い草の匂いに
葉月 1
年上の飲み仲間のかたに、お誘いを受けた。
連れて行ってもらったのは、
ひと気のない路地を入った先の、
しずかな佇まいの料理屋だった。
若くてきれいな女将に迎えられ、
落ちついた店内のカウンターで、
上等な酒と肴を御馳走してもらった。
いつもは、馴染みのちいさなおでん屋で、
酌み交わす仲だった。
腰が低く穏やかで、若輩の飲み仲間に、
いつも細やかな気遣いをしてくれる。
こういう年の取りかたをしたいもの、
そう思えるかたが身近にいるのは、
ありがたいことだった。
この歳になると、飲み仲間のかたがたも、
年下ばかりになっている。
みんな、それぞれの生業を真っ当にこなしていて、
ヨッパのじじいよりもはるかに、
経験豊富で知識が深い。
酌み合いながら話を聞けば、
その道の奥の深さに、いつも感心しているのだった。
役立たず、されど友ありビールあり。
そんな毎日を過ごしている。
ときどき我が家で宴をすることがある。
男やもめの住まいは、来るほうも来られるほうも、
余計な気を使わなくて好い。
酒とつまみを持ち寄って、茶の間で一献。
先日、同業の友だちと杯をかさねていたら、
派手にワインをこぼしてしまった。
あわてて拭いたものの、
翌朝見たら、赤い染みが広がっていた。
これではまるで、殺人事件の現場ではないか。
今までも酒やビールをこぼしてこぼされて、
ところどころに染みがあった。
換えどきと決めて、近所の畳屋に電話をしたら、
早速飛んできてくれて、あたらしい畳を入れてくれた。
暑いさなか、新鮮ない草の匂いに、
気分も爽やかになる。きれいになった6畳で、
早々に宴をやりたくなるのだった。