春に思い出し
2014年04月16日
へこりと at 08:44 | Comments(0)
卯月 六
近所を散歩していると、
軒先やちいさな畑の隅で、梅やあんずが満開になっている。
花が咲いて、善光寺界隈にも人の姿が増えてきた。
おもての通りから顔を向ければ、
路地の先、氏神さんの桜がまっすぐ目に入る。
桜にひかれて路地に入ってくるかたも、ちらほらといる。
男性ふたり、氏神さんの階段に腰かけて、
しきりにスマホをいじっているのを見かけた。
スマホなど見てないで桜を見なさい。
つい命令したくなる。
朝いちばん、近所のおばあさんを訪ねた。
体調をくずしてから外出がままならなくなった。
ときどき髪を切りに来てくれと頼まれるのだった。
おはようございますと戸を開ければ、
すでに廊下の椅子にちょこんと座って待っていた。
髪を切っているあいだ、耳のとおいおばあさんのかわりに、
おじいさんが話し相手をしてくれる。
おじいさんは御年九十二歳。
かくしゃくとした動きぶりに話しぶりは、
歳よりもずっと若く見える。
この頃はばあさんがこんな調子だから、
花見もご無沙汰しているという。
城山公園は、週末あたりが見頃です。
陽気も好いことだからと勧めた。
この歳になり春をむかえると、
昔の仲間のことを思いだすことが多くなったという。
戦争中、鹿児島や大分で飛行機の整備をしていた。
白いマフラーをなびかせて、あのころの飛行機乗りは、
みんなかっこがよかったという。
飛んでいく姿を見送って、
そのまま会えなくなったかたがたくさんいた。
運よく生き延びて、おかげでこうしてこいつと暮らしていると、
おばあさんを見て笑う。
ばかげた戦争でしたと口にしたら、
あとから知れば、ほんとにそうだった。
けれど、
そのときは正しいと信じて疑わなかったと返ってきて、
想像のつかない時代を生きてこられたのだった。
終戦から七十年。
戦争の話を聞ける機会も、ずいぶんすくなくなっている。

近所を散歩していると、
軒先やちいさな畑の隅で、梅やあんずが満開になっている。
花が咲いて、善光寺界隈にも人の姿が増えてきた。
おもての通りから顔を向ければ、
路地の先、氏神さんの桜がまっすぐ目に入る。
桜にひかれて路地に入ってくるかたも、ちらほらといる。
男性ふたり、氏神さんの階段に腰かけて、
しきりにスマホをいじっているのを見かけた。
スマホなど見てないで桜を見なさい。
つい命令したくなる。
朝いちばん、近所のおばあさんを訪ねた。
体調をくずしてから外出がままならなくなった。
ときどき髪を切りに来てくれと頼まれるのだった。
おはようございますと戸を開ければ、
すでに廊下の椅子にちょこんと座って待っていた。
髪を切っているあいだ、耳のとおいおばあさんのかわりに、
おじいさんが話し相手をしてくれる。
おじいさんは御年九十二歳。
かくしゃくとした動きぶりに話しぶりは、
歳よりもずっと若く見える。
この頃はばあさんがこんな調子だから、
花見もご無沙汰しているという。
城山公園は、週末あたりが見頃です。
陽気も好いことだからと勧めた。
この歳になり春をむかえると、
昔の仲間のことを思いだすことが多くなったという。
戦争中、鹿児島や大分で飛行機の整備をしていた。
白いマフラーをなびかせて、あのころの飛行機乗りは、
みんなかっこがよかったという。
飛んでいく姿を見送って、
そのまま会えなくなったかたがたくさんいた。
運よく生き延びて、おかげでこうしてこいつと暮らしていると、
おばあさんを見て笑う。
ばかげた戦争でしたと口にしたら、
あとから知れば、ほんとにそうだった。
けれど、
そのときは正しいと信じて疑わなかったと返ってきて、
想像のつかない時代を生きてこられたのだった。
終戦から七十年。
戦争の話を聞ける機会も、ずいぶんすくなくなっている。