春、門前
2013年04月04日
へこりと at 12:29 | Comments(0)
卯月 二
うたた寝から目を覚ましたら、テレビにマルセイユの町が
映っていた。
露天で商売をしているおじさんが、
ここはよい町だよ。マリア様が守っているからねという。
映した先、小高い丘の寺院に、おおきな像が立っていた。
菓子屋のお兄さんも、自慢の菓子を紹介しながら
この町はマリア様が守っていると、おなじことをいう。
夕方、露天商のおじさんが、食堂の店先で一杯やっていた。
この町で生まれて商いをして、毎日マリア様を拝みながら
酒を飲んでいるという。
神様に守られている。信じて、生まれた町でつましく暮らす。
素朴なしあわせが感じられた。
近所のお年寄りにも、おなじことをいうかたがいる。
ここは善光寺さんが守ってくれるから大丈夫。
いつなんどき、長野にもおおきな震災がくるかわからないと
話していたときにいわれたのだった。
そのくせ、勤めているお坊さんたちの内紛ざたが
新聞ネタになったとき、
まったく、くそ坊主どもがと悪態をついていたから
善光寺さんは信心しても、お坊さんのことは
まるであてにしていないのだった。
このかたの台詞どおり、仏さまが守ってくれていると
思えるのは、
門前に生まれ育ったもののぜいたくと、この歳になると
わかる。
冬、京都へ出かけたときに、清水寺への坂道を歩きながら、
日ごろ暮らす、門前界隈の気配の好さを思い出していた。
自慢ではないが海外に行ったことがない。
遠くは北は函館、南は京都。
この歳になるまで行動範囲のせますぎるのは
いかがなものかと思うものの、
このままマルセイユのおじさんのように、遠くへ行かず、
ここはいい町だよ、善光寺さんが守ってくれるからと、
近所の蕎麦屋で酔っぱらっている年寄りを目指すのも
なかなか好いと思ってしまうのだった。
近所の梅が見頃になって、桜も開いてきた。
門前町にもいろどりが出てきて、
ぶらぶら歩きたい季節になってきた。

うたた寝から目を覚ましたら、テレビにマルセイユの町が
映っていた。
露天で商売をしているおじさんが、
ここはよい町だよ。マリア様が守っているからねという。
映した先、小高い丘の寺院に、おおきな像が立っていた。
菓子屋のお兄さんも、自慢の菓子を紹介しながら
この町はマリア様が守っていると、おなじことをいう。
夕方、露天商のおじさんが、食堂の店先で一杯やっていた。
この町で生まれて商いをして、毎日マリア様を拝みながら
酒を飲んでいるという。
神様に守られている。信じて、生まれた町でつましく暮らす。
素朴なしあわせが感じられた。
近所のお年寄りにも、おなじことをいうかたがいる。
ここは善光寺さんが守ってくれるから大丈夫。
いつなんどき、長野にもおおきな震災がくるかわからないと
話していたときにいわれたのだった。
そのくせ、勤めているお坊さんたちの内紛ざたが
新聞ネタになったとき、
まったく、くそ坊主どもがと悪態をついていたから
善光寺さんは信心しても、お坊さんのことは
まるであてにしていないのだった。
このかたの台詞どおり、仏さまが守ってくれていると
思えるのは、
門前に生まれ育ったもののぜいたくと、この歳になると
わかる。
冬、京都へ出かけたときに、清水寺への坂道を歩きながら、
日ごろ暮らす、門前界隈の気配の好さを思い出していた。
自慢ではないが海外に行ったことがない。
遠くは北は函館、南は京都。
この歳になるまで行動範囲のせますぎるのは
いかがなものかと思うものの、
このままマルセイユのおじさんのように、遠くへ行かず、
ここはいい町だよ、善光寺さんが守ってくれるからと、
近所の蕎麦屋で酔っぱらっている年寄りを目指すのも
なかなか好いと思ってしまうのだった。
近所の梅が見頃になって、桜も開いてきた。
門前町にもいろどりが出てきて、
ぶらぶら歩きたい季節になってきた。
