幽霊がいれば

へこりと

2011年11月18日 13:13

霜月 五

馴染みの飲み屋の御主人が、
店舗のあるビルのひと部屋へ引越しをした。
そのビルではかつて殺人事件があったから
こわくないのですかと尋ねたら、
ぼくは幽霊なんて信じませんからとにこにこ笑う。
勇気があるなあと感心した。
すてきな金縛りを観に行ったのだった。
殺人容疑で逮捕された男が、
その時刻、山奥の旅館で落武者の幽霊に会い、
金縛りになっていたという。
さえない女弁護士が、落武者の幽霊を法廷の場に連れてきて
被告のアリバイを証明するという話なのだった。
落武者の更科六兵衛に西田敏行。
女弁護士の宝生エミに深津絵里。
ふたりのやりとりにいろいろな人が絡み合って、物語がすすむ。
検事役の中井貴一がいい。
きびしく六兵衛さんを追いつめるかたわら
まじめな顔で笑いを誘う演技をする。
そうそうたる役者さんたちがちょい役で出てきては
みじかい場面の中で味を出しているから、
ぜいたくな作りと感心した。
無事事件が解決したあとに、宝生さんは六兵衛さんのはからいで
亡くなったお父さんの幽霊と触れ合うことができた。
いつも見守っているという、
お父さんの気持ちを伝えてもらえたのだった。
毎朝、仕事場の祖母の写真に手を合わせている。
昭和の初め、善光寺界隈にあった遊郭や料理屋の女の人相手に
髪結いを始めたのが、我が家の家業の始まりだった。
もともと遊郭の置屋のひと部屋を借りて始めたから
この家には今でも、
かなしい定めで亡くなった女郎さんの霊があるかもしれない。
お父さんが浮気をしたり、息子が結婚をしくじったのも
そんな女郎さんのたたりだと、母はまじめに信じて疑わない。
生まれたときには、すでに祖母は仕事をやめて隠居をしていた。
亡くなったのは小学校一年生のときだったから、
七年間、孫の面倒を看てくれていた。
昔のアルバムには、割烹着姿で花嫁の髪を結っている
祖母の写真がある。
いちど働いている姿を見てみたかったと、ときどき思う。
亡くなった人への想いは、
生きてる者のひとりよがりではあるけれど、
かわいがってくれたあたたかさが残っているから
手を合わせれば、見守ってくれているかと
気持ちが落ち着く。
形見のキセルは写真の前に置いてある。
お互い生きている身でも、縁切れて会えなくなることもある。
日々のつながりをおろそかにしないようにと思う。