心のこりをかかえて

へこりと

2013年06月21日 12:34

水無月 八

六月も後半になるというのに
いまだ、神社の木々でうぐいすが鳴いている。
梅雨どきの銀灰色の空にひびく鳴き声は
なにやらせつない気持ちになる。
ひさしぶりの、中学校の同級生が訪ねてきた。
顔を会わすのは、
昨年の秋の同級会以来のことだった。
お母さんがあぶないのだという。
何年か前に頭の調子がわるくなり、
ずっと施設に入っていた。
体力の衰えがひどくなり、
意識もはっきりしなくなってきた。
面倒をみている妹さんから連絡があって
とんできたという。
病院へ直行したら
まだ大丈夫だったというものの、
しばらくは、気持ちの落ちつかない日がつづく。
中学生のときから頭のいい人だった。
長野市でいちばんの高校を卒業してから
京都の大学へとすすんだ。
手紙のやりとりをしていたときがあり、
多いときで八十枚、すくないときでも三十枚、
便箋にびっしり書いてくるから、読んでいるうちに
最初に書いてあったことをわすれて、
行きつ戻りつ苦労して読んで、返事を書いていた。
そのまま素直に往けば、
すんなり学校の先生におさまったのに、
頭の回転はやくいろんなことを求めすぎ、
大学を中退したあとは、
大きな会社で働いたり、家庭教師を掛け持ったり、
今は千葉の街で予備校の先生をしている。
東大進学をめざす高校生を相手に
全部の科目を教えているといい、
受験生の延長のような毎日をくり返して
こんな歳になってしまったというから、
学生時代に習ったことをすべて忘れた身は
いやいやそれも才能あってのことと感心した。
あちこち寄り道をしてここまで来てしまい、
母が元気なうちに結婚して、
孫の顔でも見せてあげられたらよかった。
しつけがきびしいおかげで子供のときは
いやだった思い出も、
あの頃はああだった、こうだったと
笑って話せることもなく、看取るのは
心残りなことという。おそい思いにじくじくとなる、
そんな歳になっているのだった。