八月の終わりに
2021年08月29日
へこりと at 15:33 | Comments(0)
葉月 6
この夏は、変な陽気だった。
梅雨の長雨がすぎて、猛暑の日がつづいたかと
思ったら、
お盆をむかえるあたりから、雨降りの日がつづき、
ふたたび夏日の暑さが戻ってきて、
こんな、落ち着かない天気の夏はめずらしいと、
過ごしていた。
おまけにコロナコロナと感染者が増えて、
テレビのニュースを観ているだけで、
あいかわらず、気分が滅入ってくるのだった。
飲食店に時短要請が出て、町なかを眺めると、
休業している飲み屋が多い。
馴染みの店もいくつか休んでいるから、
この八月は、まこと飲み屋詣でが少なかった。
営業している店に足を運んでも、
夜の八時に店じまいとなるから、
長居をすることなく、ちょっとの酔いかげんで
帰宅をすることになる。
シャワーを浴びて、さっぱりと締めの一杯を酌めば、
そこから拍車がかかり、
先ほどの、飲み屋の一献など呼び水で、
むしろ、これから本番と杯をかさねている。
気がつけば、茶の間でうたた寝のありさまだった。
飲み屋通いが減っても、
体に染みこむ酒量は、たいして変わりがないのだった。
晩酌で、宮崎の麦焼酎、駒を愛飲している。
やや軽めの柔らかな柑橘系の旨味は、
飲み飽きせず、
夕方、しずかな蜩の鳴き声を聞きながら、
お湯割りやロックで味わっていると、
なんとも幸せな気分になる。
かつて、焼酎ブーがあって、
芋の森伊蔵とか村尾とか、麦の中々とか兼八とか、
黒糖の朝日とか龍宮とか、
いろんな銘柄があちこちの雑誌に
取り上げられたことが
あった。
そんな騒ぎの折りも、
手近に入る好きな銘柄があれば十分と、
酌んでいた。
世間の出来事や日々の暮らしに、
言い知れぬ不安はあるけれど、
一日の終わりにほっとできるひとときが。
それだけで日々是好日と、
酔うたびに思うことだった。

この夏は、変な陽気だった。
梅雨の長雨がすぎて、猛暑の日がつづいたかと
思ったら、
お盆をむかえるあたりから、雨降りの日がつづき、
ふたたび夏日の暑さが戻ってきて、
こんな、落ち着かない天気の夏はめずらしいと、
過ごしていた。
おまけにコロナコロナと感染者が増えて、
テレビのニュースを観ているだけで、
あいかわらず、気分が滅入ってくるのだった。
飲食店に時短要請が出て、町なかを眺めると、
休業している飲み屋が多い。
馴染みの店もいくつか休んでいるから、
この八月は、まこと飲み屋詣でが少なかった。
営業している店に足を運んでも、
夜の八時に店じまいとなるから、
長居をすることなく、ちょっとの酔いかげんで
帰宅をすることになる。
シャワーを浴びて、さっぱりと締めの一杯を酌めば、
そこから拍車がかかり、
先ほどの、飲み屋の一献など呼び水で、
むしろ、これから本番と杯をかさねている。
気がつけば、茶の間でうたた寝のありさまだった。
飲み屋通いが減っても、
体に染みこむ酒量は、たいして変わりがないのだった。
晩酌で、宮崎の麦焼酎、駒を愛飲している。
やや軽めの柔らかな柑橘系の旨味は、
飲み飽きせず、
夕方、しずかな蜩の鳴き声を聞きながら、
お湯割りやロックで味わっていると、
なんとも幸せな気分になる。
かつて、焼酎ブーがあって、
芋の森伊蔵とか村尾とか、麦の中々とか兼八とか、
黒糖の朝日とか龍宮とか、
いろんな銘柄があちこちの雑誌に
取り上げられたことが
あった。
そんな騒ぎの折りも、
手近に入る好きな銘柄があれば十分と、
酌んでいた。
世間の出来事や日々の暮らしに、
言い知れぬ不安はあるけれど、
一日の終わりにほっとできるひとときが。
それだけで日々是好日と、
酔うたびに思うことだった。