形見の時計を
2017年11月16日
へこりと at 13:23 | Comments(0)
霜月 4
春のはじめに父が亡くなった。
病気が見つかって2年半。
痛みと薬の副作用に耐えながら入退院をくり返し、
最後は緩和ケアの病院で息を引き取った。
家族と知人でささやかに見送って、
5月の連休に49日の法事を済ませ、
ひと段落着いたところで遺品の始末をした。
衣服の類は、兄と甥っ子がまとめてもらっていき、
こちらは生前使っていた文机と、
父が若いときに集めた、
昭和28年ごろの文学全集をもらい受けた。
先日、父のたんすの引き出しを片付けていたら、
壊れた腕時計が出てきた。
幼いころ、父が着けていたのを思い出し、なつかしい。
フェイスブックを開けて、
古い時計を直せる時計屋知りませんかと尋ねたら、
はるばる宮城県の友だちから、
宮入さんの友だちの、
峯村君が知っているとコメントが来た。
えっ、そうなの?灯台下暗しでした。
さっそく峯村君を通じて、おなじ信濃町は古間の、
小口時計店へお願いしたのだった。
それから一か月余り、
峯村君から出来ましたと連絡があり、
次の日に届けてくれた。
修理をしてくれたご主人によると、
セイコーのクラウンという製品で、
グランドセイコーの前身となった高級品という。
製造番号から、昭和35年に造られたとわかり、
こんなに状態が良いのはめずらしいというのだった。
薄給の公務員だった父に買える代物ではない。
美容師として羽振りよく、散財好きだった母が、
買ってあげたと察しがついた。
風防とベルトを新しくして、
きれいにお色直しをして戻ってきた。
長らくぶりに日の目を見て、
大事に使っていこうと思ったのだった。

春のはじめに父が亡くなった。
病気が見つかって2年半。
痛みと薬の副作用に耐えながら入退院をくり返し、
最後は緩和ケアの病院で息を引き取った。
家族と知人でささやかに見送って、
5月の連休に49日の法事を済ませ、
ひと段落着いたところで遺品の始末をした。
衣服の類は、兄と甥っ子がまとめてもらっていき、
こちらは生前使っていた文机と、
父が若いときに集めた、
昭和28年ごろの文学全集をもらい受けた。
先日、父のたんすの引き出しを片付けていたら、
壊れた腕時計が出てきた。
幼いころ、父が着けていたのを思い出し、なつかしい。
フェイスブックを開けて、
古い時計を直せる時計屋知りませんかと尋ねたら、
はるばる宮城県の友だちから、
宮入さんの友だちの、
峯村君が知っているとコメントが来た。
えっ、そうなの?灯台下暗しでした。
さっそく峯村君を通じて、おなじ信濃町は古間の、
小口時計店へお願いしたのだった。
それから一か月余り、
峯村君から出来ましたと連絡があり、
次の日に届けてくれた。
修理をしてくれたご主人によると、
セイコーのクラウンという製品で、
グランドセイコーの前身となった高級品という。
製造番号から、昭和35年に造られたとわかり、
こんなに状態が良いのはめずらしいというのだった。
薄給の公務員だった父に買える代物ではない。
美容師として羽振りよく、散財好きだった母が、
買ってあげたと察しがついた。
風防とベルトを新しくして、
きれいにお色直しをして戻ってきた。
長らくぶりに日の目を見て、
大事に使っていこうと思ったのだった。