
鯵のなめろうをつまみに伯楽星を酌んだら、
さっぱりとした旨みにほてった体も癒される。
おでん屋へとはしごして、今年のびんずる祭りの夜も
好く酔い更けた。
これからしばらくすると、善光寺のお盆縁日がある。
本堂の前に櫓が建てられて、盆踊りの輪が出来る。
駒がえり橋の通りに屋台が並び、
大勢の見物人で境内がにぎやかになる。
となり町のよしみで、毎年町内のかたがたと、
屋台で焼きそばやかき氷を売って手伝いをしていたのに、
人手のやりくりが大変で、今年からやめることにした。
お盆の時間がぽっかり空いて、
ひさしぶりに、帰省してくる友だちに会えるかな。
お盆休みといっても、けっきょく酔うこと以外に
やることがないのだった。
