お蔵さんに願いを
2014年07月09日
へこりと at 17:07 | Comments(0)
文月 三
駅前の景家さんへ出かけた。
酒屋の峯村君が日本酒の会を開いたのだった。
伯楽星を醸す、宮城の蔵元を招いてのひとときに、
たくさんのお客が集まって、満員御礼の貸切りと相成った。
純米大吟醸をかわきりに、夏の限定酒に、
定番の純米吟醸や特別純米をつぎつぎと利いてゆく。
震災のあと、
良質の湧き水の出る山のふもとに蔵を移したら、
それまでのきれいな味わいにやわらかさが加わった。
糖度のひくい酒質は、
暑い夏でも杯をかさねられるのだった。
この日は峯村君の知り合いの、
宮城の酒屋さんもお見えになっていた。
ひさしぶりですと挨拶をしたら、
最近付き合い始めた、
栃木のお蔵さんも連れてきたといい、紹介をされた。
栃木市の相良酒造さんは、江戸時代の創業で、
現在の蔵元で八代目になるという。
造る銘柄は朝日栄といい、石高は二百石とちいさい。
蔵元の社長が杜氏をしていて、跡継ぎの娘さんは、
まだ二十五歳と若い。
昨年、初めてタンク一本の仕込みをしたという。
造りについてはまだまだといい、
勉強のために、長野で好き味を醸す、
女性杜氏のお蔵を訪ねてきたという。
ときどきお蔵のかたがたと酌み交わせば、
米の出来具合や、人間関係のしがらみなど、
過酷な労働に加えて、
頭を悩ます気苦労もすくなくないとわかる。
それでも毎年たがわぬ味を仕上げているから
えらいことと思えるのだった。
貫禄たっぷりに、酒の説明をしている伯楽星の蔵元も、
造りを始めたときは、
地元の酒屋にも相手にしてもらえなかったという。
国内外で名を馳せるようになったのは、
造りへの真摯な取り組みと、
関わるかたがたの、好き縁が導いたものとうかがえる。
知り合えた、栃木のちいさなお蔵さんの出来栄えも、
飲兵衛の楽しみのひとつになるのだった。

駅前の景家さんへ出かけた。
酒屋の峯村君が日本酒の会を開いたのだった。
伯楽星を醸す、宮城の蔵元を招いてのひとときに、
たくさんのお客が集まって、満員御礼の貸切りと相成った。
純米大吟醸をかわきりに、夏の限定酒に、
定番の純米吟醸や特別純米をつぎつぎと利いてゆく。
震災のあと、
良質の湧き水の出る山のふもとに蔵を移したら、
それまでのきれいな味わいにやわらかさが加わった。
糖度のひくい酒質は、
暑い夏でも杯をかさねられるのだった。
この日は峯村君の知り合いの、
宮城の酒屋さんもお見えになっていた。
ひさしぶりですと挨拶をしたら、
最近付き合い始めた、
栃木のお蔵さんも連れてきたといい、紹介をされた。
栃木市の相良酒造さんは、江戸時代の創業で、
現在の蔵元で八代目になるという。
造る銘柄は朝日栄といい、石高は二百石とちいさい。
蔵元の社長が杜氏をしていて、跡継ぎの娘さんは、
まだ二十五歳と若い。
昨年、初めてタンク一本の仕込みをしたという。
造りについてはまだまだといい、
勉強のために、長野で好き味を醸す、
女性杜氏のお蔵を訪ねてきたという。
ときどきお蔵のかたがたと酌み交わせば、
米の出来具合や、人間関係のしがらみなど、
過酷な労働に加えて、
頭を悩ます気苦労もすくなくないとわかる。
それでも毎年たがわぬ味を仕上げているから
えらいことと思えるのだった。
貫禄たっぷりに、酒の説明をしている伯楽星の蔵元も、
造りを始めたときは、
地元の酒屋にも相手にしてもらえなかったという。
国内外で名を馳せるようになったのは、
造りへの真摯な取り組みと、
関わるかたがたの、好き縁が導いたものとうかがえる。
知り合えた、栃木のちいさなお蔵さんの出来栄えも、
飲兵衛の楽しみのひとつになるのだった。
