酌酒 大信州 豊乃蔵
睦月 七
日本酒を頂いた。
久しぶりの大信州。
酌んでみたら,あたりのいい含み香の,
すっきりした味わいで、冷やでも燗でも美味しい。
昔、付き合いのあった酒屋さんが、
この頃味がよくなったのでと、
扱いはじめたときに、初めて買った。
飲んでみたらほんとに美味しく、
それから、その酒屋さんとの付き合い切れるまで、
我が家の晩酌の定番になっていた。
ときどき飲み屋で飲んでみると、
やっぱり美味しいとそのたび思う。
本社が松本にあり、造る蔵は、
長野から少し離れた、豊野の町にある。
いちど蔵を訪ねたことがある。
この蔵は、兄弟で営んでいて、
お兄さんが営業を、弟さん造りを受け持っていて、
ひげづらの弟さんに案内してただいた。
蔵の中を歩いていると、あちこちから若い蔵人さんが、
こんにちはと明るく声をかけてくれ、礼儀正しい。
造りの量のわりに働く人の数が多いのは、
人手をかけた、きめの細かい造りをしたいからだという。
ひととおり案内してもらい、仕込み中の酒の入った
タンクを見せてもらう。
タンクには 愛と感謝 と書いた紙が貼ってあり、
杜氏さんの好きな言葉だと教えてくれる。
純米吟醸の味を利かせてもらっていたら、
その杜氏さんがやってきた。
下原多津栄さんはその当時、八十八歳の
長野県で最高齢の杜氏さんで、若い蔵元兄弟を支えて
酒を造っているのだった。
よくいらっしゃいました。やさしい笑顔で挨拶をされ、
せっかくだからと、貴重な品評会用の
大吟醸の味も利かせていただいた。
何十年も酒造りに携わってきた人の、
気さくな物腰がありがたかった。
何年か前から、若い蔵人に造りを
任せるようになったと耳にした。
今でもお元気に、蔵の中を歩いているだろうか。
酌むたびに思い出す。