9月の日に
2021年09月19日
へこりと at 17:04 | Comments(0)
長月 5
となりのお宅の奥さんは、
ときどき差し入れをしてくださる。
天ぷらを揚げたり、
いなり寿司や焼きそばをを作ったり、
そのつど、独り身にはじゅうぶんすぎるほどの、
おすそ分けを届けてくれるのだった。
朝、出かけた折りには、近所の太平堂で
パンを買ってきてくれることもある。
酒飲みの,辛党の身と知っているから、
ジャムやあんこの甘いパンではなく、
コロッケやソーセージやサラダの総菜パンを、
選んでくれる気遣いもしてくれる。
先日、たくさん作ったからと、カレーを頂いた。
肉とジャガイモのたくさん入ったカレーは、
ゆうに二食分はある。
カレーなんぞ、まず作ることはないから、
これまたありがたいことだった。
ところが、あいにくご飯がない。
米の液体なら、
常に一升瓶が冷蔵庫に鎮座しているものの、
裏長屋に暮らす貧乏浪人さながらに、
米びつに一粒も米がない。
ご飯が食べたくなったときは、
コンビニでおにぎりを買っている。
早速レトルトのご飯を買いに行ったのだった。
晩酌の締めにカレーライス。二晩つづけて
味わった。
さっぱりと秋晴れの朝、
向かいのお宅に植木屋がやって来た。
丸い体の親方に、締まった体のお弟子さんは、
広い庭の草を刈ってから、塀沿いの松の木に,
長い脚立をかけて登って、剪定を始めた。
玄関越しに、
チャカチャカと小気味よい鋏の音と一緒に、
お二人の話し声が聞こえる。
時おりなにやら笑い声も混じって、
和やかな仕事ぶりの様子に、
こちらもなんだか、
和やかな気分になったのだった。
しばらく経った曇天の早朝、紅葉の名所、
昌禅寺へ出かけた。
境内のもみじは、まだ爽やかな緑が
映えているものの、
かすかに朱色になりかけている葉もあった。
今年は見ごろが早いかも。
まめに様子をうかがいに来なくてはいけない。
日足も短くなってきて、秋が深まっていく。
気持ちがふさぎがちな世情の昨今、
身近に癒される出来事があるのは、
つくづくとありがたい。
燗酒を酌みながらこの秋を、
しずかに過ごしたいものだった。

となりのお宅の奥さんは、
ときどき差し入れをしてくださる。
天ぷらを揚げたり、
いなり寿司や焼きそばをを作ったり、
そのつど、独り身にはじゅうぶんすぎるほどの、
おすそ分けを届けてくれるのだった。
朝、出かけた折りには、近所の太平堂で
パンを買ってきてくれることもある。
酒飲みの,辛党の身と知っているから、
ジャムやあんこの甘いパンではなく、
コロッケやソーセージやサラダの総菜パンを、
選んでくれる気遣いもしてくれる。
先日、たくさん作ったからと、カレーを頂いた。
肉とジャガイモのたくさん入ったカレーは、
ゆうに二食分はある。
カレーなんぞ、まず作ることはないから、
これまたありがたいことだった。
ところが、あいにくご飯がない。
米の液体なら、
常に一升瓶が冷蔵庫に鎮座しているものの、
裏長屋に暮らす貧乏浪人さながらに、
米びつに一粒も米がない。
ご飯が食べたくなったときは、
コンビニでおにぎりを買っている。
早速レトルトのご飯を買いに行ったのだった。
晩酌の締めにカレーライス。二晩つづけて
味わった。
さっぱりと秋晴れの朝、
向かいのお宅に植木屋がやって来た。
丸い体の親方に、締まった体のお弟子さんは、
広い庭の草を刈ってから、塀沿いの松の木に,
長い脚立をかけて登って、剪定を始めた。
玄関越しに、
チャカチャカと小気味よい鋏の音と一緒に、
お二人の話し声が聞こえる。
時おりなにやら笑い声も混じって、
和やかな仕事ぶりの様子に、
こちらもなんだか、
和やかな気分になったのだった。
しばらく経った曇天の早朝、紅葉の名所、
昌禅寺へ出かけた。
境内のもみじは、まだ爽やかな緑が
映えているものの、
かすかに朱色になりかけている葉もあった。
今年は見ごろが早いかも。
まめに様子をうかがいに来なくてはいけない。
日足も短くなってきて、秋が深まっていく。
気持ちがふさぎがちな世情の昨今、
身近に癒される出来事があるのは、
つくづくとありがたい。
燗酒を酌みながらこの秋を、
しずかに過ごしたいものだった。