雲場池の紅葉を
2016年11月01日
へこりと at 15:10 | Comments(0)
霜月 1
日ごと秋がすすんでいる。
善光寺界隈も紅葉が見ごろになってきて、
ひとまわり、朝の散歩が楽しいのだった。
休日の朝、軽井沢へ出かけた。
長野ー軽井沢間のお得なフリー切符を買って、
しなの鉄道に揺られていく。
小諸を過ぎて、人のまばらな車内から眺めていれば、
御代田に信濃追分あたりの林も、
見ごろの秋の色づきになっていた。
軽井沢駅を出て歩いていくと、さすがに空気が冷たい。
目的地の雲場池に着いたときには、
手がかじかんでいるほどだった。
この夏に、汗をかきかき初めて来た。
カメラを抱えたおじさんたちが写真を撮りながら、
ここは紅葉も見事だからねえと、
話していたのを覚えていたのだった。
すでにたくさんの人が池のまわりにあふれていて、
人気の場所と合点がいく。
目にした風景はたしかに。
思わずすごいなあと独り言が出るほどの、
深く鮮やかな赤色が、池のまわりに連なっていた。
カメラを覗くおじさんたちに、賑やかな関西弁のおばちゃんたちに、
紅葉をバックに自画撮りをしているカップルに、
あちこちから感嘆の声が上がっている。
赤く揺れる水面に鴨がのんびりと浮いている。
池のまわりを行き来して眺めていけば、
そのつどちがう景色が現れて、飽きることがない。
春の桜と秋の紅葉は、見ごろどきをつかまえるのがむずかしい。
休日と、ため息が出るほどの盛りのときがかさなって、
まことにありがたいことなのだった。
名残惜しく池をあとにしていけば、
ひと気の絶えた別荘地にも、そこかしこに紅葉が見受けられた。
高い木々は葉も落ちて、
避暑地の秋はもう終わりの気配がある。
大賀通りの街路樹も朱に黄に染まり、眺めながら駅へと戻る。
矢ケ崎公園から見上げれば、いよいよ空は高くしずかに。
浅間山が清々と見えた。
二時間余り、秋の景色を楽しんだのだった。

日ごと秋がすすんでいる。
善光寺界隈も紅葉が見ごろになってきて、
ひとまわり、朝の散歩が楽しいのだった。
休日の朝、軽井沢へ出かけた。
長野ー軽井沢間のお得なフリー切符を買って、
しなの鉄道に揺られていく。
小諸を過ぎて、人のまばらな車内から眺めていれば、
御代田に信濃追分あたりの林も、
見ごろの秋の色づきになっていた。
軽井沢駅を出て歩いていくと、さすがに空気が冷たい。
目的地の雲場池に着いたときには、
手がかじかんでいるほどだった。
この夏に、汗をかきかき初めて来た。
カメラを抱えたおじさんたちが写真を撮りながら、
ここは紅葉も見事だからねえと、
話していたのを覚えていたのだった。
すでにたくさんの人が池のまわりにあふれていて、
人気の場所と合点がいく。
目にした風景はたしかに。
思わずすごいなあと独り言が出るほどの、
深く鮮やかな赤色が、池のまわりに連なっていた。
カメラを覗くおじさんたちに、賑やかな関西弁のおばちゃんたちに、
紅葉をバックに自画撮りをしているカップルに、
あちこちから感嘆の声が上がっている。
赤く揺れる水面に鴨がのんびりと浮いている。
池のまわりを行き来して眺めていけば、
そのつどちがう景色が現れて、飽きることがない。
春の桜と秋の紅葉は、見ごろどきをつかまえるのがむずかしい。
休日と、ため息が出るほどの盛りのときがかさなって、
まことにありがたいことなのだった。
名残惜しく池をあとにしていけば、
ひと気の絶えた別荘地にも、そこかしこに紅葉が見受けられた。
高い木々は葉も落ちて、
避暑地の秋はもう終わりの気配がある。
大賀通りの街路樹も朱に黄に染まり、眺めながら駅へと戻る。
矢ケ崎公園から見上げれば、いよいよ空は高くしずかに。
浅間山が清々と見えた。
二時間余り、秋の景色を楽しんだのだった。