江戸の話で
2022年03月21日
へこりと at 16:45 | Comments(0)
弥生 7
春がきざして、
まだ冷たい風が吹く日があるものの、
近所の梅がほころび始めて、
桜の蕾も大きくなってきた。
春の訪れにほっとしているのだった。
日曜日の午後、仕事を早じまいして、
芝居見物に出かけた。
旅館を営むかたわら、役者をしている友だちが
いるのだった。
旅館が舞台のその日の演目は、
長野市権堂にゆかりがあるという、国定忠治。
有名な、赤城の山も今宵限りの、子分との別れと、
あこぎな女郎屋から父娘を救い出す、
権堂・山形屋の一件で、
他の役者のかたがたと友だちの、
めりはりの効いた演技に引き込まれた。
浩ちゃん、いい味だしてるねえ。
初めて観た友だちの芝居に、
楽しい時間をすごせたのだった。
翌日、
おなじく、見物していた女の子の営むまほろばへ、
ランチにうかがった。
昨日の芝居の話になり、
子供の頃、テレビであんな芝居を観たことがあると
言われ、そういえば、
昔NHKで放送してたよなあと思いだしたものの、
おぼろげな記憶しかない。
スマホをいじっていた女の子が、
あった!、お江戸でござるだ!と声をあげて、
そうだった、お江戸でござるだった。
伊東四朗やら桜金造やら藤田千恵子らの出演で、
毎回江戸庶民の暮らしを、面白おかしく演じていた。
芝居のあとに、江戸研究家の杉浦日向子さんの、
当時の庶民文化の解説がまた好くて、
杉浦さんの著書を買うようになった。
江戸が好き、蕎麦が好き、酒が好き。
このかたの随筆を読んでから、蕎麦屋の昼酒に
いそしむようになったのだった。
「江戸の蕎麦屋というのは、
食事をするところというより、大人の男の
とまり木のようなところだったんです。」
「そば湯だけを合いの手に、酒を呑むのは、
年を重ね、盃を重ねたものの到達する、
枯淡の境地であろう。」
こんな台詞を読むたびに、好いなあ、
好い女だなあと会いたい想いにかられた。
47歳で亡くなったときには、とても悲しかった。
馴染みの蕎麦屋で一献酌み交わしたかったと、
今でも思ってしまうのだった。
春の日や忠治蕎麦屋で酌んでおり。

春がきざして、
まだ冷たい風が吹く日があるものの、
近所の梅がほころび始めて、
桜の蕾も大きくなってきた。
春の訪れにほっとしているのだった。
日曜日の午後、仕事を早じまいして、
芝居見物に出かけた。
旅館を営むかたわら、役者をしている友だちが
いるのだった。
旅館が舞台のその日の演目は、
長野市権堂にゆかりがあるという、国定忠治。
有名な、赤城の山も今宵限りの、子分との別れと、
あこぎな女郎屋から父娘を救い出す、
権堂・山形屋の一件で、
他の役者のかたがたと友だちの、
めりはりの効いた演技に引き込まれた。
浩ちゃん、いい味だしてるねえ。
初めて観た友だちの芝居に、
楽しい時間をすごせたのだった。
翌日、
おなじく、見物していた女の子の営むまほろばへ、
ランチにうかがった。
昨日の芝居の話になり、
子供の頃、テレビであんな芝居を観たことがあると
言われ、そういえば、
昔NHKで放送してたよなあと思いだしたものの、
おぼろげな記憶しかない。
スマホをいじっていた女の子が、
あった!、お江戸でござるだ!と声をあげて、
そうだった、お江戸でござるだった。
伊東四朗やら桜金造やら藤田千恵子らの出演で、
毎回江戸庶民の暮らしを、面白おかしく演じていた。
芝居のあとに、江戸研究家の杉浦日向子さんの、
当時の庶民文化の解説がまた好くて、
杉浦さんの著書を買うようになった。
江戸が好き、蕎麦が好き、酒が好き。
このかたの随筆を読んでから、蕎麦屋の昼酒に
いそしむようになったのだった。
「江戸の蕎麦屋というのは、
食事をするところというより、大人の男の
とまり木のようなところだったんです。」
「そば湯だけを合いの手に、酒を呑むのは、
年を重ね、盃を重ねたものの到達する、
枯淡の境地であろう。」
こんな台詞を読むたびに、好いなあ、
好い女だなあと会いたい想いにかられた。
47歳で亡くなったときには、とても悲しかった。
馴染みの蕎麦屋で一献酌み交わしたかったと、
今でも思ってしまうのだった。
春の日や忠治蕎麦屋で酌んでおり。